第26話『桜の怒り』
「桜ちゃん、あんた面白いチーム作ったわ。」
田中さんは、合同練習も終わりに近づいたゴールデンウィーク最終日の、夕方にそう言ってきた。
「私はサッカー同好会に入部して、それからはメンバー集めしたけど、半分以上は元からいる人達だよ。」
「いやいや、そこから教育をしたでしょ。個性が活かされているし、弱点を克服しようとしている節があるよ。それにしても、よくモチベが保てたわね。10連敗超えたって言っていたけど…。」
「何というか、サッカーの経験が少なすぎるから、普通が分からなかったのかも。」
「あぁ…。って、あんたは本当にずるい女だよ。敵を騙すには味方からって言うけど、本当に魔術師みたいね。」
「えへへへ。でもね、今回田中さん達のお陰で、サッカーの本当の楽しさを伝えられたと思っています。」
「そうだといいけどねぇ。」
「大丈夫!だって見てください。皆真剣にボール追いかけている。自分の立ち位置がハッキリ分かりましたからね。やるべきことが見えたというか、そんな感じだと思います。」
「そうだろうね。今までまともな試合をしていないなんて驚きだよ。うちなら嫌気がさすか、負け癖がついて勝つ気力がなくなるよ。」
「負け癖がつくのだけは気を付けています。負けてもいいや、負けるのが当たり前ってのが一番怖いですからね。」
「だね~。まっ、今度は夏休みに一緒にやろうよ。うちらも初々しく瑞々しい養分もらったしさ。仲間も結構気に入ってくれているし、楽しんでくれているし、教えることによって発見することってあるしね。お互いWin-Winじゃない。」
「夏休み!いいですね!」
「でしょでしょ!合宿しよ!海辺がいいよ!」
「はい!」
「ふふふ。これで夜這いし放題だね。」
「あっ…。」
「もうキャンセル出来ないからね~。」
「わ、分かりました…。でも、楽しそうです!」
「うんうん。」
田中さんは嬉しそうに何度も頷いた。
「そう言えば、桜は高校卒業したらどうするの?」
「何をです?」
「何をって…。サッカーどうするのってこと。」
「あぁ…。決めてないというか、考えてもないです…。」
てへへと笑う。確かに将来のことについて、具体的には考えたことも無かった。
「でも、進学は考えていないです。これ以上、お父さんに迷惑かけられないし…。」
「プロの道は考えていないの?」
「プロ…、ですか…。」
「そそ。私は来年もつぐは大あるから、もうちょっと考える時間あるけどさ。まぁ、ぶっちゃけプロのスカウトの人と話した事もあるし、日本代表のお偉いさんから、なでしこジャパンに呼ぶから、ぐらいは言われているけどさ。桜ちゃんはどうするのかなぁ~って思って。」
「うーん、確かにプロチームからのお誘いはありましたけど、こんなんになっちゃったからお断りしたのです。」
「まぁ、声はかかってるだろうなぁとは思ったよ。」
「でも、何というか実感がないというか…。」
「はははっ、確かにね。私だって実感ないもん。そうだ!今度なでしこリーグ見に行こうよ!」
「あっ!そうですね!」
「一応ね、つくば市にもプロの女子サッカーチームあるんだよ。」
「えっ!?本当ですか?だって、そんな気配も雰囲気も話題も全然ないですよ?」
「あぁー、万年最下位なんだよねぇ…。」
「な、なるほど…。だから存在がない…と。」
「無くなっちゃうんじゃないかって噂もあるよ。新人が入らなくなって、選手が高齢化してきているの。」
「どうして新人さんが入らないのです?」
「貧乏チームだからね、昼間は仕事、夕方からサッカー。遠征試合は出張扱いだって。」
「あれま…。それは壮絶ですね。でも、普通のお仕事も出来るんですね!」
「はぁ~?サッカー選手ならサッカーやるっきゃないっしょ。」
「いや、まぁ、それはそうなんですけどね。普通のOLさんとか憧れます!」
「サッカー以外もやってみたいって気持ちも分からなくはないけどね。私らサッカー馬鹿だし。でも、他のチームは朝から晩まで練習してるのに対して、夕方だけってのは厳しいでしょ。」
「部活とは違って、効率的な練習を組んでいるでしょうしね。余計に差が出ますよね。」
「部活に対して、そうハッキリ言うなって。そのつくばFCだけどね、メインスポンサー1社が辛うじて経営を支えていて、なでしこリーグの基準ギリギリなんだよ。でもね、結成当初は何というか、凄く泥臭い試合をしていてね。それを信条にしていた。我武者羅にゴールを狙う姿が多少はウケていたのだけど、それも年齢と共に薄れてきちゃって。個人的にもちょっと残念。」
「なるほどぉ。」
「で、今度の週末、つくばFCと東京FCとやるから見ものだよ。なにせ東京FCはなでしこジャパンのレギュラー11人中9人が在籍しているからね。凄いプレーが見られるよ。」
「なでしこ絶好調ですもんね。映像では何回も見ましたけど、生で見てみたいって気持ちもあります。是非連れていってください!」
「うんうん。じゃぁ、その後はデートで…。」
「ジィーーーーーーーー…………。」
「分かった分かった。食事だけしよ。感想とか聞きたいしサッカー談義したいじゃん。」
「あぁ、そのぐらいなら構いません。あの、チームメイトで見たいって人が居たら一緒にいいですか?」
「いいよ。連れてきなよー。絶対盛り上がるし!」
「はい!」
ということで、頃合いを見計らって合同練習は終わりを告げた。
「ありがとうございました!」
「どういたしまして。うちらも楽しかったし、夏は海辺で合同合宿しよっか。」
黄色い歓声が飛び交う。皆嬉しそう。
「それと、週末つくばFCと東京FCの試合を見に行きたいと思います。都合の良い人、興味のある人は自由参加で、私まで連絡ください。」
結局、久しぶりの休暇だったのもあって、ほとんどの人が用事をいれちゃってたみたい。試合観戦は田中さんと私と天龍ちゃんだけだった。
試合はまだまだあるしね。今日の感触が良ければ、また改まって誘うことも出来るよね。
「男子とは違って、やっぱり知名度というか、そういうのが足りなくてチケットは前売りじゃなくても十分買えるよ。特につくばFCは人気ないしね…。」
「ちょっと寂しいですね。」
「まぁね。こうしてつくば市に住んでいる身としてはね。まぁ、でも、良い試合を期待しようじゃないか。」
田中さんはそう言いながらも、東京FCの方に期待しているみたい。
徐々に観客席が埋まっていくのだけど…。
ホームのつくばFC側の観客席はガラガラなのに対して、アウェーの東京FCの観客席は満杯な上に賑やかだ。もう応援の練習している。
「おいおい、やる前から随分と差がついてんじゃねーか。」
天龍ちゃんも流石に呆れた。
これだけ人気に差があると、つくばFCの選手だって辛いだろうなぁ…。
「何だか悔しい…。」
「あぁん?」
「私、つくばに来てからとても楽しいの。だから、地元を応援する!」
「気持ちはわかるけどよぉ…。」
「うん、私は一人でもつくばFC応援する!」
「桜は言い出したらきかねーからな…。まぁ、俺も応援するぜ。地元だしな。」
とは言ってみたものの…。
試合が始まると、つくばFCは防戦一方だった。違う意味で手に汗握る展開だよ…。
「おい…。いつ応援すればいいんだよ。」
天龍ちゃんの呆れ顔も悔しい…。
「一方的ね。この試合、何点入るかわからないよ。」
田中さんの分析も大げさではない。まるで相手になっていない。年齢からなのか、精神的なものなのか、つくばFCには勝つ気力が感じられないよ。
この前の合同練習で田中さんと話していた、桜ヶ丘高のサッカー部の心配が、みごとにつくばFCに適用出来てしまっていた。負け癖が完全についちゃっている。
前半なのに守備陣の足が止まりかけちゃってる。ここで1点取られて楽になりたいって思っているようにすら感じるよ。それじゃダメ。何回も同じことを考えて、結果ボロ負けしちゃう。それこそ何点入るかわからないよ。
「つくばがんばれー!!!」
精一杯の大声で声援を送った。何人かはチラッとこっちを見た気がする。
聞こえたのかも!
「つくばー!ファイトォォォォ!!!」
東京FCは完全に舐めたプレーをしていた。慢心している!
「左気を付けて!!!」
東京FCがつくば左サイドから攻撃をしかけようとしたところへ、声が届いたのか左サイドバックの選手がボールを奪う。
「つくばカウンターチャンス!!!」
フォワードがスゥーーーーッと走る!
「いけいけーーーーー!!!!」
「おっ?これはチャンスだぞ!」
天龍ちゃんも前のめりになって観戦する。
前線でパスをつないで無理やりディフェンスの穴をこじ開けようと突破を試みる。
「ん!?、強引だなぁ。」
田中さんが指摘する。確かに強引かも。ボールは弾かれたけど、まだペナルティエリア付近で転がる。
「押し込めーーーーー!!!!」
中盤の背番号10番でキャプテンマークを付けた選手が強引にミドルシュートに持っていく。結構良いコース!
だけどキーパーに弾かれて、再びボールが溢れる。相手ディフェンダーがボールを奪いクリアしようとしているが、何故か急がない。取られる事はないという慢心だよ!
「襲い掛かれーーーーー!!!!いけいけーーーーーー!!!!」
声が枯れるほど声援を送った。
つくばFCの選手たちは弾かれたようにボールに襲いかかる。クリアはつくばFCの選手に当たりチャンスボールになる。何とかシュートしたけど威力が弱くキーパーの手が届いた。だけどコースが良かったお陰で三度ボールが転がる。
「押し込めーーーーー!!!!!」
2,3人の選手がもつれ込んで押し込んで、ボールは転がりゴールに入った!!!
ピピッーーーーー
ゴールを知らせる笛が鳴り響く!
「やった!やった!!」
私は単純に嬉しかった。泥臭いプレーが信条と聞いていたけど、そうそう、こういうのが良いんだよ!
「すご~い!決めちゃったよ!」
田中さんも興奮していた。シュートは綺麗に華麗にスマートに決める必要はないからね。ギリギリで決めた得点も興奮するよ。
「1点は1点だ!ナイスだぜ!」
天龍ちゃんはガッツポーズで喜びを全身で表していた。
「つくば!ナイスシュー!!!」
選手たちはもつれた状態から起き上がって、何が起きたか分からない様子だった。でも、ゴールを確認すると、まるで優勝したかのように喜び合っていた。
私達は大きく手を振った。選手たちもそれに答えてくれた。
東京FC側の応援席からは罵声も飛ぶ。万年最下位のチームに先制点を許したのだ。なでしこジャパンのレギュラー9人を抱えて、なでしこリーグ創設以来連覇を続けているチームが、である。
そんな喧騒の中ピッチでは、慢心して直ぐにクリアしなかったディフェンダーがベンチに呼ばれ、そして先発していない東京FCの10番、すなわちなでしこジャパンの10番でエースの小山選手が立ち上がると、ディフェンダーの頬を思いっきり引っ叩いた。
バッシーーーン!
「!?」
誰もが目を見張った。公衆の面前で、いくら気合を入れるとかって名目があったとしても、これはやり過ぎだよ!
「最低!!!」
私は東京FCベンチの一番近いところで思いっきり大きな声で叫んだ!
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