第90話『山崎の見た奇跡の桜』

「お聞きの放送は、FMつくばラジオ局がお送りしています。」

私は、目の前で起きた奇跡を、どう解説すれば良いのか分からないでいた。

トロフィーを高々と持ち上げた桜ちゃんは、とても嬉しそうな顔をしていた。

「山崎さーん。どうでしたか?桜ヶ丘イレブンは。」

涙が一筋零れた。

その様子を見て、実況の菊地さんは間を保とうとしてくれた。

「まずは試合を振り返ってみましょう。」

助かった。

今言葉を発したら、大声で泣いてしまいそうだった。


「まずは前半。何故か岬選手不在でして、予選を通じて初出場となった12番三杉選手がCMFを務めました。しかし、立て続けに百舌鳥校に点を取られ0-3とされました。」

涙を拭いて、解説を始める。

「いつも通りの、強い百舌鳥校でした。隙もミスも油断もない、『完璧』を地で行くサッカーです。」

「そうですねぇ。圧巻の一言です。桜ヶ丘は、得点シーンで動揺しているようにも見えました。」

「恐らく、百舌鳥校時代の岬選手と蒼井選手の連携を使ったんですね。2点目の新垣選手のルーレットにしても同じだと思います。岬選手の代名詞ですから。」

「そう言った意味では、百舌鳥校は桜ヶ丘を徹底的に分析していますね。」

「いえ、完全に分析は不可能です。」

「えっ!?」

「それは総括でお話しします。」


「わかりました…。蒼井選手のゴールも凄かったですねぇ。」

「あんなシュート、世界でも滅多に見られませんよ。威力、軌道、コース共に完璧です。」

「しかし、ここから桜ヶ丘は踏ん張りました。」

「DFの踏ん張りに、GK市原選手の活躍、そしてエドワード選手が蒼井選手を封じ込めようとしていましたね。」

「桜ヶ丘は、総じて守備は高い水準にあったと思います。百舌鳥校と同レベルと言っても過言ではなかったと思います。」

「はい。いつにも増して良かったと思います。そして、三杉選手からの絶妙なパスから天谷選手のゴールへとつながりました。」


「これが桜ヶ丘の地力なのです。」

「と、言いますと?」

「思い出してください。百舌鳥校は公式戦無敗に加え、無失点だったのです。その無失点という記録を破った、日本で唯一のチームなのです。それも岬選手抜きで…。」

「確かに…。この事だけでも、桜ヶ丘が決勝に上がってこられたチームだと裏付けていますね。」

「………。」

「山崎さん?」

「あっ、すみません。続けてください。」


「そして後半、岬選手が遅れて合流しました。あっ、ちょっと待ってください…。」

ディレクターから放送されない音声で指示が飛んでいる。どうやら色々とデータをまとめた資料が届いたようだ。

用紙を受け取った菊地さんは、直ぐに大項目にだけ目を配り、内容を把握する。

「えー、今日の試合の各種データが手元に届きました。そちらも使って解説していきましょう。」

「はい。」

「あっ、岬選手の遅れた理由が判明しま………。」

菊地さんの様子がおかしい。何かに戸惑っているようだった。こちらをチラッと見て、話を続けた。

「どうやら、ホテルを出発する際に、駐車場で車に轢かれてしまったようです…。」

「えぇー!?」

「その為、病院で精密検査を受けていた為、遅れたとの情報です。」

「そんな…。」

そんなことって…。あんなに必死になって勝ち取った決勝戦の直前に…、事故だなんて…。

「その事故は、岬選手を慕ってサインをもらいにきた中学生を庇った為に事故にあったと…。」

「桜ちゃんったら…。」

どんだけ真っ直ぐな娘なのよ…。誰だって、目標にしていた大会前なら躊躇するでしょ…。

「精密検査の結果、身体に重大な異常は無く、左肩をぶつけた衝撃で痛めていたとのことです。山崎さーん。凄まじいエピソードですね。」

「正直…、言葉もないです…。」


「そして後半、桜ヶ丘の怒涛の反撃が始まります。福田選手からのパスを、百舌鳥校DF高宮選手の足元に岬選手がダイビングヘッドで落とし、そのボールを更にダイビングヘッドで天谷選手がゴールを決めました。これも凄まじいゴールシーンでした。このような連携の練習も取り組んでいたのでしょうか?」

「していないですね。」

「その場で咄嗟に出来た、と?」

「そうです。それが桜ヶ丘の強みです。連携を超えた、アイコンタクトすら必要としない絆で結ばれたサッカー、それが桜ヶ丘学園のサッカーなのです。」

「正直なところ、ちょっと大袈裟にも聞こえます。」

「これが本当に起きていることなのです。奇跡とかまぐれとかの方が、私も信じられるぐらいなのです。」


「確かに…。そして三点目。ダイレクトか、ツータッチでボールを回していく速攻から、天谷選手のハットトリックへとつながりました。」

「これは、桜ヶ丘が完成させた『桜吹雪』という戦術です。」

「準決勝の旭川常盤高校も似たような戦術を使っていました。」

「そうですね。桜ヶ丘のメンバーは驚いたと思います。私の情報だと、桜ヶ丘は秋には完成させていましたから。でも、だからこそ防げたのだと思います。」

「百舌鳥校は防げませんでした。」

「彼女らの目指すサッカーとは真逆ですからね。事実、二回目の桜吹雪の時もゴールまでもっていかれましたから。もしも、体力があれば3度目の桜吹雪で逆転していたかも知れません。」


「なるほどー。この時点で3-3の同点となりました。今、山崎さんの解説にもあったように、桜ヶ丘は体力的に苦しそうでした。」

「百舌鳥校はワンチャンス狙ってましたが、市原選手のスーパーセーブに阻まれました。あのループシュート、途中までボールを見ないで飛んでいます。」

「勘でしょうか?」

「そうかも知れませんが…。市原選手はディフェンダー陣の視線を追っていたようにも見えました。GPS代わりにしたのかも知れません。」

「まさか…、とは思いますが、ここまでの解説を聞いていると、ありえる話しかもしれませんね。」

「はい。」

「そして、アディショナルタイムで、スーパーゴールが生まれました。」


「日本女子サッカー界で、永遠に語られても良いぐらいのゴールです。」

「プロの試合でも、なかなか見ることはないかも知れません。まず一人目、いわゆるクライフターンで抜きました。」

「完璧でした。彼女は度々ドリブル突破をしていましたから、ここまでは驚きません。」

「これだけ完璧に抜いていけること自体が、超高校生級ですけどね。」

「あっ…、そうですね。」


「そして二人目、三人目を同時に抜きました。これ、どうやったのでしょう?」

「少し遠目だったので確証はないのですが…、恐らく二人の選手の足に当て、その跳ね返ったボールが岬選手に戻ってきていると思います。」

「………。」

「菊地さん?」

「あっ、すみません…。そんな事…、そんな事を狙って出来るのでしょうか…?」

「彼女はやってのけたのです。この重要な場面で。」

「この時点で、桜ヶ丘の攻撃陣は、ほとんど付いていけなくなっていました。自分でいくしかないと考えたのでしょうか?」

「直感的には分かっていたと思います。ただ、彼女はゴールしか見えなくなるほど集中していたかも知れません。」


「なるほどー。さぁ、ここで百舌鳥校の守備の要である高宮選手を迎えます。」

「三人目を抜く辺りから、一気に加速していますね。なので、高宮選手の反応が微妙に遅れたんだと思います。」

「そいうですねー。高宮選手は、ボールはほとんど見ていないように感じます。」

「体で止めるつもりだったかもしれません。」

「それほどまでにも追い込まれていたと感じます。しかし、危なかったと言えば、先程の情報にもあったように、左肩を痛めていましたから、まともに肩がぶつかっていたら、どうなっていたか分かりませんね。」

「だから岬選手は咄嗟に、両手で高宮選手を押し出すようにして交わしています。」

「はい。ボールはヒールで浮き上がらせ、高宮選手の裏側へ飛んでいっていました。これを綺麗に処理トラップし、いよいよ蒼井選手との対決となります。」


「一瞬の中にも、見応えのある勝負でした。」

「はいー。ここで岬選手の代名詞、世界を震撼させたルーレットが炸裂しました。」

「そのルーレットですが、とある仲間から聞いた話によると、無意識に出るそうなんですが、癖というか、そういうのがありまして、いつも右側から抜いてしまうそうなんです。」

「あれ?でも、今回左から抜いていますね。」

「そうなんです。間違いなく百舌鳥校の選手は岬選手のルーレットを知っています。だけど、左側から、それも、以前よりも格段にキレのあるルーレットで抜いていきました。」

「確かに、一瞬消えたかと思いました。」

「恐らく蒼井選手は、左側も警戒していたはずです。だけれど、彼女の予想を遥かに超えるルーレットだったため、手も足も出なかったと思います。」

「そう言われると、一つのフェイントの中にもドラマがあったんですねぇ。」

「先程の情報筋によると、岬選手は百舌鳥校の選手達が知らない武器を模索していたようなんです。」

「それが、左右どちら側からでもいける、以前よりもキレの増したルーレットだったんだすね。」

「そのようです。」


「そしてGK若森選手をジャンプ一番で抜きました。」

「岬選手は、誰よりもフィールドを走っていたように感じました。それなのに、最後の最後、あれだけ飛べた事に驚愕しています。」

「そうですねー。まるで羽が生えたように見えました。データによりますと………。えっ…?」

「?」

「信じられません。Jリーグでも1試合14km程度走れば、相当走っていることになります。しかし、岬選手はハーフだけで8km以上走っていますね。これはつまり男子プロ並の走行距離ですよ…。」

「きっと、仲間の想いが、背中を押してくれたのだと思います。だけど力尽き、最後は倒れてしまったのだと思います。」

「あまりにも壮絶です…。そして今大会初ゴールを岬選手は決めました。」


「………。」

私は思い出してしまった。

彼女の高々と挙げた右手を…。

一筋、また一筋と涙が零れた。

「山崎さん…。」

「ご…、ごめんなさい…。」

ぐっと我慢して、解説を続ける。

「岬選手は…、実は、シュートがトラウマになっていて、撃てなかったのです。」

「えっ…?」

「百舌鳥校時代、彼女は熾烈なレギュラー争いの中にいました。聞いた話では、ゴールをしても喜んで貰えない、日本代表になっても歓迎されなかったそうです。」

「それは…、一体何故なのでしょう?」

「ミスをすればレギュラーが入れ替わる、そのぐらいレギュラー争いが加熱してしまった結果なのです。」

「あっ…。ミスをした方が、仲間に喜ばれてしまう状況なのだと…。」

「そうです。」

「………。」

「逆に言うと、百舌鳥校はそんなプレッシャーの中で闘っていたのです。」

「高校生とは思えない…、凄まじい状況ですねぇ…。」

「はい。私も聞いた時は驚きました。だけど岬選手は、信頼関係が無ければ、更に上を目指せないと思っていたようです。」

「………あっ。」

「そうです。それを実現したのが、桜ヶ丘チームなのです。」

「では、トラウマとは…。」

「そんな百舌鳥校チームの中でも、蒼井選手とは信頼関係があったようです。だけれど、蒼井選手は先輩に脅され、岬選手を裏切ってしまった。」

「!!」

「『自分がゴールを決めると、チームが不幸になる』彼女はそう感じたそうです。」

「それが引き金で…。」

「どうやらそのようです。私も、何とかトラウマを克服してもらおうとしましたが…、ダメでした。それは悲惨な状況でした。正直カウンセリングを受けた方が良いと思ったし、逆に、その状況でサッカーを続けられた精神力に感嘆しました。」

「確かに…。あっ…、ということは…。」

「そうです!彼女は仲間に支えられて乗り越えたのです!こんなことって…、こんなことって…。」

私は三度涙が零れた。

感動で胸が一杯だった。

ポタポタと落ちた雫は、マイクに当って音が聞こえる。


「それを聞いて、私も感動しました。岬選手のゴール自体が、ドラマチックな事だったのですね。そしてそのドラマは、仲間が支え合って実現し、桜ヶ丘はここまでこられたのですね!」

「それだけじゃないのです。」

「と、言いますと?」

「そもそも岬選手以外の桜ヶ丘のメンバーは、勿論やるからには優勝を目指していましたが、それがいつしか、岬選手のトラウマ克服の方が重要だと考えていたようなのです。」

「………。」

「しかし、なかなか克服出来ずに、決勝の百舌鳥校戦まで来てしまった。これは各選手ある程度予想していたかも知れません。これに加えて岬選手は、負けたら引退を考えていたようです。」

「えっ!?あれほどの選手が…?」

「はい。じゃぁ、どうすれば百舌鳥校と戦えるのか、どうすれば百舌鳥校に勝てるのか、その一点に彼女達は挑戦し、様々な困難を克服してきたのです。」

「なんと…。」

「まずは得意プレーを試合で使用することを禁じ、不得意部分の克服を目指しました。」

「えっ…?ちょっと待ってください…。」

「そうです。今日の試合、選手達がいつもよりも頑張ったように見えた、上手くなったように見えたのは当然で、準決勝までその状態が続けられたのです。例えば天谷選手のダイレクトシュート。今までは必ずワントラップしていました。」

「………。」

「それは1年前の同好会時代、練習試合から既に始まっていたと聞いています。」

「でも、それでは自分達の実力を測ることが…。」

「そうなのです。そこで、つぐは大に協力を仰ぎ、そこで全力プレーを試し、調整し、ここまでやってきたのです。」

「私達FMつくばは、当然つぐは大も応援しています。ところが、今年に限って合宿情報だけは漏れてこなかった…。それが、そのような理由だったとは…。」

「これが、『奇跡の桜』の全容です。彼女達は1年前から、今日、この日の、たった90分の為だけに努力してきたのです…。だから…、私は…、それが実って…、嬉しくて…。嬉しくて…。」

もう…、涙が止まらない…。


「山崎さんの気持ち、私も分かります。」

菊地さんも涙を零していた。

「こんな事があったとは、私も驚きです…。創部1年目のチームが初出場、初優勝をするだけでも偉業ですが、彼女達が仲間のために闘った結果が、今、最高の結果で実現したってことなんですね。」

「そうなのです。」

耳元のイヤホンから、そろそろ時間だと連絡が来た。

目の前では、嬉しそうに写真撮影を終えた選手達が、それぞれインタビューを受けていた。

きっと、今の事も話していると思う。

日本中が驚くには、時間がかからないだろう。

咲き誇った、奇跡の桜の全貌に…。


「さて、今大会の総括を後日お願いしたいのですが、どうでしょうか?」

「はい。是非、桜ヶ丘のメンバーも一緒に。」

「そうですね。非常に楽しみです。」

「はい。」

「では、お時間となりました。今年の高校女子サッカー選手権は、茨城県つくば市の私立桜ヶ丘学園が、2年と364日間無敗、無失点だった大阪百舌鳥高校を4-3で破って、初出場・初優勝を果たし、見事奇跡の桜を咲かせました。今日の試合は実況菊地と、解説はつくばFCキャプテンの山崎さんでお送りしました。山崎さん、今日はありがとうございました。」

「いえ…。また次回よろしくお願いします。」


「はい!ではFMつくばより、フィールドに舞う桜と共に、お送りしました。」


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