第8話『桜の食堂「天空」』

「ほら、ご飯にしましょ?お店に行くよ。」

そう言って白虎さんは、天龍ちゃんと私を歩いて5分ぐらいだと言う、自称小さな食堂に連れていく。

その間天龍ちゃんは、終始不機嫌だった。

「白虎さん、ありがとうございました。」

私は取り敢えずお礼を言った。


「あぁ。あんたが桜ちゃんね。本当に小さくて可愛い子なんだねぇ。」

「え?なんで白虎さん、私の事を知っているのですか?」

「白虎って言うのはアダ名。本名は寅子よ。」

寅子さん…。まさか…。

「龍子の母親だよ。よろしくね。」

「母ちゃん。やめてくれよ。ダチと仲良くすんの。」

「あら?初めてマシな友達連れてきたかと思ったら、何でそんな言い草するの?」

天龍ちゃんが照れてる。私は閃いた。


「もしかして、チーム名のタイガー&ドラゴンってお二人の名前なんですか?」

アハハハハハハハハハッ

豪快に寅子さんは笑った。

「違うよ。タイガーは私だけど、ドラゴンはさっきのタツヤさん。漢字で『竜也』って書くの。だいたい、チーム作った時に龍子は生まれていないよ。」

「あぁ、なるほどです。」

「たった二人でチーム作ってね。作ったっていうか勝手に竜也さんの名前を入れたんだけどね。暴れてみたらここいら一帯はシメちゃって…。ふふふ、楽しかったなぁ。まぁ、そのチームに龍子が入るなんて思わなかったけどね。」

「うるせぇ。知っていたらさっきのホワイトユニコーンに入ったぜ。」

「またまたぁ~。」

「まぁ、俺らのチームは一番ここいらで強かったからな。人数も多かったし。全員倒したらリーダーになっちまった。そんだけだ。」

えぇ…。あの人数を一人でやっつけたの??


「まぁ、その俺を桜が倒したんだ。お前がリーダーやってもいいだぜ?」

ニヒヒと笑う天龍ちゃん。

「もう、やめてよぉ。」

「あんた、本当にサッカーやるんだね。」

「あぁ、やるぜ。何だか俺に合ってる気がするんだよ。」

私が話のフォローする。

「あの、天龍ちゃんは日本代表の、なでしこジャパンのエースストライカーになります!だから、応援してやってもらえませんか?」

寅子さんはピタッと足を止めると、大笑いした。

「アハハハハハハハハハッ!」

「そんなに笑うなよ。俺だって信じられねーんだ。だけど桜はよ、初めて会った時からそう言うんだ。」

「嘘じゃないです!天龍ちゃんの右足は天性のものです!闘争心だって、ゴールを奪う嗅覚だって持っています!闘うステージさえあれば、それを証明してみせます!」

いつの間にかムキになっちゃった。

「わかったよ。龍子が騙されてみると言っていたけど、そうね、私も騙されてあげる。ただし、本気でね。」


そしてお店の前に付いた。

「ご飯まだだろ?桜ちゃんも食べていきな。」

お店にはお客さんが待っていた。お店がこんな状態で走ってきたの?

「寅子さん、帰ってきたね。」

「お、やっぱり龍子ちゃん無事じゃない。怪我する訳ないんだよ。相手の心配しろよ。」

お客さんは色んな事を言いながらも、天龍ちゃんの心配をしていた。

奥へ進むと、途中のテーブルの一つには食べ終わった後で、お金が置いてあるのもあった。

「はいはい、ごめんよ。今から作るからね~。」

厨房では寅子さんが豪快に鍋を振りながら次々と料理を作っていく。それを愛想は悪いけど天龍ちゃんが運んでいく。


常連だと思われるおじさんがそんな天龍ちゃんに話しかけた。

「今日も勝ったんかい?」

「あー、俺、そういうのもう辞めるんだ。今日はそれを仲間に伝えたんだけど、他の奴らが乗り込んで来やがって…。」

「え?辞めるの?」

「あぁ、まあね。」

「辞めてどうするんだい?」

「サッカーやるんだ。」

「……………。」


ブハハハハハハハハハハハハッ

店の中は大爆笑の渦に巻き込まれた。まぁ、天龍ちゃんの過去を知っている人ほどそうなるかもね。

「なんだよ!笑うなよ!結構真剣なんだぜ!?」

「あぁ、悪い悪い。ちょっと驚いちまった。どうしてまた?」

「今度はサッカーでてっぺん取る。こいつとな。」

そう言って私を指さす。

「おいおい。こんな小さい娘が?」

「制服は桜ヶ丘だけど、本当に高校生?」

「おい、からかうのもその辺にしてくれ。桜は本物だ。プレーを見たらびっくりするぜ?」

「へー。あれ?桜ヶ丘は女子サッカー部ってあったっけ?」

「いやー、それがまだ部員集めている最中なんだ。」

「なんだよ、まだまだこれからじゃねーか。まぁでも応援するよ。」

「ありがとよ。そう言えば桜、部員が集まったとして、俺達のデビュー戦はいつになるんだ?」

「えーと、本来なら新人戦とかあるんだけど、来年の年始にあるインターハイまで公式戦は出ません。」


「はぁ?」

あっ、まだ言ってなかったね。

「色々と考えがあるのだけど、それまでは徹底的に練習試合を組みたいの。公式戦は最後の最後、一発勝負。その辺は後で皆と相談しよ?」

「おいおい、何だよー。何かでっかいこと企んでるな?」

「はい!インターハイ、全国優勝狙っていますから!」

「………………。」


ブハハハハハハハハハハハハッ

またもや大爆笑された。

「お前らの言いたい事はよーく分かった。まずは部活を作らねーとな。」

どちらかと言うと、いいえ、完全に馬鹿にされているのは分かった。だけど、おじさん達の言っていることも間違ってはいないよね。だって、まだ同好会だし。

「お前ら見てろよ!こうなったら絶対に優勝してやっからな!!」

「ははははっ、楽しみにしているよ!」

「ちっくしょー!明日だって勉強会やるんだぞ!」

「龍子ちゃんが勉強?明日は槍が降るぞ!」


ブハハハハハハハハハハハハッ

「ほら、龍子、桜ちゃん。」

寅子さんは料理を持ってきてくれた。チャーハンと餃子だ。

「私は、この子達を信じるよ。頑張ろうって努力している限りね。」

寅子さんの言葉に笑いは消えた。

「いやー、悪かったよ。分かった。笑った償いに、公式戦は応援に行くよ。だから俺らをがっかりさせるような試合はするなよ?」

「ふん!びっくりして腰ぬかすなよ!」

「頑張ろうね、天龍ちゃん。」

「おうよ!」


食後、すっかり夜も更けてお客さんも来なくなった。

「そろそろ仕舞いましょうか。」

寅子さんはのれんを外し、入り口の鍵をかけた。天龍ちゃんはお腹が一杯になったら寝てしまった。

「今日はご馳走様でした。それに、とても楽しかったです。」

「ふふふ。あんな事があって楽しかったなんて。桜ちゃんって意外と肝が座ってるわね。」

「あっ、いえ、あれは怖かったです。でも、天龍ちゃんを助けたくて…。その周りが見えなくなっちゃって…。」

「さっき龍子が言ってたけど、あの子を身体を張って助けてくれた人なんて、あなたで二人目よ。」


「えっ?」

「この子はね、いつも一匹狼気取って、一人で突っ込んで派手に負けてた。ある時ね、チンピラに喧嘩売っちゃってね。負けたら水商売に売られるところだった。」

「………。」

「それをね、竜也さんが助けてくれたの。」

「あの、竜也さんって一体何者なんでしょうか…?」

私はどうしても気になって聞いてみた。だって、事ある毎に駆けつけてくれるなんて…。


「最初にも言ったけどね、私が龍子ぐらいの頃はね、本当に無茶やってて。いつもあの人が止めにきたの。達也さん、喧嘩が強かったわよ。私が武器持っても敵わないぐらいにね。だけどすすんで喧嘩しなかった。勉強できたからね、大学行くために暴力沙汰はマズいでしょ。だからいつも正義のヒーローみたいにやってきて片付けて、証拠を残さず去っていく。本当に格好良い人なんだよ。」

「へー。」

そんな人いるんだ…。


「へー、って桜ちゃん。あんたの学校にいるのよ?生活指導員だよ?」

「えぇ!?そうなんですか?私まだ学校きて1周間経ってなくて…。」

「あら?そうなの?龍子ったらいっつもあなたの話ばかりするから、転校生だとは聞いていたけどもっと前から居るのかと思っていたわよ。」

そ、そうなんだ…。いったい何を話しているんだろう…?

「あっ、いい提案してあげようか?」


寅子さんは何かを閃いたのか、ニヤけながら話しを続ける。

「竜也さんを顧問にすればいいのよ。サッカー部の。」

「あっ…。」

すっかり忘れていた。そうだね、部活にするには顧問の先生が必要だよね。

「龍子はさっきの件もあって、竜也さんには頭が上がらないから、うってつけよ?」

「なるほどー。わかりました、打診してみます。」

「あぁ、多分、正攻法じゃ断られちゃうから、私達のヒーローになってくださいってお願いしてみて。それでも渋ったら、私がそう言っていたって言ってみて。」

「はい!ありがとうございます!」

うんうんと頷く寅子さん。


「まったくもう、いつまで寝てるのよ、この子は。龍子!」

「あぁ?」

「ほら、桜ちゃん送っていってあげな。」

「へいへい。」

「また来てねー。」

「はい!お邪魔しました!」

二人で外に出る。外は凄く寒かった。

「今日は悪かったな。」

「ん?」

「いや、巻き込んじまってよ。」

「でも何も無くて良かったじゃない。」

「まぁ、何人かはやられてたけどな。後で労ってやらねぇとな。最後のけじめだ。」

「うん。その時は私も行くよ。」

「ありがとな。一つだけ聞かせてくれ。」

「なに?」

「俺は本当に才能あるのか?おだてられるのは嫌いなんだ。ハッキリ言っておいて欲しいんだ。だけど努力は惜しまない。どちらにしてもな。」

「ハッキリ言うよ。」

天龍ちゃんはゴクリと固唾を飲んだ。


「世界を取れるよ。」

「へ?」

「だから、世界水準だって言っているの。」

「おいおい、随分話しが飛んだじゃねーか。」

「世界に出るには、まず公式で成績残さないとね。だからインターハイ優勝なの。」

「おい…、真面目に言っているのか?」

「大真面目だよ。だって、私はU-17日本代表だったもん。」

「はぁ!?」

「その時のワールドカップは、日本が優勝したしね。」

「おい…。マジかよ…。」

「ニシシー。ちょっと信じる気になった?」

「分かった。その桜が言うなら、お前を信じる。」

「うん!だけど、まだ皆にはこの事言わないで欲しいの。」

「どうしてだ?別に隠すこともなだろう?むしろ皆ガッツリついてくると思うぞ?」

「うーん、そうかもしれないけど、私にばっかり頼るようなチームじゃ、この先勝てないの。だから、自主性が生まれてから。それから言いたいの。一応ね。」

「そうか…。俺は大丈夫だと思うけどなぁ。」


天龍ちゃんの自宅兼食堂から15分、そこが私の家だった。2階建ての一軒家を借りている。二人で住むには広すぎるけど、お父さんのアトリエもあるからね。道具や作品保管場所も必要で、結局ここに決めたみたい。

「今日はありがとうな。また明日頼むぜ。」

「うん、天龍ちゃんも気を付けて帰ってね。」

「おう!」

右手を上げて帰っていった。


今日は色々あったなぁ、と思いつつ自分の部屋へ転がり込んだ。

今頃になって、乱闘の時の恐怖とか襲ってきたので、いつも見ているU-17時代の録画映像を見ながら寝ることにした。

この時の私は輝いていたなぁ…。

この時の私に戻れるかな…。

この時の私を取り戻さないと…。

優勝なんて出来ない…。

だって私は…。






壊れているから…。

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