「ハロウィン・ナイト」

 俺は昔、24時間営業の喫茶店でバイトをしていたんだが、その店では本当にいろんな事があったんだ。


数え切れないくらいの……。


その中でも特に、店の常連客でもある、通称メロンちゃん(メロンソーダばかり頼む彼女に対し、バイト仲間達が勝手につけたあだ名)という女の子が絡むと、本当に怖い体験をする事が多々あった。


今からその一部を話したいと思う。良ければ最後まで付き合ってくれ。



店の花瓶にもコスモスが飾られるようになったある日の事だった。


その日、店は異様な雰囲気に包まれていた。

黒いタキシードに青白い顔。ご丁寧に牙までついた男、ドラキュラ?

他には狼男。ご丁寧ににフランケンシュタインまでいる。


いつからここはコスプレ会場になったのかと言いたい所だが原因はこれだ。


──ハロウィンイベントにつき、コスプレで入店されたお客様に限り、お飲み物お代わり一杯無料。


店長め、余計な真似を……。


入り口に飾られたポップ広告を睨みつけながら、俺はごった返す店内を駆けずり回った。


唯一助かったことは、昼勤の人間を一人応援に回してくれた事、と思っていたが……。


──ガシャン


「すす、すみません!」


今、皿を豪快に割りやがったのは俺の通っている大学(休学中)の後輩でもある響 宗介(ひびき そうすけ)。

幼い顔立ちで男のくせに女と間違えそうな顔をしている。

可愛い子は平均してドジっ子という謎なお決まりがあるが、こいつは男なので却下だ。


「おい宗介!」


「ひっせ、先輩!」


「お前今日だけで何回目だ?店のグラス全部割る気か!?」


「ご、ごめんなさい!」


俺に怒鳴られ亀のように首を引っ込める。


「あのな宗、」


そこまで言いかけた時だ、


「あんたカルシウム足りてないんじゃない?」


「えっ?」


背後から急に声を掛けられ振り向いた。


「あっい、いらっしゃいませ……」


反射的に頭を下げる。

そこには俺がよく知る女の子が二人立っていた。

一人はこの店の深夜帯の常連客メロンちゃん。

そしてもう一人、こっちは最近よく見かけるようになった女の子で、なんとこのメロンちゃんの実の妹。

全身真っ黒の衣装は所々ベルトやシルバークロスの装飾がされており、これでもかというくらい一目につく姿だ。

ゴシックパンクというのだろうか。正直普通の子が着ていたら浮いてしまう衣装だが、これが腹が立つことに良く似合っている。

二人共普通の女の子ならいいのだが、残念ながらあのメロンちゃんの妹、普通であるわけがない。

しかも姉妹揃って美人なので尚更たちが悪い。


以前、信じられない話かもしれないが、メロンちゃんが持ってきた怪しげな人形の世界に閉じ込められたことがあった。

その時、人形の世界から脱出する手助けをしてくれたのが、この妹の方だったのだが、後でメロンちゃんに聞いた話によると、家にあった曰く付きの大事な鞄を勝手に妹が持ち出したので、懲らしめるつもりでやったと聞かされた。

つまり俺は、くだらない姉妹喧嘩に巻き込まれただけだったらしい。


まあとりあえず俺が何を言いたいかというと、この二人が揃うとかなりろくでもない事が起こるかもしれい、という事だ。


頭痛がしてきた……。


思わずこめかみを手で抑えた。


「無視?失礼な奴ね」


明らかに年上の俺にタメ口聞いてくるお前は何なんだと言いたいくなる。だいたいこの妹の方は……そう言えば……。


「ねえ、名前、名前聞いてなかった」


思わず尋ねると、妹は腕組し口の端をにんまりと曲げて見せてきた。


「ふふ~ん誰があんたなんかに教え、」


「早く座りましょ鏡子」


それまで黙っていたメロンちゃんが急に口を開き次々に奪われてゆく席に目配せした。


「ちょ、ちょっと私の名前いきなりばらさないでよ!ねえ聞いてる?あ、ちょっと待ちなさいよ!」


抗議する妹の声を無視してメロンちゃんはスタスタと空いてる席へと向かった。

相変わらずのマイペースぶりだ。


それにしてもメロンちゃんの本名は美兎、妹の名前は鏡子か……何だか可愛らしいな。


思わずくすりとしてしまいハッとして我に返る。


いかんいかん、油断したらどんな目にあわされるか分かったもんじゃない。


俺は首を振って自分の顔を両手で軽く叩いた。


その瞬間、


──ガシャンッ!!


「宗介っ!!」


「ごめんなさ~い!!」


   *

   *

   *

   *

   *

   *


それからも店内は地獄のような忙しさだった。

宗介は注文を間違え、配膳を間違え、あまつさえレジで料金を打ち間違え、客に舌打ちされ、もはや奴のライフはゼロだった。

魂の抜け殻のようになってしまった宗介を休憩させ、俺は店内を一人走り回り続けた。


時刻は深夜0時、ようやく客足も途絶え始め、店はいつものような静けさを取り戻しつつあった頃だ。


「店員」


その呼び方で一発で分かった。


「は~い」


限りなく心を殺した声で返事を返し、俺はオーダーキーを手に取りメロンちゃんの妹、鏡子の元へ向かった。


「ご注文をお伺いします」


「心籠もってないな~ねえお姉ちゃん」


「いつもの事よ、鏡子」


姉妹揃ってこれだ。殺意なら込めてやる、と胸の内だけでぼやいておく。


「私レモンスカッシュお代わり、お代わり一杯無料なんだよね?」


「悩みますね、ではたまにはメロンソーダで……」


あんたはそれしか頼んだことないだろ。


「ああ……本日のイベントはコスプレ衣装の方のみに限り、」


苦笑いで説明していると二人は俺を無視して何やら鞄を開きごそごそと中身を弄り始めた。

そして中から何やら取り出すと、それを自分たちの頭に乗せて見せた。


「あっ」


思わず呟く。


二人が頭に乗せたのはカチューシャだ、猫耳付きの。

しかもこれがまた良く似合っている。


「どうよ店員」


「えっ?あ、ああ似合って……じゃない、OK……です」


「やったねお姉ちゃん」


鏡子がそう言うとメロンちゃんはソーダをストローですすりながら片手を上げ、それに鏡子がハイタッチで返した。


この姉妹は仲が良いのか悪いのかさっぱりだ。


どっと疲れを感じその場を後にしようと振り返る。


だがその時だった。


「いや~まじ最高だったなあいつ」


「だな、久々の当たり」


「おいそこ座ろうぜ」


三~四人。若い男女のグループが入店してきた。いずれも見慣れない顔ぶれだ。

ハロウィンに乗じて流れてきた客だろうか。

骨のプリントがされた上下の衣装の男が三人、青白い化粧をし片目を潰した幽霊の女が一人。

少しガラの悪そうな感じが否めない。面倒だなとは思いつつも客は客だ。


俺はキッチンの相方にメロンちゃん達の注文を届けると男女のグループの元へと向かった。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」


お決まりの文言を告げると一番大柄な骸骨男が俺を見て言った。


「酒ある~?」


「えっ?」


「酒だよさ~け」


「はははは!ここ喫茶店だっつうの」


横に居た茶髪の骸骨男が、言いながら膝を叩いて笑っている。


「おい見ろよ!あそこの二人……」


金髪の骸骨男が首を背後に傾けて呟く。

言われて残りの奴らも振り返る。

視線の先にはメロンちゃん達の姿が……。


まずいな。


そう思い俺は一旦頭を下げ、その場を後にしカウンターに届いたメロンソーダとレモンスカッシュをボードに乗せ運んだ。

足早に向かい彼女達のテーブルに近づくと俺はメロンちゃんに聞こえる範囲の声で言った。


「がらの悪い奴らがこっち見てる、絡まれる前に帰ったほうがいい、」


そこまで言いかけた瞬間、


「ねえねえ、猫耳超可愛いじゃん!すげえ似合ってる!俺達もハロウィン楽しんでんの、一緒にこっちで楽しくやんない?せっかくのハロウィン・ナイトなんだしさ!」


金髪の骸骨男がソファーを乗り越え大きな声で言いながら近づいて来る。

そしてメロンちゃんの後ろの席にたどり着くと、どかりと腰を下ろした。


店内にいる他の客が何事かとこっちに注視している。やがて状況を理解したのか、周りの客が眉をひそめながら次々と席を立ちレジへと向かっていった。


「あ~あ、余計なものゾロゾロと……」


鏡子が男達をを見ながらぼやくように呟く。


ん?なんの事だ?


するとスタッフルームの扉が開き、中から宗介がひょっこりと顔を出してきた。


「先輩……すみませんもう大丈夫です……」


俺は宗介にレジにいけと顎で促して見せ、金髪男に向き直り口を開こうとした、が、その時。


「そうね……」


「え?」


そう言ってなんとメロンちゃんは席を立ち男達のテーブルへと移動し始めた。しかも鏡子もその後に続いて行く。


「ちょっと!」


思わずその背中に声を投げかけるが、メロンちゃん達は俺の声など無視して振り向きもせず男達の元へと行ってしまった。


「何、店員さん俺達に混ざりたいわけえ?」


俺の肩に馴れ馴れしく手を乗せ金髪の骸骨男がニヤつく笑みを見せてくる。


イラッとし、俺は肩に置かれた手を軽く払い、


「どうぞ、ごゆっくり……」


そう告げて呼び止めようとしてきた男を無視し俺はカウンターへと戻った。


チラリと男達の席に目をやると、メロンちゃん達は男達と女の間に座り、何やら楽しく談笑している。


何なんだ一体……。


心配するのもバカらしくなってきた。


「先輩、僕補充に行ってきます」


声に振り返ると宗介が補充用の紙ナプキンなどが入った箱を持ち俺に見せてきた。


「貸せ」


「えっ?先輩?」


「いいからお前は休んでろ」


俺は宗介から箱を奪い取ると、男達の後ろの席の補充に向かった。


何やってんだ俺は……。


台拭きを手に持ちテーブルを吹きながら男達に聞き耳を立てる。


「でさ~こいつがいきなりナンパ始めちゃって、俺達こんな格好じゃん?」


大柄な男が馴れ馴れしくメロンちゃんの耳元に顔を寄せている。


すると彼女は相変わらず気だるそうな顔で顔色一つ変えず口を開いた。


「ナンパは……成功したんですか?」


「えっ?」


思わぬ返答に軽く男が顔をしかめる。


「あ、ああ、まあ成功したよ……な?」


「あ、ああもち!だってほらハッピーハロウィンだし」


茶髪の男が頭の悪そうな返答を返した時だった。


──バチッ


突然、店内の電灯が落ちた。


「おい何だ?」


男達がざわついている。


停電?


直ぐに辺りを見回した時だ。


ゾクリと、嫌な視線を感じた。


背筋を駆け昇る悪寒に肌がざわつく。


今までこんな事がこの店では多々あった。


そう、決まってメロンちゃんがいる時に。


震えそうになり反射的に両腕を抱き抑えた瞬間、


──パチッ


ジジっという音に続いて電灯の明かりが元に戻り、明かりが店内を再び照らし始めた。


ホッとし、もう一度店内を見回す。


さっきの視線は一体……。


ゴクリと俺の喉が鳴った。

何かがこの店で起ころうとしている。

そんな嫌な予感を肌にひしひしと感じながら、窓ガラスに映るメロンちゃんの姿を俺はじっと見つめた。



時刻は深夜一時。


ガラの悪い連中が現れて早一時間が経とうとしている。


その間、メロンちゃん達は他愛もない話を奴らと繰り広げていた。


「でさ、こいつそいつの車停めてよ、ボンネットの上で踊ってやがんの!」


「いやあれまじウケるって、動画上げたら超バズってたし」


金髪と茶葉がくだらない武勇伝をひけらかしているようだ。


「それで……貴方がたは飽きてこちらに一休みしに来たと?」


「あ、ああ、まあな」


大柄の男がなぜかメロンちゃんの問いに口篭る。


──バチッ


「えっ?」


突然店内が暗闇に包まれた。


「おいなんだ!」


客達が騒ぎ始めた。

どうやらまた停電のようだ。

しかも今度は復旧する気配がない。


「先輩!」


「宗介、ハロウィン用に買っておいたランタンと蝋燭があっただろ、あれ用意しとけ。俺は店長に連絡してくる」


「わ、分かりました」


通常、店の電気はこういった時非常用電源に切り替えられ直ぐに電気がつくようになっている。

だが、それも作動しないとなると本格的にまずい状況だ。


とりあえず俺は店長に連絡を取った。

直ぐに修理会社に電話しこちらに人をよこすとの事。

その間何とか店を繋いでくれとのお達しだ。

電気も使えないのにどうしろというのか。


取り敢えず俺は暗闇の店内に呼び掛け、冷たい飲み物以外は一旦オーダーストップという形を取らせてもらった。


何人かの客は帰って行ったが、それでも残る客もいた。

どこもハロウィンで店は混雑している。

皆今更他所に移動して店を探すより、ここで一息ついていたいってとこだろう。


「先輩終わりました」


宗介の言葉に俺は頷き返し店内を見渡した。


パンプキンの形をしたプラスチックのランタンがあちこちに飾られ、中に蝋燭が灯っている。


淡いオレンジの火が、暗闇をユラユラと照らしている。


おお、これはこれで中々雰囲気出ていいじゃないか。これぞハロウィンって感じだ。


「何が言いたいんだ姉ちゃん?」


突如先程の大柄の男のドスの効いた声が聞こえてきた。


店の一角に目をやると、先程の男がテーブル越しに身を乗り出し、メロンソーダをすするメロンちゃんを睨みつけている。


「ですから……ここに来る前に他にどこか寄って来たんじゃありませんか……?」


「だから言っただろ、俺達は街で遊んで疲れたから、一休みしたくてここに、」


「ふ~ん、女の子でもナンパして人気のない所に連れ込んでたんじゃないの~」


鏡子がレモンスカッシュのグラスの中をストローでかき混ぜながら言った。


「お、おい」


茶髪の男の顔が、蝋燭の火に照らされ闇の中でぐにゃりと顔を歪ませる。


何だ?何の話をしている?


動揺する茶髪の男の顔をイタズラめいた顔で覗き見ながら鏡子が話を続ける。


「例えば~峠にあるトンネル……とか~?」


──ガタッ


突然鏡子の声に反応するようにして男達が席を立ち上がった。


おいおいおい、何やってんだあいつら。


「おっかしいなあ……」


すると、背後から宗介のぼやく声が聞こえた。


「どうした?」


「あ、いやその。おかしいんですよね」


「だからどうした?」


俺は急かすように聞き返した。

こっちはそれどころじゃないというのに……。


「ああ、はい。レジでお会計してたんですけど、思ったより帰られるお客さん少なくて……」


「それはだな、」


「あ、いや皆今更ほかの店を探すの面倒くさいってのは分かるんですけど、停電が起こる前から注文がかなり少ないんですよね……」


注文が少ない?どういう事だ?


俺が怪訝そうな顔を向けると、宗介は手に持っていた伝票を見ながら話を続ける。


「さっきがらの悪そうなのが来たじゃないですか?あれから注文が入ってないんですよね……でも残ってたお客さんも結構いたし」


確かに……あいつらが来たせいで他の客も逃げて行ったはずだ……。


瞬間、先程鏡子がぼやくように呟いていた言葉が、俺の頭の中を過ぎった。


『余計なものをぞろぞろと……』


嫌な予感がする。


「おい宗介、お前キッチンルーム行って洗い物手伝って来い」


「ええっ?こんな真っ暗なのにですか?」


「うっせえ、ほら」


俺は持っていた懐中電灯を宗介に渡し、代わりに手に持っていた伝票を奪い取るとキッチンへと追いやった。


そして意を決してメロンちゃんたちの元へと向かう。


が、その時だ。


蝋燭の火が大きく揺らめいた。

そしてそれと同時に、店内にいる人影が大きく揺らめき天井へと伸びて行く。


何だ……何かおかしいぞ?


思わず足が止まる。

たった今感じた違和感。

何かがおかしい。


怪しく揺れる蝋燭の火。

照らされ揺らめく人影……人……影?


影が少ない。店にはまだあの男達以外にも客が少し残っている。


不意に辺りを見渡す。


「あ……れ?」


暗い。蝋燭の灯りがあちこちに灯っているというのに、席に座る客の顔がよく見えない。


まるで意図してそこだけが暗がりになっているような……。


「知っていますか……?」


「な、何がだ?」


メロンちゃん達の話し声だ。


「怨みというものは、それに呼応して呼び寄せるものなんですよ……」


「う、怨み?何言ってんだこいつ?」


茶髪の男がメロンちゃんに言い放つ。

だがメロンちゃんはそれに動じることも無く話を続ける。


「貴方達、凄く怨まれてますね……だから、関係ないモノ達も、それに反応してついて来ちゃったんですよ……」


「そうそう、主にそこにいる女の子に怨まれているようだけど」


付け加えるようにして鏡子はストローを取り出し、男達の連れである女の子をストローで指し示し言った。


そこには先程、連中が店に連れて来た女の子が、金髪の男の横に静かに腰掛けている。


俺はハッとして、先程宗介から奪い取った伝票を凝視した。


メロンソーダ、レモンスカッシュ、そして男達が頼んだ珈琲が三つ、あの女の子の飲み物は……ない。


伝票とテーブルの飲み物を交互に見るが、女の子の前にはお冷すら置いていなかった。


「そ、そこの女?何言ってんだお前っ……?」


「ちっおいもう帰ろうぜ、こいつら気持ちわりいよ……!」


茶髪の男が悪態をつきつつ席から離れた。


「あ、ああ」


続くようにして他の男達も席を離れ出す。


「お、おい」


言いながら慌ててメロンちゃん達の席に駆け寄った時だった。


「まあ……もう手遅れですけどね……」


「そうね。あいつら何処までも着いて行くだろうし、逃げ切れるわけないじゃん」


「手遅れ?着いて行くって??」


まくし立てるようにして尋ねるが、二人は何も答えようとしない。


「おい、説明してく……え……?」


何だ?


突然の事だった。

不意に肌寒く感じた。


いや、それどころか……。


肌が粟立つような感覚。

足元から何かが這い上がって行くような感触。


これは……震えているのか俺?


瞬間、蝋燭の火が大きく揺らめく。

そして、それと同時に何かが周囲で蠢いた。


店内に残っていた客達だ。


「何だ……あれ?」


俺は振り絞るようにして声に出して聞いた。


二人は何も答えない。


蠢く客達。

その姿は黒い……真っ黒だ。

僅かに見えていた衣服の影形もない。

ただただ黒かった。


まるで人の影がそこから抜け出し、自由に歩き出すかのように、店を出て行く男達の後を追っていく。


ぞろぞろと、足音の一つも立てずに……。


「行っちゃったね」


鏡子があっけらかんとした口調で言うと、メロンちゃんはそれにコクリと頷き、ポケットからスマホを取り出した。


「で、電話?」


こ、こんな時に?どこまでマイペースなんだこいつ。


「だって仕方ないでしょ、さっきの女の子、まだ生きてるみたいだから」


「さっきの子?」


聞き返し俺はハッとして席を見渡す。

あの女の子の姿がない。


どういう事だ?


「あの子、街であいつらに引っかかって峠の山にあるFトンネルに連れて行かれたみたいよ。そこであいつらに乱暴されたんだってさ」


「ら、乱暴!?」


「そ、でもまだ生きてるみたい。ちょっと危ないみたいだけど、さっき私達に居場所を教えてくれたわ」


鏡子がそう答える中、横でメロンちゃんはスマホを耳に当てている。


警察か?


「貸せ」


そう言うと俺はメロンちゃんからスマホを奪い取り通話を切った。


「あっ……」


「ちょっ何すんのよあんた!」


鏡子の抗議の声に、俺は奪ったスマホを返しながら答えた。


「あのな。警察にどう説明するつもりだ?襲われた女の子のまぽろしから聞いて通報しました、なんて言うつもりか?」


「しょ、しょうがないでしょ。それでもほっとけないじゃない……」


鏡子の弱々しい声に、メロンちゃんがコクリと頷く。


「ああもう!お前らさっきみたいな時には頭回るのに、こういう事にはからっきしだな!」


「はあっ?何よそれ馬鹿にしてんの!?」


が、そんな食ってかかる鏡子を無視し、俺は席を離れ言った。


「Fトンネルだったな……?」


「え?あ……うんそう」


面食らったかのような鏡子の声。


「店員……さん?」


呼び止めるメロンちゃんに後ろ手に手を軽く振ると、


「ちょっと行ってくる……」


そう言い残し、俺はヘルメットと上着を手に取り店を後にした。


その後は大変だった。

バイクでトンネルに向かった俺は、周囲をくまなく探し、草むらに裸のまま倒れていた女性を見つけ出した。

喫茶店で見たあの女の子で間違いなかった。

そして警察にツーリング中に倒れている女性を発見したと通報し、救急車の要請もお願いした。


店に戻ったら戻ったで、異変を察し、店にやってきた店長と修理業者が待ちくたびれており、もちろんこんな時に何処に行ってたんだと大目玉を食らった。


この時、俺は心底こう思った。


ハロウィンなんか大っ嫌いだと。


次の日。


ハロウィンイベント二日目。

店は相も変わらず大忙し。

宗介は最近引っ越したアパートの管理人と仲良くなったらしく、その人との約束で今日は店に出れないときた。


あの野郎……管理人って、


「もしかして女じゃないだろうな……」


そう言って手に持っていたおしぼりを力強く握り潰した時だった。


「女がどうしたのよ?」


この声……。


振り向くと案の定だ。

メロンちゃんと鏡子のワンセット。

ご丁寧に猫耳は既に装着済みだ。


「またたかりにきやがったんですかお客様?」


「何よその態度?店長に言いつけるわよ!」


「ふん!」


こっちはお前らのせいで散々な目にあったんだ、これくらい許されてしかるべき。


「ま、まあいいわ……それよりお姉ちゃん、ほら言うよ?」


おっ?何だ?やけに大人しく引き下がったぞ?


それより言うって何を?


不思議に思い二人を見ていると、なぜかメロンちゃんが睨みつけるような上目遣いで俺を見てくる。


な、何だ?俺何かしたか?


「もうお姉ちゃん何照れてるのよ。昨日のお礼するって言ったのお姉ちゃんでしょ!」


ちょ、ちょっと待て、今の顔は照れてる顔なのか?


「メロンソーダ、」


「レモンスカッシュ、」


『くださいにゃん!』


突然、二人とも両耳に手を押し当て、招き猫のように手首を押し当てながらハモッてきた。


「へっ?」


「ああもう早く持ってきなさいよこのグズ!!」


顔を真っ赤にした鏡子が怒鳴り散らす。


「わっ分かったから怒鳴るなって!」


そう言い残し、俺は慌ててキッチンへと走った。


ハロウィンか……たまには悪くないかもな……。


くすりと苦笑いをこぼし、俺はキッチンにいる相方に伝票を渡しに走った。


この後、二人が帰り際、鏡子からLINEのIDの交換を迫られた。


特に断る理由もなく、俺はそれを承諾し二人を見送った。


そしてバイトを終えアパートに戻った俺は、スマホに一通のLINE通知が届いている事に気が付いた。


鏡子からだ。



──あんたにだけ話さなきゃいけない事がある。

これからもアンタがお姉ちゃんと関わろうとする

のなら尚更。

じゃないとアンタ……いつか死ぬ。

これ以上関わらないのなら無視して。

でも、もしこれからも関わりたいと思うのなら返

信して。



何だ……これ……。


その後、俺はこの言葉通り、人生最悪の体験をする事になる。


本当に今でも思い出したくない、最悪の体験を……。


その話はまた、いつか……。



──深夜喫茶-レッドパージ-赤の亡霊に続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る