1話 僕と死神
2016年3月28日。
少しずつ春めいてきた東京は、例年より早い桜の開花宣言が出され、心なしか町行く人たちの表情にも、春の訪れを喜ぶようなものが浮かんでいるようにも見える。
けれど、そんな事は僕にとっては関係のない事だ。
春が訪れようと、僕の心に鮮やかな色が広がる事は無い。あるのはただ一つ。
一切の不純なき『黒』のみ。漆黒。それが僕の心の内だ。
周りがどれだけ鮮やかな色彩に彩られようと、僕の視界にその色が浮かぶ事は無い。
こうして文字にしてみると、何とも中二病臭くて、我ながら笑ってしまう。けれど、これは僕にとって紛れもない事実なのだから仕方ない。
両親が2年前に他界してから、僕はずっとひとりで生きてきた。築25年、1Kで家賃2万5千円のアパートを借り、コンビニでアルバイトをしながら細々とした生活を送る。
去年の春から高校生になり、自転車も買う余裕がない僕は毎日片道1時間かけて学校へと通っている。アルバイトがあるから部活には入っていない。そのせいもあってか、学校には『友達』と呼べるような人間は誰一人としていない。それどころか、会話をする人間もいない。更にはクラスの一部のメンバーからはいわゆる『イジメ』というものを受けていて、先日はロッカーに入れておいた教科書がすべて文字の部分が真っ黒に塗りたくられていた。まるで戦後の教科書のようだった。
とまあ、こんな感じで何とも形容しがたい生活を送っているのが、僕、
正直、どうして生きているのか僕自身不思議で仕方がない。とは言っても、とどのつまり自分から命を絶つという行為が怖いだけなのかもしれないが。
「はあ……」
ボロアパートの自室、畳の上に寝転がりながら、ぼうっと天井を眺め、小さく溜め息を漏らす。窓の外からは雀のさえずりが聞こえてくる。高校は春休み、アルバイトはシフトが入っていないため今日は休み。テレビやパソコンといった家電は高価で買う事もできず、娯楽的な物品は僕の部屋には一切ない。携帯電話すらも持っていない。連絡を取り合うような相手もいないし、必要が無いから。
「いっその事、誰か僕を殺してくれないかな」
そうすれば、自ら命を絶たなくて済む。なんて。
そんな事を呟いた瞬間、突然窓から強烈な光が差し込む。
「!?」
突然の出来事に僕は驚き、立ち上がると窓の方を見遣る。しかし、あまりの眩しさに目を開ける事ができない。思わず両腕を使い目を覆う。
どれくらいの時間が経っただろう。僕は腕を降ろし、ゆっくりと目を開く。どうやら先程までの光は収まったようだ。
その代わり、窓の前には先程までいなかったはずの一人の女性の姿。
「えっ、ええっ!?」
一体いつの間に現れたのか。いや、それよりもどうやって部屋に入ってきたのか。僕は昨夜ドアや窓に鍵をかけて眠りに就いてから今の今まで一度も鍵を開けていない。
女性は目を閉じ、その場に静かに佇んでいる。真っ黒のワンピースに身を包み、同じく黒色の髪は肩甲骨ほどまで伸びている。顔立ちはまるで外国人の様な端正さ。簡単に言うなら『美人』だ。これほどまでにこの言葉がしっくりくる人間を、僕は見た事が無い。
と、女性がゆっくりと目を開き、こちらへと視線を向けた。アイスブルーの透き通るような綺麗な瞳。まつ毛も長い。
じっと観察を続けていると、ようやく女性がその閉ざされた口を開いた。
「初めまして、真月真城さん」
「! どうして、僕の名前を……」
僕が驚いてみせると、女性はふふ、と鈴の音のような笑い声を零す。
「あなたの事は調べさせてもらいました。真月真城、16歳。1999年8月4日生まれ。身長171センチ、体重64キロ。都立葛西東高校に在籍。クラスは現在1年4組……」
女性の口から、次々と僕の個人情報が漏れ出てくる。一体この人は何者なのだろうか。
僕の思考を読んだかのように、女性は「自己紹介がまだでしたね」と前置いて、自身の右手を胸に当て、微笑む。
「私はシャルル・デス・ビアンキ。あなたの命を奪うために派遣された、死神です」
「死神……?」
反復すると、彼女――シャルルは「はい」と頷いてみせる。
「この世に生きとし生けるすべての
そこまで話すと、彼女は僕に向かい「どうでしょう、概要は分かってもらえましたか?」と確認してくる。
「えーっと……何となく言いたい事は分かったけど……そんな、死神なんてファンタジーな存在、実在するわけ……」
「まあ、あなたがそう言うのも分かります。初対面でそんな事を言われたところで、到底信じられる訳がありませんからね。ですが、これは事実ですので」
シャルルは右手の人差し指を僕へと向ける。
「真月さん。あなたは、生命を終える事……いわゆる、死を望まれました。ですので、こうして私が馳せ参じたんです」
そう言われても、やはり実感が湧かないのは致し方ない事だろう。この現代社会で、そんな空想小説のような出来事が起こるなんて、普通だったらありえない。
と、ここで僕は彼女が本当に死神である事を確かめる術をひとつ、思いついた。というか、むしろ何故今までこの術が思いつかなかったのか、甚だ疑問なくらいだ。
「えーっと、シャルルさん、でしたっけ。あなたが本当に死神だというのなら、その証拠に、僕を殺してくださいよ。死神なんだから、当然できますよね?」
本当に死神なのならば、「お安いご用です」などと言ってよく見るような大きな鎌でも取り出すだろう。しかし、彼女は僕の質問に対しぎこちない表情を浮かべる。
「……大変申し訳ありません。実は、現状ではあなたのその要望に応えることはできないんです」
おおむね予想通りの回答。唯一想定外だったのは、“現状では”という言葉だろう。
「現状では、って、どういう意味なんですか?」
尋ねると、彼女は苦笑を浮かべて見せる。
「実はですね……現在死神がかなり手薄な状況になっていまして、一部の生命に対しては現在死神の正式な
一呼吸置き、彼女は更に続ける。
「死神見習は、その名のとおり見習いです。死神のたまご、みたいなものでしょうか。正式な資格が無い以上、生命の寿命を奪う権限などを持ち合わせていないのです」
なるほど、何となく理解した。けれど、これで彼女が死神であるという事実を確認する術が……。
「あ、でも
そう言って彼女は両手を天へと掲げる。すると、両の手を中心に光の粒子が集まりだす。そして、一際眩しく輝きを放つと、彼女の手には巨大な鎌が。
「…………」
「まあ、資格が無いから使用する事はできないんですけどね」
彼女はその鎌をふわっと空中へ投げる。すると、鎌は再び光の粒子へと変わり、そして姿を消してしまった。
「どうでしょう、これで私が一応死神である事は認めていただけますか?」
「えっと……」
正直、そんな空想的存在を認めたくはない。けれど、今目の前で繰り広げられたものは、紛れもない事実。僕は、小さく頷いてみせる。すると、彼女は「よかったですー」と安堵の表情を見せる。
「それで、まあ、ここからが本題なのですが」
と、彼女がすっと表情を引き締める。つられて僕も真面目な表情に切り替え、彼女をまっすぐ見据える。
「私は今、死神見習です。ですが、あなたの担当死神として、正式に派遣されています。つまり、私が死神の資格を得て正式に死神とならない限り、私はあなたの寿命を終了させることができません」
なので、と彼女は一呼吸置き、そして、ニッコリと笑みを浮かべて見せる。
「私が正式に資格を得るためのサポートをお願いします!」
「…………はい?」
サポート、とは?
「死神の資格を得るには、様々な課題をこなしていく必要があります。しかし、それは私ひとりで解決できる課題ではないんです」
なので、と、彼女は僕に向かい右手を差し伸べる。
「あなたが寿命を終えるため、私に協力してください」
「え……ええええ!?」
――これが、僕、真月真城と、死神、シャルル・デス・ビアンキの、何とも不思議な出会い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます