第30話『桜の道草』
「では、カラオケいくぞ~。」
部長の合図で全員が支度するよ。
アイスクリーム屋を出て通路を歩いていると、ジェニーがとあるお店の前で止まる。
「ストーップ!ストップネ~。」
そして私の手を引いて、強引に中へ連れていった。
「ちょっ…。ここって…。」
ランジェリーショップだった。派手な色のものや、色んな形の下着が並んでいるよ…。
ジェニーはキョロキョロと辺りを見回し何かを探しているみたい。そして目的の物を見つけると手にとって私に見せてくれた。
「桜にはこれがお勧めネー。」
そう言って渡されたのは、私の中では下着と認識出来ないものだった。
「なにこれ?」
「もちろんパンツだヨ~。動きやすいし桜にはピッタリだと思うネー。」
でも…。
渡されたパンツと言われた下着は、どう見ても紐だった。
「えっと。紐しかないけど?」
「ここにちゃんと布もあるネー!」
ちっさ!なにこれ?
「まぁ、いわゆるTバックってやつだな。」
部長がニヤニヤしながら言った。これが噂の…。初めて見たよ。というか、これを履いても色々丸見えじゃない…。
「ダメダメダメ!」
私は急激に恥ずかしさが湧き出て、下着をジェニーに返した。
「Oh…No…。見た目とは違って案外いいのにネ…。」
「恥ずかしくて歩けないよ!」
「別に見せて歩くわけじゃないだろ。」
もう!2人は絶対にからかっているんだから…。
「桜先輩!私の母が別のランジェリーショップで働いているので、今度一緒に行きましょう。サイズを測ってから作るので、自分の体にフィットした物が出来ますよ。」
福ちゃんからの提案だった。
「それならいいかも。じゃぁ、今度一緒に行こ。」
「はい!是非!」
「ちょーーーーーっと待った!」
「部長とジェニー先輩は来ちゃ駄目です。」
「オーマイガッ!!」
「フク!なーんでだよ!」
「桜先輩を厭らしい目で見るからです!」
ちょっと怒った顔をして言い切った福ちゃん。
「はははっ!ハッキリ言ったなフク!」
天龍ちゃんが笑っていた。
「二人共、その辺にしておきなよ。」
いおりんの言葉にションボリする部長とジェニーをよそに、やっとお店を出ることが出来た。
「ところで先輩。いつも下着はどこで買っているのですか?」
「えっと、しまむらとか…かな?」
「先輩…。しまむらだって、もっと可愛い下着あります!」
「え~。今ので十分だよー。それに、他の奴は大人になってから付ける奴でしょ?」
「中学生だって身につけてますよ!」
「うぅ…。」
そ、そうなの?
「とにかく、今度一緒に行って、可愛いの探しましょう!」
「うん!」
ショピングモールを一度出て、学園線と呼ばれる道路を渡る。その先を少し歩き別のショッピングセンターの地下にあるカラオケ屋に到着した。
「ささ、早く早く!」
いおりんが先導してくれる。
カウンターであれこれと慣れた感じで予約を取っていた。それほど混んでいないみたいで、部屋は直ぐに準備されたよ。
案内された部屋は10人ぐらいは余裕で座れそうな感じの、想像していたよりもちょっと広い部屋かな。大きなモニターとスピーカーがとても威圧感があるよ。
「今日は桜ちゃんのカラオケデビューだから真ん中ね。」
いおりんはそう言って強引に半円の長いソファーの真ん中に座らされたよ。
左隣には天龍ちゃん、右隣りにはミーナちゃんが座る。いおりんはインターホンの近くに座って、早速何かを注文しているみたい。ああやって注文するんだ。
メニューを見たら、ファミレス並に色々と食べ物から飲み物まで揃っていてビックリ。あぁ、だからご飯食べてからカラオケに来なかったんだ…。なるほど。
「さぁ、先輩。何を歌います?」
タッチパネルにペンを当てながらミーナちゃんが聞いてきた。
「えっと、誰かが歌ってからがいいな…。」
「あぁ、そうですね。緊張しますもんね。じゃぁ、不詳ミーナが歌います。」
「よし、じゃぁ、ミーナから時計回りにしよう。そうすれば桜が最後になる。どうだい?」
「部長にしては良い提案ね。」
いおりんがからかった。
「そう言うな!そう言えばジェニーは日本の歌はわかるのか?」
「OKOK!問題ないネー。日本語の練習がてら色々と歌を覚えたネー。」
「あぁ、なるほどな。持ち歌が切れたら遠慮なく言いなよ。英語の歌でもいいしな。」
「Oh~。部長はサッカー意外はちゃんと仕切れるのネ!」
「おい!」
はははははっ
ミーナちゃんは、どうやら流行りの女性アイドルの歌みたい。軽くダンスまで交えてすっごい上手だった。背が高いからダンスも見栄えがいいよね。私が踊っても園児のお遊戯って言われそう…。
続いて部長が男性アイドルの歌を歌ってウケていた。ところどころ男っぽく歌っていて面白かったよ。
ジェニーは教科書に乗っている古い歌だけど、とても良い歌声だったよ。日本語が変じゃなかったか心配していたけど、全然そんなことなかった。
ここで飲み物が到着。歌う前から緊張でのどがカラカラだよ…。U-17の試合より緊張する。
歌う順番が、ソファーの座り順で言うと向かって右端から反対側の左端に移って、いおりんの番。歌は恋愛ものだった。バラードをしっとりと歌っていて本物の歌手なんじゃないかってぐらい聞き惚れちゃったよ。
そして福ちゃんが、ちょっと毛色の違う歌を歌った。皆はアニソンだと言っていて、アニソンって何かと聞いたらアニメソングなんだって。アップテンポで面白い歌詞の歌だったよ。
そして左隣りの天龍ちゃんは古いロックバンドの歌だった。激しい曲で、みんな盛り上がっていた。どうやらお母さんの持ち歌らしく、いつも聞かされていて覚えちゃったみたい。
私はタッチパネルとにらめっこしながら、パパと一緒に聞いていた古い歌を選曲して歌った。
「上手いじゃん!上手いじゃん!」
「聞いたことあります!いいですよね、この曲。」
皆に褒められて何だか照れくさいよ…。だけどなんていうか、思いっきり声を出すとスッキリするね。
「どうでした?初披露の感想は。」
ミーナちゃんが聞いてきた。
「うん、思ったよりも面白かったよ!」
「ふふふ。まだまだ続きますからね。」
そうこうしていると、食べ物も到着した。結構豪華だよ。これならご飯いらないかもね。あっ、お父さんに皆と食べてくるってメールしておこっと。
それから3時間ぐらいずっと歌いっぱなしだったよ。
ご飯も一杯食べてお腹いっぱい。そうそう、デザートも凄いの。こんなの初めて食べたよ。
時間を知らせる連絡が来たので時計を見ると、もう21時を回っていた。
解散してそれぞれが帰路についた。私は家の方向が同じなので、天龍ちゃんと一緒に帰った。
「人生初の道草はどうだった?」
「うん!楽しかった!」
「まぁ、これが普通かどうかは人それぞれかもな。」
「そうかもね。」
「でも、楽しんでいる間、嫌なことは忘れられただろ?」
「うん…。こういうの初めてで、なんて言っていいかわからないけど、サッカーから離れたことあんまり無かったから新鮮だったかも。」
「まぁ、桜はサッカーが好きで好きで仕方がない性分だから、それを否定するつもりはねぇ。だけど、翼みたいになっちゃ駄目だ。ハッキリ言わせてもらえば、あいつは異常だ。あいつこそぶっ壊れてやがる。」
「今なら天龍ちゃんが言っていることも、ちょっとは理解出来るよ。」
そう、私や翼ちゃんはサッカー漬けの毎日だった。それ以外の興味がなければ話題にもならなかった。恋愛もないし、休日があれば練習の日々。どうやればパスが通るか、どうすれば相手ディフェンダーを崩せるか、そんな事ばかり考えていたし議論もしていた。
でも…。
そうしていれば絶対に勝てるのかと聞かれたら、素直に「はい」と返事を出来ない自分がいる。私や翼ちゃんはサッカー漬けでも特に何とも思わなかったという点では異常なのかも知れないね。私達みたいな人ばかりじゃないんだって分かったし、周りのチームメイトは色々と苦労があったんじゃないかと予想出来るし、私達が異常な生活をしていたって知ることが出来たから。
「俺もよ、喧嘩を探して求めて拳ばかり振り上げていた。それ以外に興味もなかった時期があった。どうやれば強くなれるか、あいつを倒せるか、そんな事ばかり考えていた。だから、おまえらの事も少しはわかる。」
「そっかー。そうかもね。今日は久しぶりに翼ちゃんに会って、ちょっと心が傷んだの。だけど、皆と大笑いして時間を過ごしたら楽になったよ。えっと、お世辞じゃないよ。」
「あぁ、それは桜の顔を見ていればわかる。翼は桜のことをメンタルが弱い人間だと言った。俺はそうは思わねぇ。誰だって心が弱る時がある。誰かに話しを聞いてもらったり、それこそ嫌なことを忘れたい時だってあるさ。そういう時こそ、仲間ってやつが助けてくれるのさ。いや、勝手に助かっちまうのかもな。仲間によって。」
「ふふふ。天龍ちゃんもそんな事を言うんだ。」
「チッ、からかうなよ。」
「ごめんね。でも、嬉しかった。」
私は彼女の腕をギュッと抱きかかえた。
「本当にありがとう。私、少し強くなれた気がする。」
「そうか。また遠慮なく仲間を頼れ。サッカー以外でもな。」
「うん!その代わり、もっと私にも頼って欲しい。」
「そうだな。他の奴らにも言っておくぜ。それに、今日は桜のことをもっとよく知ることが出来たしな。」
「そう?」
「あぁ。桜はピッチの中だと信じられないぐらいすげぇ奴だけど、ピッチの外ではJKだった。」
「なにそれ?」
「泣いたり、笑ったり、怒ったり。普通の女子高生だったってこった。おまえは決して壊れてなんかない。」
「ふふふふふ…。そうね、私も一人前のJKかもね。」
「はははっ。あぁ、あとひとつだけ言っておく。」
「ん?」
「今はシュートが決められなくても構わない。その分俺が打って決めてやる。だけどな、どうしても俺らじゃ駄目な時、その時は遠慮無く桜が決めてくれ。それは、きっと、お前の力無しじゃ勝てない時だ。だから頼む。俺も翼には勝ちてぇんだ。」
「天龍ちゃん…。」
「そんで決めてくれたら目一杯褒めてやる!」
「ふふふ…、なにそれ。変なの。」
「そうだな、変だな。まぁ、そういうこった。それに…。」
「それに?」
「桜のシュートも見てみたいんだ。世界をなぎ倒したシュートをな。」
「わかった。その時が来たらちゃんと見せてあげる。」
彼女はニシシと笑った。凄く嬉しそうな表情だった。
それを見て、私の中で何かが生まれた気がした。
それはとても小さくて目を離したら見失いそうなもの。
私はその小さな何かを、心の真ん中で大切に仕舞っておくことにした。
決して無くさないように…。
決して忘れないように…。
決して離さないように…。
そんな想いを胸に、私達は東北方面への遠征へと旅立って行った。
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