第40話『桜のヒーロー』

「桜。大丈夫か?」

スーツの男は、顧問の後藤先生だった。

それがわかると体が震えだし、涙が溢れてきた。

「先生…。」

先生の胸に顔を埋めた。涙が止まらない。

「よく頑張ったな。もう心配いらないぞ。」

そう言いながら優しく頭を撫でてくれた。安心感に包まれる。

「はい…。」

先生の右腕を掴んだ左手に何か変な感触があり、ハッと頭を上げる。

「血…。」

シャツの腕の部分は真っ赤になり、血が滴り落ちている。


「問題ない。」

そんな訳ない。

「大丈夫ですか!?」

「桜ちゃん!!」

お巡りさんと可憐ちゃんが到着した。

「暴漢に襲われていると通報を受けました。あ…、怪我が…。」

お巡りさんは先生の腕を見ると、直ぐに無線で救急車を呼ぶ。

「私、前にひったくりを捕まえたのですけど、その時の男が仕返しに襲ってきたんです。先生は助けに入ってくれたけど腕を斬られちゃって…。私のせいで…。私のせいで…。」

「生徒を守るのが、先生たる私の務めだ。何も問題ない。」

「正当防衛ですね。わかりました。しかし…。」

お巡りさんは周囲を見渡す。

若い男性が動けずに10人近く倒れていた。

「チンピラ相手によくもまぁ、派手にやりましたな。」

お巡りさんが呆れるのも仕方ないよ。

「良かった…。桜ちゃん…。」

可憐ちゃんが涙ながらに抱きついてきた。

「ありがとう、可憐ちゃん。」

「だって…。だって…。私だけ逃げるなんて出来ないよ…。」

「知っているよ。可憐ちゃんを信じていたから。」

「バカ!桜のバカ!」

「へへへ…。」

「あっ、お嬢さんも口を切ってますね。」

「一回叩かれちゃいました…。」

「さくらぁ!!!」

可憐ちゃんが心配して余計に強く抱きついた。

「大丈夫。可憐ちゃん、大丈夫だよ。先生が助けてくれたから。」

救急車のサイレンが遠くに聞こえる。

なんとか大事に至らずにすんだけど、とても怖い思いをした…。

でも、先生はやっぱりヒーローだった。

ありがとう先生。


翌日。

その話は昨夜のうちに部員全員に知れ渡っていた。

後藤先生は校長室に呼ばれ事情を聞かれたけど、特に問題なく済んだみたい。

正当防衛だったことに加え、生徒を守るためだったからだ。

その後、外見上は何も変わらない先生がグラウンドにやってきて、いつも通りベンチに座り腕組をする。

今は練習試合の申し込みもなく、部費も問題のない金額が集まったし、部活で必要な部材も中古品を修理したりして、それなりに充実している。

特にやることがないようにも見えたよ。

私達は顔を見合わせると、休憩ついでに先生の周囲に集まった。


早速、天龍ちゃんがニヤニヤしながら隣に座った。

「流石竜也だな。助かったぜ。」

「先生を付けろ。」

「あ、そうだな。竜也先生。あんたは俺達のヒーローだからだな。」

「大袈裟な奴だ。」

その会話に福ちゃんが割って入る。

「何を言っているんですか!桜先輩と可憐先輩が襲われたら、もう僕達試合どころじゃなくなっちゃってました!」

「そうだ。私達には1回しか挑戦権がないからな。今回パーになれば、それはもう終わりを告げている。」

部長もしみじみ考えていた。最悪の自体だったら…と。

「それに、竜也先生がやらなかったら、俺がやってた。今回の話しを聞いて、久々にキレちまったからよ。」

そう言った時の天龍ちゃんは、私が初めて会った時の顔と目つきをしていた。直ぐに目元を緩めてニシシーと笑ってくれたけど…。確かに天龍ちゃんならやりかねないね…。


「でもよ、何で竜也先生は中央公園にいたんだ?」

天龍ちゃんからの質問に、ほんのちょっとだけ間があった。

「偶然だ。」

「偶然~?あんな場所へ?おかしいだろ?」

「偶然だ。それ以上でも以下でも無い。」

「天龍先輩!偶然でいいじゃないですかー。私、後藤先生の事、凄く誤解していました。」

1年生のミーナちゃんからすると、確かに怖い生徒指導の先生としか感じていなかったかもね。

「先生!本当にありがとうございました!」

私はちゃんとお礼がしたくて頭を下げた。

「あ、いや…。無事だったからいいんだ。それに…。」

先生は少し空を見てからニッコリ微笑んで、こう言い返した。

「私はサッカーの事は何も分からないからな。こんな事しか出来なくてすまん…。」

その言葉に、部員全員が感激しちゃった。格好良すぎだよ…。

もちろんその後先生は全員にもみくちゃにされたよ。


そして、先生が偶然と言い張る、あの場に居た理由はひょんな事からバレる事になった。

食堂「天空」でのアルバイトが終わった時だった。

「桜、元子分から情報が入ったぞ?聞きに行くか?」

「情報?」

天龍ちゃんの突然の話に、最初は何のことか分からなかったよ。

「竜也のことだ。」

「先生の情報?何の?」

「あぁ、あの夜、何であそこに居たかって情報だ。」

その会話を聞いていた天龍ちゃんのお母さん、寅子さんが即答した。

「そんなの分かりきってるじゃない。というか分からない?」

つまり寅子さんは、この話しを聞いた時から、どうしてあそこに居たか分かっている様子だった。


「お袋、知ってたのかよ?」

「直接は聞いてないけどね。まぁ、理由はわかるよ。まだまだあんた達は竜也さんのことをなんにも分かってないのね。」

「そこまで言うなら言ってみろよ。」

天龍ちゃんがそう言うと、寅子さんは紙に何かを書いて四つ折りにして渡してくれた。

「答えを書いておいたから、分かったら見てごらん?」

「超能力みてーだな。まぁ、いいや。ちょっくら行ってくるわ。」

そう答えて、私と2人で中央公園に向かう。

タイガー&ドラゴンの面々は定例会議というか、集合予定日だったみたいで、かなりの人数が集まっていたよ。


「龍子さん!」

「ちーっす。」

そんな挨拶が飛び交う。

「あっ、桜ちゃんも来てくれたんっすね。」

「はい!お久しぶりです。」

ニコッと笑顔で返す。

「相変わらず可愛い~。」

もう、そんな事言われたことないから、どう返事していいかわからないよ。

「桜、あんま調子に乗せるなよ。」


集会が始まったので、私達2人は少し離れたところで終わるのを待っていた。

悪い癖なのかもね。時間があると直ぐにボールを取り出して練習しちゃってた。

「龍子さーん。終わりました。」

「おう!」

少しすると呼ばれたので向かう。

メンバーの人達は雑談したりしていた。

「こいつが初代を、よくここ中央公園で見かけたって言ってんですよ。」

「ほぉ?竜也は何をしていたんだ?」

「いや、それが…。何をするでもなくウロウロしていたんっすよ。」

「ウロウロしていただぁ?」

「はい。」

「夜だけか?」

「そおっすね。散歩とか、ジョギングとかそんなんじゃないっすね。ただただ遠くを見ていただけっす。スーツ姿だったし。」

「何だそれ?」

「そんで俺、流石に挨拶しないとって思って、話しかけたんすよ。」

「ほぉ?」

「そしたら、最近ここは荒らされたりしていないかって聞かれたっす。まぁ、最近は龍子さんの知名度もあったっすから、問題ないっすって答えたけど、その他は特に何か言ったりしてないっす。」

「怪しいな…。どこか襲ってくるって分かっていたのか?」

「さぁ…?」

その時、私はピンッときちゃった…。もしかして…。

「私…。分かっちゃったかも…。」

そう言うと天龍ちゃんが食いついてきた。

「あいつ何しに来ていたんだ?」

「多分だけど…。この公園はさ、学校から近いし、近所に住んでいる部員も多いからよく個人練習していると思うんだよね。自主練ってやつ。」

「あぁ、俺もやったことあるな。」

「襲われた時はね、可憐ちゃんもやっていたの。」

「あいつが…?」

「うん。もしかしたら先生は、そんな私達を見守っていたのかも。」

「まさか…。毎日?」

「そうかも。先生ならやると思うよ。」

「マジかよ…。ちょっと信じられねーぞ。そうだ、お袋の回答見てみようぜ。」

渡された紙を開いてみた。

そこには『夜自主練する生徒を守る為』と達筆で書かれている。

「…………。」

天龍ちゃんは言葉を失った。

「くそ…。あいつ…。」

そう言いながらも、顔は嬉しそうだった。


やっぱり先生はヒーロー気質なんだね。そんな状況まで心配して毎日見回りに来ていてくれたなんて。この公園は周囲に住宅地も多いし、駅も近いしで、最悪大声を出せばなんとかなったかもしれない。

だけど先生は毎夜通って練習している部員がいれば見守っていてくれたんだ…。

「格好良すぎだろ…。」

天龍ちゃんは本当に嬉しそうだった。

彼女が尊敬出来る、数少ない大人なのかもしれないね。

「俺もまぁまぁイケメンだと思うけど?桜ちゃん、彼氏にしてよ。」

情報をくれたメンバーが突然私にそんなことを言ってきた。

「えっ!?あの…、その…。」

「てめー。俺様の前でいい度胸じゃねーか。」

「あ、いや、そんなからかってるとかじゃねーっすよ。結構本気なんすけど…。」

私は分かっていた。耳まで真っ赤になっていることを…。

「あの…。お気持ちは嬉しいのですけど…。あの…。その…。ごめんなさい!」

「あちゃー。やっぱ駄目っすか…。やっぱ見た目っすか?」

「いえ…。人は中身だと思っています。だけど…。今はサッカーしか考えられなくて…。その…。」

「あぁ、そうっすね。大会これからっすもんね。いや、大切な時にすんません。」

「いえ…。」

あぁー、びっくりした…。


「ちなみにどんな男が好みっすか?芸能人とかでもいいっす。教えてくださいよぉ。」

「ほぉー?桜の好みの男ってのも、聞いてみたい気がするな。」

「でしょ?」

二人して私に注目してきた。

「えーっと。テレビ見ないので芸能人も分からなくって…。例えばだけど、先生みたいな人だったらいいかも。」

「あちゃー。よりによって初代っすかぁ…。これはレベル高すぎですわー。」

メンバーの男性は顔に手を当てて天を仰いだ。

「相手が悪かったな!」

天龍ちゃんもニヤニヤしながら彼の肩を叩いていた。

「でも、先生にはお似合いの人がもう居ますから。」

私がそう言うと、天龍ちゃんはかなり食いついてきたよ。

「おいおい、誰だよそれは?」

「いくら天龍ちゃんのお願いでも、これは言えないかなー。」

「何だよそれー。なぁ、教えてくれよー。」

「だーめ。ニシシー。」

先生にお似合いな人。直ぐ側にいるじゃない。

もう。


私は再びサッカーに専念出来ることを先生に感謝しつつ、茨城県予選を迎えることとなった。

いよいよ始まる。

私達の挑戦が!

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