第85話『天龍の挑戦』

可憐から離れた桜は、俺達の輪の中心にやってきた。

ゴシゴシっと涙を拭くと、いつになく真剣な表情で全員を見渡した。

気合が入ってるじゃねーか。


「11番の新垣さんはフィジカルが弱いよ。DF陣はそこを徹底的に突いて。そして翼ちゃんは、私とジェニーで封じるよ。」

守備陣も真剣な表情で頷いた。

「攻撃陣は兎に角天龍ちゃんにボールを集めること。ゴール前で混戦になったら、全員にシュートチャンスがあるから、気を抜かないように。」

攻撃陣も真剣な表情だった。

「百舌鳥校の選手だって、常勝を続けるヒロインじゃなくて普通の女子高生なんだから。だから、無敵艦隊なんて存在しない。無失点記録は皆が破ってくれた。だから倒せない相手じゃないってことだから!」

全員が立ち上がっていく。

「いくぞ!!!」

珍しく大声をあげた桜。

その声に弾かれるように俺を含めた仲間がフィールドに駆け出す。

あいつはサイドラインの手前で空を見上げた、手を胸に当てた。

あぁ、かあちゃんに報告しているんだな。

これから一世一代の勝負を見ていてくれと…。


円陣を組んだ。

「私達が築き上げてきた絆サッカーは、例え百舌鳥校でも切ることは出来ない!!それをこれから全員で証明するよ!!私達のサッカーが日本一なんだって!!!」

「オオオォォォォ!!」

「スパイクが擦り切れるまで、ホイッスルが鳴るその瞬間まで攻めるぞ!!!」

「オオオォォォォォオォォォォォォ!!」

桜が右足を力強く1歩前へ出す。

ドンッ

仲間も迷わずそれに習った。

ドドドンッ!

「咲き誇れぇぇぇぇぇぇ!!奇跡の桜ぁぁぁぁぁああ!!!」

!!!

「ファイッ!オオオォォォォォォォオオォォォ!!」

仲間達がポジションに散っていく、その瞬間。

「笑ってつくばに帰ろうね。」

そう言った桜の言葉が胸に突き刺さる。

やってやろうじゃねーか!

やっべ、すげぇー気合入ったぜ。

ぜってー奇跡の桜を咲かせて見せる!


後半は俺達ボールからだ。

センターサークルの中心に置かれたボールの右側に俺が立ち腕組をする。

百舌鳥校からの視線が熱いぜぇ。

ふと左隣を見ると、フクの野郎が俺と同じポーズをしていた。

「やりましょう、天龍先輩!」

「いくぞ!フク!」

「はい!」

フクはチラッと俺を見て、ずぐに視線を外す。

ん?

「先輩…。」

「なんだ?」

「僕…、先輩の事が大好きです。」

「お、おぅ…。」

「だから、大好きな先輩が活躍する姿を目に焼き付けたいです。」

「ふんっ。夢に見るほど、見せつけてやる。」

「はい!だから…、先輩の夢に僕が出てくるほど頑張ります!」

「おおよ!」

俺はちょっと愛おしく感じたフクの頭を軽く抱えた。

「忘れられない45分間にしましょう。」

そう言って俺を見たフクは、顔を真っ赤にして微笑んでいた。

………。

何だか変な気分になっちまうじゃねーか。


だけど、忘れられない45分間か…。

「そうだな。」

そう短く答えたが、俺達がやろうとしている事は、そういうことかも知れねーな。

審判が時計を見ながら状況を確認し始めた。

俺はフクの頭を軽くポンッと叩いて、ボールに右足を乗せた。


ピィィィィィィィィィイイイイ!!


長い笛が後半開始を告げた。

ボールをフクに渡す。直ぐに桜にパスが回った。

可憐の事を、どうのこうの言うつもりはない。

むしろ、ぶっつけ本番で全国大会決勝戦の大舞台で、攻撃の中心に飛び込んだ度胸と、結果を出した事は手放しで褒められるレベルだと思っている。

だが…。

桜は格が違う。

ボールを持っただけでフィールドの空気が変わる。

例えそれが3年間無敗の百舌鳥校でもだ。


「ジェニー!」

凄まじい剣幕で、頼りになる相棒の名を叫ぶ桜。

「はいなー!」

凄く嬉しそうな顔で、桜の右側を駆け抜けるジェニー。

二人は少し離れて並走し、センターラインを超えていく。

走る先にボールが待っているかのような連携のパスでFW二人をあっという間に抜き去る。

あのジェニーが必死に付いていこうとしているほど素早く鋭い。

あの野郎…。最初っから本気マジじゃねーか!


二人の前に翼が立ちはだかる。

そのフォローに入ろうとするDMFもいる。

さぁ、どうする?どうでる?

ドンッ!

ジェニーからのパスをダイレクトで左へ大きく蹴り出す桜。

藍か!

とんでもなく厳しい場所へボールが飛んでいく。

藍の走りは陸上そのものだ。

百舌鳥校の奴らで追いつける奴はいねぇ。

あいつがパスを受け取ると、中央ゴール前の緊張感が高まる。


藍はトップスピードのまま、簡素なフェイントで敵を抜いていく。

どんどん中央へ切り込んでいく。

ここまでドリブルを多用したことはない。

百舌鳥校が混乱している。

どうして良いか分からないでいる。


そうか…。

こいつらマニュアルサッカーなんだな?

偵察し情報を分析することにより対策を練る。

聞こえは良いが、要は応用が効かない時は手も足も出ないって奴だ。

だが侮っちゃぁいけねぇ。

こうやって本来の俺達の姿を披露していく度に情報が集まっていく。

いずれ…、いや、直ぐに対処していく可能性は高い。

既に前半でかなり見せちまってるしな。

だから、たった1本のパスだって無駄にしちゃいけねぇ。




研ぎ澄ませ!




そう強く念じた瞬間…。

俺は不思議なフィールドで走っていることに気が付いた。

スタンドも空も見えねぇ、真っ黒な空間。

フィールド上には沢山のラインが入り乱れている。

仲間同士がラインでつながっていると気が付いた。

藍にも、フクにも、反対側のいおりんにも、そして桜にもジェニーにも。

仲間が動く度に、そのラインも合わせて動く。


何かの気配を感じ、ハッと我に返り藍を見ると、今まさにパスを出すところだった。

だが…。

俺のマークには百舌鳥校CBの高宮が付いている。

こいつのマークは部長並にしつけーし、強烈だ。

フィジカルだけ見れば、こいつの方が上かもしれねぇ。

次々と出す指示も的確で、しかもGK若森との連携もすげー。

シュートコースを狭めるようポジショニングしてくるからな。


『百舌鳥校だって、普通の女子高生なんだから。』

桜の言葉が頭をよぎる。

だよな。

ビビってたら何も出来ねー。

やらないで後悔するのが、一番情けねーぜ!


それに…。

感じるぞ。

後方からとんでもねー存在感を撒き散らしながら突っ込んでくるプレッシャーを。

仲間同士をつなぐラインが一瞬で入り乱れて、俺にくるラストパスの軌道を示した。

あんの野郎…。ほんと、とんでもねーサッカーバカだぜ。


高宮が付かず離れずマークしている状態で、フワッと後方へ下がっていく。

一瞬戸惑いながらも俺に付いてくる高宮。

そこへパスが出された。

高宮がいなくなったスペースへ。


こいつは俺が飛び出すと思い込んで、ボールに反応するか俺の動きを見極めるか、一瞬だけ判断に迷い、そしてボールへ飛びついた。

だが、その一瞬が致命傷だ。

サッカーの女神様ってのは、案外残酷なんだぜ?

一瞬の隙も見逃さねーからな!


そして俺は高宮の裏側へ迷わず走る。

ボールはフクのヘディングを中継し、とんでもねー勢いで中央へ飛び込んできた。

GK若森の視線が熱い。

一瞬でカタがつく。

瞬きするんじゃねーぞ!


「さくらぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

DF高宮が叫ぶ。

一瞬の躊躇で、二人とボールとの距離はほぼ同じ。

体格差で負ける?

先にボールにタッチすればいいだろ。

どうやって?

バカだな。飛べばいいんだぜ!


桜は迷わずダイビングヘッドの体勢をとった。

GK若宮に緊張が走る。

桜から吹き出るプレッシャーは、ゴールを狙うソレだからだ。

俺にも緊張が走る。

本当はこのままシュート決めちまうんじゃねーかと思うほどだったからだ。

いいんだぜ?ゴール決めてもな。

だが俺は自分の役割を忘れてはいねーぜ。


桜が先にボールに届く。

その瞬間、俺も高宮の裏側でダイビングヘッドの構えを見せる。


ドンッ!


桜のダイビングヘッドから放たれたボールは高宮の股下でバウンドし、こいつの影から飛び出した俺にドンピシャでボールが飛んできた。


ドンッ!







ピピッィィィィィィイイイ!!!




「ヨッシャァァァァァァァアアア!!!!」


直ぐに起き上がり、飛びついてくる桜に備えた。

ドフッ

案の定、飛び込んできた桜を強く抱きしめた。

「ヤッタァァ!ヤッタァァァア!」

フクも俺達を抱きかかえた。

俺はもみくちゃにされながら人差し指を立てて右手を挙げた。

そして、その指を若森に向ける。

「後1点で同点で、ハットトリックだぁ!覚悟しとけ!!」


高宮が、呆然とする若森に変わってボールを拾い前線へ軽く蹴り出した。

「どうした若森?お前の筋書きだと、1点差で勝利か?」

「俺はどうにかなったのかも知れねぇ。」

「はぁ?」

「10番のシュートが恋しくて仕方ない。スゲーやつだぜ、あいつは。」

「おまえが誰かを褒めるなんて珍しいな。」

「U-17ワールドカップにも居なかった。本物のゴールハンター…。あいつはソレだ。」

「ふんっ。ただ、桜ヶ丘の連携は注意しないといけない。」

「連携?気が付かないのか?」

「何をだ?」

「連携なんて生易しいものじゃない。」

「………。」

「連携より上、友情より上、信頼よりも上の領域で結ばれたパス。アイコンタクトすら必要としない阿吽の呼吸。おまえにあいつらを止めることは出来るのか?」

「やってやる。私達は百舌鳥校サッカー部だ。出来ないことは何もない。それに…。」

「あぁ、そうだな。それにうちらのキャプテンが動く。」


俺は自軍に戻る途中で翼とすれ違った。

「俺達の実力はこんなもんじゃねーぞ。」

そう言い放つ。

「桜!これがお前の答えか?」

翼は桜にそう叫んだ。


「まだ答えは出ていない。答えは試合終了のホイッスルが鳴ったら出るよ。」


そう言った桜の顔は、真剣な表情だった。


「俺達常勝百舌鳥校は負けない!」


「そんな百舌鳥校なんか、私がぶっ壊してあげるから!」


ん?

なでしこにも同じ事を言っていたな。

そう思ったけれど、この時は大して気にしなかった。


2-3で試合が再開される。

翼は腕組を解き、叫んだ。

「再び3点差にするぞ!」

「オオォォォ!!」

百舌鳥校サイドからのプレッシャーが1段上がるのを感じるぜ。

「同点にするぞーーー!」

桜も叫んだ。

「オオオォォォォォォォオオォォォ!!」

百舌鳥校に負けずと叫んだ。


だが…。

百舌鳥校が怒涛のごとく攻めてくる。

目まぐるしく回されるボール。

「振り回されるな!」

部長の指示が飛び、ジェニーは翼をマークする。

桜もいおりんも藍も下がってきた。


後ろから見ると分かる…。

百舌鳥校は…、攻めあぐねている…。

翼がジェニーとは対等に闘っていたが、そこに桜が加わると一気に劣勢になった。

ただし、こちらも攻撃の司令塔を完全に失ってしまうな。

サイドからの攻撃も、いおりんと藍までもが下がったら期待は出来ねぇ。


それでも…、それでも翼は連携を保ち、少しずつ切り込んでいった。

なんて奴だ…。

だが、新垣は完全に動きが止まっているな。

桜の助言通り、あいつの走りを邪魔する。

体と体がぶつかる度に、あいつはフラつき、走る速度をあげられないでいる。


それでもクロスを上げた翼は、誰に何を期待したのか…。

もしかしたら、桜の幻影に向かってパスを出したんじゃねーかと思うようなDFの裏を狙う際どいパス。

新垣がフェイントから走って、必死に走ってボールを受けた瞬間。


ピィィィィィィ!!


「よし!」

部長のガッツポーズだ。

オフサイドトラップが決まりやがった。

「あぁ…、あぁ…。」

新垣が混乱し、動揺していた。


百舌鳥校が焦っている。

そう感じたのは俺だけじゃないだろう。

ペナルティエリアより少し外側にボールがセットされると、ミーナがキッカーをするみてーだ。


あっ…。


俺はフクと目線が合うと、直ぐに前線へ戻っていく。


くる…。


くるぞ…。


他の奴らも動き出す。


俺は桜を探し、注視した。


あいつは両手を胸の前でギュッと握ると、小さな体で目一杯絞り出すように叫んだ。









「桜吹雪ぃぃぃぃぃいいいい!!!!」



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