たった一度の愛でした。
嘉田 まりこ
第1話
その日は、すごい雨だった。
そのせいか彼の苛つきは最高値で。
「……ちっ。なんだよ、この雨」
イライラしながら部屋を行ったり来たりするだけで、段ボールの一つも動かさない彼の姿と繰り返される舌打ちが、私の心をまた濁らせた。
「佐川さん、これどこに運んだらいいですか?」
「……あっ、あぁ、それは、奥の部屋で」
「わかりました!」
アルバイトの高校生らしいのに、引っ越し作業についてくれたのは、とても感じがいい男の子たちだった。
責任者である社員さんたちも、その子たちを信頼している様子が見てとれた。
それなのに……彼は言う。
「……同じ金払ってんのに、高校生のバイトって。なんで社員が来ないんだよ」
「すいません。今日、件数が多くて。でも!彼らはすごくきちんとやる子たちですからご安心下さい」
***
初めて彼と会ったのは、7年前。
友達に誘われて顔を出した飲み会で偶然隣に座ったのが彼だった。
『あれ?これ、違うよね?』
『……あ、はい』
『あ!ちょっと!!これ頼んだやつと違うんだけど!!』
私に運ばれてきた飲み物が注文したものと違うことに気がついた彼は、すぐに店員を呼び正しいものと代えさせた。
私はそんな風に出来ない性格で、あの日だって、間違ってきたものを何も言わずに飲もうとしていたから――彼のその、ハッキリ口に出すところが魅力的に見えたんだ。
けれど、最近よく思い出す言葉がある。
結婚するずっと前。
雑に脱ぎ捨てられた父の服を片付けながら母が言ったあの言葉。
『好きなときは、ちょっと引っ掛かるところがあっても、これくらい何ともないわって結婚するけど、年数を重ねると、その引っ掛かった部分がやっぱり嫌だわって思うようになるのよね』
あの時、母は笑いながら話していたし、結婚してもいなかったあの日の私がその深い意味など解るわけもなかった。
……私の場合、引っ掛かった部分じゃない。
けれどこの頃その意味を実感してしまっている。
長所だと……魅力的だと思った彼のその一部が、今……嫌で仕方ない。
「ママ~!」
娘の声で急に現実に戻った。
「なに?」
「あのね!!お兄ちゃんたち、似てないけど双子なんだって!」
思わず目をやると、作業中のバイトの3人がこちらを向いた。
「えっと」
「俺とこいつです」
3人の中で一番大人っぽい子が、隣に立つもう一人の背の高い子を指差して言った。
「あ、すいません。娘が邪魔してたんですね」
「いえ!可愛いっすね、萌ちゃん。お母さん似だ!」
「こら、右京っ!」
もう一人の茶髪の子が主人を探してキョロキョロした。
「あぁ、大丈夫です、今向こうで話してるから。でもごめんなさいね。主人が……その」
「あ、いえ!大丈夫です」
「翔が見た目チャラいから悪いんだって」
「俺?」
一言二言交わしただけでも、彼らが気持ちのいい子たちだとわかる。
それなのに。
彼らの帰り際、深く頭を下げた私に夫はまた……舌打ちをした。
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