第46話『可憐の見ている景色』
「明後日には茨城県予選の決勝リーグが始まるからな。皆、体調管理は万全にしておくように。」
部長の言葉は定番の文句ではなくて、本当に体調管理が大切な時期になってきたことを告げていた。
予選の決勝リーグに出場出来るようになって順調ではあるものの、季節の変わり目に入って、風邪とかひきやすい時だよね。
ここまでの試合では、ベンチから見ていてもいけるかなーって実感があったけど、こっから先はどうなるかわからないよ。
何せ、茨城県のベスト4が集結するわけだから、今までのような縛りプレーでいける相手とは思えないのね…。
だけど桜ちゃんは、口癖の「大丈夫!」を繰り返すばかり。
はぁー…。
私もマネージャー以外に何か貢献したいけれど…、少しずつ増えていく観客や応援団を見ると、嫌な汗かいちゃう。鼓動も早まるし、視界が揺らぐし、緊張で周りが見えなくなっちゃうよ。
でも個人練習は続けているし、部活の時は、部員が少ないのもあって当たり前のように練習に参加している。
それに、ここ《ベンチ》から見える景色もあるよ。
今日はあの子の調子が悪いなーとか、逆に調子いいなっとか。
悪い癖を見つけた時は教えてあげて、直すのを手伝ったりしている。
こんな地味なことでも桜ちゃんは笑顔で凄い!凄い!って大はしゃぎ。大袈裟だよ…。
そんな私にも、彼女は課題を出すんだよね
例えば敵のパターンを見つける訓練。フェイントで抜くときは右側からが多いとか、ディフェンスする時に左足から出すとかね。
一応相手チームの偵察にも行って、どんな練習をしているか調査して、長所と短所を調べるの。
この前対戦した水戸女子で言うと、キャプテン本間さんを中心としたチームで、練習も私生活も彼女が中心だったけど、それは彼女の技量が高いというだけじゃなくて、とてもカリスマ性のある人だった。
逆に考えると、そんなキャプテンを慕って集まったのが水戸女子のサッカー部なんだよね。
信頼関係は厚かったし、チームとしても彼女を中心に良くまとまっていた。
だけど、桜ちゃんが言ったように、良くも悪くも彼女次第のチームとなってしまった。そこが欠点でもあり、水戸女子の最大の長所でもあったよね。
私たちに敗れた後の水戸女子は、ある意味清々しほど達成感にあふれていた。彼女たちは全国大会がどうのとか、そもそも興味が薄かったみたい。
だから付け入る隙はあったと思うし、キャプテンを抑えることが出来れば試合を有利に進められるのは分かっていたよ。
まぁ、彼女達は、最初から信頼出来る仲間達とやれるところまでやるみたいな、そんな感じだった。泣いている子もいたけどね。
そうだよね、関東大会も乗り越えて、全国大会に出場してみたいよね。そのチャンスがあるなら挑戦したいよね。
もしも全国大会に行けたら、一回戦で百舌鳥校とやって勝って、それこそいけるところまで全力で挑戦する桜ヶ丘が見てみたい。
私達の力がどこまで通用するのか見てみたい。
そう思っている自分もいる。
でも…。
それは夢であって、もしかしたら県予選で敗退もありえるよね…。全国の前には関東大会もあるし…。
仲間達にも緊張感が増しているのが分かる。
徐々に大きくなっていく期待、最初は上の空だった全国大会出場が近づいてくる実感。
そもそも、最終目標が全国大会優勝という途方も無いものである限り、今まで通り縛りプレーが続いていくから、もし途中で負けたら、それは全力で戦えなかったという、中途半端な状態での敗退を意味する。
それに百舌鳥高とそもそも戦えない、または負けちゃったら桜ちゃんはサッカーを辞めちゃう。
それだけは避けたいと、皆も思っているみたい。
ある意味、うちのチームも水戸女子のような感じて、桜ちゃんが中心となってやっているよね。
もちろん、彼女自身が言うように、桜ちゃんだけに頼らないチームには育っていると思う。100試合を超える練習試合の中で、それぞれが意見を出し合って実践をしてきたから。
だけど、やっぱり桜ちゃんアリきのチームだというところは、自他共に認めざるをえない状況かな。
県予選決勝リーグが始まった。
案の定、桜ちゃんがボールを持つと、相手チームの緊張感が一気に高まるのが分かる。
焦り、彼女の実績からくるオーラ、今まで散々勝ってきた相手が、県予選決勝リーグに勝ち上がってきたという恐怖。
何かがある、そう勝手に思ってしまっている節がある。
いよいよ彼女の能力が覚醒した、本来の力を発揮し始めたと勝手に想像して…、そして自爆しているようにも見えるよ。
桜ちゃんは何も変えていないのに、相手が空回りしている。それも全力でね。
彼女は何も変わっていないし、信じられないけど左足だけでのプレーを続けている。
相手が自滅して無理や無茶をするから、桜ちゃんに裏をかかれてピンチを招いている。
相手の監督さんが大声で色々と指示を出しているけれど、耳に入ってないんじゃないかと思う。
何というか、オーラが違うよ。
その見えないオーラに相手チームの全員が惑わされている感じ。
もちろん桜ちゃん以外のメンバーも成長しているのが実感出来る。
GKのミーナちゃんは唯一ノビノビとプレーしているよ。
彼女自信の能力も高いし、試合を重ねて勝つという経験が、彼女をより貪欲に成長させている。チームメイトが縛りプレーをしている現時点では、一番輝いているかも。
あぁ、そうだった。すっかり痩せたしね。
DF陣も安定しているかな。
得意プレーが出来ない状態が、それぞれの欠点を補おうとしていて、その欠点自体も薄れてきている。欠点を補おうとして生まれたのが、渡辺三姉妹によるノールックパスに代表されるような連携だよ。ミニ桜吹雪みたいな感じで使っているけど、ゴール前でよくやるよ。まぁ、だからこそ相手も翻弄されている。
部長も成長株の一人だよね。
安心感というか、信頼感というか、存在感が増した感じ。
頼れる存在が中心にいるってことは、渡辺三姉妹やジェニー、そしてGKのミーナちゃんにとっても勇気づけられる存在だよね。
ジェニーは元々技術力が高かったけど、ここにきて周囲との息が合ってきた。
両ウィングもそれは実感しているようで、彼女を起点とした攻撃も鋭さを増してきたよ。起点が桜ちゃんだけじゃなくなったことで、相手チームもやりづらそう。
それに、彼女が前線にあがってくると、桜ちゃんが最前線で自由に動けることになるから有利になってくる。本来ならミドルシュートとか撃ちたいのだろうけどね。
両サイド陣も個性が光ってきている。
右MFのいおりんはスルーパスの完成度が高まってきたし、左MFの藍ちゃんは俊足を活かして、撹乱から鋭い突破までこなしている。
いおりんのスルーパス、いやキラーパスと言った方がしっくりくるかな、これは敢えて縛ってないよ。ちょっと不安定なところもあって、試合で精度を上げていっているような感じ。
桜ちゃんに言うには、まだまだ経験が必要なのと、色々と縛っているせいで攻撃手段が手薄過ぎて、いおりんのパスは今のところチームの必殺技みたいな位置にあるよ。
これもなくなったら…、かなりきついよね。
ちなみに藍ちゃんはドリブルしたくてウズウズしている。
その鬱憤を晴らすかのように走って走って走りまくってる。
FW陣はというと、一番巧くなったのは福ちゃんじゃないかな。
予選決勝リーグでは得点も決めたし、その得点力が相手からは脅威となっている。今までなら天龍だけ気を付けていれば良かったのが、そうはいかなくなったからね。
相方の天龍は、増々ゴールハンターとして目覚めてきている。
思わぬところからの飛び出しや、そのタイミングも絶妙だよ。あれは真似しようとしても出来ないやつ。
迫力というか、凄みというか、そう、別次元。最近そういう雰囲気を強く感じるよ。
そして何と言っても桜ちゃんは相変わらず凄い。
あれで右足でプレーしたらどうなっちゃうんだろうって想像するのだけれど、案外今まで通りなのかもね。左足が利き足の右に追いついちゃったとか、漫画みたいな状況。もう既に高校生レベルを超えている。
パスにしてもドリブルにしても、天龍とは違う意味で真似できない。
それに、元々持ち合わせているセンスが、私達とは全然違う。
彼女の出すパスは恐ろしいほど正確。パスの相手に確実に届くという正確ではなくて、確実に得点に結びつけるという正確さだよ。相手はパス一本で萎縮し恐怖し平伏すほど。
桜ちゃんが敵じゃなくて、本当に良かった。
そう考えているうちに、1勝、また1勝と勝利を重ねて、気が付いた時には茨城県予選を全勝1位の無失点で通過してしまっていた。
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