ある日の出来事

@makomako333

第1話

「兄さん、花びらが髪に絡まってるよ。とってあげる。」

隣の附属中に通う超絶美形の弟が、綺麗な指を髪に這わせると、弟にハートマーク送っていた女子の視線が痛いほど突き刺さる。

二人で登校する姿はまるでカップルだ。

女子いわく『后のクセに言くんを独占するなんて酷い』らしい。

兄の俺に対して、そのライバルに向けるような視線は一体なんだ。


青春真っ盛りの高校生。

モテないなりに、女子との楽しい思い出を作るはずだった。

それが、こんな美形男子にがっつり囲まれた逆ハーレムを送ることになるとは。

遠い目をして桜を見上げる。

朝のローカルニュースで報じられた、孤独死が頭をよぎる。

いつかは結婚して、最後は家族に看取られたい。

そんな普通の幸せが至極困難に思えてしまう。


弟とわかれて校門をくぐると同じクラスの幼馴染、甘雨が待っていた。

オッスと大きく手を振る様子は同性から見ても爽やかイケメン。

俺を守護する式神の一人でもあるので、学校生活は甘雨とはほぼ一緒だ。

心強い親友ではあるが、おかげで女子からの評価は通学時と大差無い。

「甘雨くん、天神、ちょっと相談があるんだけど」

教室に入るなり、女子から声がかかる。

近寄り難い言と違い、甘雨は女子にも気さくに接するって事がせめてもの救い。

話を聞くに、部屋飼いの猫が度々家を抜け出して、戻ってこないのだとういう。

ピンクの首輪をした三毛猫らしい。

近所だから見かけたら教えて欲しいという。

お願いね、と可愛く手を振る仕草にちょっとドキドキしてしまう。

まぁ、主に、甘雨しか、見てないのは、もう、かなり、慣れてるので、悲しく、なんか、ない。

Don't mind! 俺の青春。


「おかえりなさい、后様。3分で着替えて下さい。修行を始めますよ。宿題はそれが終わってからどうぞ。」

帰宅を待ち構えていた守護で側近兼、ドS教育係の晴明が、居間で甘酒を啜っている。

重度の甘酒ジャンキーな中身を差し引いても余りある端麗な容姿。

悔しいがこいつは何をしていても様になる。

俺の周囲にはどうしてこうイケメンばかり集うのか。

「兄さん、あんなゴミの言う事、素直に従わなくていいよ。学校で疲れたんだから、しばらく僕とゆっくりしよっ。」

弟が俺にだけ見せる柔らかな表情で小首を傾げる。

「修行の邪魔は許しませんよ。主神言。后様のスケジュール管理は私に一任されています。」

晴明の冷たい言葉に、言も凍るような鋭い視線を向ける。

毎日後繰り広げられる俺を挟んでの睨み合い。ため息しつつ、階段をダッシュして5分後家を出た。


すでに日は傾き西の空が綺麗に染まっている。

静かな夕暮れ。

子供達の声に混じってどこからとなく猫の声が聞こえる。

誰かを呼ぶような、ねだるような鳴き方。

近くの古びた家の庭から聞こえてくる。

少し背伸びをして庭の垣根を覗く。

見つけた。ピンクの首輪に白、茶、黒の三毛。

エサ箱らしき物を、クンクン嗅いでいる。

今日学校で言ってた猫かもしれない。思わず家の門をまたぐ。

「いきなり、どうしたんです?」

晴明と言もぴったり後についてくる。

軽く事情を説明してから、家の中へ呼びかけるが、誰も出てはこない。

古びた木の引き戸に力を込めると、建てつけの悪い戸がガタガタと音を立てて少し開く。どうも鍵は外れているらしい。

「こんにちはー、すみませーん。」

玄関から再度挨拶すると、薄暗い廊下の奥からズッズッと足を引きずる音がして、ばあちゃんが顔を出す。

70歳くらいだろうか?

奥の部屋から手招きしている。

「ここのところ、足が悪くてね。申し訳ないが入ってきて頂戴。」

靴を脱いで玄関を上がると、やけに埃っぽいのが気にかかる。

足が悪くて掃除もままならないのだろう。

家族の靴もないし、そもそも生活感がない。

多分一人暮らしだ。


部屋に上がると、出かける予定があるのか、傍に大きめの鞄が置いてある。

その他は、壁に1枚写真が貼ってあるだけだ。

若い夫婦の睦まじい家族写真。

真ん中の男の子は多分ばあちゃんの孫なんだろう。

「悪いね。何か御用がおありですか?」

ニコニコと人好きする笑顔の目尻に深いシワが寄る。

「庭の三毛猫は、ばあちゃんの飼猫?」

「餌を置いてるだけさ。勝手に餌付けしちゃ悪いけど、どうも一人は寂しくていけない。どこの猫かは知らないよ。」

やはり、あの子の言っていた猫に間違いなさそうだ。

確認は取れたし、さっさと猫を捕獲しようとも思ったが、どうも心配になってしまう。

「ばあちゃん一人暮らし?足が悪くて何か不自由無い?」

「ああ、大丈夫、息子夫婦が旅行に誘ってくれてね。今呼びに来るはずだから。もうずっと待ってる気もするけど、なかなか来なくてね。お茶でも淹れるから、それまでゆっくりして行って。」

悪い足を引きずりながら、台所へと向かって行った。


部屋はすっかり薄暗い。

明かりをつけないと足元が危ないだろうと、スイッチを探す。

「兄さん、これでしょ?」

気の利く弟が明かりのスイッチを押すが、カチカチ音がするだけで、一向に明かりはつかない。

「あれ?電球切れてる?足悪いから交換難しいのかも。」

俺の様子を横目に見つつ、晴明は涼しい顔で自分だけ甘酒を啜っている。

「ごめんねぇ、どうも水が出なくてね。何もなくて悪いねぇ。」

「水が出ないって、水道工事中?」

いや、そんなはずはない。ここは近所だ。

もし断水があるなら、広報車や回覧で事前に知っている。

水道料金滞納で止められてる?だとしたら、生活できないだろ。

老人の一人暮らし、さすがに心配だ。

晴明に顔を寄せて、小声で聞いててみる。

「なんか、大丈夫かな?ボケちゃってる?福祉窓口に相談した方がいいのかな…。」

「あんた、いつからソーシャルワーカーになったんですか。」

この呆れ顔が将来の主に対する態度か。

今度は晴明が俺に顔を寄せる。

「大変申し上げにくいのですが、ここのおばあさまは、はずいぶん前に亡くなって空家です。」

突然の空き家発言に頭が追いつかない。

「警護上、ご近所の家族構成から家庭事情までしっかり把握してますから、間違いありませんよ。」

「はぁ?じゃこのばあちゃん誰だよ!」

「それ、本気で言ってます?日頃、内臓こんにちはの暗鬼妖魔ばかり相手にしてますけど、この方は、いわゆるオモテのオーソドックスな幽霊です。地縛霊になりかけてますが。」

「って、こんなハッキリ見えてるのに⁈」

「修行の成果ですね。」

それ、もっと早く言え! 頭をどつき回したいが、後が怖いので控えめに裏手ツッコミにしておく。


「通常霊体は、時間が経てば自ずと悟り冥界へ向かうので、害はありません。

暗鬼妖魔と融合して地縛霊になってしまうと、浄化するしかありませんが。

ちなみに、迎えに来るはずの息子夫婦は不慮の事故でとっくに成仏してます。このままだと地縛霊まっしぐらですね。」

「じゃあ、どうすれば…」

急な事態に言葉が詰まってしまう。

「そんなの簡単だよ。」

言の冷たく綺麗な笑み。

良くないことを考えてるに違いないので慌てて止めに入る。

「ちょっと待てっ! 魂を消滅させたら転生できないだろ? 自分も家族も、もう死んでて、誰も迎えにこないって納得して冥界に行ってもらうしか、ないよな。

よしっ! ここはお兄ちゃんに任せなさい。」

コミュ力人並みな俺と言えど、相手は元人間。説明すればわかってもらえる、はずだ。

ゆっくりとばあちゃんに向き直る。

「ばあちゃんの息子さんは、いつ来るって?」

「息子夫婦の家は近いからもう直ぐだよ。」

「でもさっき、ずっと待ってるって言ってた。それにここ、水道や電気も通って無い。まるで空き家みたいに見える。」

ばあちゃんの表情が歪むのと同時に、嫌な気配が部屋に広がる。引きずっていた足にはどす黒い暗鬼が絡み合い、腐肉を喰らっている。

「っー、、、」

おぞましい光景。このまま喰われて取り込まれれば後が無い。

意識を集中し、気合いで何とか暗鬼だけを滅する。

足の痛みが消えたと喜ぶばあちゃんは普通の人間にしか見えないが、さっき喰われたはずの足にはもう何の跡も無い。


「ご本人が現状を否定している以上、無理に説得するのは逆効果です。時間もありませんし、仕方ないので早く逝ってもらいましょう。」

晴明が壁の写真を暫く眺めて、ゆっくりとばあちゃんの手を握る。

しばらくそうしてから、そっと手を離すと同時に、子どもの元気な足跡が廊下からきこえる。

「ああ、お迎えに来たようですよ。」

晴明の穏やかな声にはっと振り向くと、襖の向こうには写真と同じ顔の息子夫婦が立っていた。

「一緒に行こうよっ。」

ばあちゃんは孫らしき子どもに手を引かれ、シワの深い顔を一層くしゃくしゃにして喜んでいる。

「あぁ、やっと来てくれた。」

それだけ言って、ばあちゃんは息子夫婦と共に行ってしまった。


「あれって晴明の仕業?」

「もちろん、ただの式神ですけど、しっかり冥界へご案内します。」

いつも悪趣味丸出しな式神しか出さないくせに、たまにはまともな事もあるんだと感心していると、甘酒缶が頭を直撃した。心の声まで聞こえるとは地獄耳すぎ。

抗議の視線を向けると、晴明は意外にも神妙な面持ちだ。

「一人だけ取り残されたものの気持ちは、よくわかります。

現実をありのままに受け入れる事は必要ですが、もしその現実がなかったなら、自責と後悔を背負わなくて済むなら、それほど幸福な事はありませんよ。

その弱い気持が魂を留まらせていたのでしょうね。

ご家族はもう成仏してますから、私にできるのは嘘っぱちで夢を見させて差し上げるのがせいぜいです。

…何か悲しいですね。」

どこか自嘲気味に言った後、小さくそう付け加えた。

「そうだな。けど、本人が否定した現実より、嘘でも安らぎを得られた方が救われるって事もある。だろ?」

俺が思ったまま口に出すと、ちょっと驚いたような表情が向けられる。

「生徒に励まされるようじゃ、教師失格ですね。

あんたみたいに、全ての人を救えるなんて思ってませんよ。私が頂いた幸運は特別なものですから、同じように出来るとも思いませんし。自他の区別くらいちゃんとつきます。

…以前はそれなりに割り切ってましたし、他人に感傷なんてしなかったんですけどね。あんたに感化されてきたのかもしれません。」

それが晴明にとって良い事なのか、悪い事なのか、俺にはわからない。けど、正直な気持ちを伝えてくれるのが少し嬉しい。


「僕にはよくわからないや。」

しばらく大人しく見ていた言が、つまらなそうに言う。

「言だってもし俺が死んだらさ、悲しくてただの悪夢だったらって思うだろ?」

誰だって弱い気持はある。言にだってーー。

「えっ、兄さんが僕より先に死ぬはず無いよ。

それにもしそうなっても僕がすぐ蘇生させてあげるからずっと一緒だよ。

兄さんが冥界に行きたいなら僕もついてくし。

僕は「それ」が兄さんとの未来に使えるなら生かすし、邪魔なゴミなら削除するってだけ。」

想定内の返事とはいえ、自分の常識との差には未だ困惑してしまう。

言の世界には俺と言の二人しかいないんだ。

だから俺以外の奴に共感したり、心を分け合ったりって事もない。

死んだってどうにでも出来るから、それが他の人にとって耐えがたい悲しみだって事すらわからない…。


「無駄ですよ。」

そんなやり取りをじっと眺めていた晴明は視線を合わさないまま、誰ともなしにつぶやく。

「さぁ、ぼけっとしてる暇なんて無いんですから、猫ちゃん連れてさっさと行きますよ。」

手渡された呪符を抱き上げた猫の額に貼ると、すくっと地面に立ち上がり、ブンブン尻尾を振って歩き始める。

「晴明、まさかの二足歩行に意味はあるのか?」

「この方が可愛いからです。」

このセンス、やはりちょっと変だ。

俺の周りにはイケメンばかりか変人も多い。

Never give up! 俺の人生。

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