第71話『香里奈の休日』
「思っていたより安いんだね。」
桜先輩は入園料の話をしています。
「ここは古いですし、何というかレトロな感じを楽しむ方が良いと思うであります。」
私が説明すると、ほぇ~とか言いながら良く分かってないようでした。
「桜は遊園地なんて来たことないからな。どれもこれも珍しいと思うぜ。」
天龍先輩の説明に、あぁ…、と納得してしまいました。
サッカー一筋の桜先輩らしいエピソードです。
中に入り、まずはジェットコースターという話題になり、早速並びに行きます。
………。
予想以上に空いていました。直ぐに乗れそうです。
「桜。私と一緒に乗ろう。」
「うん、いいよ!」
お姉様が桜先輩を誘いました。
下心が見え見えです…。
「Hey部長!交代制だからね!」
ジェニー先輩の言葉に、お姉様は親指を立てて答えていました。
でも、お姉様は知っているのでしょうか?
ここのジェットコースターは全然怖くないことを。
どちらかというと、古さや、途中で潜る建物と近かったりして、そっちの方が怖いぐらいなのです。
怖いと言っても、ドキッとする程度なんですけどね。
数回待っただけで、直ぐに乗れました。
メンバー全員乗っています。
私の前にはお姉様と桜先輩が乗っていました。ちなみに私はミーナちゃんと乗っています。
「香里奈ちゃん、こういうの大丈夫な方?」
ミーナちゃんが聞いてきました。
「強烈なのじゃなければ、大丈夫であります。ミーナちゃんは?」
「もっと激しいのじゃないと物足りないかなぁ。」
個人的な統計で恐縮ですが、ミーナちゃんのように訪ねてくる人は、大概絶叫マシーン好きなのです。絶叫マシーンが本当に怖い人が聞いてくる場合は、その人自身も怖いアピールをしてくるか、そもそも聞いてこないからです。
そう考えていたら、ロックが降ろされ係員さんが確認していきます。
いよいよ発進のようです。
ガタガタガタガタ…
上に上り始めました。
「部長…、ねぇ、部長…。あんな高い所まで登るの?」
「そんなに高くないだろ?桜は高いところ苦手だっけ?」
「苦手じゃないけど…。ねぇ、あそこから落ちるんだよね?」
「そうなるな。落ちないと始まらないぞ。」
「何だか振動が凄いんだけど…。」
「私に掴まっていれば大丈夫だ。」
「うん…、うん…。そうする。」
桜先輩は、妙に怖がっています。
だけど、高さもそれほどなければ、この先のレールを見ても激しいコースだとは思えません。
「部長!部長!落ちる!落ちる!落ちちゃう!!」
「大丈夫だ!私がいるぞ!」
お姉様の横顔からはニヤニヤしているのが分かります。堂々と桜先輩と腕を組み嬉しそうでした。
お姉様…。露骨過ぎます…。
こんなお姉様ですが、私達実の妹達を、とても可愛がってくれます。
お母様が二人いるような状況だと言っても過言ではありません。お母様に言えなくても、お姉様には言えることもあったりするほどです。
私達のどんな悩みや質問も、例えそれが馬鹿げたものでも、くだらないものでも、真剣に、そして優しく親身になって答えてくれて、時には一緒に、時には見守ってくれるほど、私達妹を愛してくれているのです。
だけどお姉様は言っていました。
桜先輩の悩みはとても重いと。
重くて重くて、自分一人の力では、到底受け止められないと。
だけど、精一杯受け止めて、目一杯答えたい…。
例え、どんな結果になっても。
その時のお姉様は泣いていました。
誰に憚ることなく大粒の涙を零していました。
もしも夢が叶ったら、皆でお祝いしよう。
一生忘れられないほど、祝福しよう。
もしも夢破れたら、普通の事を一杯教えてあげよう。
だってあいつは世間知らずだから。
また笑っていられるよう、今度は私達が導いてやらないとな。
お姉様は涙を零しながら笑っていました。
絶対に桜先輩を見捨てないという、覚悟すら感じました。
そんなお姉様が、私は大好きです。
だから多少の粗相には目をつぶりましょう。
でもお姉様。
今日は流石に露骨過ぎます。
いよいよコースターが落ち始めました。
「キャァァァァアッァアァァアァァァァアッァアァァァァ!」
桜先輩の、まさに絶叫が遊園地中に響きます。
えーっと…。全然怖くないのですが…、それは…。
前の方の中学生ですらも笑って手を上げて乗っています。
「怖い怖い怖い!!キャァァァァアアアアア!!!」
そんな桜先輩を見つめる私は、思わずミーナちゃんと目線が合いました。
間違いなく同じ感想を持っているはずです。
その後も先輩の絶叫は続きました。
終わって降りた時には、もうヘトヘトになっていました。
まだ1個目のアトラクションに乗っただけなのに。
これは流石に可哀想になってしまいました。
「桜、大丈夫か?」
お姉様は先輩の肩を抱きながら訪ねました。
流石にニヤニヤ出来るような状況じゃないと思わせるほど先輩が疲弊しています。
「部長が傍にいてくれたから、大丈夫だよ。」
ちょっと辛そうですが、ニッコリ笑って小首を傾げる先輩。
「ぐはぁっ。」
先輩の言葉にお姉さまがやられました。
相変わらず先輩は殺人的な破壊力を秘めています。
「Oh~、桜。とても怖かったみたいネ~。」
「ジェニー、こんなの初めてだよ。」
「初体験ってやつね。」
「うん。地面がどこか分からなくって怖いの。」
「why?」
「だって、どこかへ飛ばされそうな感じじゃない?」
あぁ。聞いた事があります。
道具を使わないアスリートは、自分で自由にならない状況が不安になると。
なので、一つ提案してみました。
「では、乗り物じゃなくて、お化け屋敷とかどうでしょうか?」
「Whatお化け屋敷?」
恐らく、ジェニー先輩は桜先輩と行くに値するアトラクションかどうかを判断したいようです。
「えーとですね、モンスターハウスであります。」
「O~K~!!!GJ香里奈!!」
どうやら気に入ってくれたようです。
でも私は聞いたことがあります。機械じかけのお化け屋敷なので、出てくるタイミングも分かってしまうほどレトロな場所だということらしいです。
つまり、全然怖くないのです。
でもこれなら桜先輩も笑ってられるはずです。
さっそく向かいますが、流石に事情を知っている部員は別の所に行きました。
敢えて怖くないお化け屋敷に入る理由はありません。
お化け屋敷に到着して確信しました。
これは怖いとか怖くないとかのレベルじゃないと。
ただ散歩して古いねー、ぐらいで出てこれると。
しかし、私の予想は外れました。
ジェニー先輩の腕にしがみつきながら、歩く桜先輩。
ジィィィ…とゼンマイか歯車の音が聞こえ、あぁ、お化けの人形が出てくるなと分かります。
ガタンッ
バネが弾けたような音と共に、ところどころ色の禿げたお化けの人形が飛び出してきました。
ふふふ。昔はこれで十分怖かったかと思うと、ちょっと微笑ましいです。
ところが…。
「キャァァァァアッァアァァアァァァァアッァアァァァァ!」
えぇーーーーーーーー!?
桜先輩が目をつむり、耳を塞いでしゃがみ込みました。
「桜?どいうしたネ~?」
「うぅ…。びっくりしたの…。怖いよぉ…。」
ま…、マジですか?
ちょっと待ってください。
明らかに人形と分かるし、出てくるタイミングも分かってしまうほどの仕掛けを見て怖がる人がいるとは、流石に予想出来ませんでした。
幼児でも怖がらないと思います…。
というか、園児が指差して笑って通り過ぎて行きます…。
その後も人形相手に絶叫したり、影絵が動いただけで逃げ出そうとしたりと、この古いお化け屋敷を、ある意味満喫したかもしれません。
プライスレスです…。
終始抱きつかれていたジェニー先輩も満喫したようでした。
「Nice香里奈!」
そう満面の笑みを浮かべながら言われると、複雑な心境です。
「そっか。分かったよ。桜先輩が楽しめそうなアトラクション。」
ミーナちゃんがあくびを我慢しながら言いました。
流石に高校生であのお化け屋敷は退屈なのが普通の反応です。
「ほぉ?」
天龍先輩も興味がありそうです。この方も桜先輩が可哀想だと思った一人かも知れません。
「アレだよ、アレ。」
そう言って指を指したのは鉄塔のようなアトラクションでした。
「桜先輩。アレなら楽しいですよ、きっと。」
「ほ…、本当ぉ?」
泣きそうな顔をしながら上目遣いに聞いてきた先輩…。
私までも可愛いと思ってしまいそうです。ミーナちゃんも赤面していますが、その気持、理解出来ます。
お姉様が夢中になるのも、ちょっと分かってきました。
アレを素でやられたら…。なるほどです。勉強になりました。
取り敢えず塔の下までやってきました。
今乗っている人達を見てみます。
看板には高さ60mとありました。そこを一気に登り、一気に落ちてくる。そんな感じのアトラクションです。
20代ぐらいの人達が乗っていましたが、かなり怖かったようで叫び声も聞こえました。
ジェットコースターでの先輩を見る限り、流石にミスチョイスだと思いました。
「先輩見てください。ただ登って、ちょいと落ちてくるだけなのです。でも、上の方は景色も良いし、落ちる時もスピードがあって面白いですよ。」
あれ?まさか自分が乗りたいからミーナちゃんは誘っているのでしょうか?
「うん!乗ってみる!」
さっきまで色々と怖がっていたわりには、桜先輩はノリノリです。
というか好奇心旺盛なのでしょう。
あっ、そっか。未体験なものばかりでしたね。
「おい、ジェニー。流石にコレは怖そうだな。」
「そ、そうネ~…。」
お姉様とジェニー先輩は、乗るかどうか迷っていました。
「よし桜、俺と誘ってきたミーナと一緒に乗るか。」
そんななか、天龍先輩が颯爽と現れ桜先輩を誘いました。
「おい、天龍。ずるいぞ。」
お姉様の言葉に、天龍先輩がぐぃと顔を近づけ答えました。
「桜をおもちゃにするなら、容赦しねーぞ。」
「そそそそそそそそんなつもりはないぞ。」
と言い返すも、目線が泳いでいます。ここは天龍先輩に譲った方が無難そうですね…。
そんな訳で、桜先輩の隣には天龍先輩とミーナちゃんが座りました。
一つの列は4人掛けなので、私もミーナちゃんの隣に座ります。
並んでいた列が、丁度そこで切れたのも理由です。
他の先輩方は様子見とばかりに次回乗るようです。
動き出すと、ゆっくりと上昇していきます。
60mというと結構高いです。周囲のビルよりは低かったりしますが、なかなかの景色が広がってきます。
「ね?先輩、良い景色でしょ!」
ミーナちゃんがはしゃぎながら訪ねました。
「凄い!凄ーい!」
桜先輩も大はしゃぎです。
「ここから急に落ちたり、登ったりしますので、覚悟してくださいね!」
「うん!」
ミーナちゃんは流石絶叫ものが好きなだけあります。
疑った私はちょっと反省。
絶叫ものが好きだから、一緒に乗る人にも楽しんで欲しいと思ったのだと理解しました。ちょっと考えれば分かりそうなものです…。
そして、今後どう動くか説明する事によって、単純にアトラクションを楽しむことが出来ます。覚悟が出来るというか、腹をくくれるというか、そんな感じです。
ブザーと共に急激に落下しました。意外と速かったので驚きましたが、聞いていたので我慢出来ないほどの恐怖ではありません。
これもある意味自由を奪われますが、動きが単純なので、先輩でも楽しめたようです。
「ウォォォォォォオオオオオオオ!!!」
天龍先輩は雄叫びをあげていました。
笑えないぐらい、結構怖いです。
「ヒャッホーーーーーーー!!!」
ミーナちゃんは楽しそうです。
「ヒャッホーーーーーーー!!!」
桜先輩も楽しそうです。
私は地面に叩き付けられるのではないかとヒヤヒヤしています…。
突如ゆっくりと動き出し、どうやら終了のようです。
「面白かったぁ!」
満面の笑みの桜先輩。
「でしょ?でしょ?」
誘ったミーナちゃんも嬉しそうでした。
ちょっとホッとしました。
「ギャァァァァァァァァァァァアアア!」
「キャァァァァアアアアア!!!」
お姉様とジェニー先輩の叫び声が聞こえます。
一緒に乗ったいおりん先輩と藍先輩は楽しそうにしています。
桜先輩が怖がっているのを逆手にとった罰です。
フラフラになって降りてきた二人に桜先輩が告げました。
「もう一回一緒に乗ろう!」
無理無理無理無理といった顔をした二人の腕を掴んで引っ張っていく先輩…。
あぁ、無邪気な天使の逆襲ですね…。
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