第5話「忘れられてしまった誰か、の願い」



 その頃、天界では・・・

 アルトは今日の分の仕事が終わると、課長の部屋に向かっていた。

 あの時からなるべく、一階の掲示板を確認するようにしていたのだが・・・今朝、その成果がでた。

(またリツボシ課長から呼び出しだなんて・・・何かやらかしたんでしょうかっ・・)

 思い当たる節が多すぎる。

(・・・いや、もしかしたらこの前みたく、ただ話をききたいだけかもしれないですしね)

 アルトはそう自分に言い聞かせて、不安な気分を何とか抑え込んだ。

 ・・・そして、課長の部屋の前につくとドギマギしながらドアをノックする。

 中から「どうぞー」と声が聞こえたのを確認すると、アルトは「失礼します」と返して、中に足を踏み入れた。

「わざわざ悪いな、アルト」

 奥のデスクで何か仕事をしていたらしい課長は、アルトが入ってくると立ち上がる。

「実は・・・大事な話があってな」

「何でしょうか・・?」

 ドキリ、とする。

 すると課長はデスクの上に置いてある透明な箱を手に持ち、こちらに歩み寄ってきた。

 よくよく見てみると、その中には小さな小瓶が一つ入っている。

 課長はその箱を一端、棚の上に置くと、ポケットから取り出した小さなカギでそのロックを外す。

 ・・・なんだかとても、重要なもののようだ。

 課長が取り出した小瓶は、きれいな青みがかった液体が入っている。

 それをアルトに見せるように持つと

「・・・アルト、地上で生きていた頃の記憶を取り戻す気はあるか?」

「!!」

「切断係に移動になったわけだしな。

 知っていると思うが、切断係の者は地上で生きていた頃に記憶を持てる権利がある」

 アルトは課長の思わぬ言葉に、動揺する。

 その状態のままアルトは、

「き・・記憶を戻せるんですか?」

「あぁ・・天界では取り除いた記憶を一定期間、保存しておく義務があってな。

 アルトの場合、ギリギリでその期間内だったんだが・・」

「──・・それが僕の・・地上にいた頃の記憶なんですか・・?」

 まだ信じられないと思いつつも、アルトはそうきいてみる。

 課長が手に持つ小瓶に入っている青色の液体・・・まさか、それが?

「あぁ・・きく話によると、これを飲み干せば記憶を戻せるそうだ」

「──・・そう・・なんですか・・」

「・・・」

「・・・」

 アルトが黙りこくっていると、課長は困ったように笑う。

「突然、そんなこと言われても困るよなー・・

 まぁ強制ではないからな。よく考えてから決めたらどうだ?」

 課長はそう言いつつ、小瓶を箱の中へ戻す。

「・・・僕は・・」

 アルトの脳裏によぎるのは、あの時、地上で会った女性の姿。

 もちろん、自分の中に彼女の記憶はない。

 ということは、彼女は地上にいた頃のアルトの関係者・・・。

 他にも気になることはたくさんある。

 どうして天界人の姿が見えるのか。

 関係者なら、アルトがしんだことを知っているはずなのに、どうして「久しぶり」なんて声をかけたのか。

「・・・」

(彼女は・・・一体誰なんでしょうか)

 今まで地上という場所に関心は薄かったのだが・・・──。

 こんな感情、初めてだ。地上にいた頃の自分を知りたいだなんて。

「アルト、どうした?」

「!・・えっと、ですね・・」

 とその時、出入口の扉が勢いよく開く。

「リツ、連れてきたよー!」

 トビラをあけたミオは、自分が入るよりも先に後方に立っている誰かを部屋の中に押し入れた。

 彼・・シイカは、迷惑そうな表情を浮かべながらも部屋の中に歩みを進める。

「お、アルトも来てたんだなー」

 アルトの姿に気付いたシイカは、こちらに笑いかける。

「あ・・はい」

 シイカは課長の方へ目を向けると、

「課長~どうしてオレのことは掲示板で呼び出さないんだー?夕飯、食べ損ねたじゃねーか」

「あぁ、悪い悪い!

 お前がアルトのように真面目な奴だったら、掲示板でもよかったんだけどな。

 どうせそれだけじゃ、こないだろうからミオに頼んだんだよ」

 課長はわざとらしくため息をつく。

「やっぱオレって信用されてねーのか!まぁ、当たり前っちゃ当たり前かー」

 相変わらずお気楽そうなシイカに、アルトは「はは・・」と乾いた笑みをこぼした。

(シイカは相変わらずですねっ・・)

「こらっ少しは反省しなさいっ」

 ミオが後ろからシイカの頭をバシリと叩くと、シイカは後ろへ振り返り、

「こー見えても、少しは反省してるぞー?」

 と言って微笑む。

「・・・早速、シイカにも大事な話があるんだが」

「ん?何だ?」

 シイカは笑うのを止めると、課長の方を見る。

「シイカは切断係だったわけだから、地上のキオクは持ってるよな?」

「・・・そうだなー」

 ・・・アルトは課長の言いたいことが理解できた。

 きっと・・・

「切断係から移動になったお前は、地上のキオクを持つ権利がなくなったんだよ。だから、そのキオクを抜き取らせてもらう」

 アルトがそれにはっとして、シイカの方を見ると、彼は何のためらいもない様子で

「んなこと嫌に決まってんだろー?」

「!・・ちょっ・・シイカっ・・」

 シイカの思わぬ発言にアルトは焦った。

「・・悪いが、これは強制なんだよ」

 課長は優しげに微笑む。

「・・・」

「・・・」

「・・・オレも課長に言いたいことあるんだよなぁ」

「──・・オレは今の仕事、もう絶対やらねぇ。性に合わねぇ仕事を、だらだら続けるのはお断りだからな」

 課長はシイカの発言に、やれやれという風にため息をつく。

「・・・ったくお前は。どこまで勝手なんだ?」

「課長、天界人にとっても仕事の合う合わないはあると思うんだよなー。

 合わない仕事をだらだら続けるより、合う仕事をテキパキとやった方が効率はいいぞ」

「・・・」

(シイカ、柚季さんと何かあったのでしょうか)

 アルトが思うに、シイカは器用なタイプなので、仕事が移動になっても上手くやると思っていたのだが。

 ・・・ちょっと意外だった。

 シイカはにかっと笑うと

「つーことで、オレは切断係に戻るってことでよろしくな!リツボシ課長!」

 課長は不服そうに眉を寄せると言った。

「あのな、お前がそれでよかったとしても、今の仕事は誰がやるんだ?」

「!・・・僕がやります!」

 アルトは反射的にそう言っていた。

 結果がだせなかったから移動させられたことは、十分承知している。

 ・・・けれど、言ってみなくちゃ分からない。

 もしかしたら、また頑張るチャンスが貰えるかもしれない。

 ・・・アルトが今、気になって仕方ないことは、たくさんお世話になった柚季のこれからのこと。

「・・・だってよ、課長!」

 シイカはそう言いつつ、アルトの肩に腕をまわす。

 アルトはそれを振り払いながら、課長の返事を待った。

「・・・アルト・・ちゃんと仕事をこなす自信はあるのか?」

「!・・はいっ前回の経験をもとに、精一杯頑張りますので、どうかよろしくお願いします・・・!」

 アルトは必死になって頭を下げる。

 ・・・正直、自信はなかったが、こう言うしか方法はなかった。

「・・・──しかし・・な・・」

「──・・・」

「リツ、お願いしてみてもいいんじゃない?」

 そう言ったのは、ミオだった。

「・・ミオ先輩」

 ミオはアルトの隣に立つと、言葉を続ける。

「確かにアルト、不器用なところあるけどさ!

 そこまで言えるほど、柚季のことを助けたい気持ちがあるみたいだしね。

 柚季に無関心な子たちに頼むより、上手くいくかもしれないよ?」

「・・・」

「・・・」

「確かに、そういう考えかたもあるな」

 課長は、少しだけ微笑んだ。

「!・・」

「分かったよ。アルトとシイカ、はそれぞれまえの仕事に戻ってくれ。

 アルトの場合は、少しの間、様子を見るという形になると思うが・・・」

「はいっありがとうございます!」

 アルトはほっと胸をなでおろした。

 でしゃばった発言をしてしまったと思ったが、言ってみてよかったと心の底から感じた。

「よかったね♪アルト」

「ミオ先輩もありがとうございますっ・・」

 アルトはミオに対してもそう言って、頭を下げる。

「おーよかった、よかった!んじゃオレは、腹減ったし行くからな」

 そしてシイカは、そそくさと部屋からでていってしまった。

 アルトはもう一度、お礼を言おうとするが、その前に課長は

「アルトももう行っていいぞ」

「あ、はい・・」

 アルトは軽く頭を下げると、課長に背を向ける。

 それと同時に「ミオ、ちょっといいか?」と課長は言って・・・二人で何かを話し始めた。

 早く部屋からでようと思ったアルトだが、ある物に目がとまってしまう。

 ・・・そこに置かれてあるのは、きれいな青色の液体のはいったビン。

 アルトが地上にいたころのキオク。

「──・・・」

 自分はもとの仕事に戻れることになったのだから、このキオクを持ち帰る権利なんてない、ないのだけれど・・・──。

 アルトの脳裏に焼き付いて離れないのは、あの時の女性の姿。

 何故だろう。あの女性は、自分が忘れてしまったキオクに関わる、大切な何かを持っている・・・そう感じるところがあった。

 もしかしたら、今が自分のキオクを手に入れることのできる、最期のチャンスかもしれない。

 こんなこといけないことだということは、十分理解している。

 けれど、アルトの手は自然とキオクの入ったビンの方へ伸びていた。

 ・・・課長とミオは話をしていて、こちらのことを気にしていない。

「っ・・・」

 アルトは素早くキオクのビンを手に取ると、それをポケットにしまいこむ。そして、「失礼しました」と言って、何事もなかったように部屋を後にした。



 ソプラノの件が過ぎてからの数日後の夜・・・

「父さんは仕事でおそくなるらしいから、先に夕飯食べちゃいましょ」

 母はそう言いつつ、テーブルの席に腰を下ろした。

 柚季も「うん」と返事をすると、いつもの席に腰を下ろす。

 早速、柚季は、数種類あるおかずのうちサラダの盛ってある皿に箸を伸ばす。

「ゆず、さっきの人は誰なの?」

 すると、母にそんなことをきかれた。

 柚季は不自然にならないよう、すぐさま

「友だちの弟さんだよ!」

 と返す。それに母は「そうなの」と言っただけだった。

 そう・・・さっきの人、というのは家にお礼の品(ドーナツ)を持ってきてくれたヒビキのことだ。

 多分、ソプラノに家の場所をきいたのだろう。

 ・・・ソプラノは目を覚まして、すぐに退院できる状態ではなかったようだが、前向きに治療に励んでいるらしい。

 柚季はその話をきいて、ほっとできた。

(っていうか、わざわざ家に来てくれるなんて、そんな気使わなくていいのに・・)

 そう思いつつも、甘いものが好きな柚季にとっては、十分嬉しかったのだが。

 柚季はそう思いつつ、夕飯を口に運んでいく。

 そろそろ食べ終わりそうだと思った時、また母が柚季に言った。

「ゆず、目の調子はどう?」

「大丈夫。悪くなってないよー」

 柚季がそう返しても、母は心配そうに柚季の左目に視線を注いでいた(自宅では眼帯ははずしている)。

「そう・・・?母さんから見たら、悪くなっているように思うんだけど・・・それに、右目の方も、少し、色変じゃない?」

「!・・大丈夫だから!ちゃんと薬、飲んでるし」

 母の発言にドキリ、としたが、とっさにそう返した。

 あの偽物の病院なんて、行っているはずないのだけれど、また心配かけてしまうし本当のことなんて言えない。

「・・・少し遠くなるけど、今よりもっといい病院があるのよ。ねぇゆず、今度はその病院行ってみない?」

「んー・・・どうだろ。・・・ごちそうさまっ美味しかったー」

 柚季はそう言って、そそくさと部屋からでていった。

 心配してくれている母に申し訳ない気持ちで一杯だった。

 ・・・だから、母のためにも・・

(早く・・この呪い、から解放されないとっ・・)


 柚季の母は心配で仕方なかった。

 ──・・それに、柚季の雰囲気が最近、あの子に似てきた気がする。

 そのせいもあって、この不安な心はより大きくなった。

(ごめんね・・・今度こそは、母さんがあなたのこと守るから・・)



 背の高い本棚が立ち並ぶ部屋に立つすずは、思わず口元を緩める。

(ママはいつになっても心配症ね・・)

 でも、大丈夫。

 もうすぐゆずは、本当のすずになるのだから。

(だから、もう少し待っててね、ママ)

 幼すぎたあの頃の私にできなかったことが、今はたくさんできるから。

 ──・・・だから、待ってて。

 すずは本棚から本を一冊抜き取ると、胸にかかえる。

 天界人に連れてこられたこの境界という場所は、好きではない・・・が、こうして懐かしくて大好きな絵本たちを再現してくれる家は、まぁ好きだった。

 たとえ幻だったとしても、絵本は大切な思い出。

 すずと地上を繋いでくれているもの。

(・・・ゆず、二つ目のヒントをあげるわ)

 ソプラノの言葉に免じて、クリアしたことにしてあげる。

「・・・ははっ」

 思わず、笑いがこぼれた。

 おかしくて仕方ない。

 左目の視力が戻ったことも、すずの能力が使えたことも、薬がきいてきた証。

 ゆずがすずに近付いた証。

(ゆず、このまま私をいいヒト、だと勘違いしてて)

 そっちの方が、私にとっても都合がいいから。



 そして、次の日・・・

 柚季は授業が休み時間に入ると、カバンの中にしまってある白い本、を取り出した。

 ソプラノのことがあったので、その間気にすることはできなったが、今は気になって仕方ない。

 すずに、一つ目のヒントとしてもらった薬を飲んでみた夢に、でてきたこれと同じ本。

 ・・・夢にでてきた白い本はちゃんと文字で埋まっていて、それと同じくなるように、今柚季の持つ白い本にもかき写したのだが・・・

(途中で、目覚ましちゃったんだよね・・・)

 なので、この物語は中途半端なところで終わってしまっている。

 柚季はその文章をまたじっくりと読み返してみた。

(絵本っぽい内容だけど・・全然知らない話だなー・・)

 ・・・この先には、一体どんな物語が続くのだろう。全く予想がつかない。

「柚季~次、移動教室だよー行こー」

「うん」

 教室の出入口に立つ琴音にそう返すと、柚季は急いで机の中から教科書を引っ張り出した。

 白い本を机に置き、この場から離れようとした時・・・白い本から強い光が放たれた。

「!!きたっ」

 柚季は琴音に向かおうとした足を止め、白い本を手にとった。

「柚季―どうしたの?チャイムなっちゃうよ?―?」

「ごめん!先行ってて」

 不思議そうな表情を浮かべながら、立ち去っていく琴音を確認すると、柚季は白い本をゆっくりと開いた。

 次は移動教室なので、教室には誰もいない。

 すずに話しかけられても、これなら安全だ。

 光が少し弱まったかと思うと・・本の中から、何かがするすると伸びてくる。

 すずの手、だ。

 以前のように、手の中にヒントを見ることのできる薬があるのだと思ったのだが、そこには何も握られてない。

「?・・・」

 疑問に思っていると、

『ゆず、手だして』

 白い本から、すずの声がきこえた。

「!・・何?」

『いいからぁ早くしなさい』

「──・・・」

 不審に思いながらも、柚季はすずの手へ自分の手を近付ける。

 と同時に、すず手は柚季の手を掴み強く引っ張った。

「!!」

 バランスを崩すと同時に、すずのもう一本の手が紙面からでてくる。

 そして、柚季の体を本の中に引っ張り込んだ。

「っ・・!」

 あの時と同じように、視界が反転し・・・そして、真っ白に染まる。

 一瞬、浮遊感に襲われたがすぐにそれはなくなり、柚季の体はそのまま別の空間に飛び出ると床を勢いよく転がった。

「いったー・・・相変わらず乱暴すぎっ」

 柚季は体を起こすと、周囲を見渡す。

 立ち並ぶ本棚に薄暗い部屋・・・。

 やっぱりここは、境界にあるすずの家の中だ。

「ゆず、会いたかったわ」

 立ち上がろとした時、いつのまにか目の前にいたすずが甘い声でそう言った。

「!すずっ」

 彼女の人間味のない赤い瞳は、今でも少し怖かった。

 すると、すずはすぐに柚季のことを抱きしめる。

「ちょっと!離して」

「ソプラノがいなくなっちゃって寂しいのよー。だから、いいでしょ、このぐらい」

 すずは、両腕に柚季のことを強く抱きしめたままそう呟く。

「──・・・」

 柚季はすずの言葉に少し、動揺した。

 ・・・が、このままだとすずのペースに乗せられてしまう。

 柚季は、すずのことを強引に引き離すと

「そんなこと言っても、わたしの体を諦めたわけじゃないくせに」

「ははっ・・・当たり前じゃない」

 すずは微笑む。

「──・・・」

 少しだけも期待した自分がバカだった。やっぱり、そう簡単にはいかない。

「・・・そういえば、わたし、すずの能力が使えたんだけど」

 悪い予感しかしなかったが、柚季は思わずそう口にした。

「ちゃんと薬の効果はでるみたいね。なかなか便利でしょう?」

「っ──・・・!」

「でも、まだ諦めるのは早いわよぉ。ソプラノの言葉に免じて、クリアーしたことにしてあげる。ありがたく思いなさいー?」

 すると、すずはてのひらを柚季にさしだす。

 ・・・そこには、赤と黒のカプセル。

 はじめの時と、見た目は同じ薬。

「ゆず、これがあなたが体を取り戻すための、二つ目のヒントよ」

「・・・やっぱり、飲むしかないんだねー」

 一つ目のヒントをもらった時と同じ状況だったので、安全だとは思うが・・・やはり、すずの薬を自ら口に入れることは気が進まない。

「あらぁ、嫌そうね。何なら、私が飲ませてあげましょうか?」

 すずはその薬を自分の口に持って行こうとする。

「ちょっ、ちょっと!自分で飲むから!」

 柚季が慌ててそう言うと、すずは少し残念そうにした。

「・・・あら、そう?」

「って言うか、すず、いい加減そういうの止めたら?」

「別にいいじゃないー私の薬をきちんと飲んでもらうには、この方法が一番いいんだから」

 柚季はすずのこたえに、思わず「はぁ」とため息をつく。

 すずに人間らしい答えを期待したのが、いけなかった。

「じゃぁ、飲むから」

 柚季が掌をすずの前に差し出すと、すずはその薬を柚季の掌の上に乗せる。

「・・・」

 そして、思い切って口の中に入れ、飲み込む。

 眠気に襲われることを知っていたので、柚季はその場にしゃがみ込む。

 それと同時にすぐに眠気に襲われ・・柚季は床に倒れるように意識を手放した。



「──・・・」

 柚季はふと、目を覚ます。

 体を起こして周囲を見渡してみると、ここは真っ白の空間。

 柚季はそこにポツリとある真っ白なベッドの上に座っていた。

(まえと同じ場所・・?)

 けれど、あのすずっぽい女の子の姿が、どこにも見当たらない。

 その時、隣に誰かの座る気配がした。

「ゆず~これ読んで?」

「!」

 弾かれたように振り向くと、そこには幼いすずがいた。

 すずはニコニコと機嫌がよさそうだ。

「また読むの?読みたいのはその本じゃなくて、白い本なんだけどなー」

 一つ目のヒントをもらう時には、途中までしか読めなかった白い本。

 今回こそは、続きが読めるはずだ。

 すずは不服そうに頬を膨らませると、胸に抱えた、赤ずきん、の本を柚季に押し付ける。

「えー・・白い本は?」

 前回で散々読まされてうんざりしていた柚季は、思わずそう言葉をこぼす。

「むー・・・ほんとゆずはせっかちなのね!」

 すずは赤ずきん、の本をベッドの上に置くと、

「じゃぁ、白い本、この中から探してくれる?」

「!・・・」

 その言葉と同時に、一瞬にして現れたのは大量の絵本。

 ベッドの上や床に数えきれないほどの絵本が散らばっている。

「すごい量なんだけどっ・・・こんなかから探せって言われてもっ・・・」

「探し当てるまで、ゆずはずっとこの夢の中からでられないわよ?」

「!・・」

 はっとしてすずのことを見ると、彼女はその歳には似合わない大人びた笑みを浮かべていた。

「・・・分かった。探すから」

(やっぱり、普通じゃないよねー)

 柚季は諦めてベッドの上の絵本を手当たり次第、探していく。

 狭いベッドの上、重なり合うようにして広がる絵本の表紙をしっかりと確かめていくのはなかなか骨の折れる作業だ。

(ベッドの上にはないかー・・)

 取りあえず、そういうことに決めて、柚季は床に散らばる絵本に視線を落とした。

「・・・」

 ベッドの上の本の・・2倍、いや、3倍ぐらいはありそうだ。

 気が遠くなりそうだが・・・やるしかない。

「すずー・・手伝って・・くれるはず、ないよね」

「うん、頑張ってー」

 すずはベッドに座り、足をぶらぶらさせながらにっこり笑う。

「・・だよね」

 柚季はひとりで探すこと決意すると、ベッドから降り、絵本と絵本の隙間に見える床に足をついた。

 そして、しゃがみ込むと手当たり次第、本の表紙を確かめていく。

(ない・・ないっ・・ない!)

 視界に入るのは、柚季のよく知る童話の絵本ばかり。

 ・・・時間が経つにつれ、腕や腰に痛みがでてきた。

「あーっ!一体どこにあるのっ・・・ってか疲れたー」

 柚季はそう叫ぶと同時に、床にうずくまるようにして顏を伏せる。

「はぁ・・・」

 深いため息をついた時、視界の端にある何かが気になった。

 そちらに顏を向けると、ベッドの下にポツリと置かれている本が目に入る。

「!・・」

(あの本は、まだ確認してない・・)

 どうしてあの本だけ、あんな目立たない場所にあるのだろう。

 ─もしかしたら。

 柚季はベッドの横に座り込むと、その本に向かって必死に手を伸ばした。

 何とか指の先を本に引っ掛けると、こちらに引き寄せる。

「!・・すず、白い本、あったよ!」

 柚季はベッドの下からでてきた白い本を、手に取るとそう叫んだ。

「おそかったのね。待ちくたびれちゃった」

「・・あのねー」

 柚季はすずの隣に腰掛ける。

 すずは柚季の方へ詰め寄ってくると、じっと白い本に視線を落としてきた。

「・・じゃぁ読むね?あ、最初からの方がいいよね?」

「うん、最初からー」

 少し面倒だと思いつつ、柚季は真っ白なページをゆっくりと開いた。

 目に飛び込んできたのは、まえと同じゆったりとした文字の列。

「昔々あるところに・・・・」

 柚季はゆっくりと絵本の文章を読み上げていく。

 ・・・内容もまえと同じだ。

 柚季はそわそわしながらも、物語の文章を順調に読み上げていった。

「・・・」

 そして、いよいよ次のページは柚季の知らない物語だ。

 柚季はページを捲る。

「~・・・」

 読み上げてはページを捲り、また読み上げてはページを捲る。

 少しずつすすんでいく物語。

 少しずつ明かされる物語・・。

「!・・」

 柚季は目を覚ました。

 突然、夢が終わったことに驚くと同時に、最後まで読めなかった事実にショックを受ける。

(でも、あと少しだった・・・)

 体を起こすと、背の高い本棚を背景にしたすずが、柚季の前に座っていることに気付く。

「おはよう、ゆず。ちゃんとヒントは受け取れたかしら?」

「うん・・・ってか、わたしが寝てる間、ずっとそこにいたの?」

「そうよぉ・・・だって、ゆずの寝顔、可愛らしいんだもの」

「──・・」

 思わず、イラッとしたが、今はそのことよりも

「白い本に続き、かいておかないとっ・・・あ、でも、教室に置きっぱなしだ」

「大丈夫よーちゃんと忘れないようになってるから」

 すずはそう言いつつ、袖の中から何かを取り出した。

「?・・何それ」

「早速だけど、3つ目のヒントを教えてあげるわー。あまり時間もなさそうだし・・ね?」

 すずは柚季を見て、微笑む。

 そして、手に持っているものを柚季に手渡した。

 それは一枚の写真。

 そこには、街中を背景にして女性が写っていた。

 暗い栗色の髪をながく伸ばしていて、グレーのポンチョとロングスカートを身に着けている。

 大人しそうなイメージの女性だ。

「・・誰、この人?」

「その子を殺して。それが3つ目のヒントの条件よ」

「!!──・・・」

 柚季はすずの言葉に、耳を疑った。

「何言ってんの!?殺せるわけないじゃん!違う条件にっ・・」

「できないなら、ゆずがしぬ、のよー。そうなりたくないなら、せいぜい頑張って?」

 すずは柚季の体を力強く押す。

 バランスを崩して倒れると・・・そこに現れた光の穴に、柚季の体は吸い込まれた。

 一瞬、視界が真っ白に染まる・・・そして、柚季はもといた教室に転がり出た。

「──・・」

 誰も、教室にはいない。

「っ・・すず、一体、何考えてるの!?」

 全く理解できなかった。

 ヒトを殺せ、だなんて。いくら自分の命がかかっているからと言ってもそんなこと

(できるわけないじゃん・・)

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