第6話「すずの望むこと」



 そして、放課後・・・。

 柚季は気を紛らわすため、美術室で黙々と絵をかいていた。

 琴音も帰ってしまって、今は柚季一人。

(すずの一番望むものって一体何・・?)

 机の横に置いてあるバッグの中に入っている、白い本に柚季は目線を持っていく。

「・・・」

 そして、筆を置くと白い本に手を伸ばした。

 ・・・パラパラと捲る。

(にしても、この絵本って・・・絵本っぽくないな・・)

 表紙も白一色、中も文字だけ。

 とその時、机の上のスケッチブックが眩い光を放つ。

「!」

 ページが勝手に捲られ、紙面からでてきたのは、人の手・・いや、正確にはアルトの手だ。

 柚季は慌てて、スケッチブックを安定感のある床の上に移動する。そして、アルトの手を掴み、思いっきり引っ張った。

 アルトは「すみません・・」と呟きながらスケッチブックから出てくると、床に足をつく。

「柚季さん、伺うのがおくれてしまって申し訳ないですっ・・境界でフミカさんにあいさつしてたんですけど・・」

 アルトは、困ったように笑う。

「フミカ、大丈夫そうだった?」

「・・・はい、ずっと前から覚悟はできてたみたいで・・元気そうでした。

 そもそも僕が忘れていたせいで、いろいろ面倒なことになってしまったんですよねっ」

「いや、そんなことはないと思うけど・・フミカ、それなりに楽しそうに生きてたし・・」

 相変わらずアルトは控えめだ・・そんなことを考えながら、柚季はそう言葉を並べる。

「って言うか・・アルト・・」

 柚季は病院にあるアルトの体のことを思い出す。

 アルトは、そのことについてどう思っているのだろう。

 聞きずらいと思ったが、やはり気になるので

「アルトの体、病院にあるけど・・・どうするの?」

「──・・・それより柚季さん、白い本に何か変化はありましたか?」

「あ、そうだ」

 柚季は机の上の白い本を手に取ると、それをパラパラと捲り、アルトに見せた。

「昨日、すずから三つ目のヒントもらってさ!取りあえず、全部ページ埋まったんだけど・・」

「!すごいじゃないですか!よく見てもいいですか?」

「うん・・」

 柚季は白い本をアルトに手渡す。

 ヒント1からヒント3の文章を合わせたら、このような物語になった。


・・・・・・・・・・・


 昔々あるところに、すずという小さな女の子がいました。

 すずは元気でかわいい女の子。

 おうちでは、やさしいパパとママ、保育園ではたくさんのお友だちに囲まれ、

 毎日を楽しくすごしていました。

 そんなある日、ママから大きなリボンのついた箱がすずにプレゼントされます。

「あけてごらん」

 ママは笑顔ですずにそう言いました。

「うん!」

 すずはわくわくした気持ちで、箱をあけます。

 箱からでてきたのは、赤色のランドセル。

 ずっとすずが、欲しかったものでした。

「ありがとう!ママ!」

「すずも来年から小学生だからね。少し早いけど、誕生日プレゼントだよ」

 ママはそういて、すずの頭を撫でます。

 すずはとても嬉しい気持ちで一杯でした。

 そして、小学生になることがより待ち遠しくなりました。


 けれどすずには、少し心配なことがありました。

 それは外で遊んでいるとき、胸が苦しくなり空気が吸えなくなることでした。

 突然、すずに襲いかかってくるそのびょうきは時間がたつにつれ、少しずつ悪くなっているようでした。

「すず、お外で遊んじゃダメだよ」

 ママは悲しい顏をして、そう言います。

「どうして?」

 すずがそう訊くと、ママはまた言いました。

「お外に出ると、すずの病気が治らなくなっちゃうんだよ。

 だから、おうちの中にいなくちゃダメなんだよ」

 すずはママの言っている意味がよく分かりませんでした。

 すすの病気は、家の中にいても外にいても、いつでも襲いかかってくるようになっていたからです。

 そんなある日、すずは病院という大きな建物にいくことになりました。

 お泊りをしながら病気を治さないといけないほど、すずの病気は悪くなっていたのです。

 すずは、病院の真っ白の部屋が好きじゃありませんでした。

 ここにいると、毎日、苦くておかしな味のするお薬を飲まないといけません。

 すずはママに訊きました。

「病院のお薬、すずが全部飲めば病気、やっつけられる?」

 ここは「うん」と頷いて、すずの頭を撫でました。

 すずはママの笑顔を見て、とても嬉しい気持ちになりました。

 そんなすずの楽しみは、ママに絵本を読んでもらうことでした。

 いくら体がベッドの上から動かなくなっても、すずは悲しい気持ちになることはありませんでした。

 外に遊びに行けなくても、ママの読んでくれる絵本のお蔭ですずはいろいろな場所に行った気分になれたからです。

 すずはそんな絵本が大好きでした。


「すず、迎えに来たよ」

 すずは誰かに呼ばれて目を覚ましました。

 すると、そこにはすずの知らない男の子が立っていました。

 男の子はすずの見たことのないような、大きな鎌を持っています。

 すずはとてもびっくりしました。

 男の子は言います。

「僕と一緒に天国へ行こう」

 すずは首をかしげます。

「どうして?勝手に部屋から抜け出したらママや看護師さんに怒られちゃう」

 男の子はにっこりと笑うと、すずの手を握りました。

「天国に行っても、誰もすずのことは怒らない。だから大丈夫だよ、安心して」

 ・・・すると、すずの体はふわりと浮き上がります。

 男の子と一緒に、すずはどこまでも高く昇って行きました。


天国はとてもきれいな場所でした。

 いろいろな色の家がたくさんあり、くねくねと続く道は水色の空までながく伸びています。

 けれどすずは、だんだん寂しくなってきました。

「ママに会いたい」

 すずがそう言うと、音の子は悲しい顏をしました。

「きみはもうママに会うことはできないんだ。ごめんね」

 すずは悲しくなり、たくさんたくさん泣きました。

「いやだよーママに会いたいよ」

 すると、男の子はすずに言いました。

「もうママに会うことはできないけれど、その代わりママを見ることのできるところに連れてってあげる」

 男の子に案内されたのは、境界という場所にある白い壁の家でした。

 男の子は言います。

「この家の中は、すずの思い通りにつくることができるんだよ。

 だから、すずがママに会いたいと思えば地上にいるママをそのまま映すことができるんだよ」

 すずは、男の子の言葉を信じました。

 すずは白い家の中に立って、ママに会いたいと強く思いました。

 すると、家の中の景色がすずの家の中になりました。

 そこにいるのは、ママとパパ。

 ママの腕の中には、すずより小さな赤ちゃんがいました。

 ママは言います。

「ゆず。あなたはすずの生まれ変わりの子なのよね。

 ごめんね、もう絶対に苦しい思いさせないから」

 ママはゆずの顏を覗き込み、にっこりと笑います。

 ・・・すずはその様子を見て、とても幸せな気持ちになりました。

 今間の悲しい気持ちは、いつの間にかなくなっていきます。

 ママが嬉しいと、すずも嬉しくなるとことにすずは気付きました。

 この家の中にいれば、すずはもう悲しい思いをしなくてすむのです。

 ──・・・そして、すずは境界の家の中でずっと幸せに暮らしました。


 おしまい



・・・・・・・・・


 アルトは静かに本を閉じると、それを柚季に手渡した。

「柚季さん・・・この物語は・・」

「うん、・・多分、すずが本当に体験したことなんだと思う」

 すずがどうして、このようなものを柚季にかかせたのか知らないが・・

(あんなすずでも・・自分のこと、知ってもらいたかったのかな・・)

 確かに自分はすずのことを知らない。

 けれど・・・──いくら知ってしまったとしても、自分は生きることを諦めることはできない。

「この絵本をすずのところに持っていくだくじゃ、すずの一番望むもの、にはならないと思うんだけど・・アルト、どう思う?」

「そうですねぇ・・」

 アルトは「うーん」と唸ると、呟くような声で

「この絵本・・絵本にしては、ちょっと寂しいかんじですよねっ。タイトルもついてないですし・・」

「うん、確かに」

 悲しげな内容のことは、仕方ないと思うが、見た目も寂しげなこの絵本は、ちょっと勿体ないような気をする。

「!・・そうだ!かいちゃえばいいだよ、絵とタイトル!」

「!」

「すず、絵本好きなんだし・・絶対喜んでくれるって!」

 柚季は思わず、そう叫んだ。

 すずの一番望むもの・・・もしかしたら、本当にこれかもしれない。

 すずの物語がえがかれた、世界でたった一冊の絵本。

「すずさんの一番望むもの、絶対それですよ!」

 アルトは、目を輝かせる。

「そ、そうかなっ・・そうだといいんだけどっ」

 しかし、アルトは不安げはかをする。

「あまり時間、ないようですし・・大丈夫でしょうか・・けっこうページ数ありますよね?」

「うん、でも大丈夫!徹夜してでもかくし!」

 見た感じ、10ページぐらいはありそうだ。

 ページごとにイラストを描くとなると、けっこうな量になりそうだが・・・ここは頑張るしかない。

「わたし、頑張るね!」

 柚季がそう言うと、アルトは大きく頷いた。



 その日の夜・・

 柚季は白い本を開き、机に向かった。

 文字の部分を上手い具合に調整し、そのシーンにあるイラストを鉛筆でかいていく。

 気に入ったらペン入れをして、色鉛筆で着色していった。

 美術部に入るぐらい、絵をかくことが好きな柚季だったが・・さずがにここまで沢山の絵を一気にかいたのは初めてだ。

 集中して作業すると、あっと言う間に時間は過ぎ・・もう夜中の3時。

(朝までにおわればいいんだけどっ・・それに、タイトルどうしよ・・・)



 そして、時間は過ぎ朝の9時。

(できたっ・・・)

 柚季は出来上がった絵本を眺めながら、安堵の溜息をつく。

 今まで真っ白だった本の表紙には、女の子のすずをイメージしたイラストと、タイトルは"境界のすず"にした。

 そのタイトルにセンスがあるとは思えないが、ないよりはいいだろう。

(はやくアルトに会わないとっ)

 柚季は立ち上がると、「アルトー」と呼びながら、周囲を見渡す。

 今、母は家にいないので、いくら叫んでも大丈夫だ。

 すると、アルトが柚季の前に姿を現した。

「柚季さん、完成しましたか?」

「うんっこれなんだけど・・・」

 柚季はアルトに絵本を渡そうとする・・・が、突然手に力が入らなくなり、その絵本は床に落ちる。

「う"っ・・・」

 それに、今までにない頭痛に襲われた。

「柚季さん、大丈夫ですか!?」

「だ・・・いじょうぶ・・」

「大丈夫じゃないですよね!?

 あぁぁ・・・どうしましょうっ・・・柚季さん、一端座りましょう!」

 アルトは柚季の方に手をおく。

 が、その手は柚季に勢いよく振り払われた。

「!?」

「っ・・・はははっ!」

 大声を出して笑う柚季の瞳は、今までになく真っ赤に染まっていた。

「やっと手に入れたわぁ・・・柚季の体・・」

 すると、その赤い瞳はすっと色がひき、柚季の元の瞳の色になる。

「っ──・・・すずさん!待ってください!

 たった今、すずさんの一番望むもの、完成したんです!」

 アルトは足元に落ちている絵本を柚季の姿をしたすずに差し出した。

 しかし、すずはそれを見ようともしない。

「そこにいるの?アルトくん。

 残念だけど、それ、はあたしの一番望むものじゃないわぁー。

 どちらにしろ、もう時間切れ、だったけどー・・」

「!?・・・そこにいるのって・・、すずさん、僕の姿、見えてないんですか?」

 よく見ると、すずの視線はこちらに向いていない。

 アルトは血の気が引く思いがする。

 ──そうか。柚季が飲ませれたのはすずが"人間になる薬"。

 すずは今、普通の人間になったのだ。



「みなさん、長い旅路お疲れさまでした!」

 柚季はその声にはっとすると、周囲を見渡す。

 広い部屋には、多くの人々。

 天井から吊り下げられたたくさんのランプの光が、何だか眩しい。

(ここって・・・──何処!?)

 すると、また女性の声が響く。

「これから私たちがお名前を呼びますので、それぞれ名前を呼んだ者のところへいらして下さい。

 必要な書類をお渡しいたします!」

 よく見ると、壁際にはアルトと似たような白色の服を着た人たちが数人立っており、その声はそのうちの一人が発したものののようだ。

「っ──・・・」

 柚季は嫌な予感がした。

 汗がじんわりと額に滲んでくる。

 白い服の人々は、次々と名前を呼び上げていき、名前を呼ばれた人々は戸惑いながらもそれぞれのところに集まっているようだ。

 そして、ついに「星宮柚季さん」と名前を呼ばれた。

「!」

 が、柚季の足は動かない。

 いや、柚季はこの場から動きたくなかった。

 だって、動いてしまったら、不安が確信に変わってしまうかもしれない。

「星宮柚季さーん」

「──・・・」

「柚季さんー」

「・・・」

「柚季!」

 段々と声が大きくなっていったかと思うと、シイカが柚季の目の前に現れる。

「・・・シイカ」

「奇遇だなぁ柚季!

 今日はたまたま受付の仕事、任されたんだよなァ。ほれ、これ書類」

 シイカはクリアファイルに入ったままの種類を、柚季に手渡そうとする。

 ──が、柚季は動くことができなかった。

「つーか、ちゃんと自分でこいよなっ。話きいてなかったのか?ん?」

「──・・・シイカ、わたし・・しんじゃったの?」

 柚季の声は、自分が想像していたよりも弱々しかった。

 シイカはそれに、ニカッと笑い、柚季の頭をポンポンと叩く。

「おうっその通りだ!

 まぁ仕方ねぇよ、潔く諦めるんだな」

「っ──・・・ありえない!」

 柚季はそう叫び、シイカの手を振り払う。

 それに周囲の目が、一斉にこちらに集まったのが分かったが、気にしている余裕はなかった。

「シイカは知ってるでしょ!?わたしは違うのっ・・

 わたしは、すずのせいで!!それに、もうすずの条件もクリアーできてっ・・・」

「わたしは違う、ねぇ・・・ここにきて反発する奴は、大体そう言うよな。

 どんな理由があれ、しんだっつーことには変わらねーんだ。だから、仕方ねぇー」

「仕方ないって!」

 シイカは微笑みを浮かべながら、その青みががった瞳で柚季を見据える。

「っ──・・・」

 その落ち着き払った瞳が、柚季は嫌だった。

 柚季は部屋から出られそうなドアを見つけると、走り出す。そして、部屋からとびだした。

 柚季の目の前には、空中へ続く石畳の道に白い家が建ち並ぶ光景がひろがった。すずの家に行く時に目いつもにする景色だ。

 ・・・追ってくると思ったが、シイカは追ってくる様子はない。

(どうしよ、地上に帰れるのかなっ・・)

 そんなことを考えていると

「やっぱり逃げてきたんだね、柚季」

 聞き覚えのある声がした。

 振り返ると、そこにはミオがいる。

 その隣には、子どもの姿のリツボシもいた。

「待ち伏せしてて、正解だったな!」

 リツボシは刺すような目つきで、柚季を見た。

「っ──・・」

 一瞬にして、希望が薄らいだ。

 しかしまだ、諦めるわけにはいかない。

「ほんと、サイテー。地上ではわたしのこと殺そうとして、今度は待ち伏せ?」

「・・・」

「何とでも言いやがれ!どっちみち、お前が地上に帰れるすべはもう無いんだからな」

「!」

「魔女が人間になっちまった時点で、もう手遅れだ。

 まぁ、それはそれで面倒な仕事が一つ減ったわけだからラッキーだよ」

 リツボシは口元をつり上げると、言葉を続ける。

「けどなーっ、その代わり、また面倒な仕事が一つ増えちまった!お前だよ、柚季!!」

「・・・」

「地上に強い心残りがあるお前は、第2の境界の魔女になる可能性がある。だから、そうなる前に、それなりの手段をとらせてもらう。

 いいか?大人しく言うことをきくんだぞ?」

「──やだ」

 そして、柚季は再び駆け出した。

「あーぁ面倒くせいな!行くぞ、ミオ」

「うん」

 ・・・やはり、二人は柚季のことを追いかけてきた。

(どうしよっ・・)

 このまま逃げていても、すぐに捕まってしまう。

 どこかに隠れて、地上に帰る方法を考えた方がいいかもしれない。

 そんなことを考えていると、柚季の足元を光の筋が勢いよく通過した。

「!」

 はっとして思わず歩調を緩めると、後方から腕を強く引っ張られた。

「っ──いたい!」

 肩越しに振り返ると、いつの間にか大人の姿になったリツボシがその大きな掌で柚季の手を掴んでいる。

「ちょっと!離してよ!!」

「オレたちと一緒に天界へこい!

 じゃねーと・・どうなるか、分かってんだろーな?」

「!」

 見ると、ミオが手に持つ銃を柚季のこめかみに突き付けている。

「・・・ミオ」

「・・・大丈夫だよ、柚季」

 ミオは悲しげな表情と声で、そう言った。

「何が?全然大丈夫じゃないじゃん!」

 思わず、泣きそうになる。

 すると、ミオは銃を手の中からかき消し、代わりにその腕で柚季のことを抱きしめた。

「!」

 思わぬミオの行為に、柚季は彼女の腕の中で固まるしかできなかった。

 ミオは震える声で

「ごめんね、柚季・・本当に、大丈夫だから。

 柚季は何も悪くない、そうだよね?だから、大丈夫。あたしを信じて」

 ミオはより強く柚季のことを抱きしめる。

「──・・・」

 本当・・・なのだろうか。

 ミオを信じていいのか、柚季には分からなかった。

 今までミオに殺されかけたり、勝手にキオクを抜かれそうになったりした柚季だが、どうしてか完全に嫌いになることができない。

 ──・・・きっとそれは、ミオが本当は優しいヒトだと知っているから。

 優歌の魂を綺麗だと言い、大切にあつかえる優しさが、ミオにあることを知っているから。

「分かった・・・信じる」

 柚季は呟くような声で、そう返した。

 ミオも呟くような声で「ありがとうね」と言うと立ち上がり、リツボシの方へ振り向く。

「リツ、柚季、天界に行くって」

「!・・・」

柚季がはっとしてミオを見ると、彼女はリツボシの方へ目を向けたまま・・・しかし、その手は、励ましてくれているかのように柚季の手をギュッと握っていた。

「──・・・」



「あああーどうしましょう」

 アルトは柚季の部屋で、頭をかかえていた。

 すずはどこかへ行ってしまったので、今はアルト一人だ。

 本当は追いかけて、説得しようと思ったのだが、人間になってしまったすずにはもう天界人の姿は見えない・・・

 だから、今はそのことよりも・・・

(柚季さんは、大丈夫でしょうか・・)

 柚季は今、入る体がない。ということは、境界に行っているはずだ。

 すずのことも気になるが、今は柚季のところへ行きたかった。

 アルトはフワリと浮き上がると、天井を通り抜け指を空に向かって弾く。

 いつものように、境界へのトビラが現れたことを確認すると、アルトは一刻も早く柚季に会えること願って、その中へ足を踏み入れた。


 アルトは境界に到着すると、受付をするひときは大きい白い建物のトビラをあけた。

 そこには数人の天界人しかいなく、どうやら受付が終了した後の片付けをしているようだ。

 地上から無理やり連れてこられたのならば、柚季はここにきているかもしれない、そう思ったのだが。

(ちょっと来るのがおそかったみたいですねっ・・あ、シイカ)

 よくよく見ると、片付けをしているヒトの中に、シイカがいた。

 彼は魂の入っていたカゴを大量に腕にかかえて、それを別室に運ぼうとしている最中のようだ。

(今日、シイカ、受付の手伝いだったんですねっ・・・柚季さんともしかしたらあってるかもしれません)

 アルトはそう考え、シイカに駆け寄る。

「シイカ・・・」

「おっアルトー。手伝ってくれるのか?」

「え」

 シイカは持っているカゴをアルトに押し付けると、ニカッ笑う。

 思わずそれを受け取ってしまったアルトだが、もちろん、そんなつもりはなかったので慌てて言った。

「違いますよ!僕は柚季さんが、ここにいたかきこうと思いまして」

「柚季か?さっきまでいたな」

「!」

「でも今は、天界に行っていると思うぞー。課長とミオに思いっきり待ち伏せされてたしな!」

 シイカの言葉に、アルトはゾクリとする。

 とても嫌な予感がした。

「っ─・・」

 アルトは受け取ったカゴをシイカに押し付けると、急いで部屋を後にした。

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