第29話『天龍の怒り/桜の道草』
こいつが、桜が言っていた百舌鳥高校の翼って奴か。
「翼ちゃん、お久しぶりね。」
桜は案外落ち着いていた。
「あぁ、久しぶりだな。元気にしていたか?」
ちょっと高飛車な態度だ。イラッとする。
そもそも百舌鳥高は、桜が去年までいた高校だ。現在公式戦負け無し、冬のインターハイも2連覇を桜と一緒に成し遂げている。だけど、行き過ぎたレギュラー争いに加え、一番信用していたと言っていい、この翼って野郎にまで裏切られ、桜は殻に閉じこもり自らシュートを打つことを封印してしまっている。
ちなみに、1度だけ桜に内緒で打ち合わせをして、さり気なくシュートを打たせようとしてみた。
意図しなくても、普通に盛り上がっていた練習。危うくそんな打ち合わせも忘れそうなぐらいな良い雰囲気。
最前線に飛び出した桜に、ノーマークでパスが回ってくる。目の前にはミーナしかいねぇ。
もうシュート以外の選択肢が無いような状況だった。
だけどあいつはシュートを撃たなかった。いや、撃てなかった。
突如、口元を押さえて震えだし、膝を付くと吐いちまった。
そして倒れると、小さくなって震えだした。目を見開き、ボロボロ泣いていた…。
誰の声にも反応しなくなり、直ぐに竜也が保険医の直美を呼んできてくれて、取り敢えずは何とかなった。
その後はお通夜みたいだったぜ…。
もうあんな思いはしたくないし、桜も同じだろう。
全員で詫び入れたけど、桜は逆に謝ってきやがった。
あいつは自分がチームに迷惑かけていると思っている。それも半端じゃなく強くだ。
だから、こういう治療法は逆効果だと直美が言った。ちげーねー。
俺らの方が罪悪感で最悪な気分だったぜ。
誰もがあんな経験はしたくねぇ。
それに、あそこまで酷くなるってのはよ、よっぽどの事がなきゃ、ならねーだろ。
それはつまり、目の前のこいつに原因がある。そりゃぁ、百舌鳥校のサッカー部にも問題はあるだろう。
でもこいつは見放した。こんなにサッカーが好きな桜を。
もしこいつが謝ってきても、俺は絶対に認めないし、許さない。絶対にだ。
「何が元気にしていたか?だ!てめぇ、自分が桜に何をしたか分かってやがるのか?」
俺はこの翼って野郎に対して、桜のように落ち着いて話なんか出来ねぇ。
「天龍ちゃん、いいの。」
「でもよぉ…。」
桜がシュートを打てなくなった元凶が目の前に居る。黙っていられるかって言うんだ。
「ところで翼ちゃん、何か用事だったの?」
桜の冷静さが逆に不気味にも見える。何かを押し殺しているように見えた。そうだよな、一番悔しいのは桜だよな。
「近くに来たからな。」
「ふーん。遠征?」
「あぁ。つぐは大チームとな。」
もしかして、田中さんが試合を組んだな?敵情視察ってか?
彼女の桜への入れ込みようも普通じゃない。やりかねないな。というか、サッカー好きは全員漏れ無く桜に惹かれる。彼女のサッカーへの純粋さがそうするのかも知れねぇな。
「あら、そう。」
桜は関心がなさそうな素振りを見せた。
「サッカー続けているんだな。お前、もう選手としてはやっていけないだろ?」
ブチッ!!!
頭の中で何かがキレた。
「おい!てめーのせいだろうが!!そんな言い方あるか!?」
「随分威勢のいい奴だな。こんなのがチームメイトなのか?底が知れているな。」
「てんめぇ!!!!」
俺はつい翼の胸ぐらを掴んだ。
「天龍ちゃん!!!」
桜の声で、ふと我に返った。翼は俺の手を振り払う。
「まぁ、こいつの無礼は許してやろう。」
この上から目線はなんなんだ。
「俺はなでしこジャパン入りを最終目標にしている。こんなところで暴力沙汰とか勘弁して欲しいからな。」
「二度とボールが蹴れねぇようにしてやろうか?あぁん?そうすれば桜の気持ちが少しでもわかるだろ!」
「メンタルの弱さ故に陥ったことを、俺のせいにされても困る。」
翼はそう言い切った。どこまでも気に入らねぇ野郎だ!
「翼ちゃんは相変わらずだね。私はなでしこジャパンなんて興味ないよ。むしろ、私がなでしこジャパンを倒すの。そして、もう一度ジェニーや世界中の選手達と試合をしたい。それが私の目標。」
「そうか、どちらにせよ、俺とは縁が無かったってことだ。むしろ敵だな。」
「そうかもね。百舌鳥高のやり方、なでしこジャパンのやり方に私は賛成出来ないの。だから翼ちゃん。あなたにも私は勝ってみせる。私のやり方で。」
「シュートの打てない桜に何が出来る?あぁ、声援は送れるな。」
「こいつ!!!」
俺は本当にブチ切れそうだった!
「天龍ちゃん、言わせておけばいいよ。翼ちゃんは、口は悪いけど勝利に対して極端に真っ直ぐなだけなの。負ける要素には容赦なくつぶしにかかるの。」
「だからってよぉ…。」
極端過ぎるだろ。こいつが言ってることはまともじゃねーぞ。
「翼ちゃんは勝ちに拘り、私は楽しさに拘ってきた。ただ、それだけ。」
「楽しみたければ公園でボールを蹴っていればいい。試合で負ければ楽しくなくなる。」
「そうかなぁ?楽しみながら勝つって大変だけど、より大きな物を得られると思うよ。」
「生ぬるい…。だからメンタルをやられるんだ。お前とだけは、もう一度一緒にサッカーをやりたいと思っていたが、どうやら無理のようだ。」
「そうね。冬の全国大会で再会しましょ。そこで答えは出るよ。いや、出すから。」
「もう結果は出ているだろう。技術も戦術も無いこのチームで全国の決勝にすら上がってこられないな。」
「ふふふ。楽しみにしていてね。翼ちゃんには理解不能な事が起きるから。」
「俺はそんなものは求めていない。より確実な勝利を目指すだけだ。」
「昔からそうだもんね。」
「ふん…。では、冬に再会しよう。決勝に上がってこられたらな。」
「楽しみにしているよ。」
翼は軽く手を上げると去っていく。いけすかねぇ野郎だ。
――――――――――
「おい、桜。あいつこそどっかぶっ壊れてるだろ。」
「そんなことないよ。ちょっと天邪鬼なだけだよ。」
「天邪鬼?」
「そう。本当は心配で様子を見に来てくれたの。」
「あれで?心配?どこが…?煽りにきただけだろ。」
「彼女は、それこそ全てをサッカーに捧げているの。そして勝ちに拘ってる。だからというか、感情表現だとか、そういうのが凄く苦手なの。」
「おいおい…。サッカー選手ではなく、人として色々とおかしいと思うぞ…。」
「だから、妥協も出来ないし、弱者は排除って考え方なの。プレーは超一流なんだけどね。」
「俺は桜に賛成する。俺も世界中の奴と戦ってみたいとは思うわ。そういう意味じゃなでしこジャパン自体には興味ないけどな。」
「世界中の人と戦うならなでしこジャパンに入るのが一番手っ取り早いけどね。」
「あぁ、そうか。なら、それこそぶっ潰すしかねーだろ。あんな奴が目指すような日本代表なんてよ。」
「ふふふ。」
2人は心配そうにこっちを見ていた仲間の元へと帰った。
事情を話すと、みんな怒っていた。百舌鳥高に対して、そして翼ちゃんに対して敵対心をむき出しにしていた。
酷くなる前に私は皆をなだめる。憎悪からは良いプレーは生まれないよ。
「桜先輩は、それでも翼さんを嫌いじゃないんですね。」
私の様子を見ていた福ちゃんが聞いてきた。あぁ、そうかもね…。
「うーん、嫌い…ではないかな。選手としては信頼もしたし絆もあったよ。でも今はライバルって事になるのかな。お互いの主張をかけてね。」
「俺は、例えこの足がちぎれてでもボールをゴールに叩き込んでやる!」
天龍ちゃんの言葉に誰もが続けとばかりに叫んだ。
何だかとても嬉しい…。あれ…。あれ…。
「桜!泣くのはまだ早いぞ!」
「Oh~。桜おいで…。」
ジェニーの胸のなかで涙を流した。なんだか久しく忘れていた感触。仲間が仲間の事を思いやる。そんな当たり前のことから随分と遠ざかっていたのかも…。
「ちょっと心配なことがあるんだけど。」
いおりんが盛り上がっているなか切り出してきた。私も涙を拭いて話しを聞く。
「桜もさ、一歩間違えると、その翼ってやつみたいになっちゃう可能性ってあるの?」
皆は顔を合わせて考えを張り巡らせているようだった。
「まぁ、桜に限ってそんなことはないとは思うが…。」
部長は否定してくれたけど歯切れが悪いよ…。
「やっぱり…。」
「道草と…。」
「カラオケ行くべき…。」
黙って聞いていた渡辺三姉妹が口を開いた。
「そうね、サッカー以外の事も知ることはいいと思うよ。私は一人で走る陸上から、チームプレイのサッカーを知った。そうしたら、やっぱり考え方も変わるし視点も変わるよね。」
藍ちゃんの意見だった。そんなもんかなぁ…。
「あぁ、それ分かります!私もバレーからサッカーに移ったから、同じように思いました。」
ミーナちゃんまで。
「よし、一汗かいて遊びにいくぞ!」
部長がしめると、皆してオォーと叫びながらピッチに戻っていく。
そして夕方まで激しい練習は続いた。
「遊びに行く人は正門集合ねー。」
「はーい!」
校内のシャワールームで汗を流して、着替えてから向かった。
結局、天龍ちゃん、部長、ジェニー、いおりん、福ちゃん、ミーナちゃんで行くことになった。
7人で駅へ向かって歩いていく。
つくば駅周辺はお店も沢山あるのは知っているよ。ただ、立ち寄ったことがないだけでね。
「じゃぁ、まずは私のお勧めのお店からね。」
いおりんはそう言ってアイスクリーム屋さんへと入るよ。
「ラッキー。空いてるよ。いっつも混んでるから。」
そう言いながら何にしようか見ている。覗いてみると、聞いたことのないようなカタカナが並んでいた。
「うぅ~…。」
「桜ちゃん、もしかして何が何だかわからないのでしょ。」
「えっと…。」
視線が泳いじゃう。
「ふふふ、可愛い。私が選んであげる。何系が好き?」
そう言って選んでもらって買ったアイスクリームは、私が想像していたのとはかけ離れたものだった。
「うんめ~。」
天龍ちゃんは豪快に食べている。
「いいですね。僕も気に入りました。」
福ちゃんもいい笑顔。
「WoW!日本のアイスクリームは美味しいネー!」
ジェニーも興奮していた。
私も食べてみる。
「ん~。美味しい~。」
「おぉ!桜のそんな顔も可愛いぞ!」
部長は相変わらずだよ。
「貴重な表情だったネー!」
ジェニーもね…。
「そ、そんな変な顔していた?」
「そうだなぁ、敢えて言うならJKの顔だな!」
「あはははははっ!」
いおりんが部長の回答に笑っていた。
「なによ、JKって…。」
「桜も女子高生だったってことさ。」
「あぁ、それわかる~。桜ってサッカーやっていると普通じゃないもんね。」
「もう!普通だよ!」
みんなして、そうやって私をいじって遊ぶんだから…。でも、悪い気はしていないよ。
「桜先輩ってコートの中と外じゃ別人みたいですよね。」
「そ、そうかな?」
ミーナちゃんの指摘に戸惑っちゃった。自分としては同じつもりだけど…。
「そうですよぉ。コートの中だと神出鬼没で神仏照覧みたいなプレーするけど…。」
「大げさだよ~。」
「コートの外だと中学生みたいです!」
「ぶっははははははははっ!!!」
「あははははははっ!!」
ミーナちゃんの言葉に全員が大笑いしていた。
「も、もう!そんなこと無いもん!」
「いやいや、ミーナの言うことは一理あるネー。」
「ど、どうして?」
ジェニーがニヤニヤしながら答えた。
「パンツが子供っぽいネー!」
「ジェニー!!!」
「桜が怒ったネー!!怖い怖いネー!」
こうしてアイスクリーム屋さんを後にした。
桜ヶ丘JKの7人は次のお店へと移動した。
夜は始まったばかりだ。
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