第73話『藍の絆サッカー』

準々決勝。

相手は東海地区1位の藤枝大井高校。

あれ?もう、そんなところまで来ちゃったの?

何だかあっという間で、ここが全国大会の舞台で、しかも準々決勝だという実感が全然ないよ。

「藍?ボーっとしてどうかしたか?」

部長の声で我に返った。


「あ、いや…。何だか実感ないなーって。」

彼女は少し考えた振りをしたけれど、多分たいして何も考えてないよね。

「まぁ、全国優勝!とか、打倒百舌鳥校!とか言ってやってきたけれど、それがどれほど大変なことなのかすら、私達は分からないし知らないからな。実感もわかないはずさ。」

私はポカーンとしていたと思う。

「どうした?またボーっとして。」

再び部長の声で我に返った。

「珍しくまともな事言ったからでしょ。」

「誰が?」

「部長が。」

「はぁ~?私だってたまには良い事の一つや二つぐらい言うだろ。」

「たまになの?自分で言うかぁ?」

「はははっ。違いないな。でも、まぁ、何というか、優勝だとか打倒百舌鳥校だとかは、実は二番目の目標なんだと最近気付いたんだ。」

「ん?二番?」

「そうだ。きっと、皆気が付いてないだけ。でも確実に願っている事があって、それが一番の目標だと思った。」

「なにそれ?」

「藍は気付いてないか。」

「勿体ぶらないで!」

「うむ。それは桜がゴールを決めることだ。」


私は雷で撃たれたかのように電撃が体中を走った。

あぁ…、そうか…。

それだ、それだよ…。


あのの笑顔は、いつも眩しいけど、その背後には暗い影もつきまとっている。

ずーっと苦しんでる。

自分がシュート撃てれば、こんなに皆が苦しまずに済むはずだとか、もっと自分に出来ることが増えるはずだとか、もっと楽しくサッカーが出来るはずなんて考えてる。

本当に馬鹿な

誰もそんなこと気にしていないのに。

桜ちゃんと一緒にサッカーやって、それだけで楽しいんだから。


時間が無い私達が勝つための方法を、皆で一生懸命考えたり、実践したり、それこそ失敗や苦労もあったけど、でも、事実ここまで勝ち上がってこられた。

誰も表面に出さないけれど、皆色んな苦労や苦悩があったと思う。

私だって沢山あった。

天龍が部員にいるって聞いた時だって不安だらけだったし、ジェニーが来た時は英語、英語って慌てたし、サッカーのプレースタイルだって散々悩んで毎晩動画観て研究したり、走ること以外にも基礎は勿論、色んな技術がないと通用しないと痛感しつつも、どうして良いか分からなかったり、上げたらキリがないくらい散々悩んでたのは事実。


でもね、魔術師の桜ちゃんは、たった一言で悩みを吹き飛ばしちゃう。

「大丈夫!」

あの言葉にどれだけ騙されたと思ったことか。

だけど結果はどう?

本当に大丈夫になっていっちゃった。

信じられる?


だからね、私達に勝つ喜びや楽しさ、勝つ為の苦しみまでもを教えてくれた桜ちゃんが、もしも…、もしもゴールを決めたら、思いっきり抱きしめてあげたい。

強く強く抱きしめて、いっぱい褒めてあげたい。

もう二度と、くだらないトラウマなんかに引きずられないように…。


そっか。

部長の言った通りなんだね。

そっかぁ…。

そんな単純なことだったんだ。

だからここまで頑張ってこられた。

うん、そんな気がしてきた。

「やっぱり部長は凄いね。そこに気付くなんて。」


そう言うと彼女はちょっと照れくさそうにしていた。

「正直に言うと、天龍が言っていたんだ。薄々は気が付いていたけどな…。本当だぞ?」

「分かった分かった。信用してあげる。」

「だけど、桜がゴールを決める条件が、もしも百舌鳥校との闘いだとしたら、私達にとってはハードルが高すぎる。」

「だねぇ…。」

「だから、この試合でゴールを決めてくれたらと、毎回思っている。」

「こればっかりは、わからんね…。でも、決めてくれたら、本当に嬉しいよね。」

「だよな!」

ニーッと笑った部長の表情からは、心の底から願っているって思った。

こういうところが、憎めないんだよなぁ。


そして、いよいよ全国大会準々決勝が始まった。

ここまで来ると、相手が強そうとか感じなくなっちゃった。

部長が言ったように、実感がないんだよね。

だけど今までとは、少しずつ自分たちが変わってきたとも思った。

私達でも出来ることがある。

勝利に向かってやれることがある。

色々と封印しているけれど、だけど勝つ為の道筋はあるって。

ふふふ。

1年前は部員集めに奔走していたのにね。

勝利どころか、試合すら出来なかったのに…。


よし!

今日もいっちょ走りますか!

あいつの笑顔の為に!

自分の可能性の為に!


ピッチに出る前の、スタンド席の下の薄暗い通路では、両校が並んで出番を待っていた。

「桜ちゃん。久しぶり。噂は聞いていたけど、本当に勝ち上がってきたんだね。」

「うん!もっちー望月久しぶり。今日はよろしくね。」

「お互い、死力を尽くしましょ。」

「頑張ろうね!」

藤枝大井高校のキャプテン望月さんは、背も高くて切れ長の目が印象的。

「今日私達が勝ったら…、桜ちゃんを迎えに行くから。今度は一緒にサッカーやろう。私が翼なんかに引けを取らない、最高のラストパスを出すから!」

おいおい…。桜ちゃんの周りはこんなのばっかなの?

「あはははは…。皆に言われてるよ。関東大会では神田さんにも言われたし。」

「チッ…、あの小娘…。だけど、あいつは負けた。だから今度は私に挑戦権があるよね?」

「えーっと…、えーっと…。」

多分桜ちゃんは、何を言われているのか良く分かってないのだと思う。

「私、静岡FCからオファーがきているの。」

なでしこリーグでも中堅のプロチームじゃない。

「そこで一緒にやろう!」

「うーんと…、考えさせて…ねっ。」

そう言って小首をかしげた桜ちゃん。それを見た望月さんは、真っ赤になった顔を両手で多いながら、うんうんと頷いた。

まぁ、あの無邪気な笑顔と、狙ってない素振りは反則だわ。

部長とジェニーが何かを言いたそうだったけれど、いおりんが必死になだめていたよ。

ほんと、桜ちゃんの周りは、色んな意味で馬鹿ばっか!

まぁ、ちょっとは気持ちは分かるけどね…。


コイントスで、相手がボールを選択。攻める気、満々。

その事を皆が確認しながら、円陣を組んだ。

「あんな奴に桜を渡すわけにはいかない!何が何でも勝つぞ!!舞い上がれぇぇぇぇぇぇ!!桜ヶ丘!!!」

「ファイッ!!オオオオオオォォォォォォ!!!」

妙に気合の入った掛け声の後、私はいつもの左サイドに向かう。

少し内側には福ちゃん、その奥には天龍にいおりん。

後方にはウミちゃん、中央には桜ちゃんとその後方にはジェニー。

いつもの光景だけど…。

でも、どんなに望んでも、後3試合で見られなくなる。

私はこの景色を、必死になって脳裏に焼き付けようとしていた。

こんな最高な景色、二度と見られないと思ったから。


ピィィィィィィィーーーーー

長い笛が吹かれた。

相手はボールを一旦戻すと、私達から見て右サイドの望月さんへとパスを回した。

彼女は人差し指を立てて、高々と手を挙げた。

まずは1点ってか?

そうはさせない!


守備が得意ないおりんが直ぐにチェックに入る。

天龍と桜ちゃんが近くのパスコースを塞ぐように守備を固める。

私は、いつ逆サイドに、つまりこっちにボールが来てもいいように敵をマークする。


ドクンッ


心臓の鼓動が跳ね上がる。

ボールがこっちに飛んできたからだ。

いおりんの厳しいマークに合いながらも、望月さんは見事なパスを出してきた。

流石、U-17日本代表に選ばれただけはあるね。

でも、こっちには同じステージで戦った桜ちゃんとジェニーがいるから、全然気後れする必要はないよ。


鋭いパスは回転がかかっているのが分かった。

どうやら右足アウトサイドで蹴ったらしい。

弧を描くように曲がりつつ自軍ゴールに向かって転がっていく。

一気に加速してボールに追いつくと、敵と激しく競り合いになるよ。

つくばFCの山崎さんが言っていた。

下手くそな守備でもしつこくされれば、それだけ相手は嫌がると。


技術で負けても、気持ちで負けるな!

負けるな負けるな負けるな!

そして競り勝て!


勝つんだって意志は絶対に必要。

先に気持ちで負けた方が圧倒的に不利になるよ。

それは陸上部時代から、嫌というほど、本当に嫌というほどに身に沁みている。

だから、絶対に気持ちで負けない。

心が折れそうになっても…、ほら…、聞こえる…。

仲間の声が!


「藍ちゃん!」

自軍方面からはウミちゃんがいる。

「藍!」

中央にはジェニーがいる。

「藍先輩!」

敵軍方面には福ちゃんがいる。

私は一人じゃない。

仲間がいる!


だから怖くない。

もしも私が失敗しても、誰かがフォローしてくれる。

私はその為にも、皆からの信頼を得ないといけない。

藍なら最後まで諦めない、藍になら左サイドを任せられるって。


だって、思い出してみてよ。

ミーナちゃんが部員になってから、誰も勧誘をしなくなったんだよ?

こんなギリギリの人数で、敢えて闘う必要はないよね。

サッカー経験者を探して誘ってみる手とかあったと思うんだ。

だけど誰もしなかった。

部員集めを諦めた訳じゃない。

集まった仲間が、最高のメンバーだってことが、知らず知らずのうちに気付いていたからだと、勝手に思うことにした。

だから私も、その想いに応えないといけないと思った。

私もそのメンバーの一人なんだから。


あっ…、そうか…。

それが、桜が言う「絆サッカー」なんだ…。

自分のためだけじゃない。

誰かのためにも走るんだ。

だったら、このボールを奪い取って…。


!!!


鋭く出した足にボールが当たり転がると、直ぐにジェニーが拾ってくれた。


思いっきり走れ!!


スゥーーーーーーーーーッ

大きく息を吸い込むと、思いっきり地面を蹴った。

ボールは桜ちゃんへ渡っている。

皆への想い、皆からの想い、それに私は霧島菱田高校の岸田さんの想いも乗せて走るって約束した!


敵の右MFを走りながら抜き去る。慌てて追いかけてくるのが分かった。

くるっ!

見ていなくても感じる。桜ちゃんの存在が。

分かる…。

ボールがくると!


激しく揺れる視界の右側から、突如ボールが転がってきた。

桜ちゃんてば…、本当に厳しいところにピンポイントでパスを出すんだから…。

ガハッ

一度大きく呼吸をすると、再び無呼吸のまま加速していく。

酸素を補給した体が加速する。


敵のSDFより先にボールを受け取ると、直ぐに中央にセンタリングするフェイントを入れて、相手の股下へボールをチョンと蹴った。

自分は相手の左側、ライン側から抜いていく。

一瞬ボールを見失った敵が慌てて振り向く。


遅い!


私は既に敵の背後に回っていた。

中央では仲間が叫び、手を挙げて存在をアピールしていた。

でもそんなアピールはいらないよ。

だって…、だって…。

仲間の存在を強く身近に感じているから!


本当なら、もっと中へドリブルで切り込んで、敵を引き付けてからパスを出したいけれど、今はドリブルを封印中。

なのでここでパスを出す選択をするよ。

直ぐにピンッときた。


急停止して、ワンタッチしながら右足で蹴りやすい位置にボールを転がし、直ぐにパスを出した。

ボールはインサイドで引っ掛けて緩いカーブをかけてある。

中央の敵DFが濃いエリアを避けて、その後ろへとボールが飛んでいく。

トップ下で待ち構える、桜ちゃんへのパスだ。

既に天龍が動き出している。


それと同時に、桜ちゃんの奥側から誰かが突っ込んでくるのが分かった。

「後ろーーー!」

目一杯叫んだけど、多分彼女は気が付いていたはず。

二三歩前に出て、私のパスをヘディングで地面へ叩き落とした。

あ、あんな事、出来るもんなんだねぇ…。

ボールは地面に叩き付けられつつ、一人の敵DFの直ぐ脇で跳ねながらゴール前にフワッと膝ぐらいの高さに上がった。


天龍は、最初からそこにボールが来ると知っていたかのように、ベストポジションでボールを受け取る。

案外器用にボールを収め、そのまま踵でチョンと蹴り出しながら振り向き敵を追い抜く。

ボールは相手の股下を通り抜け、ゴール前へと転がっていた。


「いっけーーーーーーーーっ!!!」

大声で叫んだのと同時に、ボールはゴールネットを激しく揺らした。

天龍は右手人差し指を立てながら、大きく手を挙げた。

私も一緒になって、同じポーズをした。


いつものように、桜ちゃんが天龍に抱きついて喜んでいた。

その後直ぐに私の所にも走ってきて抱きつかれた。

「藍ちゃん!最高だったよ!!本当に最高なんだから!!!」

泣きそうな顔で喜ぶ桜ちゃん。


もう、私までもらい泣きしちゃうじゃない。

凄く嬉しかった。

自分という存在が、少し誇らしく思った。


私はチームの役に立っているかな?

そう何度も問いかけてきた。

今なら自信を持って答えられる。


もっと私にパスを出せ!と…。


誰よりも速くボールを運んでみせる!と…。

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