第47話『香里奈のベンチ』

関東大会に向けて最終調整に入りました。

私は先輩達の練習の足しになればと、姉である部長と一緒に毎日ボールを蹴ってきました。

先輩達は、全国大会出場だとか、大会無失点2連覇中で、高校女子サッカー史上最強と言われる百舌鳥高打倒だとか言っています。

私は最初聞いた時、あぁ、こうやって気分を盛り上げるのだなぁ、なんて思って聞いていました。


そう、他人事のように。


だけど、先輩達は本気でした。

桜先輩が言う、冗談のような練習方法や試合での禁止事項を、律儀に守り技術を磨いていったのです。

そんなことして、本当に全国大会に出場出来るのでしょうか?

私はどこか醒めていたのかも知れません。

だって、創部1年に満たないチームが全国だとか…。そういうのは漫画やアニメのテーマであって現実的ではありません。非現実的なのです。


ところがどっこい。

関東大会に出場が決まってしまいました。

正直驚いています。

茨城県予選も苦しかったです。

手に汗握る展開は、いくつもありました。見ている方が胃が痛くなるような、そんな試合ばかりでした。


私は知っています。

本来の実力なら、大差で勝てることを。

だけど先輩達は、本当の力を開放しませんでした…。

正直もどかしいです。サクッと勝利を決定づけて勝ち上がって欲しい。

これが本音です。

だけど冷静に考えてください。

私が入部した4月のチームは、それこそ素人集団でした。

得意なプレーと言っても、それはその人にとって、ちょっと巧くやれるってだけで、他人や経験者から見れば大したことなかったはずです。

それが今では県内で1番だとか、正気の沙汰ではありません。


どうしてこうなった?


そんな事を考えていた頃、三度目となる、つぐは大学との合同練習が行われました。

いきなり練習試合から始まります。

私は後藤監督と可憐先輩と一緒にベンチにいました。

試合は一進一退の展開です。どちらも守備が安定し、どちらも攻めてに欠ける展開となります。

つぐは大側も、私達のことをかなり研究しているようにも見えました。


突然襲いかかるジェニー先輩の強烈なミドルシュートも、天龍先輩の一瞬の飛び込みも、福田先輩のポストプレーも対策されている感があります。

むしろ、そこを重点的にチェックしている節もあります。

どうやら桜ヶ丘の得意プレーを封じ込める作戦のようです。

前半はお互い良いところなしでベンチに帰ってきました。


私はどう声をかけて良いかすらわかりません。

何故なら、先輩方は誰もが苦しそうに悩んでいるように見えたからです。

だけど…。

「大丈夫!大丈夫!皆いけているよ!」

桜先輩だけは、満面の笑顔で先輩方に声をかけます。

いつも通りホワイトボードで戦況の分析をします。色んな意見が出たけれど、やはり固い守備の突破口は見いだせませんでした。

「私達の守備も通用しています。必ずチャンスはやってきます!」

「だけどよぉ…。」

珍しく、天龍先輩がどうして良いか分からない様子でした。かなり悩んでいる様子で、正直、こんな天龍先輩を見るのは初めてです。


「天龍ちゃん!!!」

突然の桜先輩の大声に全員が驚きました。

「天龍ちゃんが諦めたら、点なんか入らないんだよ!」

「そうは言うけど、今回ばかりは、ちと厳しいぜ…。」

「天龍の言うことも分かるネー。今回、田中センパイは私達を研究してきているネ。」

こちらも珍しく、ジェニー先輩が天龍先輩をフォローしていました。

二人の意見は、ベンチから見ている私達でさえ、そう思いましたからね。他の人達も同調し始めていました。


「天龍ちゃんのバカーーーーーーー!!!!!!」

「お、おい…。」

桜先輩は泣いていました。

ポロポロと溢れる涙は、先輩の悲しみの粒のようでした。

「諦めたら終わりなんだから…。諦めたら、そこで終わっちゃうんだから…。」

何としてでも天龍先輩を説得しようとする桜先輩は、いつもの笑顔は消えていました。

でも、そのしつこさが天龍先輩を苛つかせたようです。


「そこまで言うならよ、桜がゴール決めろよ!」

つい禁句とも言える言葉を発してしまったのです。

これにはチーム全員が言葉を失ってしまいました。お姉様ですら何と言って良いか分からず俯いてしまいました。。

桜先輩は…、目を真っ赤にして、更に大粒の涙をこぼしていました…。


「私だって…、私だって…、グズッ…。ゴール…、決めたいよ…。」

その言葉に天龍先輩は、ハッと我に返り桜先輩を抱きしめました。

「すまねぇ…。そうだよな。お前が一番ゴール決めたいよな…。」

「ウウゥ…。」

泣きじゃくる桜先輩…。

「俺が決めてやる。お前の分も俺が決めてやる。そうだよな、俺がどんどんパスを出せって言ったんだよな!」

「そう…、だよ…。」

「皆すまねぇ。ちょっと苦しいぐらいで泣き言言ってよ。」

「天龍…。」

お姉さまは、天龍先輩の覚悟を見たと、後で言っていました。私もそう思います。

あの厳しい状況、手も足も出ない状況を何とかしようと勇気を振り絞っていたからです。

あの鉄壁の守備を突くことなんて…、多分誰にも分からないんじゃないでしょうか…。

この時は、そう思っていました。


「だけどよぉ。何かヒントはないか?突破口を開くヒントとかよ。」

「そんなものがあるなら、とっくにやっているでしょ。」

伊藤先輩は、精神論でどうにかなるような問題じゃないと言わんばかりです。

確かに、ここまでくると、精神論ぐらいしか思いつきません。

「あるよ…。」

「!?」

桜先輩は涙目をこすりながら、小さな声で答えました。

「あるのか?」

コクリと頷く桜先輩。

「それは何だ?」

「二歩先…。」

「あぁん?」

「一歩先の、更にもう一歩先にいくんだよ。」

「………。」


絶望的な回答だと思いました。

天龍先輩の誰よりも一歩先を行くプレーは、敵の裏を常に狙える大きな武器です。

ゴールハンターとしてのセンスの塊のような先輩だからこそ、成し得るのだと誰もが思っていたはずです。

簡単に真似できるプレーじゃありません。

現に、福田先輩も藍先輩も伊藤先輩もジェニー先輩も、誰もが天龍先輩のようなプレーは狙って出来ないと言っています。

なのに…、更にもう一歩先をいくプレーって…。

流石に、これこそ精神論的な話かと思いました。

聞いていた天龍先輩も、気持ちはそのぐらいに思え、と感じ取ったかもしれません。


今度は桜先輩が天龍先輩を抱きしめました。

「天龍ちゃんなら出来るよ…。んーん、天龍ちゃんしか出来ないの。私にも出来ない、天龍ちゃんがだけが持って生まれたものなの。」

天龍先輩の目は、真剣でした。先輩からオーラのような、見えない何かが湧き出ているようでした。

鬼気迫る表情で桜先輩の頭を抱えると、

「俺は馬鹿だから信じるぞ?」

「うん。私が証明してみせる。」

「わかった。」

そう短く言葉を交わしました。

二人の絆は、『信頼』という言葉自体が軽く思えるほど深い信頼関係を築いていると思いました。

こんな冗談のような言葉を、本気で信じようとしています。

私は、息を吸うことも忘れて見守ってしまいました。

そして、焦りのような、じれったさのようなものを、部活に入って初めて感じました。


「ワオ~!私にも桜エネルギーを分けて欲しいネー!!」

「私もだぞ!」

案の定、ジェニー先輩とお姉さ様が騒ぎ出し、チームの雰囲気は元通り、いえ、いつも以上な盛り上がりを見せ始めます。

「青春だね~。」

!?

いつの間にか、私の隣につぐは大の田中大先輩がいらっしゃってました。

「はーい、後半始めるよー。」

そう言うと大先輩はピッチへと走り出します。

それにつられるように、先輩方も弾けるように駆け出しました。


後半戦の開始です。

試合の展開は前半と同じようにすすみました。

攻めては弾かれ、クロスをあげてもクリアされ、パスコースはふさがりシュートコースは見えません。

攻められては早目にチェックしボールを奪い、奪われます。

だけど、やはりどちらも攻めきれずにいました。


つぐは大には、田中大先輩が守備の陣頭指揮を取り、危険な場面では自ら潰しにかかります。我チームはお姉様が最終ラインを統率し、その前にはジェニー先輩が立ちはだかります。

そんな状況の中、突然可憐先輩が立ち上がります。

「集中!集中!!今は我慢の時だよ!!!」

大きな声がグラウンドに響くと、守備陣がチラッとこちらを見ました。

再び攻められます。

「集中力を切らさないようにネー!」

「フォローを忘れるな!」

ジェニー先輩とお姉様がチームメイトを鼓舞しています。


可憐先輩には、慢性的な守備で集中力が切れ掛かっているのが分かったのでしょうか?

良い感じで守備に安定感が増していきます。

そして、試合は前後半合わせて1時間以上、まったく変化のないまま進行し、残り時間が10分を切ろうとしていました。

何回も見てきた、つぐは大の攻撃です。右サイドからじわじわ上がっていきますが、伊藤先輩に阻まれ足が止まっています。

この場面は、私は何とかなりそうと思ってしまっていました。


「危ないよ!!」

何度目かになる可憐先輩の声が響きます。

えっ?どこが?と思った矢先、中央に人がなだれ込んでくると、今までとは違う雰囲気が襲ってきます。

やっと私にも危機を察知出来ました。

私はダメダメです。

だけど…、だけど…。

「桜ヶ丘あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!ファイトオオオオオオォォォォォォオオォ!!!」

立ち上がって必死に応援しました。

今直ぐにでも駆け出してピンチを救いたい。

もどかしいです…。


でも私は、このピンチを防いで逆転すると信じていました。

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