「切言」

重く暑苦しい空気に、思わずむせ返るような、そんな風も吹かない夏の夜の事。


その当時俺は、とある事件をきっかけに、連日訳の分からない夢にうなされていた。

寝不足気味の俺だったが、仕事だけは休むわけにはいかず、いつものように夜間の喫茶店アルバイトに来ていた。


客もだいぶはけ出した、午前1時。


店に、子連れの親子が来店した。


女のほうは厚めのメイクにジャージ姿。若くも見えるが、化粧が濃すぎて年齢不詳。


子供のほうは、いたって風通の女の子だ。腰まである栗色の髪、肩からからったウサギのポーチが可愛い。


9~10歳といったところか?


親子は店に入ると、店内をキョロキョロと見渡し、テーブル席へと向かった。


親子が向かう先、カウンター沿い、斜め向かい側にあるテーブル、そこには深夜帯の常連客、メロンちゃんが座っている。


メロンちゃんは、ゆるふわな髪の毛をかき上げるしぐさを取ると、近づいてくる親子に気づいたのか、突如席を立った。


知り合いか?


そういえば、何度かメロンちゃんが誰かと一緒にいるのを目撃したことがある。


以前、バイト仲間の間で、メロンちゃんの彼氏か?などと騒がれた事があったのだが、

一緒にいる人間は、老若男女と幅が広かった為、その線は消えた。


バイト仲間の間では、メロンちゃんは人気があるようだ。

確かに、顔は少し幼い感じだが、よく見れば色白で美人だ。が、


俺は断言しよう、この子に限って外見で判断してはいけないと。


などと、俺が一人頷いていると、親子はメロンちゃんの正面側に腰掛けた。


呼び鈴が鳴る。


トレーに水を乗せて、テーブルに向かう。もちろん向かう先はメロンちゃんのテーブルだ。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」


「メロンソーダお代わり」


何杯目だこのやろう。と、心の中で一応つっこんでおく。


「あと、こちらの方にエスプレッソと、オレンジジュースを」


メロンちゃんが無表情なまま言った。


「何それ?」


ジャージの女がメロンちゃんに言った。


感じの悪い女だ。一体どういう知り合いなのだろう?


俺は気になりつつもオーダーを取ると、急いで厨房に戻った。


なぜ急ぐのか?決まってる。物凄く気になるからだ。


メロンちゃんに関しては常日頃から、一体何者なんだと疑問ばかりだった。


もしかしたら、あの二人の話を聞けば、何か分かるのかもしれない。


あわよくば弱みを握り、あのふてぶてしい態度を改めさせる事もできるかも……


厨房で飲み物を受け取ると、俺はそれをトレーに乗せて、メロンちゃんの居るテーブルへと急ぎ足で向かった。


「お願いですから……」


「な、何言ってんのあんた。アタシ何もやってないし」


言いながら、ジャージの女は落ち着きなく自分の髪をいじっている。


横にいる女の子が、不安そうにジャージの女の袖をそっと掴んだ。


おいおい、子供がびびってるじゃないか。


「失礼します」


俺は少し苛っとしながらも、注文された飲み物をテーブルに置いた。


「でも……」


メロンちゃんは相変わらず無表情なままだが、その声にはどこか、焦りが感じられる。


「だ、だいたいさ、私は今の彼氏との事占って欲しかったんだけど!?あんたはそれが仕事でしょ?なのに何さっきから訳の分かんない事言ってんの!?」


占い?メロンちゃんが?占い師なのか?


「ちょっとどいて!」


ジャージの女は立ち上がると俺に向かって言って来た。


俺が頭を下げ急いで通路をあけると、ジャージの女はトイレの方へと向かった。


するとメロンちゃんは、持っていた鞄からノートと筆箱を取り出し、退屈そうに座っていた女の子に、そのノートと色鉛筆を手渡した。


女の子は喜んでそれを手に取り、ノートにお絵かきを始める。


メロンちゃんは意外にも、子供の扱いには慣れているようだ。もしかして子持ち?


一瞬頭の中で想像したが……いや、ないない。断じてない。


俺はその場を後にし、カウンターへと戻った。


やがてトイレからジャージの女が戻り、再びテーブルでにつくと、二人は話を再開した。


すかさず聞き耳を立てる俺。


「自首してください……」


えっ?


今メロンちゃんは何て言った?自首?


「だ、だから!何で私が自首何てしなきゃいけないのよ!あ、あんたいい加減にしなさいよっ!!」


ジャージの女は大きな声で言って立ち上がり、メロンちゃんを見下ろすようにして睨みつけた。


その様子は明らかにおかしい、激しく動揺しているようだ。


メロンちゃんは微動だにせず、ジャージの女の目を見つめ返しながら、


「自首、してください……」


と、再び冷静な声で言った。


「ふざけんな!インチキやろう!!」


ジャージの女は半狂乱に叫ぶようにそう言うと、そのまま入り口へと向かった。


それを見て女の子が慌てて席を立ち、小走りでジャージの女の後を追う。


ドアを乱暴に開け放ち、店を出て行くジャージの女は、駐車場に停めてあった軽自動車に乗り込んだ。


「あの、大丈夫……?何か自首してとか言ってたけど?」


心配になり、俺は席に座ったままのメロンちゃんに声を掛けた。


「私は大丈夫です、それより店員さん」


「何?」


「警察を、呼んでもらえますか?」


「はい?」


いきなりだった。確かに自首してくださいとか何とか言ってたけど、一体なんで?


「な、何かあったの?」


俺は慌ててメロンちゃんに聞き返した。


「あの人、自分の子供を殺してます……店員さんも、見たでしょ?女の子」


「はっ……?」


雷に打たれたような震えが全身に伝わり、激しい脈拍が胸の中で鳴り響いた。


ドクドク、と、全身の血が逆流しそうな勢いだ。


何だ、何なんだ……じゃああれは、あの女の子は……!?


俺は急いで店の外に出た。


車は!?


駐車場を見渡す。


いない。


直ぐに店に戻る。


警察に、そう思った時だった。


「店員さん、警察、呼ばなくていいです」


「えっ?な、何で?」


メロンちゃんの急な一言に、俺は困惑した。


何でだ?このままあのジャージ女を見逃せって言うのか?


「黙ってるわけにいかないだろ!あの女は、」


と、そこまで言いかけた時だった、


メロンちゃんは手に持っていたノートを俺に見せながら言った。


「これ読めば分かります」


渡されたノートを手に取り、中を開いた。赤い色鉛筆で、こう書かれていた。







つれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてくつれてく……


「うわぁぁぁぁっ!?」


思わずノートを手放す。


バサリ、と床にノートが落ちた。


メロンちゃんはそのノートを拾い上げながら、ぼそりと言った。


「もう、手遅れですね……」


メロンちゃんの声は、どことなく、やり切れない、悲しい声をしていた。




夜勤から帰り、自宅でテレビをつけていると、今朝、国道で軽自動車の単独事故があったと、ニュースで流れていた。

運転手は30代女性、単独事故による即死だったそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る