第48話『藍の戦慄』
やばい!
そう思った時には、もう全力で走っていた。
逆サイドいおりんの方からボールを回されて、中央には今までにないぐらい、つぐは大の攻撃陣が上がってきているよ。
私も守備に戻る。同じサイドのウミちゃんと視線が合う。
「藍!逆サイド来るネー!!」
中央のジェニーからの指示だ。逆サイドとはうちらのサイドのこと。緊張が走る。
大柄のつぐは大攻撃陣が、私の前を通り過ぎようとする。
急いでマークに付き張り付く。
今までに感じたことのない緊張感に襲われる。こんな空気、陸上の時には味わったことがなかったよ。
だけど…。
凄く楽しんでいる自分がいる。
陸上は、勝った時の達成感を独り占め出来るっていう喜びがある。
成功も失敗も自分次第。そう割り切れる。
今は違う。
仲間がいる。仲間とともに勝利に向かっていく。失敗は自己責任ってだけでは済まされない。成功も自分ひとりのおかげとはならない。
だけどなんだろう。
勝利すると、陸上の時と同じぐらいの感動が押し寄せることを知った。
これがサッカーだから?
いいえ、答えは簡単。桜ヶ丘学園女子サッカー部だからだよ。
!!
緊張が跳ね上がった。
ボールがこっちに飛んできたからだ。
ふわりと浮いたボールだけれど、微妙に低い。これなら私でもヘディング勝負出来る。
奪え奪え奪え!
今ボールを取り返せば大きなチャンスになる。つぐは大は前線に人を投入したせいで、守備が手薄になっているから。
タイミングを合わせてジャンプする。つぐは大選手も同じく飛んできた。
ガシッガシッと身体と身体がぶつかる。
今は痛くないけど、試合終わると急にあちこち痛くなるよ。毎度のことで気にならなくなったけど。
よしっ!
ポジショニングの練習を沢山したおかげで競り勝った!
私はわざとボールをウミちゃんへ下げた。それを見たつぐは大選手がボールの方へ駆け寄る。
私は見向きもせずに前線へ走り出した。
予想通り、ウミちゃんはダイレクトで私の前方へパスを出してくれた。
どうして分かったかって?
ピンッとくるのよ!
でもギリギリ過ぎて、敵ディフェンダーにも取れそうな場所へ転がっていく。
私は必死で走った。
走れ走れ走れ!
心臓がバクバクいってる。苦しい…、けど…。
ボールを追う事をやめられない!
相手よりも僅差でボールで触れると直感すると、つま先で強めに前に蹴り出す。
ディフェンダーの股の間を勢い良く転がるボール。
つぐは大ディフェンダーは反転して急いで追いかけようとするけれど、その横を私は一気に抜き去った。
でも…。
中央でディフェンスの指揮を取る田中さんがいる限り、生半端なパスではFW陣へボールが渡らない。
ハーフタイムでも話していたように、ここは桜ちゃんに任せるしかないと直感した。
私では天龍の二歩先という感覚が、どうにもぼんやりしていて自信がないから。
ボールはつぐは大ペナルティエリア近くまで運べたけれど、自軍の方面へ戻し気味にして、中央へとパスを出す。
そこには、一番背丈は小さいけれど、誰よりも圧倒的オーラを撒き散らす桜ちゃんがいた。
つぐは大に緊張が走るのが分かる。
「やらせないよ!」
田中さんが飛び出し直ぐにマークに付こうと近寄る。
あっ…。
この局面で試合の行方が決まる、そう直感した。
桜ちゃんの目つきが変わった。。
グラウンドの空気も変わった。
何かが起きる、そう感じた。いつの間にか鳥肌が全身を襲う。
!?
刹那、桜ちゃんの姿が一瞬消えたかのように見えた。
ワンフェイント、だけど恐ろしく速く、そして恐ろしいキレで、日本代表U-23の中心的DFである田中先輩を、手も足も出ないほどの勢いで抜いていった。
そのまま大きく蹴る動作に入る。
振り返った田中先輩は叫んでいた。
「桜ちゃん!あんたまさか!?」
そう、誰の目にもシュートを打とうとしているように見えたから。
ドンッ!!
勢い良く蹴られたボールは…。
ギリギリ枠に入っていない!それに、誰もあんな場所、届かない…。
ドンッ!!!
そこへ人影が飛び込みダイビングヘッドでゴールを決めた。
天龍だ。
えっ!?
あの弾丸のようなボールを、ダイレクトでシュートしたの?
どこから飛び込んだのよ。
まさか…。
これが二歩先のプレーなの?あんなことが可能なの?
誰もが唖然として、主神がゴールの笛を忘れるほどの衝撃が場を支配した。
「よっっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
天龍の雄叫びが、その沈黙を破った。
「天龍ちゃーーーーーーーん!!」
桜ちゃんが走り寄って、そのままの勢いで飛びついた。
「やったぜ!!」
「うん!うん!!」
グラウンド内の、信じられないほど高まっていた緊張の糸が、ブッツンという大きな音と共に切れたように感じました。
残り時間は、結局大きな動きもなく、試合はそのまま終了してしまった。
「あのまま桜が決めちまっても良かったんだぜ?」
試合後の天龍の声に、桜ちゃんはニッコリ微笑んだ。
「うん…。ちょっとゴールが見えた気がする。」
「だろ?だろ?俺、ちょっとお前のことが分かった気がするぜ。」
「どんなこと?」
「ゴールを決められるシチュエーションさ。」
「シチュエーション?」
「そうだ。お前が本気でゴールを奪ってやるって時が訪れれば、自然とシュート撃つって感じた。」
「えー。私いつも本気だよー。」
「それは分かっている。だけどそれはキャプテンの桜としての本気だ。」
「キャプテンとしての私?」
「そう。岬 桜としての個人の本気、それがあれば絶対にお前はシュートする。確信したぜ。」
その話は何だか共感出来る。
「私もそう思うよ。」
「藍ちゃんも?」
「うん。さっきの局面だって、この試合を決めるほどの場面だったのと、相手があの田中さんだったから、桜ちゃんの中の個人としてのサッカー魂って言ったら良いかな、それに火が付いた感じだったよ。」
「そ…、そうかな…?」
「桜のルーレット、久々に見たネー。相変わらずどぎついネー。」
ジェニーはどこから変な日本語覚えてくるのだろう…。
「あれ、ルーレットって言うフェイントか?」
「世界を制したフェイントだね。」
そこへ田中さんがやってきた。
「世界を?」
田中さんに聞いてみたかった。あの恐ろしいまでのフェイントの正体を。
「U-17ワールドカップで誰も止められなかった、そうね、桜ちゃんの必殺技ね。多用もしなかったから、突然やられると目が追いついていかないね。」
「多用しないって言うか、自然と出ちゃう時があるんです。」
桜がそう言うと、田中さんはうんうんと頷いた。
「それが良いのよ。狙ってやっていないから相手も読めないね。でも、一つだけ弱点があることを知っているわ。」
「あぁ…。自分でも分かっています。」
「えっ?あれに弱点?」
私は腑に落ちなかった。だって、本当に消えるように抜き去るフェイント。あんなのやられたら誰だって…。
「抜く時はいつも右側からね。」
「左はちょっと自信がないんです。だから自然と右に抜いちゃうんだと思います。」
「まぁ、分かっていても取れるかどうかなんて、それこそ私も自信がないよ。」
そう言って田中さんは笑っていた。
「そう言っていただくと自信になります。だけど…。」
「桜ちゃんを知り尽くしている百舌鳥校には通用しないと?」
「はい…。」
そっか。桜ちゃんがルーレットを、ここぞって時に出すことを知っていて、尚且つ右側からしか抜かないと分かっていれば止めることも十分可能ってことか…。
「でも…、もう少し…、あと少しで新しい技が完成しそうなんです。」
桜ちゃんは真剣な表情で田中さんに訴えた。
「あら~?そんな美味しい状況なら、完成するまでお姉さんが付き合ってあげるわよ?」
「お気持ちは嬉しいけど…、もう少し自分で練ってみます。」
「ざーんねん。でも、相手が欲しかったりしたらいつでも連絡頂戴。」
「ありがとうございます!」
「あーあ、歴史的瞬間に立ち会いたかったなぁ~。」
「大袈裟ですよー。」
「まっ、楽しみにしておく。」
「頑張ります!」
誰もが前に進もうとしていると思った。
桜ちゃんなんて、あれだけの技術、あれだけのセンスを持っていながら、更に上を目指そうとしているんだから。
それに、さっきの得点シーンを見せつけられたら、嫌でも火がつくよ。
午後の練習では、いつにも増して激しいメニューとなったのは言うまでもない。
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