第56話『フクの憧れ』

「そう言えば桜先輩。先程ホールで、「皆凄かった」って言ってましたけど、見ていたのですか?」

僕は絶妙な部屋割りにより、桜先輩、天龍先輩と一緒です。

ちなみに先程各部屋を見てきましたが、渡辺三姉妹先輩の部屋は、全員同じ格好、同じ姿勢、同じタイミングでお茶をすすっていました。

藍先輩、香里奈ちゃん、ミーナちゃんの部屋は、予想以上に和気あいあいとしていました。実は藍先輩と僕は交代したのです。藍先輩はもっと後輩とコミュニケーション取りたいとのことです。

そして猛獣部屋だと誂われた、部長、ジェニー先輩、可憐先輩、いおりん先輩の部屋は、そりゃぁ、もう大変なことになっていました。

「オオォォォォ!この壁一枚向こうで天使が着替えていると思うと、いてもたってもいられない!」

「God damn! Son of a bitch !」

部長とジェニー先輩が暴れるのを、監視役のいおりん先輩と可憐先輩が躾けていました…。

僕は扉をそっ閉じ…。


「ん?あぁ、ラジオで聞いていたの。」

「ラジオ…、ですか?」

「うん。FMつくばって言うのだけれど、なでしこリーグのつくばFCも毎試合放送していて、もしかしてって思って聞いたら、桜ヶ丘のこと放送していたの!」

これはもう執念です…。そこまでして試合の行方を知ろうとする行動力がです。

「解説にね、つくばFCのキャプテンの山崎さんが出ていたの!でね!でね!天龍ちゃんのこと、チームに欲しいって言ってた!」

桜先輩は、目をキラキラ輝かせて話しています。

「おめーなー。こっちは大変だったんだぞ。」

「あぁ…。ごめんなさい…。」

「いいけどな。なんつーか俺らもよ、桜がいなくても何とかしねーと、この先戦っていけないだろって話は…、聞いていたよな?」

「う…、うん…。」

僕は後から教えてもらいました。後藤先生のスマホを通話状態にしていたことを。

「まぁ、あれは案外全員の本心でさ、今回乗り越えられたことで、大きな自信になったと思うぜ。お前がいなくて苦しかったが、得たものはでかいはずだ。それを活かしていかねーとな。」

「うん!」


僕はさっきサラッと流された事が気になります。

「プロの方が、天龍先輩の事を気になっていたのですか?」

「そう!そうなの!天龍ちゃん、プロになるのも良いかもね!」

「プロ~?」

天龍先輩は少し考えてから応えました。

「まぁ今は、百舌鳥校倒すことしか考えられねーや。」

「ふふふ。じゃぁ、その後じっくり考えようね。」

「勝つ気満々ですね。」

勝つこと前提で話していたので、思わず僕は聞いてみました。

「うん!」

桜先輩は、本当に嬉しそうに応えました。きっと今日の勝利が、百舌鳥校打倒に大きく近づいたと、桜先輩も思ったのかも知れません。


「夕ご飯まで時間ありますね。大浴場があるみたいなのですが、行ってみませんか?」

僕は二人をお風呂に誘います。

「そーだなー。いってみっか。」

「うん!行く行く!」

「じゃぁ、この浴衣に着替えましょう。」

クローゼットにかけてある浴衣に着替えます。

一つだけ子供用サイズだったのに気が付きましたが、ここは伏せておきましょう。さり気なく桜先輩に渡します。

着替えている時に気が付いて、つい聞いてしまいました。

「天龍先輩…、名誉の負傷だらけですね…。」

「ん?あぁ、そうだな。こっちはナイフ、こっちは鉄パイプ、これは釘バットだな。」

「そ、壮絶ですね…。」

「何だか、遠い過去のようだぜ。」

そう言いながら、少し寂しそうな顔をしていました。話題を変えましょう。

そこで桜先輩を見ました。

「えっ!?」

「ん?」

「桜先輩!この前、母の勤めているお店で、下着作ったじゃないですか。」

そうです。ちゃんと採寸して、ピッタリ体に合う可愛い下着を作ったのに、今日はいつもの子供っぽい下着です。

「も…、勿体無くて…。その…。」

「こういう時に付けるのです!」

「ふ、福ちゃん怖い~。ちゃんと持ってきたよー。」

私達のやり取りを聞いていた天龍先輩も話に入ります。

「そうだな。だいたいスポブラじゃぁ、乳がはみ出てるぞ。」

「桜先輩、Cカップありますからね。もうちょっとでDカップです。」

「い、言わないで~。」

「ほぉ。どれどれ?」


天龍先輩が近づくと、桜先輩は顔を真っ赤にして脱いだ服で胸元を隠します。

「お願い…、見ないでぇ~…。」

そう言って、真っ赤な顔のまま目を逸しました。

「……………。」

天龍先輩の動きが止まります。そして右手で顔を覆いました。

あぁ、多分同じ事を感じています…。

「なぁ、フク。俺は部長やジェニーとは違う部類だとは思っている。そして俺には見えている。俺達の目の前に、越えてはいけないラインがあると…。」

「はい、先輩。それは間違いないです。僕も同意見です。超えたら一発退場、レッドカードです…。」

「だよな。危ねぇ、危ねぇ…。」

かくいう僕も、桜先輩の仕草を見てドキドキしちゃいました…。ギュッと抱きしめたいような、そんな感覚です。

「二人共、誂うのはやめて!」

「ハハハハハハハハハハッ!」

天龍先輩が大声で笑い、誤魔化していました。誂っていたと思ってくれたのなら、その方が都合が良いからです。

あぁ、こんな時にまで天龍先輩の思惑が、アイコンタクトで分かってしまいます…。

「さぁ、風呂いくべ。」

大浴場に来たのは、僕らの他には渡辺三姉妹先輩達だけで、平穏無事に済みました。


お風呂の後、タイミング良く夕食となりました。

広い部屋ですが、僕達だけのようです。恐らくこれも、高山ホテルグループ会長さんの気遣いだと思います。

全員が集まったところで、桜先輩が前に出ました。

「あの…、今日は本当にごめんなさい…。部長から体調管理するように言われていたのに…。以後気を付けます。」

そう行ってペコリと頭を下げました。桜先輩は、何事にもケジメをつけようとしています。僕も見習うべきことだと思っています。

「まぁ、アレだね。遠足前に寝付けなくて~、みたいな奴でしょ。」

いおりん先輩は酷い事を言います。だけど…、ちょっとだけ僕も同じ気がしました。

「ハハハッ、ちげーねーや。」

天龍先輩の突っ込みに、皆が笑っています。

「もう、そんなんじゃないもん!」

一生懸命照れながら怒る桜先輩。

「イイぞー!」

部長はいつもの調子でした…。はぁ…。バスの中の格好良い部長はどこへ逃げてしまったのでしょうか…。


「それと、今回も高山ホテルグループのとし子会長さんの御好意で、このホテルの部屋も食事も格安で提供していただきました。もしお会いすることがあればお礼を言ってやってください。それと、部屋や食事についてはアンケートの協力をお願いされているので、出来れば具体的に書いてあげてください。よろしくお願いします。」

またペコリと頭を下げます。

「勿論ネー。これだけしてもらって、何か協力出来るなら必ずするネー。」

ジェニー先輩が応えました。他の人も似たような感じです。

「冷めないうちにいただこう。」

部長が締めます。

「いただきまーす。」


料理はちょっとどころか、かなり豪華でした。

どれもこれも美味しかったのですが、色んな意見が出ていていました。

例えば少し脂っぽいとか、味付けが濃いなどと言ったのもあります。

会長さんからは、そういった否定的なものも、遠慮せず書いて欲しいと言われていると、桜先輩は言っていました。

会長さんは、否定的な意見にこそ、自分たちを変えるヒントがあると仰ったそうです。

これは僕らにも言えるかもしれませんね。


食事の後、明後日の試合の軽いミーティングが行われました。

部長が立ち上がります。

「明後日の千葉代表、花見川高校戦だが、桜は先発から外す。」

「えぇーーーー!!!」

本人が勢い良く立ち上がります。

「何で何で?もう熱も下がったし、大丈夫だよ!」

かなり必死になって部長に食いつきます。

「病み上がりだからな。大事を取って欲しいと思っている。」

「ん~~~!」

両手をブンブンと上下に振りながら、ほっぺたを膨らまして駄々をこねています…。ちょっと可愛いと思ってしまいました。

「おうふ…。」

そんな可愛い桜先輩の仕草を見て、ジェニー先輩は既にダメージを負っているようです…。だけど今回ばかりは少しだけ同情してあげます。


「意見がある人は、遠慮なく言ってくれ。」

部長の言葉に、僕は真っ先に立ち上がりました。

「桜先輩が居ても立ってもいられず、回復するや否やここに来たことは、容易に想像出来ます。ここは大事を取って欲しいと、僕も思います。」

「だよねー。私も賛成ー。」

藍先輩も賛成してくれました。

それにつられるように、賛成意見が多く出ます。

「部長!お願い~!試合したいのー!おーねーがーいー!」

もう完全に駄々っ子です。

「はぁ…、はぁ…。イイぞー…。」

部長はいつの間にか桜先輩をいじって悦んでいるようです…。

「だ、駄目だ。これは桜の事を思ってのことだし、長引いて今後に響いて困るのは、ここに居る全員なんだぞ。」

まるで駄々をこねる妹を諭すような部長。

「試合に出させてくれるなら、な、何でもするから!」

「ぶっ!!!!」

「部長!」

部長は腰を抜かしたように、尻もちをついたあげく、畳に倒れてしまいました。

香里奈ちゃんが助けにいきます。

「これは駄目であります…。想像力豊かなお姉様は、一瞬のうちに「何でもする」って言われた内容を妄想し、その圧力に耐えられなかったようであります…。」

す…、凄まじい想像力ですね…。


「桜。体調管理を怠ったお前にも責任があるぜ?身から出た錆ってやつだ。」

天龍先輩からです。確かにそうですね。

「そうだよ桜ちゃん。それに先発から外すとは言ったけど、出さないとは言ってないでしょ。」

可憐先輩からの意見でした。確かに部長は、試合に出さないとは言ってませんね。

「桜ちゃんが…。」

「ベンチにるだけでも…。」

「頼もしい。」

三姉妹先輩からの意見です。それも言えますよね。紅月学院戦は、桜先輩の偉大さが身に沁みて感じましたから…。

ぽっかり空いたフィールドが、とても寂しくて、いかに不安だったかを…。


「ハァ…。ハァ…。」

部長が起きました。お茶を飲んで落ち着くようにしているようです。

「勿論、絶対に試合に出るなとは言っていないぞ。次勝てば全国大会出場が決定する、大切な試合だと思っている。負けても良い試合は、私達には1戦も無い。」

あぁ、ちょっとだけ格好良い部長が帰ってきました。

僕も助け舟を出すことにします。

「そうですよ!桜先輩!頼りにしていますし、僕らにも頼って欲しいです。」

これは部屋に居た時に、天龍先輩が言っていたことでもあります。

桜先輩も、その事を思い出したと思います。

「………。分かったよぉ…。」


「自分の足の怪我も、大したことないであります。」

香里奈ちゃんが、もう戦闘態勢のようです。

「というか、むしろ大袈裟でした。」

テヘペロの香里奈ちゃんも可愛いですね…。おっと、いけません。部長やジェニー先輩の悪い虫が感染ってしまいます。

「一応、大会が運営する救護の人に見てもらったけど、たいしたことないって言ってくれたよ。」

可憐先輩情報です。それなら安心ですね。

「そう言えば香里奈ちゃん。ドリブル突破した時に、ラストはどうしようとしたの?パス?シュート?」

僕は疑問に思っていたことを聞いてみました。

「あっ…、えっと…、えっとでありますね…。」

日本語がおかしいよ。何か言い辛い事でもあるのかな?

「あっ、嫌なことだったら言わなくてもいいのだけれど…。」

「違うんであります…。その…、皆さんポジションが良くて…、ど…、ど…。」

「?」

「どこへ出して良いか分からなかったであります!」

「!?!?」

「おいおい香里奈。それじゃぁ困るだろ。」

天龍先輩の言葉にもテヘペロしています。

「すみません…。」

「まぁ、褒めてもらっているのですから、いいではありませんか。でも、自分で撃つって選択肢もありましたし、強い意志をもってゴールに向かわないと駄目ですよ。何かあれば、遠慮なく言ってね。」

「頑張るであります!でも…。」

「でも?」

「1度で良いから、桜先輩と一緒に試合してみたかったです。」


考えてみれば、僕らのチームは怪我が少なかったように思います。

だいたい、キーパーはミーナちゃんしかいないですしね。一応部長が出来るとはいえ、今は練習すらしていないです。

だから、香里奈ちゃんが桜先輩と一緒に試合に出たかったと言った意味もわかります。

誰も怪我しないから、出られないのです。

これはこれで喜ばしいことですが、香里奈ちゃんにしてみれば、ちょっと寂しかったかもしれませんね。

そもそも、出場機会が出来たかと思えば、桜先輩の代わりという、とんでもない事態だったのです。

ゴール前の激しいチャージが多い部長や、運動量が一際多い、サイドMFの交代を想定していたんじゃないでしょうか?

でも本人は捻くれたりしていません。

彼女もまた、本気で打倒百舌鳥校を実現したいと思っているからです。


翌日は各チームの視察をし、静かな時間が流れました。

桜先輩は快調のようにも見えました。

そして、関東大会2回戦が始まりました。

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