「身代わり人形」

俺は昔、24時間営業の喫茶店でバイトをしていたんだが、その店では本当にいろんな事があったんだ。


数え切れないくらいの……。


その中でも特に、店の常連客でもある、通称メロンちゃん(メロンソーダばかり頼む彼女に対し、バイト仲間達が勝手につけたあだ名)という女の子が絡むと、本当に怖い体験をする事が多々あった。


今からその一部を話したいと思う。良ければ最後まで付き合ってくれ。




春風がまだよそよそしく、他所ではまだ雪も降っていると小耳に挟む今日この頃。


その日は久々のオフで、俺は一人とくにあてもなく街をぶらついていた。


普段なら家でゴロゴロしたいところなのだが、どうしても落ち着かない事があって、何となく気分転換がしたかったのだ。


それというのも、店でハロウィンイベントを開催した時に、店の常連客でもあるメロンちゃんの妹、鏡子から、LINEで一通のメッセージを受け取っていたのだ。


内容が内容なだけに、ろくに返事も返さず、鏡子の通知を既読無視し続けていた。


別にめんどいという訳ではない、ただその内容が余りにも重すぎて、俺の手に余るものだったのだ。



──あんたにだけ話さなきゃいけない事がある。

これからもアンタがお姉ちゃんと関わろうとする

のなら尚更。

じゃないとアンタ……いつか死ぬ。

これ以上関わらないのなら無視して。

でも、もしこれからも関わりたいと思うのなら返

信して。


道端でふと立ち止まり、件のLINEメッセージを読み返す。


やはり気が重い……しかし……。


このまま悶々とした日々を送るのはごめんだ。

先延ばしにしたところで、結局物事は何も解決には至らない、ならば……。


俺は手に持ったスマホに、意を決して鏡子に返事を返した。


久しぶり、元気か?


と。


「これでよしと」


我ながらアホな返信だ。

まあ結果がどうであれ、これが歩み寄りの一歩となる事を祈ろうではないか。


等と思っていると。


軽快な通知音がポケットにしまったスマホから響いた。


慌ててスマホを取り出し画面を確認すると、そこには鏡子からのLINE通知の知らせが。


「あいつ返信早すぎだろ……」


LINEを開くと、


──元気!?久しぶり!?アンタは浦島太郎なの?

私のメッセージ既読無視するとかいい度胸じゃ、


それ以上読むのをやめスマホをそっとポケットに閉まった。


相変わらず凶暴な奴だ……。

これ以上読むと病む気がする。


すると、またもやスマホが無慈悲に通知音を告げてきた。


観念してスマホを再度取り出して確認する。


──今読むの辞めてスマホ閉じたでしょ!?

そうでしょ!?いや、絶対そうだわ!!


こいつエスパーか……?

それとも監視されてる?


等と思いつつ顔を引き攣らせていると、再び鏡子から追撃の通知が矢継ぎ早に届いた。


──もういいわ。アンタみたいなグズにいくら言って

も無駄だし。それより前に送ったメッセージの返

事聞かせてよ。聞くの?聞かないの?


前に送ったメッセージ……それはつまり、俺にだけ話したいというやつの事だ。

おそらくメロンちゃんの事に関する事なのは間違いない。


これからも関わろうと思うなら……か。


メロンちゃんとは今まで色んな事があった。

そのどれもが深夜の喫茶店で、俺がアルバイト中に体験した身の毛もよだつ怪奇な体験に他ならない。


いくら思い返しても、そのどれもがろくでもない体験ばかりだった。

だが、共に過ごしてきた月日の中で、メロンちゃんに対する感情の変化があったのも事実。


美少女のくせに、いつもダウナーでやる気のない表情。

ぶっきらぼうかつ抑揚のない声で俺を呼び付け、いつもの時間いつもの場所、いつものメロンソーダを頼む彼女は、正に疫病神。


だった。だったはずなのに、俺の心は徐々にメロンちゃんに惹かれつつあったのだ。


危険だと分かりつつも、気が付くと彼女を放っておけない、何か力になりたいとも思っている自分がいる。


今更……だよな。


俺はスマホでLINEを開くと、鏡子のメッセージに返事を返した。



──今店の近くぶらついてる所だ。今から家に帰るか

ら、戻ったらゆっくり話し聞かせてくれ。


これでよしと。


打ち終わりポケットにスマホをしまおうとした瞬間、またもや通知が鳴り響いた。

鏡子からだ。


あいつ本当に打つの早すぎだろ。

どんな指使いしてやがる……。


──本当に?今アンタが働いてる店の近くの喫茶店に

いるの。すぐ来て!今すぐ!秒で!

遅れたら殺すわよ?


誰かこいつに目上を敬うという理念を叩き込んでくれないだろうか……。


店の近くといったらあそこしかないな。


俺は目星をつけ、うちの喫茶店より百倍はオシャレであろう喫茶店に足を運んだ。

老舗のうちと違って外装も内装も今時って感じの店だ。


客も若い子が多く、店全体が華やいで見える。


いつも店長が、


『う~ん、車でも突っ込んでくれたらいいのになあ』


と、この店を見ながら物騒な事を呟いていたのを思い出した。


回転式の扉をくぐり中に入ると、短めのスカート、フリルのついたエプロン姿の女性店員が愛想良く応対してくれた。


転職しようかな……。


そう頭の中で考えていると、店の奥から聞きなれた女の声が響いた。


「遅い!何時間待たせんのよ!」


相変わらずの黒を基本としたゴシック系パンクファッション姿。

姉妹揃って美人だから何着ても許されるのがたまにきずだ。

というかお前の時間感覚おかしいだろ。

なんでほんの二三分が何時間になるんだよ……。


等と突っ込んでも何倍にもなって言い返してくるのが安易に予想がつく。


「よ、よう……」


早々に諦め顔を引き攣らせると、俺は何とか笑顔をつくり返事を返す。


「じゃあね与一、またね」


「ああ、またなルート」


ん?誰だこの男?


鏡子が座っていた席から、俺と同い歳ぐらいの男が席を立ち、こっちに一別して店を出て行った。


今ルートって呼んでたよな……?


釈然としない気持ちのまま、鏡子のいる席の向かい側に、俺は腰を下ろした。


「何?彼氏か?」


「はあ?違うわよ」


「友達?」


「別に……あいつには色々借りがあんの……」


「借りねえ……」


鏡子に借りを作らせるなんてただもんじゃないなと、先程出ていった男を俺は思わず感心してしまった。

今度どこかで会ったら借りとやらをぜひ聞いてみよう。

あわよくばこいつの弱みが握れるかもしれない。


「何よニヤニヤして気持ち悪い……」


「え?あ、いや何でもない」


「ふん……まあいいわ。ここに来たって事は覚悟ができたって事でいいのよね?」


小首を傾げる仕草。

淡いピンクの唇を僅かに吊り上げ、鏡子が小悪魔的な笑みを浮かべる。


覚悟……改めて言われると重みのある言葉だ。

しかしせっかくここまで来たのだ、話ぐらい聞いたって損はないはずだ。


俺はこくりと鏡子に頷いてみせると、タイミングよくウエイトレスが持ってきてくれたお冷を受け取り、乾いた喉に一気に流し込んだ。


それを見透かしたように、鏡子がクスリと小さく微笑む。


「いいわ、話してあげる。ただし、お姉ちゃんには絶対内緒ね?」


「そんなの分かってるよ、いいからさっさと、」


そこで俺は言葉に詰まった。


射すくめるような鏡子の冷たい目。

思わず額に冷たい汗が滲む。


「わ、分かった……約束する」


「うん……じゃあまず、私達の関係から……」


関係?


「私達、血は繋がってないの」


「えっ?そ、そうなのか?」


「うん。お姉ちゃんはお父さんの連れ子、私は今のお母さんの連れ子なの、つまり私のお母さんとは再婚ってわけ」


「そ、そうか……それで?」


初っ端から驚かされた。

見た目というか雰囲気や、何よりその本質は二人ともかなり似通っていると思っていたからだ。


「うちのお父さんさ、変わった趣味があってね、」


「変わった趣味?」


「うん。仕事柄あっちこっち行ってるせいか、いろんな土地で怪しい呪物めいたものを買い漁ってくるのよ」


「あ、あんまりいい趣味とは言えないな……」


「だよね。でさ、それをお土産として私達姉妹にも送って来るのよ。正直迷惑でしかないんだけどさ」


その割には以前、父親の所持していた曰く付きの鞄とやらを勝手に持ち出して、それが原因でメロンちゃんに危うく人形にされ掛けたとか言ってなかったかこいつ……?

しかもそのせいで俺は巻き添いをくらい、にわかには信じ難いが、人形の世界に閉じ込められるという、荒唐無稽な体験をさせられた覚えがある。


「で、それが?」


「うちのお母さんと再婚する前、つまりお姉ちゃんの母親にも、お父さんはそのお土産を渡していたらしいの」


「プレゼントとしては問題ありだが……まあある意味マメなお父さんじゃないか」


フォローにもなってない言葉で返すが、なぜか鏡子の顔は先程より曇って見える。

あまり話したくないのだろうか?


「あ……その、話したくない事なら無理してはな、」


「いいの、聞いて、アンタは聞かなきゃダメ」


俺の言葉を遮り、鏡子は真剣な面持ちで言った。


「う、うん」


「じゃなきゃ……アンタ間違いなく死ぬ……」


「死っ?」


そう言えば最初に鏡子から送られてきたLINEの内容にも、同じような事が書かれていた。


──じゃないとアンタ……いつか死ぬ。



と。


「冗談で言ってるんじゃない。本当に危険なの……あの人は……」


あの人?それは誰を指しているんだろう?

メロンちゃん?それとも……。


「ある日……出張から帰って来たお父さんは、お姉ちゃんのお母さんに一体の人形をプレゼントしたそうなの」


「人形?」


「うん。可愛らしい人形だったそうよ。そしてお父さんはお姉ちゃんのお母さんにこう言った」


「これは身代わり人形だよって」


「身代わり人形?」


「聞いた事ない?」


「ないな」


即答した。


「はあっ?有名じゃん!オカ板とか覗いたらいくらでも出てくるわよ!?」


オカ板?オカルト系のやつか?


「あのな、みんなが皆お前らみたいにそっち系に詳しいと思ってるなら大間違いだからな?その反対だ反対。世間一般的に普通に暮らしていれば、そんな世界覗く事なんかこれっぽっちもないんだよ!」


思わず肩に力が入る。


「信じらんない……!はあ……身代わり人形ってのは、」


それから鏡子は深いため息をつきつつ、身代わり人形について俺に語ってみせた。


鏡子の話によると身代わり人形とは、神道の儀式に用いられる、所謂呪術具の事を言うらしい。


人間の代わりに罪や穢れを人形に移し、災厄を払うのが目的なのだとか。

簡単に言えば、持ち主がその人形を所持していれば、災厄に見舞われた時、その人形が身代わりとなってくれる、文字通り身代わり人形というわけだ。


まあなんの罪もない人形に移すっていうのは、余り良い気はしないが……。


「それで?メロ、」


「めろ?」


「あっ、いや、み!美兎ちゃんのお母さんにプレゼントされた人形ってのが、その今話してくれた身代わり人形ってやつなのか?」


思わず店でのあだ名で呼びそうになり、俺は直ぐに訂正して本名で言い直した。


「そう……お姉ちゃんのお母さん、その人形をとても大切にしていたそうよ……でも、でも事件は起こった……」


「事件?」


鏡子の顔色が悪い、少し血の気が引いた様な、青白ささえ垣間見える。


「お姉ちゃんのお母さん、突然亡くなったの。急性の心不全だって……」


急性心不全?


大学在学中に雑学で聞いたことがある。


心不全とは、体全体に必要な血液が行き渡らなくなった時に起こる症状だ。

これが決め手となり心肺停止、身体に多大な影響を及ぼし、最悪死に至る。


では急性心不全とは、人間は死ぬ時、誰だって心臓が停止するものだ。

よってこの状態を心不全とも言える。

今でこそこの病名を使うのは禁止されているが、一昔前では死因不明の突然死の場合、この急性心不全という病名がよく使われていたらしい。


つまりメロンちゃんの母親は……死因不明?


「死ぬ直前まで、お姉ちゃんのお母さん、凄く元気だったそうよ。それが急に、電池が切れた玩具みたいに、お姉ちゃんの目の前で倒れたんだって……」


「そんな……」


衝撃的な話だった。

メロンちゃんは目の前で実の母親を亡くしていたのか。


「でもね、この話にはまだ続きがあるの……」


「続き?」


重苦しい鏡子の声に俺は聞き返す。


「あれは……あの人形は……身代わり人形なんかじゃなかったの……」


「身代わり人形じゃない?」


鏡子は声に出さず、ただ黙って深く頷いて見せた。


「身代わり人形じゃないなら……だったら何だったって言うんだ?」


鏡子は一瞬目を彷徨わせると、言う決心がついたのか、俺に向き直り口を開いた。


「抜魂(バッコン)人形……」


「ばっ……こん?」


「お姉ちゃんが調べあげたの……あれは身代わり人形なんかじゃない、抜魂人形だって……人形の中に自分の体の一部となるもの、髪の毛や爪なんかを取り込ませて、それを他者に渡すの。そしてもし自分の身に何かあった時、人形を大切にしてくれる持ち主の魂を抜き取り、人形の中に取り込まれた体の一部の持ち主の魂を救うのよ、つまり持ち主が、人形の宿主の、命の肩代わりをする……呪われた人形よ……」


「命の……肩代わり?」


嫌な汗が頬を伝って膝にポタリと落ちた。


寒気がする。

心臓を鷲掴みにされたかの様な感覚。


「実際、お父さん、飛行機事故にあったのよ……乗客二百名、うち生存者はたったの十二名、そのうちの一人がお父さんだった。しかも、事故が起きた時間と、お姉ちゃんのお母さんが亡くなった時間、一致していたんだって……」


何も言えなかった……。

慰めの言葉も、同情する言葉も、何一つ見つからない。


そんな俺に鏡子は更に話を続けた。


「家に帰ったお父さん、棺桶に入れられたお姉ちゃんのお母さんの目の前でこう言ったんだって……『ありがとう、君が僕を守ってくれたんだね』って……」


「く……狂ってるだろ……」


人の親に対して何て言い草だと思われるかもしれないが、正直な感想、そして思わず口に出してしまうほど呑み込める内容ではなかった。


「そうね……本当に狂ってるわ。私のお母さんと再婚したのもお父さんの……あの人の狂気としか思えない理由だもの……」


「まさか……!?」


メロンちゃんのお母さんと同じように身代わりとして……?


「ううん、あんたが思っている事と違うわ。うちのお母さん、至って平凡な人よ。よく言えば人畜無害、悪く言えば世間要らずのお嬢様みたいなとこあるから」


「お前な……」


自分の母親によくそこまで言えると思わず感心してしまう。


「再婚した理由、それはね……私よ」


「私……?えっ?お前が目的で?」


こくりと鏡子は頷く。


「私がお姉ちゃんに似てるんだって。君は面白い、家族になろう、てね……」


「なんだ……それ……」


呆れとも憔悴感にも似た気持ちになり、俺は項垂れるようにしてため息をついた。


「お姉ちゃん、お父さんに復讐するつもりなの……」


「復讐?」


その言葉に思わず顔を上げ聞き返すと、鏡子ほ頷き話を続ける。


「自分のお母さんを殺した様に、同じやり方で、呪い殺すつもりなのよ……」


「の、呪いってそんな……」


そう口にし掛けた時だった。

俺は以前、メロンちゃんから聞いた話を思い返していた。


あれは確か深夜、店に犬の生首を持ち込んだ馬鹿が現れた時の話だ。


確かメロンちゃんは犬神とか言っていた気がする。


犬神の呪い、その為にその犬の生首が必要だったらしいが……。


「本気……なのか?」


「多分ね……巻き込まれたら……あんた死ぬかもね」


どこか物悲しい目で鏡子はそう言うと、話はこれで終わりと言わんばかりに、テーブルに置いてあった伝票を手に取り、俺を置いて店をさっさと出て行ってしまった。


ソファーに深く背を預ける。


どうすればいい?

そう声にして聞きたかった。

でも聞けなかった。


俺に何ができる?あの子に……メロンちゃんに何をしてやれる?


俺なんかに……。


呆然とし、空いたグラスを見つめる。


──カラン


グラスの中の氷が、乾いた音を立て崩れ落ちた。










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