第27話『桜の大きな目標』
「桜ちゃん、やめなよ。」
ダメダメダメダメ!絶対にダメ!仲間に手を上げるなんて、何があっても絶対に駄目だよ!
東京FCの10番でキャプテン、そしてなでしこジャパンでもエースの小山選手はベンチにミスをしたディフェンダーを呼んで頬を叩いたから。
「最低です!幻滅です!!」
小山選手は私の声が聞こえているはずだけど、こちらを見ることもなくベンチに座る。
私は、ある意味興奮冷めやまぬ状態のまま、つくばFCベンチ裏に戻る。
「おい桜。さすがに暴言はマズいだろ。」
天龍ちゃんがなだめてくれた。
「暴言じゃないもん!」
「まぁまぁ、落ち着いて。それよりもつくばFCを応援しましょ。」
田中さんもなだめようとしている。
きっと私は凄く取り乱している…。じっとしていられないよ。立ち上がって最前列の柵につかまりながら叫ぶ。
「つくば頑張れーーーーー!!!!」
だけど試合はますます一方的になっていく。東京FCの選手が本気を出し始めたから。
右へ左へ展開され、ディフェンスラインがぐちゃぐちゃになった時、中央から切り込まれて同点ゴールを決められてしまった。
「あ~あ。」
「相手が強すぎる…。」
田中さんも天龍ちゃんも諦めムードだった。
「つくばーーーーー!ファイトオオオオオオオオ!!!」
前半も終わりに近づく頃には、もう何度目になるか分からない東京FCの攻撃が続く。
つくばFCの選手はもうヘトヘトだった。誰の目にもそれは明らかで、もう1点入るなと予感させてしまう。
「ピンチだな。これを防げないと後半にも引きずるぞ。」
天龍ちゃんの指摘は間違っていない。たぶんハーフタイムでもネガティブな雰囲気のまま後半を迎えてしまうと思う。そうなったら気持ちで負けちゃう。ここは何としても同点で折り返さないと…。
私はつくばFCのゴール裏に移動する。
「守りきれーーーー!!」
そんな応援も虚しく、かなり危ないところにセンタリングが上がる。
そこへ東京FCの長身の選手がヘディングシュートを放つ。瞬時に声が出た。
「左!」
つくばFCのキーパーは咄嗟に左に飛んだ。偶然手に当たってシュートを防ぐ。
ピーーーーーピッーーーーー
前半終了の笛だ。
「ナイスキーパー!」
キーパーの選手はこっちを見て小さく手を上げてくれた。私は大きく手を振って答えた。
元の場所に戻ってくると2人が呆れている。
「お前なぁ…。まぁ、いいけどさ。」
「桜ちゃんは夢中になると周りが見えなくなるタイプかもね。」
「えっと…、えっと…。ごめんなさい…。」
「いいの、いいの。つくばFCの応援もほとんど居ないしさ。」
そんな時、右耳だけイヤホンを付けて何かを聞きながら観戦していたおじさんが声をかけてきた。
「お嬢さん、いいアドバイスだったよ。」
そう言ってニコニコしている。
「すみません、出しゃばっちゃって…。ちょっと控えます…。」
「いや、どんどん応援してやって。選手も久しぶりの応援に元気が出たんだよ。」
何だか嬉しかった。
「いや~、それにしても久しぶりの得点だね。入れ替え戦を除けば1年半ぶりぐらいらしいよ。」
「そ、そんなに?」
「あぁ、ラジオで解説の人が言っていたよ。入れ替え戦だけは勝つんだよなぁ。」
どうやら聞いていたのはラジオらしい。
「ラジオ中継しているのですか?」
「FMつくばってところで全試合中継しているよ。このラジオ局はつくば市もスポンサーだからね。街興しの一環でやっているらしいよ。」
「へー。」
「つくばも経営が大変らしいからねぇ。監督なんか雇えないから営業部長がやってるよ。」
「でも、でも、今日のゴールシーンみたいな泥臭いシュート、私好きです!」
「お嬢さんはなかなかコアなサッカーファンみたいだね。自分でもやっているの?」
「はい!桜ヶ丘高校の女子サッカー部員です。」
「あれ?あそこは女子サッカー部あったっけ?」
「今年から出来たのです。」
「そうかぁ。新人戦も近いだろうし、頑張りなよ。」
「ありがとうございます!」
「大会は応援に行くよ。」
「あ…、新人戦には、色々とあって出場しないのです…。」
「あらら…、そうなのかい?」
「でも、冬のインターハイには出ます!」
「楽しみにしておくよ。」
「はい!」
「おっ、選手が出てきた。」
両チームともハーフタイムを終えてピッチに戻ってきた。
「つくばーーーーー!!!ファイトオオオオオオオオ!!!!」
そう私が叫ぶと、選手全員がスタンドに向かって大きく手を振ってくれた。私も手を振り返す。
「珍しいねぇ。選手に気合が入っているよ。もう何年も見なかった光景だね。」
「おじさん、ずっと応援しているのですか?」
「そうだねぇ。なでしこリーグ創設時からつくばFCを応援しているよ。」
「じゃぁ、先輩ですね!私、ホームの試合は全部応援に来ます!」
「マジかよ!?」
今日の天龍ちゃんは呆れてばっかりだよ。
「はははははははっ!桜ちゃんって面白い。」
田中さんも笑うしかなかったみたい。
でも、後半は更に厳しい試合内容だった。
ほとんど攻めることが出来ず、つくばFCは守りっ放しとなってしまった。
でも選手はしぶとく耐えている。私も精一杯応援する。
本当に危ない時はゴール裏に行って半分は指示のような声援を飛ばす。
「右の選手危ない!!」
「クロス上げさせちゃ駄目!!」
桜の悲痛とも言える声援が届いているのか、つくばFCは奮闘していた。何とか耐えつつ攻撃のチャンスを待つ。
15分ほど防戦一方な状況で、後半初めてのチャンスボールが出た。
「走れ走れーーー!!!」
カウンターのような展開となり、これは絶好のチャンスだ。
あっ…、駄目だ…。取られちゃう。競り合いながら走っているけども、相手の方が上手なのがわかる。一旦体勢を立てなおさないと…。
「ストーーーーーーーップ!」
私の声は相手応援団に掻き消される。でも…。
「!?」
フォワードの選手はボールだけを置き去りにし相手ディフェンダーと前へ走る。ボールだけがポツンと取り残されていた。
そこへ勢い良くつくばFCのキャプテンマークを付けた選手が走りこんでミドルシュートを打つ!
ピピッーーーーー
決まった!
「ナイスシューつくばーーーーー!!!!」
目の覚めるような豪快なシュートが突き刺さるのと同時に、東京FCは選手の交代を宣言する。
7番、9番と一桁台の背番号を付けたレギュラー陣に加え、一際大きな歓声に出迎えられた、エースで10番の小山選手も交代選手として入ってきた。相手応援団に、もの凄い歓声が上がる。
「あぁ…。」
嫌な予感がする。つくばFCの選手達も、厳しい表情をしていた。
「桜ちゃん、よーく見ておきなさい。」
「………。」
「なでしこジャパンを…、いえ、日本女子サッカー会を一身に背負う世界に誇れるエースの姿をね。」
私は半信半疑だったのかもしれない。そんなに大きく差があるとは思えなかった。思いたくなかった。
だけど…。
「負けちまったな。」
天龍ちゃんの声で我に返った。
なでしこリーグは前後半40分ずつ闘う。後半15分でのつくばFCの得点だったけど、残りは悪夢のような25分だった。
小山選手を軸として、今までよりも組織的かつ引出しの多い戦法…。圧巻だった。
為す術なく、小山選手がハットトリックを決めて逆転負けしちゃった。
「相変わらずキレっキレね。なでしこジャパンも暫く安泰だわ…。」
「でも私は認めません…。あんなやり方…。」
仲間に手を上げた、それも公衆の面前で。そんな事しなくったって分かり合える。それがチームじゃない。
選手達が引き上げてきた。こちらに向かってくるつくばFCの選手達は、悔しそうな顔をしていた。
「ナイスファイトでした!!!」
私は大きな声で声援を送った。パラパラと、本当にパラパラと拍手が起きる。
「声援ありがとう!心強かったよ!!」
キャプテンマークを付けた選手から声をかけてもらった。ちょっと照れちゃった。
そしてロッカー室へと引き上げていく。
続いて東京FCの選手が観客への挨拶を終えて引き上げてきた。
当然私達には目もくれない。
「あんなやり方、絶対に認めませんから!」
私の声に小山選手が反応した。
「プロは失敗はゆるされない。子供のお遊びとは違うのだ。」
そんな声が聞こえた。カチンッときた。
「そんななでしこジャパンなんか、
私がぶっ壊してやるんだから!!!」
私の宣戦布告には反応せず、ただただ笑い声だけが聞こえた。
「桜…。」
「天龍ちゃん…、私凄く悔しい…。」
「俺もなんだか悔しいぜ。」
「あらあら、何だか観戦の趣向が変わっちゃったねぇ。」
田中さんはそう言いながらも、静かに闘志を燃やしているようにも見えた。
「ほっほっほっ。女の争いは怖いねぇ。」
さっきのおじさんが片付けをしながら笑っていた。
「そういう問題じゃないです!」
「世界MVPだと認められた小山選手に喧嘩を売るなんて豪気じゃないか。僕はいいと思うよ。チャレンジャーはいつ見ても興奮するしね。」
そう言っておじさんは引き上げていった。
ちょっと変わった人だなぁとは思った。だけど、サッカーが好きなんだなとも思ったよ。
「ささ、うちらもご飯食べに行こ!何がいい?お姉さん奢ってあげるよ!」
「じゃぁ…。」
結局、天龍ちゃんの実家の食堂「天空」で閉店近くまでサッカー談義に花を咲かせていた。
だけど私は片時も忘れられなかった。
小山選手の暴挙と、華麗なるプレーを…。
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