雷の信と氷のイニ

TNネイント

異能力と、"彼女"との出会い。

第1話

 10年ほど前。

 ある男の自宅で、事件は起きた―――――。

「さあ、イニを殺せ」

「僕にはできない!」

「殺さねば、君も命を落とす」

「くっ……」

 何らかの会話が、リビングで巻き起こる。

 少しだけ赤の混ざった黒髪の少年と、紫色のローブの男。

 その2人の中心の口と鼻をガムテープで塞がれ、手足を縄で縛られている青紫色の髪の少女が「イニ」だ。

「殺せば日本は技術や経済が発展し、治安の良く素晴らしい国になる」

「えっ?」

 ローブの男は、少年が詳しくない言葉ばかりを口にする。

「その代わり、殺せなければ全てが狂う。 さあ、殺せ」

「あっ……ああっ……」

 少年に殺人を迫るローブの男。

 男は刃物を少年に持たせ、イニを殺させようとする。

「国の為に、殺せ」

「うわああああああ!!」

 少年は両手で刃物を持ち、イニに向かって走り出した。


 ――――――――――


 

「うわああああああ!!」

「……夢か」 

 どうやら、男の夢の中の出来事だったようだ。

 明らかに悪いようにしか思えない夢を見ていたのは、少しだけ赤の混ざった黒髪の男だった。

 名前はあみしま しん

 彼は今年から、「かくすい学園がくえん」という私立校に進学する。

 20年ほど前に革翠学園大学の附属高校として作られた学校で、「異能力」なるものを使う競技の部活動があるという。

 最近になって人類が使えることが判明したもので、能力のほとんどは「物体などを発生させる」、「身体を"特殊な状態"にする」と「どちらとも定義できないもの」の3つに分類られていて、使い方についても「頭でイメージするだけ」。

「想像」を具現化させられる時点で相当な能力者であるとも言えるが、異能力の世界では通過儀礼の一つでしかない。

 この「異能力」の存在自体は2028年頃から教える学校は増えているが、それを活用した大会などはあまり知られていない。

 日本における競技としての「異能力」の露出は、11月に行われる「世界Uアンダー-18異能技大会」の決勝の結果が少し放送される程度。

 その決勝の組み合わせはほとんどの年はインド代表とアメリカ代表の戦いで、日本代表も出場こそしているものの、ほとんどは初戦敗退という結果で終わっている。

「もうこんな時間か。 確実に遅れるな……」

 信はその学校の入学式すら遅刻しそうになるという事態に陥っていた。

 自宅からは1時間近く掛かるためだ。

 結局朝食を抜いて家を出て、電車へと向かおうとする信。

「急げ!」

 最寄り駅まで、信は走り始める。

 このまま走り続ければ、どうにか電車には間に合う。

 そこに、ある人物が声をかけてきた。 

「……随分と焦っているようだな。 後ろに乗ってくれ」

 浮遊するバイクのような乗り物を停めてきた。

「良いのか?」

「構わない。 お前のような生徒は出したくないからな」

 停めてきたのは、学校の関係者と思われる男。

 着ていたのは、学校の校章が右胸の部分に縫われた深い緑色のジャージ。

「確かにそうなんだが……」

 結局、信は男の乗り物に乗る事に。

 同乗するのは、少量の電力で高いところに浮遊する「ツーラ」というバイクのような形の乗り物。

 男の乗っているそれは、信がイメージしていたものとは全く違った。

 円形を組み合わせたような車体、パワーのある動力、そして丁度いい質感の座席。

 免許が不要という点も好まれる「ツーラ」で、これだけしっかりしたものもないだろう。

「俺の肩を掴まないと落ちるぞ、しっかり掴め!」

「はぁ!?」

 信は言われた通りに、両手で男の肩を掴む。


 そして、10分後。

 信は、革翠学園の正門前でツーラを降りた。

 そこから校舎を見た信は―――――。

「大きいな……」

 薄い黄緑の塗料で塗られた壁が特徴の、5階建ての建物。

 革翠学園の"本校舎"だ。

 様々な施設がある中の中心にある。

 正門を通り、桜等の木が植えられたコンクリートの道を歩いていく。


 入学式が行われるのは、その校舎の左手前にある「異能力技能得修えしゅう館」。

 サッカーグラウンドと同程度の広さの2階建ての建物で、いつもは新しい異能力を会得えとくしたり、自らの持つ異能力を強化する練習を行ったりする場所だ。

 席を選び、そこに座る信。

 その横には―――――。


 若干焼けている肌に青紫色の髪で、少し釣り気味の目をした少女。

 その表情はとても大人しく、体型なども悪くはない。

 生徒全員が得修館の特設の席に座ると、入学式が始まる。

 席もホールも、学校側から入学式や始業式のために用意されている。


 まず、日本国旗と学校の校旗が掲揚される。

 校旗は緑色の生地で、中心に白で蒲公英たんぽぽの花と葉、それの少し上側に「翠」の字が描かれてあるものだ。

 これが校章で、制服や一部の部活動のユニフォーム等にも使われる事もある。

 その後に、校歌の斉唱が行われる。

 この学校では斉唱されるのは校歌のみとなっており、国歌斉唱は存在しない。

 それから校長の話等があり、入学式は終了する。

 その時、先程まで無言だった少女が信に話し掛けてきた。

 光沢がなく、死んだ魚のようになっていたその茶色の瞳は、その視線を更に鋭くしていた。

「……ねえ」

「ん?」

「貴方はこの学園に、何をしに来たの?」

「今のところは……特に……」

「迷ってるのね。 それなら、"異能力"というのはどうかしら?」

「異能力……?」

「この学園に来るまで、異能力の存在を知らずに育ってきたなんて、貴方はとんでもない間抜けなのね」

 少女は、信をからかうかのような言い方だった。

「そもそも、そんなものなど聞いたこともないんだが……」

「少し、言い過ぎたかもしれないわね」

「ところで、名前は……」

 信は少女に名前をく。

「"イニ"。 これからはそう呼んで」

「イニ……? 外国人なのか?」

「……今の貴方には言えないわ。 この事は、"大事な時"まで隠しておきたい事なの」

 そう告げたイニは、信の前から去っていく。

「……なんなんだ、一体?」

 その後の行事等が終わり、信は下校する。

 だが―――――。


「……駅はどこだ?」

 学校からの最寄り駅が分からない。

 その時、同じ学校に進学した女子生徒が話し掛けてきた。

 緑色の髪が特徴的で、身長は信より少し低めだった。

「あっ、あの……」

 顔を赤らめていて、小声で囁くような感じだった。

「ん?」

「ここから近い駅なら、調べる事はできますが……」

「丁度良かった。 端末を持ってきてなかったんだ」

 彼女は自ら持ってきていた端末で、学校に近い駅を探してくれるという。

「ありました。 東に1キロくらいですね……」

「ありがとう、今からその駅に向かおう」

 駅を教えてくれた信だったが、その路線は自宅の最寄り駅とは違っていた。

 その後信は、数十分ほどの時間をかけて徒歩で帰宅したのだった。

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