第39話『桜の口癖』

いよいよ夏休みも終わりを向かえ、9月に入った。

今月中旬から月末にかけて全日本高校女子サッカー選手権大会の茨城県予選が始まるよ。

まず予選トーナメント戦を行って、優勝チームが代表決定リーグ戦をするの。

予選トーナメントへの参加は、桜ヶ丘学園を含めて全4チーム。1位になれば茨城県代表を決定する全4チームでのリーグ戦に参加して、リーグ上位2チームが関東大会へ行けることになっている。

代表決定リーグは、過去の大会の成績から3チームが確定していて、そこに予選トーナメントの優勝チームが加わる。

桜ヶ丘学園は、過去の大会は一切出場していないので当然予選から。

予選で2勝、代表決定リーグで最低でも2勝しないと関東大会にいけないよ。

改めてそのことを確認した部員達には緊張が走っていた。


それは無理のないことかな。だって、練習試合の結果は、136連敗を記録したんだもん。

県内の学校とは一番多く対戦したけれど、どのチームも私達と予選を当たることを望んでいるくらいノーマークになっちゃった。

前回県代表に選ばれたチームは、既に雑誌の取材が来ているらしい。

大会への盛り上がりが徐々に現れてきたかな。

いよいよ今までやってきたことが試される時期となってきた。

練習試合は夏休み期間で終了し、9月からは戦術や連携の最終確認をおこなっているよ。


そんなある日の夜。

私はバイトが終わった後、つくば駅近くの中央公園で軽く汗を流している。

ジョギングをしていると、リフティングをする姿を薄暗い中見つけた。

気になって、さり気なく近づいていくと、髪が長いのが分かった。女性だ…。

「あっ…。」

すると向こうがこっちに気づいた。あれ?

「可憐ちゃん?」

「桜ちゃん!?」

私は走るのを止めて可憐ちゃんに近づく。

「バレちゃった。」

彼女はそう言って、ちょこっとだけ舌を出した。

「もう、隠さなくてもいいのに。」

そう言ったけど、彼女はリフティングを続けた。


「皆今まで、結構ハードな練習をしてきたでしょ?怪我があったらさ、私の出番もくるかもしれないじゃん…。そう考えたら何だか急に不安になっちゃって…。」

「そう言いながら、サッカー部入った時から続けているでしょ。」

可憐ちゃんは動揺したのか、ボールを上手く扱えず落としてしまった。

「桜ちゃんは何でもお見通しだね。」

彼女のリフティング技術は、1週間やそこらで身に付く程度じゃない。もっともっとやり込んだ証がチラホラ見えるよ。

私が見ているからか、ちょっと緊張していたので、高く上がった時を狙ってサッとボールを奪う。

「ふふふ。」

「あっ!」

そして直ぐに彼女とボールの間に体を入れて、キープする体勢をとった。

「ほらほら!かかってこーい!」

「そっちがその気なら…。」

見た目に反して激しくチャージしてくる。体格差を考えると間違ってないし、むしろこのままだと取られちゃう。


私は細かくボールを移動させ、体も入れ替える。力をいれさせないためだよ。

「む…、むむ…!」

必死になってボールを取りに来る可憐ちゃん。いいよ、いいよ。

タイミングを見計らって、ボールを可憐ちゃんに渡す。そして今度は私がボールを取りにいった。

「それそれー!」

「ちょっ…。」

慌ててボールをキープしようとするけど、アタフタしている様子が見える。

「ボールと敵の間に体を入れて、ボールをなるべく遠くでキープして。」

「うん!」

「そそ!上手いよ!」

だけど、隙を突いてボールを奪い取る。

「やったー!」

「えー…。」

彼女は肩で息をしながら、その場にへたり込んじゃった。

「やっぱ敵わないわー。」

「ふふふ。諦めたらそこで終わりってやつだよ。」

「そうだね。この前の、皆で考えた『桜吹雪』見た時にさ、ビリビリッて感じたんだよね。もしかして、もしかするとって。そしたらさ、その場にいなかった自分が悔しくてさ…。」

可憐ちゃんは苦笑いをしていた。私も彼女の隣に座る。


「大丈夫。可憐ちゃんがいっぱい練習していたの知っていたし、『桜吹雪』自体はね、特別な技でも戦術でもないの。」

「えぇ…。だってアレ、傍目にも凄かったよ?」

「見栄えはね。だけど、やっていることはただのツータッチパス。」

「そんな、簡単に言わないでよー。もしも自分があの場にいてパス回ってきたらって思ったら…。」

「ワクワクするでしょ!」

「へっ!?」

「違うの?」

「う~、緊張するよ~…。」

「あの場にいるとね、それこそビビビッて何となくわかるんだよ。どこに行って、どこへパスを出せばいいか…。だから心配ないよ。大丈夫!」

「ぇぇ…?そんなもん?」

「そんなもんだよー。可憐ちゃんは皆の体調管理や個別練習の相手もしていて、皆の癖もよく知ってるでしょ。だから、あの場に居たらピンッときちゃうよ。だって、あれは絆サッカーの集大成だもん。その絆の中には、可憐ちゃんも香里奈ちゃんも後藤先生も入っているよ。」

「そ…、そう…。」

でも彼女は信じられないって顔をしていた。


「ふふふ。私だって、適当に大丈夫って言ってるわけじゃないよ。」

「えぇー?口癖が『大丈夫』だって皆言っているよ。」

「そんなことないって。皆はちょっとだけ自信が無いだけ。本当だよ?」

「そうかなぁ~。」

「じゃぁ、明日から全員で『大丈夫!』を合言葉にしようか!」

「あはははははっ。」


「あっ…。そろそろ帰ろうか?」

「そうだね。」

「私、いつもこのぐらいの時間走ったりしているから、また一緒に練習しようね。」

そして帰ろうとした、その時。

「おい、こいつじゃね?」

知らない男の人が集まりつつあった。ヤバイ。直ぐにわかるほとヤバイ。

「可憐ちゃん走って!早く!」

「えっ!?でも…。」

「早く!」

私の勢いに押されて可憐ちゃんは走っていく。

「間違いねぇ。こいつだ。こいつのせいで俺はしょっぴかれたからな。」

あっ…。思い出した。つくばに来た頃、高山グループ会長のとし子さんのバックをひったくりした人だ。

私はゆっくり立ち上がるとボールを引き寄せる。

「捕まえろ。」

その言葉と同時に襲いかかってきた人に向けて、ボールを思いっきり蹴る。跳ね返ってきたボールを更に蹴る。

ほぼ同時に2人は顔を抑えて離れて行く。

「ふざけた真似しやがって…。」

私は闘うつもりはない。薄暗い中10人近くが集まってきたからだ。

蹴るフェイントを入れて脅してから反転すると、直ぐに逃げだした。

「おっと。」

だけど大柄の男性が待ち構えていて道を塞がれる。

「!?」

後ろから2人がかりで腕を掴まれた。

「ちっ。こんなガキじゃ楽しめねぇな。」

そう言ってひったくり男がジロジロ私を見てくる。なんて下品な眼…。

「離して!」

ビシッ!!!

痛い…。思いっきり頬を叩かれた。

血の味がする。口の中が切れたかも…。

「うるせぇな。黙れ。おい!ひん剥いて写真画像をネットで売るぞ。変態どもが買うだろ。」

私の体をヒョイと持ち上げると、どこかへ連れていこうとする。

怖い…。

助けて…。

声も出ない…。

そんな時だった。


「おい!糞ガキども!」

若者達の足が止まる。聞き覚えのある声だ。

「なんだぁ~?」

「おっさん。格好つけんなよ。」

若者の一人がナイフを取り出した。

街灯の逆光に、黒く映しだされた男性は、スーツの上着を脱ぎ捨てネクタイを外した。

シャツのボタンを外しながら、首を左右に振った。


「………。」

右手を前に出して、来い来いと挑発する。

「あぁ!?刺されねぇと思ったか!?」

ナイフ男は躊躇せず切りにいった。スーツ男は顔だけ避けるけど腕を斬られた。

「ひゃーーーーーーー!!!痛てぇか!?あぁ??」

その言葉が終わった瞬間。

ドンッ!!!

ナイフ男の体がくの字になる。

「おぉぉぇぇっぇぇぇぇぇぇ………。」

息苦しそうに腹を抑え、ナイフを手放した。

それを見た他の仲間が襲いかかる。

ビシッ!!!

ビシッッッ!!!!!

一人はモロに殴られ吹っ飛ぶと、その殴った勢いのまま、裏拳でもう一人が殴られ吹っ飛ばされる。

「おっさん強えぇーなぁ!だけど喧嘩は数だぜ!」

5人ぐらいが一斉に襲いかかる。これは流石にマズい…。そう思った瞬間。スーツ男は二三歩走り飛び蹴りをし、先頭の男を蹴り倒し数回腕を振るうと、立っている人はスーツ男だけになる…。

つ、強い…。


「その子の手を離せ。」

「て、てめぇ…。」

「警告する。その子の手を離せ。」

「クソがっ!」

ひったくり男は懐から警棒を取り出した。

「最後の警告だ。手を離せ。そうじゃないと怒りでお前を一生立てなくなるほど殴るかもしれん。」

「リーダーやべぇよ、このおっさんぶっ飛んでやがる…。」

私を取り押さえている2人が震えていた。


「おっさんは大人しく社畜ってろ!!!」

警棒を鋭く振りぬく。スーツ男はスッと後ろに下がり交わした。刹那、猛烈なダッシュで間合いを詰める。

ドンッ!!!!!!

体が浮くほどの力が、ひったくり男の腹部を襲う。

「オェェェェ………。」

スーツ男はひったくり男の髪の毛を掴みたぐり寄せると、そのままもう一発入れる。

ビシッ!!!!

もう一度たぐり寄せる。

「良かったな。俺の理性が飛ばずに済んだ。二度と桜ヶ丘の生徒に手を出すな。いいな?」

「………。」

ピシャッ!!!!!

激しくビンタする。首が千切れんばかりに曲がるほどの威力…。

「聞こえたか?」

「………、は゛い゛。二゛度゛と゛手゛を゛出゛し゛ま゛せ゛ん゛………。」

消え入りそうな、喋りづらそうな声でなんとか絞りだすように答えた。

それと同時に腕を離される。

「すみません!二度といたしませんから…。」

私を掴んでいた2人は同時に土下座をしたが、二人共蹴り上げられのたうち回った。

ピピッーーーーーーー


笛の音が聞こえた。

「そこ!動かないで!!警察です!!!」

「桜ちゃーーーーーん!」

お巡りさんと可憐ちゃんが走ってくるのが見えた。

良かった…。助かった…。

急に力が抜けて倒れそうになる。

「ん…。」

スーツ男の人が支えて抱きかかえてくれた。

何だか暖かいぬくもりが嬉しくて、ギュッと抱きついた。

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