第83話『可憐の真価』

「可憐!チェックいけ!!」

後ろから私に向けて、部長の指示が飛ぶ。

私はちょっと浮足立っていたかもしれない。

予想はしていたけれど、ポジション的に百舌鳥校キャプテン、蒼井 翼と対戦する事が多くなる。

今回もあっさり抜かれてしまう…。

私は他の選手よりも試合経験が少ないからか、少し違和感を感じていた。

そんな私をあざ笑うかのように、翼に翻弄される。


パスなのかドリブルなのかすらよめない、本当にキレがあり迷いの無いプレー。

桜が言ってったっけ。

彼女が唯一勝てない選手だと…。

でも私は少しでもデータを集収していく。

翼だけじゃない、接触の多い中盤の選手から、DF陣、FW陣、そしてGKまで。

だけど、データが集まれば集まるほど、暗い闇に覆われていく。

どうやって攻略していけば良いかすら、検討もつかないから…。


翼にはジェニーがマークする。

二人はU-17ワールドカップでも同じシチュエーションになっている。

右足を開放したジェニーだけど、辛うじて翼を抑えているように見える。

とても危ない状況、いつやられてもおかしくない雰囲気。

刹那、まったくパスを出す気配の無いまま、突如ボールが勢い良く蹴り出される。

いつ蹴ったのかも分からないほどのパスの先には、百舌鳥校11番の新垣が走り込んでいる。

リクがマークに付くが、一瞬遅れている。新垣の方が素早い。

それに走りながらもフェイントや、急な方向転換など、ボールを持っていなくてもトリッキーな動きが目立つ。

これでは守る方はキリキリ舞いだ。


私は、いえ、私達は驚愕した。

新垣が更に加速し、ボールの行き先より先を走る。

鋭く蹴り出されたボールがバウンドすると、ゴールの方へ方向転換しながら、更に飛んでいった。

ミーナの反応が遅れた。こんなトリックプレー、どうやって見破れば良いのよ…。

そして新垣の足元にドンピシャでボールが届くと、彼女が叫んだ。

ヤーサッサイえいっ!!」


ピピッィィィィィィイイイ!!

ゴールを知らせる笛が響いた。

やられた…。完璧な連携…。

こんなのに…、癖やパターンなんてあるの…?

どうすればいい…?どうすれば…。


ポンッ

突然肩に手が乗る。

「オラオラ!ビビってんじゃねーぞ!!俺ら今まで何点取られてきたと思ってんだー!?1点ぐれーで、ガタついてんじゃねーぞぉ!!!」

天龍が叫んだ。

皆が注目し、揺れていた心が引き締まっていく。

そうだ、今日のために沢山負けた、沢山ゴールされた。

「取り返すぞぉぉぉぉおおお!!!」

私も叫んだ!

「オオオォォォォォォォオオォォォ!!」

大きな掛け声が返ってくる。大丈夫、まだいける。


桜ヶ丘ボールから試合が再開される。

ボールを戻しながら、攻撃陣が展開した。

何度も見てきた光景。だけど今はフィールドの中から見ている。

でもぼんやりと感じる…。

誰が何処で何をしようとしているのか…。

ジェニーからのボールをノータッチ、ノールックで左へ大きく蹴り出す。

藍が走る。マークに付いていた相手MFを振り切りボールにタッチすると、ツータッチ目でDFの股下へ強く蹴り出し、自分は勢いを止めることなく更に加速する。

一瞬でサイドを突破した。

そのままドリブルで中央へ切り込む。


………。

が、パスを出そうとして辞めると、ボールが私に返ってきた。


………。

そうか…。

藍が止まっった理由は、パスコースが無いから…。

百舌鳥校DFラインは、組織的かつ機能的、そして美しいと思うほど完璧だった。

どんな不足の事態にも対処出来るように感じる。

どこへ出しても取られる…、そんな雰囲気がビンビンと漂っていた。

こういう時は…。

背後のプレッシャーへと、踵でパスを出し自分は前へ走る。

そう、今大会初のジェニーの強烈なミドルシュート!!


ドンッ!!


周囲の空間ごと蹴り出したかと思うほどの豪快なシュートは、枠の中に飛んでいく。ゴール右隅だ!


バシッ!!


「えっ…。」

まるで最初から知っていたかのように、百舌鳥校GK若森がボールをキャッチした。

直ぐに起き上がると、逆サイドSDFにスローイングでパスを出す。

いおりんを交わし、ぐんぐん上がっていく。

フォローしていた翼にボールが渡ると、ワンツーでリクを交わし、センタリングが上がった。

封印を解除したソラが、百舌鳥校FW9番と競り合う。

ソラが競り勝つ!が、こぼれ球に新垣が反応している。

部長が立ちはだかるけど…。


!!!


ワンフェイントで抜かれると、飛び出してきたミーナをあっさり交わしシュートを放たれてしまった…。

ピピッィィィィィィイイイ!!


2点目…。

強すぎる…。

どのプレイヤーも動きに無駄も迷いもミスもない…。

慌てること無く冷静に、今自分がやるべき、ベターじゃなくベストなプレイを選択し実行してしまう。

何なのこれは…。

本当にサッカーなの…?

最初からプログラムされていて、それを実行していくアンドロイドのような、ゴールが決定づけられていたような一連のプレー…。


それに、部長を抜いた新垣が使ったフェイント。

それは桜が得意にしているルーレットだった。

動揺を誘われた。

絶対に新垣は知っていてわざとルーレットを使った。

だから部長もミーナも激しく動揺したと思う。

「後1てーーーん!」

新垣が自軍へ戻りながら叫んだ。

ハットトリックまで後1点という意味だろう。

百舌鳥校からは余裕すら感じる。


これで良いの…?


良いわけない!


勝てるの…?


勝つの!!


可能なの………?


「私は絶対に諦めない!」

私の言葉に皆が注目した。

「皆、自分を思い出して!楽しいと思うサッカーを思い出して!!どんな気持ちでここまで来たか、思い出して!!!」

一瞬の沈黙の後、一斉に全員から声が出ていた。

「オラァ!俺にパスを回せ!」

「僕だって、やれます!」

「まだまだ走るよ!」

「キラーパス、まだ出してないんだから!」

「このままじゃ、アメリカに帰れないネー!」

「オフサイドトラップ決めるぞぉ!」

「オーバーラップする!」

「もっと空中戦する!」

「タックル決める!」

「これ以上、点を入れさせない!」

「舞い上がれぇぇ!桜ヶ丘ぁぁ!!!」

私の掛け声がフィールドに響く!

「ファイッ!オオオォォォォォォォオオォォォ!!」


0-2。

絶望的になりつつある点差。

3年間無失点の百舌鳥校から点を取る事が、どれほど大変なことか。

3年間無敗は伊達じゃない。

それが少しずつ理解しつつある。

だけど…。

だけど…。

だからと言って諦めるわけがない。

だって、この日の為に頑張ってきたんだから。


その原動力が何だったかを、全員が思い出した。


チームの雰囲気が変わってきているのが分かる。

感じる…。

仲間の意志が…。

伝わる…。

仲間の想いが…。


百舌鳥校は確実に勝ちにいく。

だから無駄な体力消費は絶対にしない。

最小の動きやカバーで、常に延長戦まで見込んだ闘いをしてくる。

なので意外と攻撃の機会はあったりする。

逆に言うと、攻められても点を取られない自信があるということだ。

これは慢心ではない、技術に裏付けられた自信である。


唯一付け入る隙があるとすれば、そこかもしれない。

私は攻撃し、失敗を重ねながらデータを集収していった。

攻撃の糸口ともなりえない、小さな小さな情報を見逃さないように集中力を高めていく。

何度も失敗しながらも、何とか天龍へラストパスを出す方法を模索する。

だけど、なかなか見えない…。

パスコースが見えない…。


焦りから単純なミスをしてしまう。

やはり練習量、経験の差は大きいと感じてしまう。

百舌鳥校はこんな凡ミスは絶対にしないから。

ミスは補欠を意味する。

そんな極度の緊張のなか、彼女達は闘ってきた。


強い…。


私のミスから攻撃され、翼にボールが渡る。

フィールドの緊張感が一気に上がる。

今までの対戦相手が、桜がボールを持つ度に緊張していたが、今は逆の立場にあった。

存在が脅威…。

そこにいるだけで武器になる…。


私も急いで戻る。

ピンチだと体が警告していた。

ジェニーの徹底マークに合いながらも、一瞬の隙から抜きにかかる。

二人でもつれあいながらも、翼はシュートを撃ってきた。

鋭く弧を描きながら飛んでいくボールに、何かピンッときた。

「部長!」

私は翼からファーサイドより、更に遠い場所を指差した。

彼女は一瞬場所を確認すると、迷わず走り出す!


バンッ!!


ボールがゴールバーに当たると、不自然な角度でバウンドし飛んでいく。

こぼれ球を予想していたDF陣が混乱する。

回転がかけられていて、バーに当たった瞬間、予想以上に深く跳ね返ってきたからだ。

だけど、部長だけはボールの落下地点に向かってジャンプした。


ドンッ!!


新垣とぶつかるけど、体格の良い部長に軍配が上がる。

そう、話に聞いたことがある。

桜が天龍をサッカーに誘った時、ゴールバーに横回転をかけたボールをぶつけ、予測不能なバウンドを誘発したけれど、天龍だけが落下地点に向かってシュートを決めたって。

それと同じ事を、翼と新垣がやってのけたのだ。

きっと桜と翼で使っていた戦法なんだと思う。

それを新垣でもやることにより、うちらを混乱させようとしたんだ。

きっと桜も使っているだろうと予測して…。

本当に恐ろしいチームだ。

こっちの手の内を、かなり深読みしている。


部長が弾いたボールは、リクと敵9番のFWが競り合いながら追っている。

後ろから敵のMFがカバーに来たところへ、いおりんも突っ込み、激しくボールを取りにいく。

だけど、フォローにきた翼とマークしているジェニーが近寄ったところへボールが出される。

翼はボールをトラップする振りをして、つま先でチョコンと浮かしながら後方へ流す。

体を反転しボールを一瞬見失ったジェニーを抜くと、豪快に右足を振り抜いた。


ボールはゴール左側へ飛びながら、今までに見たこともない弧を描き右へ流れていきつつ味方DF陣の頭上を飛び越え、激しく落ち込みながらミーナの伸ばした手の先を掠めゴール右側のポストに当たると、そのままゴールの中に吹っ飛んでいってしまった…。


ピピッィィィィィィイイイ!!


3度目の百舌鳥校のゴールを知らせる笛が鳴った…。

ボールって、あんなに曲がるの…?

曲げて尚、あんなにコントロール出来るの…?

百舌鳥校応援団からの大歓声が耳に届いた時、今まで必死に抱えていた、大切な物がポロポロと零れていくような気がした。


ダメ…。


心が激しく揺さぶられる。


手も足も出ない…。


そして心が一気に決壊しようとした。


ごめん…、桜…。


………。


「桜ヶ丘ぁぁぁぁぁあああ!!!」

ベンチで立ち上がる小さな人影、香里奈だ。

「気持ちで負けるなぁぁぁぁあああ!!!」

必死で叫ぶ彼女は、とても大きく見えた…。

「勝利に向かって、走れぇぇぇぇええええ!!!」

泣きそうな表情の彼女の言葉はスタンドにも届いた。

沈黙していた桜ヶ丘の応援団が活気づく。


無敵艦隊と呼ばれる百舌鳥校。

3年間公式戦無敗で無失点の記録を、今現在も継続中。

そんな敵に0-3とされた…。

うちらは創部1年にも満たない若輩チーム。

だからって、だからといって諦める理由にはならないよ!


「失う物なんて、何もないんだから!」


折れそうになった心は、ギリギリのところで持ちこたえた。

なんだろう…、ここにきて吹っ切れた感じもする。

爽やかな風が、桜ヶ丘イレブンの間を通り抜けた。


仕方ない?

負けて当然?

やっぱり駄目だったか?


そんな事を言う奴の減らず口を、一人残らず叩きのめしてやる!

そんな幻想、全部ぶっ壊してやる!

ここからだって勝ってみせる!

試合終了の笛を聞くまでは、前に進み続ける!


時計の針は、前半35分を差していた。

この試合を観戦する誰もが諦めムードの中、桜ヶ丘イレブンだけが信じていた。

試合は激しく動き出すと。

無敵艦隊に必死に抵抗するんだという決意と共に。





そして…。

伝説が、生まれようとしていた…。

女子サッカー史に永遠と刻まれる伝説が…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る