第74話『いおりんの絆サッカー』

信じられない。

あんなに苦戦すると思っていた相手から、前半で1点取っちゃった。

ボールはセンターサークルへ戻されて、試合が再開する。


私は逆サイドから、その信じられない光景を見ていた。

「いおりん!」

桜ちゃんの声だ。私、一瞬ボーっとしていたみたい。

ピィーーーー

笛が鳴りボールが動き出す。

再び桜ちゃんを見ると、私の事を指差していた。


あぁ、今度はこっちから攻めるのね。

でも今回ばかりは無理。

無理無理無理。

だって、U-17代表だった望月さんがいるんだよ?

この人マジで巧い。

防戦一方だし、それでも凄いパス出されるし。


紅月学園の神田さんだって凄かったけど、この人は全然違う。ワンランク上なのが分かる。

隙も無いし迷いも油断も無い。

この人をどうにかして、しかもキラーパス出すとか、どうやってやるのよ…。

焦る。マジで焦っちゃう。

だから逆サイドの藍から攻めたんだと思っていた。

なのに、こっち?

ボール取られたら、望月さんを起点に自由に攻撃されちゃう。

それだけは避けなきゃ。


きっとチームとして考えたなら、望月さんを交わすように逆サイドから徹底的に攻撃するのが正しい戦略なんだと思う。

これは絶対に間違っていない。

だって、この人のプレーは私達じゃ絶対に敵わないやつ。

桜ちゃんやジェニーと同じステージの人。

世界で戦える人。


「いおりん!」

そんな迷いを考えている私に、桜が声をかけてきた。

ほんと、あんたは私の心の中を見透かしていると思うよ。

そして彼女はグーにした右手をトントンと胸のところで軽く叩いて見せた。

そこには、『桜ヶ丘学園』と書かれている。


ドキッとした。

そうだ…。そうだった…。

私一人が戦っているんじゃないんだ。

一人で辛かったら仲間を頼ればいいんだ。

一人で出来ないのなら、二人でやればいいんだ。


後ろにはジェニーやリクがいる。

隣には桜ちゃんがいる。

前には天龍や福ちゃんがいる。


そう思ったら、急に焦りがなくなってきちゃった。

だって、皆で色んな強敵を苦しみながらも倒してきたじゃない。

どの試合も、全員で乗り越えてきたじゃない。

ふふふ…。

一人で焦っていた私がバカみたい。


「桜ちゃん!」

私の声にチラッと反応した彼女。

ボールは相手の攻撃を防ぎ、ジェニーに渡る。

あぁ、これくるよ。

こっちにくる。


「ほら、あんたの所にボールくるよ。」

突然背後より話しかけられてドキッとした。

望月さんだ。

試合の流れや展開も読めるってか?

だけど簡単に取られはしない。

私だって…、私だって…。

「桜ヶ丘の一員なんだから!」


桜ちゃんが不意に逆サイドを見る。

その視線の先を望月さんが見た瞬間、私は彼女の背中側から一気に駆け出した!

絶対にこっちにボールが来る。そう思った瞬間、ノールックから桜ちゃんからのパスが飛び出した。

ちょっ…。遠くて物凄く厳しいところ。

そっか、そのぐらいじゃないと、望月さんを振り切れないってことか。

だけど、直ぐ近くにプレッシャーを感じた。


!!!


望月さんが追いかけてきて、どうみても私より長い足を放り投げパスカットする。

やられた…。

彼女はこのパスすら読んでいて、尚且つ取れると思っていたんだ。

彼女は直ぐに周囲を見渡し仲間を動かす。

ヤバイ…、反撃される…。


考えるより足が動いた。いつの間にか走り出していた。

直ぐに望月さんに追いつくと、彼女の前に立ち塞がった。

ちょっと驚いた彼女。

「桜さんのチームメイトだと言うのなら、このぐらいはしてもらわないとね。」

まさか直ぐに戻ってくるとは思っていなかったみたい。

「そんなの関係ない!」

ボールを激しく奪い合いながら叫んだ。




「私達は負けられない!桜がゴールを決めるその日まで!!!」



鬼迫に押されたのか、一瞬、ほんの一瞬ボール捌きが遅れた瞬間、チョンとボールに触れる事ができた。

運良く転がったボールの先には、桜ちゃんがいた。

彼女はボールを受け取ると、直ぐに走り出した。

景色が飛ぶように流れる。

気が付いたら私も走っていた。

あの娘を一人にはさせない。

いつだって助けを求めているの知っているんだから。


桜ちゃんのドリブルスピードがどんどん増していく。

敵が二人がかりで囲んでくると、ノールックでバックパスを出した。

そこに待ち受けるジェニーは、ノートラップで前線にパスを送る。

再び桜ちゃんが受け取ると、中央前線を見た。


敵の緊張感が一気に高まる。

誰にラストパスを出すのか、そんな警戒がビンビン伝わってくる。

でも、ざーんねん。

マークがびっしり付いたFWへのラストパスは、今はまだ厳しい。

だから…。


全速力でライン際を走る私にパスが来た。

当然のようにノールックで。しかも絶妙な場所に。

油断したSDFが慌てて追いかけてくる。

そいつと接触する前にラストパスを、私が出すんだ!

フワッと脳裏にゴール前の映像が浮かび上がる。

相変わらず福ちゃんは良いポジションをキープしている!

いける!

右足を振り抜いた。


ガッ…。


ボールはゴール前に上がらなかった。

全力で戻ってきた望月さんに、ギリギリのところでカットされてしまった。

ピピッィィィィィィーーーーー

前半終了を知らせる笛が遠くに聞こえた。

「残念ね。あなたがパサーなのは重々承知よ。やらせはしない。」

望月さんは立ち上がりながら、そう言ってきた。

「絶対にあげてみる…。」

「あなたなんかに無理よ。その役目は私。絶対に勝って桜さんを連れて帰る。」

「無用なお節介ね。私達が桜ちゃんを最高の舞台に連れていく。あなたを振り切って。」

「だから、それは無理よ。」

余裕の笑み。

「そうね、私一人じゃ無理。だけど…。」

私は望月さんを睨みつけた。

「桜ヶ丘の仲間となら出来る。」

彼女はキョトンとしていた。

「絶対に!」


ベンチに戻ると、早速ホワイトボードでの復習が始まる。

1点リードしてからの後半戦。もう1点欲しかった。そうすればかなり余裕も出来たと思う。

前半最後に防がれたのが悔しい。

桜ちゃんは藍ちゃんのプレーを褒めていた。

彼女は何かと不安がったり、自信が無さそうだったけれど、あの1点で何か振り切れた感じがした。

クソッ

私だって。


「後半は右サイドが重要なポイントになるよ。」

桜ちゃんが説明する。

左サイドは藍の突破力を見せつけられたことで、相手がかなり注意をしてくると予想していた。

そっか、それだと左からは攻め辛いよね。

「だからいおりんに頑張ってもらうね。」

そうニッコリしながら言われても…。

「望月さんは言うだけあって巧いよ。」

「でも、いおりんなら大丈夫!」

「そうは思えないほど…、辛いけどね…。」

「いおりん…。」

桜ちゃんは不意に私を抱きしめてくれた。

私より小さな体から、どんどんエネルギーが伝わってくるように感じた。

「私が魔法をかけてあげる。」

「ん?」

「いおりんならもっちー望月を抜ける。絶対に大丈夫だから…。」

勇気が湧いてきた。

「絶対に大丈夫…。」

彼女の言葉は、私の心に響き、浸透していった。

「うん…。だから思いっきり桜ちゃんにも頼る。」

「そうだよ。サッカーは11人でやるんだから。」

「うん…。」


桜ちゃんの息遣い、臭い、体温…。

心音…。

この娘は助けを求めている。

求められている。

だから皆を鼓舞し盛り上げているのかと言われれば、ハッキリと違うと言える。

誰か一人でも諦めたら、桜ヶ丘が瓦解ちゃう。崩壊しちゃう。


だから皆が不安にならないように、どんなに辛くても、どんなに苦しくても、笑顔で励ましてくれている。

ほんとバカな娘。

「大丈夫だよ、桜ちゃん。」

彼女がすっと離れて私の瞳を覗き込んだ。

「皆、分かっているから。」

その言葉に、桜ちゃんは優しく微笑んだ。

「うん!」

そして嬉しそうに答えてくれた。


この、バカな娘の笑顔を守るんだ。

そう強く思った。

そして、ゴールを決めてくれたら、今度は私が抱きしめてあげる。

不安や恐怖で押しつぶされそうになっている、小さな小さな体を…。


ピィィィーーーーーー

後半戦が始まる。

私は少し前で仲間に指示を出す望月さんを見つめた。

彼女も気付きニヤリと笑う。

やれるもんならやってみなさいよって言われた気がした。


試合は一進一退となっている。

左サイドは、桜ちゃんの指摘通り藍に走らせないように注意していたし、させないようなポジショニングをしていると思った。

中央は相変わらず分厚い。

桜ちゃんの言う通り、右サイドが重要だと理解した。

あの娘はどこまで見通しているんだろ…。


そして何度めかになるボールを受け取る。

直ぐに望月さんがチェックに来た。

この人、守備も巧い。

プレッシャーの掛け方や、パスルートの塞ぎ方、安易にドリブルをさせないポジショニング。

だけど…。


私は不意に、ノールックでバックパスを出した。

リクがフォローにきているのは見なくても分かっている。

ボールの行方に望月さんが気を取られた瞬間、私は直ぐに走り出した。

全速力で!

リクは桜ちゃんにパスを出すと、ダイレクトで私にパスを回してきた。

直ぐ後方に望月さんがきているのも分かる。

ボールはギリギリのところへ転がっていく。

あれより前なら敵のSDFに、後ろなら望月さんに追いつかれてしまう。


いつもなら届かないようなボール。

もしも一瞬でも走るのが遅かったら届かなくてサイドラインを割っちゃうようなパス。

でもね…、でもね…!


届く!!


いつもより1秒速く走り出せたのは、つぐは大の田中さんの言葉を思い出していたから。

『桜ちゃんを救いたいなら、1秒速く、1歩速く走りなさい。』

これだよ…。やっと分かった…。

1歩先をいくプレー…。

仲間からのパスを自分で先読みする。


誰よりも早くボールに触れられる。

いや…、待って…。

このプレッシャーは…。

相手だって無理してまでも止めにきているってこと?

どうすれば…。

このままじゃ、前半と同じように止められちゃう…。

後ろから受ける強烈な威圧感は、すぐそこに望月さんがいる事を知らしめていた。


また脳裏に映像が飛び込んできて消えた。

そこだ!

私は前線じゃなくて、フワッと浮かせた中途半端なパスをポイッと出した。

そこには桜ちゃんがフォローに来てくれている!

次の瞬間私の目の前をスライディングで通り抜ける望月さんが見えたけど、構わず更に前へと走っていく。

だって、桜ちゃんは私にパスをくれるから!


敵SDFの脇を走り抜ける、ほんの少し手前でスルーパスが出された。

ゴール前では敵味方が入り乱れてペナルティエリアへ接近している。

ボールに追いつく瞬間、また映像が映っては消える。

やっぱりあなたなのね!

桜ヶ丘のエースストライカーは!!


迷わず右足を振り抜いた。

高く上がった鋭いボールは、キーパーの方が近いと思わせるほど最前線よりも前に蹴り出された。

福ちゃんでも届かない、敵のDF達も必死に足を伸ばしても届かない。

そのまま逆サイドの藍へパスを出したんじゃないかと思うほどの絶望的なほど遠いパス。


だけど…、だけど…。

「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

あいつなら届く!




ドンッ!!



左足で勢いを消し、右足で激しく蹴られたボールは、一歩も動けなかった敵GKの直ぐ隣を通り過ぎ、ゴールネットに突き刺さった。

文字通り、激しく突き刺さった!!!

「ヨッシャーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

喜びを叫んだ天龍。

やっぱりあんたは凄いよ。

桜ちゃんに激しく抱きつかれた天龍が叫んだ。

「いおりん!最高のパスだぜ!!」

高々と右手を挙げて応えてあげた。


ゆっくりと引き上げていく。

呆けていた望月さんを、ゆっくりと走り抜けた。

「ね?出来たでしょ?」

彼女は我に返って振り返ったみたい。

だけど私には、彼女との勝負はあんまり関係ない。

『チームが最高の状態で、桜を百舌鳥校の前に連れていく。』

天龍が言っていたその言葉が全てだから。


悔しがる藤枝大井イレブン。

喜びながら自軍へ戻る桜ヶ丘イレブン。

桜ちゃんが駆け寄って、思いっきり抱きつかれた。

「いおりんも最高だったんだから…。凄かったんだから…。」

もう、なんであんたが泣きそうなのよ。

私は桜ちゃんの頭を抱えた。

「悪いおばあさんの魔法のお陰かもね。」

「ニシシー。」

薄っすらと涙目の彼女は嬉しそうに笑った。

そして彼女は、こう叫んだ。


「もう1点いくぞーーーー!!!」


えっ!?

マジで?守りきるんじゃないの…?

「オォォォォオオォオォォォォ!!!」

自軍から聞こえる雄叫びに、私はちょっと疲れを感じていた。

だけど、気持ちいい。

仲間の笑顔に受け入れられている自分が、最高に誇らしい。


まったく…、ほんと、最高の仲間だよ。

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