第19話『天龍の後輩』

新入生が入学してきてから1周間。残念ながら香里奈意外の入部希望者は現れなかった。

「いやぁ~。これほど反応が無いと、寂しいというか笑っちゃいますね。」

フクは香里奈とグラウンドにやってきた。

「ま、気軽にちょっとやってみっかって気持ちにはならねーかもな。」

俺の感想だ。

「天龍先輩の言う通りかもしれませんね。」

二人は仲が良さそうに練習の準備を始める。何だかん言っても一つ違いだから話しやすいのかもな。俺とは目も合わせてくれねーけど…。まぁ、フクとは来年も一緒だし、今のうちから仲良くなっておくのも良いだろう。


「まぁ、私らのクラスでサッカーやる?って聞いても反応が鈍いよね。」

いおりんも嘆いていた。勧誘に行ったのもあって結果が残念だと思っているみたいだ。

「香里奈ちゃんのクラスでさ、誰か良さそうな人いないの?」

うーん、と考える香里奈。

「部活をどれにしようか悩んでいる人はいないであります!」

「そ、そうなんだ。」

「でも…。」

「でも?」

「可哀想な人はいます。」

「可哀想?」

「はい。中学でバレーボールやっていた人がいるのですけど、引退から受験を得てちょっと体重が増えてしまって…。それでバレー部に行ったら、その…、あの…。」

「ハッキリ言っていいよ。」

「はい…。デブは帰れと追い返されまして…。」

「ちょっと待って…。」

香里奈の言葉に桜が真っ先に反応した。


「絶対に許せない!スポーツをやるのに体格なんて関係ないでしょ!私、文句言ってくる!!」

「おい!ちょっと待て!」

桜は顔を真っ赤にして体育館へと向かっていく。

「落ち着け。取り敢えず本人にも話しを聞かねーとおかしなことになるだろ?」

桜は珍しく怒っていた。初めてみたが、あぁ…、なんつーか、怒った桜も可愛いな。あれ?まずいぞ。部長の癖が伝染り始まってやがる。


「天龍ちゃん!こんな事、絶対に許されることじゃないよ!」

「わかっている。俺たちはその事を十分わかっている。だから、落ち着け。」

「だって…、だって…。」

桜は泣きそうな顔で怒っていた。俺はたまらずギュッと抱きしめる。

「お前はその体で世界のてっぺんを取ったんだ。どんな苦労があったかなんて俺らにはわからねぇ。それこそ血の滲むような努力をしたきたに違いねぇ。だけどな、誰もがそうなるとは限らねーんだ。そのまんま挫折しちまう奴もいる。そこは本人にしか分からねぇ。」

「天龍ちゃん…。」

「だから俺はカチコミに行く前に、本人の話しを聞けと言った。」

「うん…。」

「桜先輩!会ってみるでありますか?」

「いいの?」

「結構落ち込んでいたので…。共感出来る人が話してあげた方が良いと思っています。」

「うん、分かった。案内して。」

「はい!」

「俺も行くわ。」

「うん。」

俺たち3人は香里奈と一緒に体育館へ向かった。


外から体育館へ入る大きめの扉の外には、大柄の女性が中を覗き込んでいた。

「あいつか?」

「はい。」

「背はでけーな。」

背はかなりでかい。部長と同じぐらいある。部長の体育会系の体格と違い、少しひょろ長いイメージだ。まぁ、ちょっとぽっちゃりしていると言われればそうかも知れねーが、想像していたほどではないな。むしろ、スポーツやって少し絞ればもっと細くなるだろうな。元々そうだったんだろうし。

美稲みいなちゃん!」

香里奈が呼ぶと、ビクッとして美稲と呼ばれた女は振り向いた。

「あぁ、香里奈ちゃん…。」

彼女はバツの悪そうな顔をしてやがる。まぁ、愚痴っておきながらメソメソと体育館へやってきたんだからな。


「諦められないでありますか?」

「いえ…。どうなのか分からなくて…。」

「あなたの話しを聞いて、うちの部活の先輩方がお話ししたいそうですが、宜しいでありますか?」

「あっ…、う、うん…。」

ちょっと不安そうにしている。まぁ、そうだろうな。突然3年に話しがあるって言われりゃ驚くわな。

「私は3年の岬 桜です。サッカー部でキャプテンをしています。」

桜はチラッとこっちを見てから、敢えて俺の紹介をしなかった。まぁ、賢明な判断だ。俺の名前を出した途端、逃げ出しちまうかもしれねーからな。

「体型のことで、バレー部から酷い事を言われたと聞きました。私はその事についてバレー部に文句を言おうかと思っています。」

「あっ…、いえ…、そんな…。」

「私は見ての通り、1年生かと言われますし、下手したら中学生にも見られます。こんなに背は低いですが、昨年転校前の高校で全国大会で2年連続で優勝したチームのレギュラーでした。体型なんて関係ない。やれば出来るって事を、どうしても言いたいのです!」

桜は興奮気味に話した。

「でも…、太っちゃったのは私のせいですし…。」

「未練はないのですか?」

「ちゅ、中学では一応3年間バレーでレギュラーとしてやってきたので…。でも…。私の居場所は無いみたいです…。」

とても悲しそうに美稲はそう言った。見ていてこっちが辛くなるぜ。

「そうかぁ…。」

桜はそう言いながら美稲に近づいて、突然足を触りだした。

「ひゃぁっ!?」

変な声が出てやがる。そりゃぁ出るわな。俺様でもそうだった。その後脇腹、そして腕を掴む。

「ふふふ…。」

桜は不気味な笑い声をあげやがった。まさか…。

「美稲ちゃん、うちに来ない?」

「へ?」

「サッカー部においでよ!」

「でも私、バレー部だったんですよ?」

だよな。何を考えてやがる。

「美稲ちゃんはキーパーの才能があるよ!おいでようちに!」

「えっ!?でも…。」

「大丈夫、ぜーんぶ教えてあげる。そして大活躍してバレー部の人達を見返してやろうよ!」

「大活躍…?私が…?」

「うん!」

「でも…。でも…。」


俺は見るに見かねて助け舟を出した。

「桜、突然勧誘されて、はいそーですかって簡単な話しなら、こいつもここまで悩んでないだろ。」

「あぁ、そうかもね。じゃぁさ、一度やってみない?それで決めてもらって構わないよ。もしも断るなら香里奈ちゃん経由で伝えてくれてもいいしね。」

香里奈はうんうんとうなずいていた。

「そこまで言うなら…。」

すんごい嫌そうだ…。3年に言われて無理やりやらされる雰囲気だぜ。まぁ、事実そうだけどな。


「まぁ、騙されたと思ってやってみろ。桜の見る目は間違いないぞ。」

取り敢えず4人はグラウンドへやってきた。

「おや?結局、連れ帰ってきたのか?」

「イシシー。部長ピンチだよ。」

「ほぉ?新たに桜獲得戦争に参加者か?」

「私は景品じゃありません!」

「怒った顔も可愛いぞ!」

「う~…。」

やべぇ…。俺も思った感想だ…。マジやべぇ…。

「キーパーのポジションを取られちゃうってことだよ!」

「なんだと!?」

「まだお試し入部だけどね。そうだ、PK対決しようよ!」

ということで、桜はキッカーに俺とジェニーとフクといおりん、そしてラストは部長と美稲が蹴るというルールを作った。こういっちゃぁ何だが、桜のPKが見たかったけどな。


「い、いきなりですか?」

「大丈夫。ボールを蹴ってから動くってのが唯一のルールね。」

「は、はい…。」

「落ち着いて…。そしてバレーのスパイクが飛んで来たと思って、思いっきりレシーブしてみて。」

「それは、その、わかりますけど…。」

「ピンとこない?」

「正直言うと…。」

「じゃぁ、私が見本見せてあげる!藍ちゃーん!」

「ほいほい。」

「私キーパーやるからPKしよ!」

「桜ちゃん相手に…?」

誰もがそう思うだろう。桜の身長を考えたら両サイドどころか上もガバガバだろ…。何考えてやがる…。

「本気で来てよ!」

「よーっし!」

ボールをセットする藍。油断しているかと思いきや、案外真剣な表情してやがる。それを迎える桜は…。


!?

視線の先には恐ろしく集中して、まるで今から獲物を狩るような目つきをしてやがる。その視線を受けた藍はちょっとビビっていた。

これは…。

「ではPK戦の前哨戦を始める!」

部長は笛を口に当てた。

ピッ!

藍はゴールは見ずにボールだけを見つめていた。これだとどこを狙っているか予測がつきにくい。

ドンッ

激しく蹴りだされた!案外いいコースだぞ!

「なっ!?」

パシッ…

桜はまるで読んでいたかのように鋭く飛ぶと、ゴール左上隅という、かなり難しいコースだったにもかかわらず弾いた。

「よっしゃ!!!」

珍しく雄叫びを上げる桜…。これは熱い。何だか俺も盛り上がってきたぜ。

「すげぇ…。」

「凄すぎです、桜先輩!」

「マジで?」

誰もが驚く結果だわな。藍も相当悔しがっていた。あのコースに蹴ることが出来れば入ったと思うわな。俺でも思うわ。少し同情してやる。藍の肩をポンッと叩くと、悔しそうな顔を俺に向けた。

「運が悪かったな。」

「もう2度とあそこに蹴れる自信がないよぉ…。」

「俺がキッチリ仕返ししてやる。目の覚めるようなシュートでな。」

まるで新手の新入生歓迎儀式のようにPK戦が始まる。

肝心の美稲は…、目つきが変わっていた。桜のプレーに触発されたな?

ほぉ…。これは面白いことになりそうだ。

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