第55話『天龍のフリーキック』

あいつら…。

俺らの守備陣は、本当に頼りになるぜ。後はチャンスを待つばかりだ。

敵は焦っているのが分かる。これは近いうちに何かが起きる。その時を逃さず必ずものにするぜ。

フクに視線を送る。あいつもこっちを見て小さく頷いてやがる。

どうやら分かっているようだな。

というか、あいつは本当に食えねぇ野郎だ。いつでも虎視眈々とチャンスを伺ってるからな。


何度かの攻め時があったが、人数が少なすぎて攻めきれなかった。

だから、右に左にボールを回し、極力敵の守備陣を走らせたつもりだ。

寒くなってきたはずなのに、身体が熱を帯びて汗が滴り落ちる。

だがな、今回の試合で一番走っているのはジェニーだ。あいつ、相当無理してやがる。

香里奈がチャンスを作るとあいつは言った。

ジェニーは陽気で変態だが、嘘はつかねぇ。俺も信じてやろうじゃねーか。


残り時間が少なくなってきた。

一人、また一人と敵が攻め込んでいく。

おいおい、来たぜ来たぜ。

再びフクを見ると、大きく頷いていた。

これを防げれば、必ず大きなチャンスになる!

センターサークル付近でその機会を伺う。

ボールは神田に渡り、あいつは中央でボールを受け取ると、ココぞとばかりにドリブルを開始しやがった。

それは散々防がれただろ。だけど攻めあぐねて自分を見失ってやがる。


ジェニーは直ぐに張り付くと、ボールを奪うべく身体を寄せる。

そのボールを取ったら、こっちの反撃だ。

そう思った瞬間、ジェニーは突然ガクッと膝が折れ体勢が崩れる。

!?

あいつ、足にきてやがる…。マズイぞ、抜かれる!

そうなったら反撃どころじゃねー、ピンチになって…。

!?

神田が突然キョロキョロし、何かを探している。

やりやがった!香里奈だ!

あいつボールだけ器用に奪いやがった。


夢中でドリブルするあいつは、必死の形相でこっちに向かってくる。

両サイドMFがいつでもパスを受けられるよう、後退したりしてスペースを作る。そいつらの前へ転がせば一気にいけるぜ。

俺達FWも前進しながら、ボールを受けられるようフォローする。

フクは俺より後ろで、ボールを待つばかりだ。

そこへ香里奈に向かって敵DMFが襲いかかる。あいつはどこへパスを…。


!?


抜きやがった!あの野郎!やるじゃねーか!!

この場面でドリブル突破とは、いい度胸だぜ!

俺は敵CBとポジション争いをする。ここまできたら、いつゴール前にボールが放り込まれるか分からないからな。当然そうくるだろう。

だがな、俺はあいつのタイミングも完璧に把握しているぜ。いつでもこい!

香里奈は既にセンターサークルを超えている。そのまま全速力でドリブルでボールを前に持っていく。

おいおい、そのままゴール前まで行くつもりか?

それはそれでおもしれぇ。なんならシュート打ってやれ。弾かれても俺が必ず拾ってやる。

下がり気味だったMFが一人香里奈に向かう。

一度激しく身体をぶつけたが、香里奈は体勢を崩さずドリブルを続ける。

ボールがペナルティエリアに近づいてきた。

視線が激しく交差する。俺とフクの位置を確認した。

さぁ、来るぞ。


!?


突如、香里奈の両足が揃って吹っ飛ばされる。

この野郎!足をわざと引っ掛けやがったな!!

ピィィィーーーーーーーーー

一際長い笛が吹かれ主審が走ってきた。

レッドカードを掲げた。

一発退場ってやつだ。当たり前だボケ。一度仕掛けて駄目だったからってよ、後ろから足へのタックルだと?

得点が決まりそうな雰囲気はかなりあったが、これは駄目だろ。

俺は直ぐに香里奈へ向かって走る。

「おい、大丈夫か?」

香里奈は痛そうに足を押さえていた。

「君、大丈夫かい?」

主審が心配そうに声をかけた。

「ちょっと痛いです。」

「立てそうかい?」

「な…、何とか…。」

主審は俺らのベンチに向かって、手を上げてクルクルと回す。救護班の要請だ。

直ぐに可憐が救護ボックスを持ってやってきた。

「香里奈ちゃん!大丈夫!?ソックス脱がすよ!」

足首が少し腫れてやがる。だが…、あれ…?

「す、すみませんでした…。」

相手選手が謝ってくる。昔の俺なら、即ぶっ飛ばしてたぜ。

「グラウンドからさっさと去りやがれ!」

そう言い放つと、そいつはそそくさと走ってベンチへ帰っていく。

ケッ、胸糞悪りーぜ。


「香里奈!」

部長もやってきた。主審が時計を見ながら、次に行われるフリーキックの場所の確認の為、この場を離れた。

「お姉様…。」

「なんだ?」

「実は、それほど痛くないであります…。」

小さな声で、そう言いやがった。

「クックックッ…。」

俺は笑いそうになったのを必死に抑える。主審に聞かれちゃまじーからな。

「おめーは可愛い顔して、恐ろしい女だぜ。」

「天龍先輩ほどじゃ、ありませんであります。」

おもしれぇ奴だ。

「よし、グラウンド外で手当をするんだ。その後ボールが外に出たら再び入場するように。」

「はい!」

「香里奈ちゃん、行こう。肩貸してあげる。」

「すみません、これが限界でした…。このチャンス、必ず決めてください。」

「あぁ、任せておけ。」

そう言うと、真剣な表情で頷き、可憐と共にベンチ前に移動していく。


さて…。

仲間達はそれぞれのポジションへと移動していく。

フクは敵の壁の近くに、部長も走り込んでヘディング出来そうな距離にいる。

両サイドMFも、いつでもゴール前に飛び込める位置だ。

今回のファールでは、直接フリーキックとなる。

ちなみに間接フリーキックってのもある。こっちはキーパーに関するファールが多いんだが、まぁ、簡単に言ってみれば軽度のファールみてーなもんで、最低二人がボールに触らないとゴールとは認められない。

今回の直接フリーキックは、キッカーがそのままゴール出来るってやつだ。

敵は5枚の壁を作ってきた。ゴール半分から右は壁で隠れている。

ジェニーが近づいてきた。

「私が蹴るネー。」

コーナーキックもフリーキックも、チーム内の話ではジェニーが蹴る事になっている。

「いや、俺が蹴るぜ。」

「why?」

「決める自信があるからに決まってるだろ。」

「really?」

「英語で答えるな。」

「本当に?距離は良い感じだけれど、カーブを掛けても難しい位置だよ。私なら95%の確立で決める自信があるネー。」

「ほぉ。それじゃぁ増々譲れねーな。俺様なら、100%だ。」

「!?」

ジェニーは驚いた顔をしてやがる。まぁ、100%決めるなんて寝言言われちゃー、どう反応して良いかわからんわな。

「このフリーキックに、この試合の勝負がかかっていると思っている。頼む、俺に蹴らせてくれ。」

俺は奴の目を覗き込んだ。ほんの少しの沈黙。

「OK。あなたに託すネ~。でも、もうひと工夫しましょ。」

「工夫?」

「そうネー。相手が偵察しているなら、私が蹴ると相手は思っているネ。だから、天龍が先に蹴る振りをして、後から私が蹴る。普通ならそういうフェイントになるネ。それを…。」

「俺がそのまま先に蹴っちまうって寸法だな?」

「Yes!」

「分かった。任せておけ。」


ボールから二人共離れる。

俺が前で、ジェニーが後ろだ。

「ジェニーせんぱーーい!」

フクが壁の脇で手を上げながら、ジェニーを呼んでいやがる。

あいつは俺達の作戦を知ってか知らずか、いい感じにフォローしている。

主審が壁の位置の最終確認を終えた。

手を上げて笛が吹かれる。試合再開だ。


俺は一度空を見た。

桜…。このキック、お前に捧げてやるぜ。こんなクソみてーな俺を、サッカーなんておもしれもんに引きずり込んでくれたお前によ!

今度は俺達が、お前を百舌鳥校の前に引っ張り出してやる!!!


ゆっくり助走を始める。

敵味方の動きが激しくなる。敵の視線が、一瞬あらぬ方向へ向けられた。

「ウォォォォォォォ!」

雄叫びを上げながら部長が突っ込んできやがった。

敵の注目を一身に浴びる。お膳立ては完璧だ。

俺はただ一点に集中する…。


ボールの中心に!


ドンッ!!!












ボールは、誰もジャンプしなかった壁役の頭上スレスレを飛んでいく。

フクと部長のブラフで俺が蹴るとは思っていない。

キーパーが反応するが、手前で不自然に落ちた!














ピィィィーーーーーーーーー!!!





笛が激しく吹かれ、それはゴールを意味していた!

俺は握り拳を、ゆっくりと掲げた。

「ナイスシュートです、先輩!」

真っ先にフクが走ってきて抱きついた。

「WOW!Perfect!」

ジェニーにも激しく抱きつかれた。

「天龍凄いじゃない!あれ、無回転シュートでしょ!」

いおりんも喜びながら近寄ってきた。

「あぁ、そうだ。桜のU-17の試合映像見た時に、いつか俺もと思ってな。」

「練習していたの?」

藍が訪ねてきた。

「いや?」

「はぁ~?」

「俺様はいつでも一発勝負だぜ!」

「呆れてものも言えないわ…。」

「ちょっと待って。天龍、あんた一発勝負なのに100%決めるって言ったの?」

ジェニーがちょっと怒った顔で言ってきた。

「絶対に撃てると確信していた。それだけだ。」

「はぁ~…。あんたって人は…。」

喜んだり驚いたり怒ったり、忙しい奴らだ。


ピッピッピッーーーーーーーーーーーーー

結局そのまま試合は終了する。

列に並ぶと、紅月学院の連中は、全員泣いていやがった。

まぁ、そうだな。あいつらの部活は終わったからな。

「1-0。桜ヶ丘学園の勝利です。」

「ありがとうございました!」

礼を済ませた途端、奴らは全員崩れ落ちた。そりゃそうだ。関東大会優勝候補とまで言われ、全国大会へは絶対にいけると思っていただろう。

相手は創部1年の初出場の俺達だしな。だがな、同情はしないぜ。

少なからずあった油断が、余計な焦りを生んだのは間違いねーからな。それが敗因だぜ。

勝負ってのはな、最後まで何があるかわからねーだろ。

絶対はあり得ない。

「可憐、勝ったぜ!」

俺はあいつに勝利を報告する。まぁ、見ていたのだから知ってはいるのだがな。

「ありがとう…。本当に…みんな…ありがとう…。」

ボロボロ泣いてやがる。それだけ責任を感じてたんだな。

「お前のせいじゃないって。だから泣くな。どちらかというと、あのチビを叱ってやらねーとな。そうだろ?」

「それは…。」

「間違いなく…。」

「その通り…。」

渡辺三姉妹の締めで、ベンチを去ることにした。


控室に戻ってきてから、ジェニーを中心に復習をする。

「作戦はうまくいったわね。でも、可憐の助言と香里奈の頑張りがなかったら、勝てなかったネ~。」

そうまとめた。確かにそうだ。あの助言から守備もうまくいったし、香里奈のドリブル突破にもつながったからな。

ジェニーは突然やってきて、当たり前のように一緒にプレーしているが、こいつが桜を一番支えているのは間違いない。あいつが迷ってもジェニーが助言出来るからだ。

改めて大きな存在だと感じたぜ。

「私からもお礼を言わせてくれ。指揮を取ると言いながら大したことは出来なかった…。」

「部長が…。」

「常に指示をくれて…。」

「心強かった…。」

三姉妹が答えた。お前らも相変わらずだな。

「そうです、部長。ピンチはありましたけど、頼りにしていました。」

ミーナもフォローした。

「ありがとう…。」

「柄に合わねーよ。」

俺は茶化した。笑いがおきる。

「まぁ、そうだな。宿に戻ったら電話で桜に報告するぞ。まだ寝ているだろうしな。次の試合は明後日だ。今日の残りと明日は対戦相手の視察を行う。では片付けるぞ。」

「はい!」

午後の試合を全て視察し、次の対戦相手は千葉県代表の花見川高校と決まった。

県代表と言うだけあって、強いことは強いが紅月学院と比べれば見劣りするかもな。だが、油断はしねーぜ。


夕方、バスにて宿に向かう。

宿と言いつつ、それなりのホテルだ。

桜の知り合いの、何とかホテルグループの会長さんが段取りをしてくれたらしい。

あいつは大人まで味方につけちまう。すげーやつだぜ。

バスから荷物を受取り、ロビーへ向かう自動ドアをくぐる。

ん?

待合い用のふかふかの椅子に、小さな子供が俯きながら座っていた。

おや?

そいつは自動ドアの開く音で、こちらを向いた。

「桜!」

俺の呼びかけにスクッと立つと、そのままボロボロと泣き出しやがった。

「ごめんなさい…、ごめんなさい…。」

両手で顔を覆い、そしてしゃがみこんだ。

仲間も気付き、わらわらと集まってきた。

「もう大丈夫なんですか?」

フクの呼びかけに小さくうなずく。大丈夫らしいが、一応マスクはしているな。


「桜!俺の言いたい事は分かっているな?」

ウンウンと小さく何度も頷く。

「分かっているなら、何も言わない。さ、部屋に行こうぜ。」

桜はボロボロと泣きながら、俺の胸に顔を埋めた。

「あの紅月学院にも俺らは勝てた。今なら自信を持って言ってやる。百舌鳥校をぶっ飛ばしてやろうってな。だから、桜も俺達を、今まで以上に頼れ。わかったな?」

「うん…。凄かったんだから…。本当にみんな凄かったんだから…。」

そう言うあいつの頭を抱えて、俺達は部屋へと移動していった。

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