第89話『桜の絆サッカー』
ワァァァァァァァアアアアアアアア…
試合はとっくに終わったのに、今だに大歓声がスタジアムを揺らしていた。
私達はベンチへと向かい、背後のスタンドに向かって1列に並ぶ。
ここまでも、部長におんぶしてもらったよ。
ちょっと恥ずかしかったけれど、だけど、部長の背中が安心感を与えてくれた。
可憐ちゃんや香里奈ちゃん、そして後藤先生も加え、全員で整列する。
それを確認した部長。
「精一杯応援してくれて…、ありがとうございました!礼!!!」
「「「ありがとうございました!!!」」」
深くお礼した頭上からは、盛大な拍手と、沢山の声援が降り注いでいた。
「龍子ーーー!!あんた最高だったわーーー!!!」
寅子さんが柵に身を乗り出して叫んでいた。
天龍ちゃんはニカッと笑って右手を挙げた。
寅子さんの隣にはパパの姿が見えた。
「桜ぁぁあああ!!」
心配そうに私の名前を叫んでいた。
「パパー---!!!」
「どうしたーーー!?」
「大好きーーーーーーーー!!!!!」
「………!?」
キョロキョロして恥ずかしそうなパパ。
「俺もだぞーーーーー!桜ぁぁぁあああ!!!」
だけど答えてくれた。
嬉しかった。
凄く、嬉しかった。
直ぐに可憐ちゃんに抱きつかれる。
「桜!やったね!!!」
「可憐ちゃんのお陰なんだから…、全員で勝ち取ったんだから!」
「うん…。」
「それと、香里奈ちゃんの声援、凄く勇気貰えたよ!」
「桜先輩…。」
香里奈ちゃんにも抱きつかれて、二人共豪快に泣いていた。
ふと見ると、後藤先生も泣いていた。
頭上で拍手しながら声援に答え、そして私達を誇らしげに見守ってくれていた。
『これより、表彰式を始めます。』
スタジアムに放送が流れる。
『選手の皆様は集合してください。』
いつの間にか準備が整っていたみたい。
私は自分の足で歩いて向かった。
メインスタジアムの目の前に、壇上とマイク、そして運営さん達が待っていた。
見守るスタジアムは徐々に静かになっていく。
立っているのが少し辛かったけれど、ずっと部長が支えてくれた。
運営委員長の挨拶が終わり、まずは各部門の最優秀賞が送られた。
『得点王…、桜ヶ丘学園、天谷 龍子選手!』
天龍ちゃんは誇らしげに右手を上げて表彰される。
『最優秀ゴールキーパー…、桜ヶ丘学園、市原 美稲選手!』
ミーナちゃんは、今頃になって実感が湧いてきたのか、ボロボロと泣きながら表彰されていた。
『ベストイレブンの発表をします!』
名前を呼ばれていくけれど…、全員…、桜ヶ丘のメンバーだった…。
『選考理由は、彼女達にしか出来ない唯一無二のチームを作り上げ、最後まで諦めずに大逆転した、奇跡を起こしたメンバーの為、他に誰かを選考することは考えられませんでした。』
その言葉にスタンドが盛大に湧いた。
代表して、可憐ちゃんが全員分の表彰を受け取った。
緊張していなくて、最高の笑顔だった。
『そして大会MVPの発表です。』
一際歓声が大きくなっていく。
『桜ヶ丘学園、岬 桜選手!』
大歓声と盛大な拍手の中、表彰されたよ。
なんだかちょっと照れくさかった。
『優勝旗、優勝トロフィーの授与!』
更にスタンドが沸いた。
部長と私が前に出た。
優勝旗が準備され、大会委員長が手にする。
(どっち行く?)
(部長受け取って。)
(桜じゃ飛ばされそうだしな。)
(もう!)
ニヤッと笑った部長は、嬉しさを隠しきれてなかった。
「頑張りましたね。おめでとう!」
「ありがとうございます!」
両手で優勝旗を高々と掲げる部長の顔は、最高の笑顔だった。
次に優勝トロフィーが準備される。
私は前に出た。
「あなた達の試合、毎回感動しながら見ていました。」
優勝旗と同じように渡された。
軽い素材で作られたトロフィーだけれど…。
「重いです…。」
「いや…、そんなはずは…。」
「私達にとって、このトロフィーは凄く…、重いです…。」
また泣きそうになっちゃった。
「そうだね…。おめでとう!」
二人で元の位置に戻った。
委員長の締めの言葉が続き、そして閉会式は終わりを告げた。
『これにて、全国高校女子サッカー選手権を終了します!』
ワァァァァァァァアアアアアアアア…
何度めか分からない大歓声がスタンドを覆った。
「桜!トロフィーを掲げろ!!」
「うん!皆!行くよォォォーーーーー!!!」
全員でジャンプする前のようにかがみ込む。
「満開のぉぉぉぉおおおお!!!桜ヶ丘ぁぁぁあああああ!!!」
私がトロフィーを両手で高く上げたのと同時に、全員で一斉にジャンプする。
「オオオォォォォォオォォォォォォ!!!!!」
みんな笑顔だった。
最高の笑顔だった。
私は、皆のこの笑顔を一生忘れないって誓った。
直ぐに天龍ちゃんが抱きついてきた。
「俺は約束を果たしたぞ!桜!」
「凄かったんだから!」
「だから、俺を次のステージへ連れていけ!一生一緒にサッカーやるぞ!!!」
「うん!!!」
「桜ぁぁぁ!!!」
今度は部長が飛びついてきたよ。
優勝旗はいおりんに渡していた。
目の前で両膝を付くと、ガバッと抱きついてきた。
私も思いっきりハグした。
「部長、ありがとうね。」
「何を言っているんだ!お礼を言いたいのは私の方だ!」
「違うよ。部員が集まらなくっても、2年間諦めずにサッカー同好会を守ってくれた。だから今があるの。部長がサッカー諦めなかったから…。」
部長は大粒の涙を零しながら、唇を震わしていた。
「こんな事になるとは思ってもいなかった。桜が来てくれたから!だから!」
「ありがとうね、部長!」
顔を上げた涙でぐちゃぐちゃの部長。
「桜ぁぁぁあああ!!大好きだぁぁぁああ!!!」
涙と格闘する部長に変わって、今度はジェニーが飛んできた。
「マイ、ハニー!!!」
く…、苦しい…。
「Oh~…。興奮しすぎたネ~♡」
私はジェニーの最高の笑顔を見るなり泣いちゃった。
「ジェニーが居てくれなかったら…、絶対に優勝なんて出来なかった…。本当にありがとう…。」
彼女は笑顔のまま、泣いていた。
「毎日がミラクルだったネ~…。この1年間本当に楽しかった。祖国の仲間に一杯自慢してくるネー!」
「ジェニー…、帰っちゃ嫌だ!もっと一緒にサッカーしよ!!」
私は彼女の胸の中で泣いていた。
ジェニーは震えながら優しく私を包んでくれた。
「最高の褒め言葉ネー…。私の心が揺らいじゃうじゃない。でもね…。」
彼女は私の顔を覗き込んだ。
「沢山の反対する恩人を置いてきているネ~…。だから、我儘を通してくれたお礼をちゃんとして、今度は敵として桜と闘うよ。最大のライバルとして!」
泣きながらウィンクするジェニーは、充実感と満足感に溢れていたように見えた。
「分かった!最高の試合しようね!!」
「約束ネー!!」
そして、翼ちゃんがやってきた。
「桜…。」
「翼ちゃん…。」
彼女は片膝を付いて、右手を出してきた。
私はその手を取り、固く握手した。
「今だに、どうして俺達が負けたか理解できないんだ…。俺達は何が足りなかった?」
「百舌鳥校の選手はね…。」
また涙が溢れる。
「勝つサッカーじゃなくて、負けないサッカーを目指していたの。気付かないうちに、皆現状維持をしちゃって…。だから、私が…、逃げ出した私が、全部壊さないと、全員が不幸になるって思って…。だから…。」
「桜…、お前まさか…。」
「桜ヶ丘の仲間となら出来るって信じていた。百舌鳥校の皆も救えるって。がんじがらめのサッカーなんて楽しくないでしょ!」
「そこまで考えて…。」
翼ちゃんは俯き、左手で両目を覆った。
「ありがとう…、桜…。本当にありがとう…。そして、すまなかった。お前を深く傷付けてしまって…。本当にすまなかった…。」
「もういいんだよ。」
翼ちゃんは涙目の顔を上げて、私を見つめた。
「もう、苦しまなくっていいんだよ。」
そう言った私を見ながら、彼女はボロボロと泣き出しちゃった。
「ありがとう…。桜!!」
震える手で、私に抱きついた翼ちゃん。
私もそっと抱きかかえてあげた。
「また一緒に、サッカーしようね。」
「桜ぁぁ…。桜ぁぁぁあああ!!」
「私ね…、百舌鳥校に勝てなかったら、サッカー辞めようって思っていたの…。」
「…!?」
「負ける事があるなら、それはもう私は必要されない存在なんだって…。」
「………。」
「だけど勝てた。沢山の人達に支えられて…。だから、サッカー続けるよ。」
「当たり前だ!」
「皆には言ってなかったけれど…。」
「知っていたぞ。」
天龍ちゃんが聞いていた。
「えっ!?」
「田中さんに聞いていた。だから、俺達は必死になって頑張ったんじゃねーか。」
「皆ぁ…、うぐっ…、知っていたのぉ…?」
今度は私の目から、ポロポロと涙が零れていった。
「本当にありがとう…。皆…、本当に、本当に…、ありがとう!!」
仲間の笑顔が眩しくて…、眩しくて…。
胸が熱くて、張り裂けそうだよ…。
「翼。」
「お前にも、すまなかったと思っている。」
「そんな事はどうでもいい。それよりも、負けたからこそ見えるものってあるだろ?」
「また1からサッカーを始めるつもりだ。桜が壊れていたんじゃない。俺が壊れていたことに気が付いたからだ。」
「バカだなおめーは。」
「?」
「お前は沢山のしがらみと大きなプライドから開放されたんだ。違うか?」
翼ちゃんは少し考えて、フフッと笑った。
「そうかもな。3年連続優勝を義務付けられ、無失点記録も狙わされた。百舌鳥高校の看板は重たかったかもな。」
「そうだ。もう過去形だ。」
腕組みをする天龍ちゃんはドヤ顔だった。
「だから、お前は自由になった。」
「何が言いたい?」
「好きなようにサッカーやればいいんだよ!桜が一緒にやろって言ってんだ。やればいいだろ!」
口を半開きにしながら驚く翼ちゃん。
こんな表情も初めてみたかも。
「まぁ、偉そうに語ったが、俺もやられたんだよ。桜にな。」
「ほぉ?」
「俺が今まで一生懸命背負ってきたもん全部賭けて殴り合いさ。」
「桜!本当か!?そんな危ないこと…。」
「天龍ちゃん大袈裟だよぉ…。」
「まぁ、ボールでどつかれたんだけどな。」
「だってぇ…、天龍ちゃんは最高の右足持っていたんだもん。どうしても欲しかったの!天龍ちゃんが!」
そう言ったら、天龍ちゃんは顔を真っ赤にしていた。あれ?
「こ…、こんなところで…。桜も大胆だな。」
「何を言って…。」
「桜!こんな奴が好みなのか?せめて、俺にしろ!」
「つ…、翼ちゃん…?」
「ちょっと待ったぁぁぁあああ!!!」
「ストーッップ!ストップネー!!!」
部長とジェニーまで割り込んできて、何だか変なことになっちゃった。
そこに
「桜…。最後凄かったな。」
「みやちゃんこそ。凄い迫力だった。それに、みやちゃんを中心に、百舌鳥校チームがまとまりそうになっていた。もしも完全にまとまったら、私達負けていたかも。」
そう言うと彼女の目から大粒の涙が零れていた。
「私は桜が百舌鳥校時代に言っていたことを理解していた。チームに足りないのは信頼関係だって…。なのに…、桜を救ってやれなかった!見放して…。」
私は泣きながら叫ぶみやちゃんをギュッと抱きしめた。
「良いんだよ。当時の百舌鳥校は、そいういうチームだったから。みやちゃんが悪い訳じゃないから。」
「さくらぁ…。」
「桜…。お前が育てたチーム、凄かったぞ。」
握手を交わした。その手は少し震えていた。
「手…、大丈夫?」
「あぁ。直ぐに治る程度のダメージだ。あぁぁ、マジで凄かった。U-17の時より興奮した。特にお前!」
そう言って天龍ちゃんを指差す。
「俺?」
「そうだ。世界中見ても、同世代にお前ほど凄いストライカーはいなかった。」
「俺は天龍と呼ばれている。」
「天龍?変わった名前だな。」
「天谷 龍子ちゃんなの。」
少し考えるるりちゃん。
「あぁ、なるほど。頭文字か。天龍、俺はお前のシュートを今度こそ止める。俺は今までにハットトリックを取られた事はなかった。その記録もお前は破ったからな。」
「ふん。そんなもん気にするな。」
「なに?」
「記録なんてな、いつか破られるもんだ。そんな過去のもん引きずってねーで、前を向いていけばいいんだよ。それだけだ。」
るりちゃんはポカーンとしていて、ハッと我に返った。
「天龍…。お前すげー格好いいな。」
「そうか?」
「握手してもいいか?」
「あぁ。」
ガッチリと握手した二人。するとるりちゃんはグィッと天龍ちゃんを引き寄せ、そして強く抱きしめた。
「お前は俺の初めてを奪ったんだ。責任は取ってもらうぞ。」
「変な言い方やめろ!」
そこへフクちゃんが走ってきて、二人を引き剥がした。
「僕の天龍先輩にチョッカイ出さないでください!」
「なんだこの小僧は?」
「俺の可愛い後輩だ。」
そう言われてフクちゃんは耳まで赤く染めて天龍ちゃんに抱きついた。
「なんだと…。おい、今直ぐPKで勝負つけようじゃないか。」
「い…、嫌です!」
「おい、こら!逃げんな!」
るりちゃんとフクちゃん…。一体何を揉めていたの…。
「おーい!記念撮影するぞ!」
祝賀ムードが落ち着いてきたところで、後藤先生が声をかけてきた。
百舌鳥校も写真を取る準備をしていた。
2列に並んだ13人の桜ヶ丘メンバー。
こんな少ない人数で全国優勝したことが、本当に奇跡。
数枚撮影したところで、私は直ぐに後藤先生も呼んだ。
「先生!こっちこっち!」
照れくさそうに後ろの列に並ぶ先生。
「先生を胴上げしよう!!!」
「まて!こら!」
「せーの!!!」
3回何とか宙を待った先生は薄っすらと涙を浮かべていた。
先生がいなくても優勝出来なかったんだから。
このぐらいのお礼はしないとね。
「桜!これ以上俺を虐めるな!」
えぇ…?
「じゃぁ、先生!もう一回写真撮って!」
「さっき沢山撮ったぞ?」
「今度は違う写真だよ!」
そう言ってから、百舌鳥校チームに向かって叫んだ。
「一緒に写真撮ろうよ~!!!」
顔を見合わせた百舌鳥校イレブンは、直ぐに合流してくれた。
私は天龍ちゃんと翼ちゃんを両脇に、後ろには部長とジェニーに囲まれて記念撮影をした。
その写真は一生の宝物になった。
これから女子サッカー史を変える、奇跡のメンバーが写った、世界に一枚だけの写真になったから。
その写真に写った全員が、最高の笑顔だった。
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