第7話『桜の不良体験』
「ちーっす。」
私と天龍ちゃんの前を、いかにもと言った服装の男性達が挨拶をして通り過ぎ、人数が集まりつつあった。
ここは夜の中央公園。
まだ寒さの厳しい時期ではあるけど続々と人が集まり、その数およそ30人…。
「えーっと…。天龍ちゃんが一声かけるとこんなに集まってくるの…?」
「もうちょっといるけど、忙しい奴もいるからな。」
ほぇー………。
今更ながら、私が売った喧嘩が無茶苦茶だったと認識したよ。
「ここで待っていろ。」
ある程度集まったところで、天龍ちゃんは集まった人達の中心へと行った。
「今日は急に呼び出してわりーな。ちょっとお前らに伝えたいことがある。」
集まった人達は、スマホを見ながらの人もいるけど無駄口は叩かないし、視線は天龍ちゃんに極力向けている。
「俺はチームを抜けることにした。引退だ。」
その言葉には流石にざわついた。
「何でですか!?」
「まだまだいけるっしょ!」
「つか、これからっしょ!」
色んな言葉もかけられた。どれもこれも引退を惜しむ声だった。
この集まりはいわゆるチーマーによる会合みたい。ちなみにチーマーとは徒党を組んで不良行為を行う人達。ヤンキーとか暴走族とかと同じような感じだけど、見た目は何というか、ファンション的にこだわっているような気もする。アメリカ風?みたいな感じだったよ。
とはいえ、やはり不良の集団には変わりがないかな。
そんな人達を前に天龍ちゃんの引退宣言で、裏切られたとか騙されたとか否定的な声も出ていた。
「突然ですまない。俺はカタギに戻る。」
「理由を教えてください!」
どこからか飛んで来た言葉に、誰もが注目した。確かに理由は気になるよね。これだけの人数のチームの頭を張っていながら突然の引退だもん。納得のいく理由が聞きたいのかもしれない。
「タイマンで負けた。」
「なんだって…。」
「誰だよそいつ?」
チームの人達は大騒ぎとなっちゃった。
「まぁ、聞いてくれ。それでそいつとは賭けをしていた。俺が勝てばそいつを奴隷、負ければ…、その、なんというか…。」
「何なんですか?」
「サッカーを一緒にやろうって言われてな…。」
ちょっと恥ずかしそうに言った天龍ちゃん。そっぽを向く。
一瞬の沈黙の後、それこそ蜂の巣を突っついたような騒ぎになった。
怒号が飛び交うなか、
「そんなの、それこそ蹴っちまえよ!」
うまいこと言われていた。
「待て待て。いいか、聞いてくれ。そいつはそれこそカタギで、俺の噂を知ってなお喧嘩売ってきたんだ。そいつに負けた。1撃で勝負が付いて、2撃目で気絶。乾杯さ。」
会場は静かになる。
「そこまでされても、無視する事は出来ただろう。だがな、それでは俺は『逃げだした』と汚名を着たままお前らと一緒にいることになる。それは我慢ならねぇ。」
「龍子さん…。」
そうか、チームの仲間の人にも恥をかかせちゃうってことなんだね。
「だからそいつの言った事にのってみることにした。そしたらよ…、その…。なんというか…。まぁ…、面白かったんだ。」
「え?」
天龍ちゃんは頭を掻きながら言った。
「だからよ、面白かったんだよ!サッカーが…。後1年、高校の間だけでもよ、徹底的にやってみることにした。そしたら暴力沙汰とかするわけにいかねーだろ。だから引退だ。」
すると、背が高く体格がごっつくて、いかにも強そうな人が天龍ちゃんの前に歩み出てきた。
「龍子さん…。」
「すまねぇ白石。後はおめーに任せる。」
白石さんというのは、事前に聞いていた話では、チームで№2の人らしい。
「俺らバカだからさ、龍子さんが関東全域しめるか?何て言葉に心踊っちゃうぐれぇバカでさぁ。あんたの話、とてもじゃないが理解できねぇ。」
「………。」
天龍ちゃんの目付きが鋭くなった。
「だけど、俺達に理解出来ない理由はわかる。それは、俺らに持って無いものを、あんたは手に入れちまったんだ。」
「持ってないものだと?」
「そうだ。やりたいこと、夢中になれることって奴だ…。」
「白石…。」
「だから頑張ってください。後のことは風の噂で聞いておけばいい。俺達の好きにやるさ。」
「おまえ…。」
白石さんはゆっくり振り向いた。
「おい、お前ら。いつかはこの日がきたんだ。それがちぃと早まっただけの話だ。後は俺らで楽しくやろうじゃねーか。8代目は龍子さんから指名された俺が受ける。異論が有る奴はかかってこい。もしくはこの場から去ってもいい。」
場は静かなままだ。皆は反対しないみたい。沈黙が賛成の意志を表していた。
その時だった。
「おいおい、襲撃ついでに、良い事聞いたじゃねーか。」
道路の茂みの方から誰かがくる。それも一人や二人じゃない。
「チッ…。」
天龍ちゃんは直ぐに私のところにきた。
「桜、逃げろ。後で連絡する。」
「駄目だよ、天龍ちゃん!」
「いいから早く!」
だけど遅かった。直ぐに囲まれていく。
「部活だか何だかしらねーが、暴力事件ってのはぁご法度だったよなぁ、龍子ちゃんよぉ。最後の決着つけようじゃねーか。」
「相変わらず、顔も性格も汚ねぇな。」
「いいのかなぁ~?そんな事言って。ここはごめんなさいって土下座する場面だぜ?」
「龍子さんも早く逃げてください。もうあなたには関係ない話だ。」
白石さんが間に入る。
「お前の相手は俺がしてやるよ。」
だけど敵の他の人に邪魔されて、揉み合いになりながら離れていってしまう。
「お前の代でタイガー&ドラゴンも終わりだ。」
えっ?チーム名ってそんな名前なの?この緊急事態ながらそんな事を思った。
「お前らの基盤、俺らホワイトユニコーンがもらっていくぜ。」
白じゃないユニコーンってのも聞いたことないけどね…。
そんな事を思いながらも、この場を何とかする方法を考えたけど無駄だったみたい。もうあっちこっちで乱闘が始まり大騒ぎになっている。このままじゃ、いくら広い公園の中心とはいえ、夜のジョギングをする人や犬の散歩している人とかに見つかって警察沙汰になっちゃう。それだけは避けないと…。
「キャッ!?」
そう思っていた矢先、私は体格の良い人に掴まってしまった。
「おやおや、中坊がこんな時間にウロウロしてちゃいけないぜぇ。」
厭らしい目付きで私を見下ろす。
「そいつに手を出すな!」
その状況を見た天龍ちゃんは激情していた。まずい…。このままじゃ…。
「私は大丈夫だから。」
「桜…。」
「天龍ちゃんや仲間達と日本の頂点を取るの。だから、こんなところで負けるわけには行かないの!」
その言葉が終わらないうちに天龍ちゃんも掴まってしまう。
「へっへっへっ…。もっと頼りになる仲間を作っておくべきだったな。今まで散々やられた恨み、晴らさせてもらうぜ?朝までたっぷりとその身体でよ!」
私は頭に来て強引に掴まっていた腕を振りほどく。
急いで、持ってきたリュックのチャックを開けて、中からボールを取り出した。直ぐに敵のチームリーダーに向けて、思いっきり蹴りあげた。
ドンッ!
まさかボールがあるとは思っても見なかっただろうし、薄暗い事もあって顔面にクリーンヒットする。天龍ちゃんを捕まえていた手がほどけ、彼女はふわりとういたボールに追いつきボレーでボールを叩き込んだ。
ドンッ!
相手の男はウッと嗚咽を漏らしそのまま気絶をして倒れた。
「て…、てめー!」
近くにいた仲間達数人が一斉に襲いかかってくる。このままじゃ…。
ガキンッ!!!
突如、耳をつんざく金属音が周囲に響いた。
「はいはい、注目ー。」
エプロンを付けた場違いなお姉さんが、金属バットを片手にやってきた。
「警察くるよー。早く解散する!」
髪はふんわりとパーマをかけて長い。いかにも昔ヤンキーやってましたと、昭和風にアピールするような風貌だ。
「ババァ!うるせーぞ!邪魔すんな!」
ドンッ
近くにいた巨体の男が文句を言った瞬間、みぞおちに金属バットが刺さる。
「あれは…、あれは伝説の狂犬・白虎だ…。おい!みんな逃げるぞ!」
「あんたはちょっと待ちな。」
「ひぃー。勘弁してください!」
「お前、ホワイトユニコーンの№2だろ?」
「は…、はい。」
そう言うと、その№2さんを捕まえて伸びているリーダーのところへ連れていく。
そして気絶しているリーダーのおでこに、おもむろに金属バットを乗せるように構えた。
「リーダー置いて逃げるバカがどこにいる?」
「すみません…。」
「そこの小さくて可愛い子。写メ撮って。」
わ、私?言われるがままにリュックからスマホを取り出してお姉さんと伸びているリーダー、そして怯える№2さんを写真に収める。
「こんなみっともない写真ばらまかれたくなかったら、大人しくしてな。その代わり、こちらも後で譲歩する条件を出してやる。いいな?」
「は、はい!わかりました!」
「それで手を打てよ。早く連れていけ!」
「ひー。」
敵のメンバーは一斉に逃げ出した。狂犬・白虎さんって変わった名前だよね…。
それに、犬なのか虎なのか訳がわからないよ。
天龍ちゃんのチームの仲間達が集まってくる。皆真剣な表情だった。雰囲気が明らかに違う。
「初代!すみませんでした!」
初代!?チームの初代リーダーってこと?
「いいんだよ。お前達も早く散りな。警察はマジでくるよ。いくらなんでも今回は向こうが卑怯だったからね。不良なら不良らしく、不良のルールで遊んでな。」
「はい!」
そう言うと仲間達も散り散りになっていく。天龍ちゃんと白虎さんと私だけが残った。
「ほら、帰るよ。」
「チッ…。何できたんだよ。」
あぁ、そうか、知り合いなんだね。初代の白虎さんと7代目の龍子ちゃん。二人共何だか凄いネーミングだよね…。
「あんたの仲間が連絡くれたんじゃないか。こんな卑怯な話しはね、いくらとっくの昔に引退したって言ったってね、許せるわけないでしょ!」
白虎さんはそう言って歩きながら私達を連れていく。
そこへ、スーツ姿の男性が走りよってきた。
「………。」
無言で状況を確認すると、そのまま去ろうとした。何だろう?この人…。
「タツヤ!待って!」
白虎さんが引き止めるけど、タツヤさんはそのまま歩き去ろうとしていた。彼女は小走りに追うと強引に腕を掴んで引き止めた。
「やっぱり来てくれたんだね。」
「………。」
「ありがとう。今度飲みに来て。奢るから。」
タツヤさんはスッと歩き出し右手を小さく上げ、そのまま闇の中へ消えていった。
私達も3人で夜道を歩いていく。背後には近づいてくるパトカーのサイレンの音が響いていた。
私達の歩く先には、小さな食堂が待っていた。
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