第25話『いおりんの真価』

さてさて…。

これってかなりピンチだよね。他人事のように言ってるけど…。

残り10分切ってきた。ここで同点に追いつかれたのはマズい。体力的に追い込まれているのはうちらだよ。

こういう時、どうしたらいいんだろ…。

「いおりんはパスセンスがあるから、思い切ってスルーパスでもロングパスでも出してみなよ。」

桜はそう言っていたっけ。だけどさぁ、そんなこと言われたって突然出来ないって…。


そりゃぁ、有名なプロ選手の痺れるようなパスには憧れるし、何度も何度も映像見たりして一晩すごすこともあるけど。真似しろったってねぇ…。

そう思っている私のことを知っているかのように、何度もパスを出せと言ってきた桜…。

ふふふ…。本当に面白い娘。

サッカーのことになると夢中になっちゃって、いや、サッカーのことしか考えてないぐらいで、あの子を気になっている男子の事なんか全然視界に入ってないの。

桜の口癖は「大丈夫」。いっつも大丈夫、大丈夫って言ってる。

失敗したらどうするのさって聞いたら「大丈夫!」だって。答えになってないんだから。

今なんか、失敗したら即カウンターもらってアウトな場面だよ。つぐは大のカウンターは洗練されているし、パターンもいっぱいある。だから守備主体なのに勝っているんだから。単純な攻撃なら通じないことぐらい桜だって分かっているのに。

だったら、桜のお望み通り、失敗覚悟で出してやろうじゃないの!

疲れたフリして少しだけ休めたから、ひとっ走りぐらい出来る。ゆっくり動き出して隙をうかがう。


案の定、私は疲れきっていて、たいした仕事が出来ないと踏んでいるのかマークが甘い。

ほれほれ、パスもらっちゃうよー。

攻めあぐねていた桜が、いったんジェニーにパスを戻す。彼女が前へ走ったりしながら敵を撹乱する。だけどフォワード2人はしっかりマークがついていて、思うようにパスは出せない。特に天龍には、田中さん直々のマークだよ。肝心の桜には常に2人がかりぐらいの勢いでチェックされている。藍は走り過ぎてヘトヘト。守備陣も肩で息をする勢い。

ここでボールを奪われたら一環の終わりだよ。

ジェニーを見つめると、彼女はチラッと私を見た。


くる!

今までと打って変わって、全力ダッシュでボールを受け取りにいく。敵は遅れてきた。ジェニーは迷わず私にパスを出す。そのボールを反転しながら受け取り、ついてきた敵を一気に抜き去る。

そして、全力で走る!走れ走れ走れ!

あぁ~苦しい…。

中央を見る。天龍が手前、少し下がったところに桜、奥にフク。逆サイドには藍も小さく見えた。

敵のサイドバックが襲ってくる。ここを何とかしてクロスを上げるんだ。

ボールの奪い合いが始まり走ってきた勢いが消される。あっ、抜いてきた敵が来る…。

すっと身体を反転させて後ろからきた敵を交わしながら、そいつの背後をすり抜けた。競り合っていた選手も一瞬私を見失っている。

キタコレ!

急がないと次の敵や抜いた敵が追いついてくる…。

その時、疲れきっているはずの私の脳内では、まるでゲーム画面のように、上空から目線でピッチの中の敵味方の選手が見えた。


あっ…。

私は直感的にロングボールを入れる。

天龍の後方に走りこんでいく桜が見えたから。そこに向かって大きくパスを出した。

スローモーションのような映像の中で、小さな桜が全力で走っていく。

ほんと、あいつはいつも全力。普段は見せない真剣な表情で、私の出したパスに無我夢中で走る姿は、びっくりするぐらい安心して見ていられる。

桜でダメなら誰がやってもダメ。

きっとみんなそう思っているかも知れない。だけど違うの。

彼女だって何でもかんでも出来るわけじゃない。サッカーはチームプレイなんだから。

だから、自分でやれることは何だってやってやる。

あぁ、そうか。そんなことでいいんだ。失敗を怖がって、何もしないってのが一番ダメなんだ…。

桜は私のパスに追いつくと、ノントラップで迷わず中央へ切り返した。

私の意識は半ばもうろうとしている。桜から出されたパスは、ペナルティエリアの中央付近。

だけどそこには誰も居ないよ…。

桜…、失敗なの…?

いや…、天龍…、あんたまさか!

「うおおおおおおおおおお!!!」

雄叫びとともに、天龍が2列目から全速力で飛び込み、それでも追いつけないと思った瞬間、彼女は飛んだ。

ダイビングヘッドだ!

ドンッ!

ピピッーーーーー

ゴールを知らせる笛と同時に私は気を失った。


「いおりん大丈夫?」

気が付くと、ベンチに寝かされていた。心配そうに可憐が覗き込んでいる。

「試合は?」

「あぁ、うん。ちょっと前に終わったばかり。もちろん勝ったよ!」

「マジで?」

「うん!マジマジ!みんなー!いおりん起きたよー!」

「大丈夫かー?」

「先輩ナイスパスでした!」

「いーおーりーんっ!」

桜が凄い勢いで走ってきて抱きついた。

「ありがと!いおりんのお陰で勝てた!勝てたんだから!!」

もう、桜ったら顔をうずめたまま泣きそうなんだから。

彼女の小さな頭を撫でる。

「あんたがパス出せパス出せって、毎日呪文唱えるから出せたんじゃない。」

「まるで、悪い魔法使いのお婆さんみたいだね。」

「お婆さん以外は合ってるでしょ。」

「もう!はい、お水。」

「ありがと。」

「もう平気?」

「うん、大丈夫。」

「では、さっきの試合のおさらいするよー。」

「マジで?」

「ふふふ。もちろん!」

まったく…、ほんと容赦無いよ。


桜はホワイトボードでおさらいを始める。2点目を取った時、そして取られて同点になった時。そして最後の勝ち越し点。

「いおりんのパスはね、プロでもなかなか無い、絶妙なパスだったよ。」

そう言って赤い磁石から黒いボール代わりの磁石が放物線を描いてゴール前に滑っていった。

あぁ、あんなパスだったんだ。

「そうねぇ、あのパスには驚いたねぇ。」

「!?」

「田中さん!」

「まさか、あなたがパサーだったとはね。すっかり騙されちゃったよ。しかも凄く才能ある。うん。」

「いや、あの、あんなパス出せたの初めてで…。今説明してもらって、ようやくどうパスが出たか分かったぐらいで…。」

「………。」

あはははははっ!

田中さんは突然大声で笑い出した。

「適当に蹴ったパスだったの?」

「いえ、突然ゲーム画面みたいに、上からみんなを見下ろしているような感覚があって、だから桜が走りこんでいるのに気が付いて…。」

「あれま。それなら納得。適当に蹴ったって無理だもん。あんなパスはね。そっかー。」

田中さんはちょっと悔しそうにしながらも終始笑顔だった。


「あんたらいっつもこんな事しているわけ?」

そして、ホワイトボードを使った確認を気にしてきた。

「はい、私達経験が少ないから、1試合も無駄に出来ないのです。」

「だよねぇ。これは効果的だよ。みんな真剣に聞いてあげてね。ここまで出来る人ってなかなかいないから。普通はビデオ撮影しておいてみんなで見ながらやるのだけどね。」

えっ!?他のチームって、こんなことするのって当たり前なの?

「じゃぁ、お昼ごはん準備してあるから、ミーティング終わったらあそこの部室に来てね。」

そう言って指差した建物は、部室とは程遠いほど豪華な建物だった。

「ありがとうございます!先に行っていてください。」

「はいよー。」

田中さんは腰を上げて部室へと向かっていく。


「どうかな、試合してみて。」

桜はニコニコしながら聞いてきた。

「私は楽しかった!凄く楽しかった!ドキドキ、ワクワクしたよ!」

小学生かよ!と、ツッコミたかったけど、案外自分もそうかも。

「俺はさ、田中さんを出し抜くので頭がいっぱいだったぜ。もうちょっと全体を見ていれば、もう少し余力があったかもな。けど、最後のシュートは思いつきにしては良かったと思うぜ。」

「そうだね。ダイビングヘッドだって難しいんだから。あれをあの場面で決められるんだから、天龍ちゃんの新しい武器になるね。」

「よし、明日からさっそく練習して完璧にするぜ。」

「僕はポストプレイに固執したかもしれません。シュートを打たないフォワードなんて怖くないんじゃないかと、マークされながら思っていました。」

フクの感想ももっともだった。みんな色々と考えているんだね。

「私も走ってばかりで実らなかった。パスやディフェンスを鍛えないと…。沢山抜かれてピンチを招いちゃったし。」

藍もため息つきなら反省していた。

「ディフェンス陣もオフサイドトラップだけは上手くいったけど、後はボロボロだな。」

部長の言葉に渡辺三姉妹もうんうんと頷く。

「もっと…。」

「練習が…。」

「必要…。」

試合の時はあんなに生き生きしていたくせに、終わったとたんこれだよ。

「私はもっと身体を鍛えます。どうも頭と体がちぐはぐです。」

ミーナからだ。あんたは十分よくやっているよ。二ヶ月前は中学生だよ、あんたは。

「いおりんはどうだった?」

桜が聞いてきた。

「うーん、そうだなぁ…。」

桜はニヤニヤしている。もう!

「楽しかった!最高に楽しかった!だけど、欠点も見えたから、私もみんなと同じく頑張るよ。」

「うん!ね、やって良かったでしょ!ニシシー。」

本当に楽しそう。桜、あんたが一番楽しんでいるよ。でも、今なら少し分かる。勝てないと思っていた相手に勝てた感動、達成感、充実感!

「私知っているネー!これはつぐは大からのご祝儀ってやつでしょ?だって、最初から本気でやられたら負けちゃうよ~。」

「まぁまぁ。前半油断していたのは、結果的にはつぐは大のミスだしね。怪我の心配もあっただろうし、私達の実力も見たかったのかもね。でもそれは向こうの都合だよ。それに私達は自分の立ち位置がハッキリしたんじゃないかな?」

あぁ、そうか。もう何十連敗していて感覚がおかしくなっていたというか、自分を見失っていたというか、そんな感じだったかもね。

ちょっと待って…。

桜はそこまで考えて、この試合を組んだって言うの…?

まさか…、ねぇ…。


その後はお昼ご飯をご馳走になった。

つぐは大女子サッカー部伝統のカレーらしい。凄く美味しかった。ひさしぶりにお代わりしたかも。

午後は個別に技術指導してもらった。

特に部長は田中さんとのマンツーマンで。すっかり師弟関係というか出来上がっているのが笑っちゃったけど、本人はいたって真剣だったみたい。

そりゃそうだよね。U-23日本代表のディフェンスの鍵となる人物からの指導だもん。貴重過ぎるよ。

そんなこんなで、今までで一番濃い一日が終了した。

あれ?そう言えば連休全部合同練習だっけ…。

はぁ~…。

でも、いっか。

私は、自分が思っている以上にサッカーが好きなことが分かったしね。

こうして濃い練習は続いていった。

そして最終日…。

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