「犬幻」
俺は昔、24時間営業の喫茶店でバイトしてたんだが、その店では本当にいろんな事があったんだ。
数え切れないくらいの……その中でも特に、店の常連客でもある、通称メロンちゃん(メロンソーダばかり頼む彼女に対し、バイト仲間達が勝手につけたあだ名)という女の子が絡むと、本当に怖い体験をする事が多々あった。
今からその一部を話したいと思う。良ければ最後まで付き合ってくれ。
夏の午後の蒸し暑い沈黙がのしかかる、そんな深夜のこと、俺はいつものように喫茶店のアルバイトに来ていた。
「あの~すみません?」
俺がレジで伝票整理をしている時だった。 中央のテーブル席に座っていた中年の女性が、申し訳なさそうな顔で、俺に話しかけてきた。
手を止め女性のほうを向く。
「はい、何でしょうか?」
俺が聞くと女性は、
「あの~……あそこにいる男性」
そう言って女性は窓側の席に座っている男をこっそりと指さして見せた。
「あのお客様が何か?」
「店に犬連れ込んでるみたい……」
「えっ?い、犬?」
眉間に皺を寄せた女性の顔を、俺は思わず二度見してしまった。
「そう、さっきから犬の小さな泣き声が聞こえるのよ」
まじか……うちはもちろん、衛生的にペットの連れ込みは原則禁止だ。
外にあるテラスなら話は別だが、あいにくと夜間はテラスを開放していない。
となると店内に持ち込んだのか?まずいな……
「す、すみません、大変ご迷惑をおかけしまして、ただいま直ぐに確認いたしますので」
「いえ、私はもう行くからいいけど、店員さん気をつけたほうがいいわよ?」
「えっ?気をつけたほうがいいって、何がですか……?」
女性の声が急に小声になった。思わず俺もつられて小声になる。
「あの男性、何か変よ?汗もすごいし、さっきから周りをキョキョロ見回して、まるで何かから隠れてるみたい」
女性は口を歪めてそう言い残し、会計を済まして店から出て行った。
さて、どうしたものか……
1、単刀直入に犬がいないか聞き出す。
2、わざとらしく、犬の匂いがするとカマを掛ける。
3、触らぬ神に祟りなし。
さて、個人的には3が一番好みなんだが、店の看板を背負っている身としては、そうも言ってられない。
俺は軽く溜息をつくと、腹をくくり問題の男性客の元へと向かった。
店内窓側の一番右端の席。 あらかた食事を済ませ、食後の珈琲に手を付けている30代の男性が一人。
その男性の前には、ソファーの上に置かれた大きなボストンバッグがある。子犬なら一匹丸々入りそうな感じだが。
まさか……な。
「あの……?」
俺は男性の席の隣に立つと覚悟を決め、男性に声を掛けた。
「何……?」
素っ気無い男の声。 煩わしそうな目で俺を睨んできた。
ああ、今からプラン3に変更したい、が、ここで引き下がる訳にもいかない。
俺は男の冷えた視線に負けじと話を続けた。
「実は他のお客様から苦情がありまして、」
「ああっ苦情だぁ?」
予想通りの反応だ。ああもう帰りたい。
「苦情といいますか何といいましょうか、そ、その、店内にペットを連れ込んでいるんじゃないか?というような内容でございまして、」
「ペット……」
そう聞き返す男の表情が僅かに曇る。
やはりドンピシャか?
「はい、小さな泣き声が聞こえたと申されておりまして、あの、良ければ確認させて頂きたいのですが……?」
少し強気で攻めてみる。これでもし慌てて拒否するようなら間違いないだろう。
が、以外にも男の反応は俺の予想していたものとは違った。
「な、泣き声?そんな、ま、また泣き声が……いや、ま、まあいい、確認したいなら勝手にしろ」
男は怪訝そうな顔で、こちらの要望を受け入れてきた。
慌てた様子ではあるが、確認してもいいと言ってきた。何か妙だ。
だがこれで相手の了承も取り付けた、無理に確認するわけではないので、もし仮に何もなかったとしても
何らかの責任を、みたいな重大な事には発展しないだろう。
釈然としないながらも、俺は男の身辺を見渡す。
座席の上、テーブルの下、男の背後等々、
どうやらこれといって何も異変はない。
あと確認していない所は、
「ああバッグ?別に見てもいいぞ、そこのスーパーで買ったもんしか入ってないけどな」
そう言って男はボストンバックをわざとらしく大きな音を立てながら、テーブルに、乱暴に置いて見せた。
「あ、はい……恐縮……です」
俺はおずおずとおぼつかない手でバックのチャックに手を伸ばすと、慎重に中を開けた。
「うっ……?」
一瞬、生臭い匂いが俺の鼻先を掠めた。思わず顔をしかめるも、流石に失礼だと、直ぐに気を取り直し、中の物を検める。
白い袋、スーパーのビニール袋だ。中には果物や野菜、鶏肉みたいなものが見えた。
どうやら本当に買い物袋だけのようだ。
「ん?」
ビニール袋の下に何か見える。包装紙?いや、新聞紙?ぐしゃぐしゃに丸め込まれた新聞紙、その表面には何か赤い付着物が……
こ、この赤いのは……
「あちゃ~トマト潰れちゃってるな。くそっ」
男は悪態をつきながら突如バッグの前に立ち、割り込むようにして中を覗き込んだ。
「へっ?ト、トマト?」
「何だ?俺がトマト買っちゃいけないのか?」
男が凄む。
「え?あ、いや、そんな事はないです!誠に失礼しました!ご、ご協力ありがとうございました!」
バッグのチャックを素早く閉めると、俺は一礼し急いでその場を立ち去った。
犬らしきものも見あたらない。それにこのまま続ければ、間違いなく新たなクレームが発生するだろう。
ここからはプラン3でいいはずだ。
「ぼんじゅーる」
「えっ?」
突然聞こえた脈絡のない一声。
聞き覚えのあるその怠惰な声のほうに目を向ける。
メロンちゃんだ。
「ぼ、ボンジュール?」
「こんにちはって意味です」
知っとるわ。
ふわふわのロングヘアーに大きな瞳。いつもダウナー感満載な彼女こそ、うちの常連客、そして俺にとって疫病神でもある、
通称メロンちゃん。
「え、ええと、い、いらっしゃいませ……」
「はい、いらっしゃいました」
一礼する俺になぜかそう言って礼を返すメロンちゃん。何がしたいんだこいつは。
「それよりあれ」
顔を上げ、不意にメロンちゃは言ってから、右手の人差し指を窓側の席へ向けた。
「あ、あれって」
先ほどの客だ。俺とメロンちゃんを怪訝そうな顔で見ている。
やばい。これ以上の刺激はよくない。
「あ、いや、何でもないから!ねっ!」
俺は慌ててメロンちゃんの指を取り両手で押さえつけた。
「あっ……ぽっ」
なぜか恥かしそうにするメロンちゃん。本当に何なんだこいつは。
「冗談はさておき、あれ、いいんですか?」
冗談かよ。まあいい、それよりメロンちゃんの言うあれとは、もしかしてあの客に対することなのだろうか?
「あれって、あのお客さんの事?」
できるだけ小声で話す俺に、メロンちゃんはコクリと頷いて見せた。
「み、見てたの?」
「はい、どうしようもなく惨めな店員さんが、お客さんが犬を連れてきていないか確認する所を」
惨めって何だこのやろう。張り倒してやりたい気持ちを押さえつつ、俺は軽いため息をついた。
「はぁっ……と、ともかく、あれはもう解決したから、放っておいて」
そう言って俺はメロンちゃんの横を通り抜けようとした。その時だ、
「まだ、いますよ、ワンちゃん」
「えっ?いるって……犬が?」
メロンちゃんの言葉に思わず振り返ると、俺はさっきの男性客に目をやった。
男性は席に座り、コップの水を口にしている。
その姿はさっきと変わりなく、傍らに買い物袋を積んだボストンバックが置いてあるだけだ。
「ど、どこに?」
犬なんてどこにもいない、いや、まさかまた、メロンちゃんにだけ見えるとかいうやつか?
メロンちゃんは所謂見える人ってやつだ。
この喫茶店では度々不気味なことが起こる。
そういった際に、彼女は恐ろしいほどの感を働かせ、事の発端である原因を見つけ出す。
幽霊だのなんだのとぶっ飛んだ話なのは間違いないが、彼女がそういったことにめっぽう強いという事だけは確かだ。
「も、もしかして、また何か見えるとか?い、犬の幽霊とか……?」
が、次の瞬間、店の照明がパチリとなった。一瞬窓側の席、男の座る箇所の照明が、不自然に暗転したのだ。
さっきまで風一つなかったのに、外の街路樹がザワザワと揺れ暗闇から強風が吹きつけてくる。
轟々と風が窓を叩き、座席に座る男も、何事かと思わず身じろいでいる。
俺の問いにメロンちゃんは何も答えない。
代わりにメロンちゃんはその足を男の方へと向けた。
「えっ?ちょ、ちょっと?」
俺が止める間もなく、メロンちゃんは男の元へと向かった。
「はろー」
「ああっ?なんだあんた?」
男の当然の反応。最悪だ、なんだそのファーストコンタクトは。
俺は直ぐに止めようと二人の間に割って入ろうとした、が、
「そのワンちゃんどうするつもりなの?」
メロンちゃんは言ってから、俺の方に手の平を向けてきた。
制止の合図、動くなってことか?
「ワンちゃん?あんたもこいつの仲間か?犬なんていないってさっきから言ってんだろ!いい加減にしねえと出るとこでるぞこっちも!」
男が突然声を荒げる。当然だ。完璧に怒らせた。これで俺の苦労も水の泡だ、くそっ。
「突然ですが最近、この辺りでペットの盗難が相次いでるそうです」
男の問いにまったく意味の分からない返事を返すメロンちゃん。何を頓珍漢なことを言っているんだと思った、が、なんだ?
なぜか男の反応だけが違う。険しくはあるが、どこか余裕がない、動きもおかしい、どこかそわそわし始めた。
「な、何の話だよ……」
男が返事を返す。明らかに声色も変だ。
「ダークウェブ、というものをご存知ですか?」
メロンちゃんから投げかけられた問いに、俺は首を捻った
「ダークウェブ……?」
「はい、ダークウェブとは、」
以下、メロンちゃんの話だ。
俺たちがいつも利用しているインターネットの世界は表層ウェブと呼ばれ、
検索エンジンを利用してサイトやファイルにアクセスできるというもの。
対してインターネットの裏世界、ダークウェブ(深層ウェブと呼ばれている)では
表層ウェブでは見つけることが不可能なデータやサイトなどが沢山あり、中には違法なオークションサイトなどもあって、拳銃から薬まで、違法な取引の温床にもなっているらしい。
普通の方法ではアクセスする事ができないらしく、また、ダークウェブ内では、全てが匿名のためIPアドレスによる追跡が困難であり、警察などの機関も苦慮しているらしい。
一通り説明を終えたメロンちゃんは再び男の方を見て口を開いた。
「仕事柄そういったサイトにも目を通すことが多いのですが、ちょっと気になったやり取りを見つけまして、呪術具に関しての」
「なっ!?」
メロンちゃんの話に男が上擦った声をあげた。表情も一変している。
「呪術具をお売りします。犬種は柴に限定されます。新鮮なうちに取引を。こういった内容の書き込みがここ数日間何件かありましてね」
メロンちゃんがそこまで話すと、再び照明がパチパチっと音を立て暗転した。
ここの照明は二日前に新品に換えたばかりのはずだが……
風は酷くなる一方で、窓ガラス越しに暗闇の合間から稲光のようなものも見えた。
明らかに異常な天候にも、メロンちゃんはおかまいなしに話を続ける。
「その書き込み内容と、最近耳にした連続ペット盗難事件に、妙に符合したところを見つけまして……そう、被害に合った犬は、全て柴犬だったそうです」
男が席を立つ、思わずその場に崩れ落ちそうになり、慌ててソファーの端を掴み体勢を立て直す。
もはやこの男がメロンちゃんの言っている事件と関わりがある事は、男の行動を見て明らかだ。
「サイトの書き込みに対して攫われた犬の数が多い、おそらく何匹かは失敗したのでしょうね。まあさっきからそこの窓の外で、一生懸命あなたに向かって吠えていますけど」
「えっ?」
言われて俺は窓に目をやった、その時だ、
バンッ!!
と大きな音とともに、急に降り出した土砂降りの雨が、窓を叩き割ろうとする勢いで吹き付けてきた。
思わずビクリと肩を振るわす俺、が、それに対して男は、
「ひっ、ひぃぃぃぃ!!?」
叫び声を上げ、男が床に尻餅をついた。
「おそらくこれ以外にも不可解な事が身の回りで起き始めているんじゃないですか?何もいないとこで犬の鳴き声が聞こえたり、獣の匂いがしたりとか……?」
メロンちゃんがそこまで言うと、男は目を見開き、再び奇声を上げながら、そのまま這いずる様に店の出口へと向かった。
呆気にとられその姿を見ていた俺だが、
「あ、ちょっとお客さん!!」
呼び止めようとしたところをメロンちゃんに止められた。
「お財布」
「財布?」
言われてメロンちゃんが指差すところを見た。床には財布が転がっている。中身はぶちまけられていて、
免許書などの証明書や、数枚のお札が散乱している。
「ほっときましょう。お金もそこから貰えばいいし、免許書は警察にでも届ければいいと思いますよ」
「あ、う、うん」
釈然としないながらも、俺は散らばったものを片付けると、気になっている窓にもう一度目をやった。
「何もいませんよ。嘘ですから」
「へっ?う、嘘?」
メロンちゃんの一言に思わず呆れる俺。
「かまかけたのか……?」
「まあ、なんらかの影響は出始めていますよ、あの男にも。それだけの事をしたんですから」
それだけの事……それはつまり、さっきの男が、この辺りの飼い主から柴犬だけを攫って、
それをなんらかの呪術具にして売り捌いていたって事だろうか。
因果応報ってやつだ。
「とりあえず、何かよくわかんないけど解決して良かったよ、ありがとう。犬はいなかったけど、あの男はもうこの店には来ないだろうし」
俺がそう言うと、メロンちゃんはキョトンとした顔で俺を見ている。
何だ?何か変なこと言ったか?
「ワンちゃん、いましたよ?」
ワンちゃん?メロンちゃんがさっきも言っていたが、どういうことだ?窓のやつは嘘だったんじゃ?
釈然としない俺はメロンちゃんに聞いてみた。
「ワンちゃんって、どこにもいないじゃん、何言って、」
そこまで言いかけた俺に、メロンちゃんが言った。
「いますよ、まだそこに」
まだ、そこに……?
メロンちゃんが指す方向に目を向ける。そこには、
さっきのパックだ。
買い物袋を詰め込んだボストンパック。
さっき調べた、小型犬が一匹入るかはいらないかの大きさだ。
「犬神というものをご存知ですか?」
「犬神?」
突如言われた聞きなれない言葉。
「はい。西日本に最も広く分布する犬霊の憑き物です。キツネの生息していない四国を犬神の本場であると考える説もありますが、九州全域から、果ては沖縄まで、その形跡は残っています」
メロンちゃんはそこまで言ってからソファーに腰を降ろした。
そして窓に吹きつく激しい雨に目を寄せた後、再び口を開く。
「犬神の恐ろしさは、その非常に強力な呪詛の力です。主に、相手を呪い殺すことに長けていて、平安時代には、実際に犬神信仰を禁ずるお触れが出たこともあるそうです」
「の、呪い殺すってまた……」
物騒な話に思わず背筋がざわつく。メロンちゃんのおかげでこういった話にはある程度耐性がついたと思っていたが、やはり不気味なものは不気味だ。
「犬神の呪術の凄まじさを伝え聞いた土佐国主の長宗我部元親は、このまま野放しにすれば国が滅ぶとして、犬神下知状という御触れを出し、犬神信仰をしていた村々を焼き払ったそうですよ」
長宗我部……歴史で習った事のある人物名だ。そんなに有名なのかその犬神ってやつは?
「その、犬神の呪いって一体……?」
聞くのも恐ろしくもある、が、このままじゃ歴史の話で一夜が明けてしまいそうだ。
俺は要点だけを聞くことにした。
するとメロンちゃんは先ほどのパックに目を落とし、ゆっくりと口を開いた。
「まず一匹の犬を地中に生き埋めにし、頭だけを出します。そして目の前に好物のものを置き、犬を飢餓状態にさせるんです」
「まじか……」
今なら間違いなく動物虐待だな。そう思いながら、俺はメロンちゃんの話に再び耳を傾ける。
「やがて精神を蝕むほどに犬が狂い始め、首が飛ばんばかりに餌に喰らいつきそうになったら、後ろからその首を、牛刀のようなもので刎ねます」
「刎ねる!?」
俺がそう言うと、メロンちゃんは自分の首を手で横に凪ぐような仕草をして見せた。
「極限を超えた犬は、自分の首が刎ねられた事にも気づかず、餌を食いちぎろうと首だけがもがくそうですよ」
メロンちゃんの話を最後まで聞いて、俺は吐き気すら感じた。
なんていう悪趣味な方法だ。そんなものを呪いの術具にしていたのか?じゃあさっきの男が売ろうとしていたものは……
俺は思わずバックに目をやった。
メロンちゃんがそっとパックの中に手を伸ばす、
そしてゴソゴソとまさぐると、中から何かを取り出した。
メロンちゃんの両手の平に乗るもの、それは、新聞の紙袋に包まれた、大振りなトマト……
男が言っていた潰れてしまったトマトだ。潰れたトマトの汁が、包み紙の新聞紙に滲んで赤く染まっている。
「トマト……だよね?」
いつの間にか震える手。なんとか押さえつけながら、トマトであろう赤い包み紙を指す。
が、メロンちゃんは何も言わず、押し黙ったまま、首を横に振って見せた。
そのままソファーから立ち上がると、パックに入ってあったビニール袋を取り出すと、その包み紙を入れてその場から立ち去ろうとした。
「いや、ちょっと待って!そ、それどうするつもり?」
思わず呼び止めてメロンちゃんに聞いた。
「これ、たぶん成功したやつなんですよね。だいたいこういったものって失敗するものなんですけど、取引してよかった」
取引……?
「ちょっ、まさかあの男の取引相手って!?」
「今日は、もう帰りますね」
俺の問いには答えず、メロンちゃんは僅かに微笑むと、その場で踵を返し、店を出て行った。
呆然とする俺。時が止まったかのように思考が停止する中、
なぜか思わず体だけが動いた。
フラフラとする足取りで店を出て、視界の端で捉えたメロンちゃんの背中を追う。
雨は止んでいた。蒸し暑い纏わりつくような風を肌で感じながら、暗闇の中を僅かな街灯を頼りに走る。
なぜ?なぜ俺は彼女を追いかけている?
追いかけてどうすればいい?
彼女からビニール袋を奪い取るか?それとも馬鹿なことは止めろと説得すればいいのか?
いや、違う、そんな理由じゃない。
俺は……
俺は、知りたがってる。
あの包みの中を、あの中身が一体何なのかを、知りたいと思っている。
一昔前の俺ならば、決して見向きもしなかたっだろう。
だがメロンちゃんとの出会いが、俺を変えてしまった。
俺は彼女の事を知りたがっている。彼女の危うさに、惹かれている?
やがて、伸ばせば手が届くほどの距離にメロンちゃんに近づいた、その時だ。
ワンッ!ワンワンッ!!
伸ばした手を反射的に引っ込めた。犬の鳴き声の方に目をやる。
メロンちゃんがもつビニール袋。間違いなく、泣き声はこのビニール袋から聞こえた。
すると今度はビニール袋から、
グルルルルルルッ……!
何かを威嚇するかのようなうめき声が聞こえてくる。
思わず後ずさりする俺に、こちらに背を向けていたメロンちゃんが振り向いた。
「ふふっ、このワンちゃん店員さんが……って」
ヒューッ、
突然、大きな風が巻き起こった。メロンちゃんの声が一部聞こえない。
「えっ?な、何?聞こえない!」
そう聞くと、メロンちゃんは俺の耳元に口を寄せてきた。夏だというのに恐ろしいほど冷たい冷気のような吐息が、俺の首元に吹きかかる、そして静かにメロンちゃんはこう言った。
「美味しそう……って」
俺の耳に残響する声。
だが、俺の視線はメロンちゃんが持っていたビニール袋にあった。
上から覗くビニール袋の隙間からは、獣のように怪しく光る目が、闇の中に二つ、いつまでも蠢いていた。
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