どうやら交通安全教育ビデオの中に閉じ込められてしまったらしい

千住

①一時停止違反

寝ぼけていただろうか。

気が付いたら見知らぬ住宅街に立っていた。

見通しの悪い塀に挟まれた細い道路が伸びている。


ここはどこだっけ。何をしていたのだっけ、自分は……。


初夏の直射日光に頭痛を覚えながら、あてもなく歩き出す。


今日は平日だっただろうか。住宅街はやけに静かだ。

自分の足音とアスファルトを焼く蜃気楼が非現実感を加速させていく。

すると。

シャー。

滑らかに走る自転車の音が聞こえた。

自分は振り向き、まっすぐ走ってくる自転車に道を譲る。


そのまま青年の乗った自転車をぼんやり見送る。

自転車はちりんちりんと無意味にベルを鳴らし、

交差点前の『とまれ』標識の脇を過ぎ、


そのまま停止線を超えて交差点に飛び出した。


「あっ」


声を上げたが、もう遅い。

右手から直進してきた白い乗用車、

自転車はそれに思いっ切り跳ね飛ばされてしまった。

背筋がぞっと冷えていく。


「お、おい! 大丈夫か!」


叫びながら走り寄る。


乗用車はそのまま交差点に停まっていたが、

中から運転手が出て来る様子はない。


自転車と青年は道路に転がっていた。


「大丈夫か?!」


呼びかけるが返事はない。

青年の顔は人形みたいに蒼白だ。


震える手を青年の顔にかざしてみたが

案の定、息をしていない。


き、救急車……!


自分はポケットを探り、携帯電話を

愛用のiPhoneを取り出した、はずだった。


ポケットから出てきたのは古びたガラケー、

旧式のフィーチャーフォンだった。


不可解だがこの際これで構わない。

救急車を呼べればいいのだ。

119を押し、ガラケーを耳に当てる。

しかし十秒経っても。三十秒経っても。


「……なんで出ないんだよっ!」


悪態をつきながら一度電話を切る。

ここは電波が悪いのかもしれない。


「救急車呼んですぐ戻るからな!」


青年にそれだけ言い残し、

自分は大きな道路の方へ走った。

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