第8話

 昨日の事をまだ引きずっている私がいる。

だけど今日は、少し離れているお隣さんところのカズちゃんと、今後について打合せをすることになっているよ。


何となくお爺ちゃんと顔を会わせるのが辛かったけど、逆に向こうはいつも通りでホッとした。

いや、ホッと出来るような状況じゃないのだけどね…。


朝食中に出かける事を伝えておこうと思った。

「お爺ちゃん、今日は私、出かけるからダイちゃんの散歩よろしくね。」

「あぁ…。」

相変わらずそっけない。

本当に寂しそうで、最近一気に老けたような気もする。


早くなんとかしないと。

天国のお婆ちゃんにも申し訳ないよ。

畑の手入れだけして出発した。と言っても直ぐ着いちゃうけどね。

小さい頃はよく遊びにきたっけ。

………。


よく考えたら、この歳になって男の人の部屋に遊びに行くって初めてかも…。

ヤバイ。緊張してきた。

何で今頃気付くのよ…。


だいたい彼氏なんて、今までいたことないし。

だって農業の話しをする女の子なんて誰も興味持ってくれないもん。

あ~、どうしよう。ドキドキしてきた。

部屋って事は二人っきりってことだよね?

緊張してきた…。


もう!今日はそんなんじゃないんだから!

意を決してチャイムを押した。

ピンッポンッ


何だか懐かしい感じのチャイム音。

押してピンッ。話してポンッって音が鳴った。

直ぐにドタバタと足音が聞こえて玄関の扉が開く。


「やぁ。上がって。」

「お、お邪魔しまーす。」

「あ、今誰もいないから。気を使わなくて大丈夫だよ。」

「!?」

変な方の気を使うじゃない!


二階に上がり部屋に通される。

へー。

意外と小奇麗になっていた。

最近急に片付けたという感じじゃなく、いつもこうやって使っている感じがした。


目に飛び込んでいくるのはポスターだった。

色んなポスターが貼ってある。

ゲーム、アニメ、サッカー、そして歌手。


歌手だけ違和感があったのは、とても古いものだった。

よく見ると30年ぐらい前の物みたい。

ポスターというより写真かな?

文字は、撮影日らしき年意外、何も書いてないよ。


ラフな格好をした男の人が汗びっしょりになって、ギターを両手で掲げていた。

え!?あれ?うそっ!?

「気が付いた?それ、翔輝さんだよ。」

「えーーーーーーー!!!」


体型は今のぽっちゃり型からは想像もつかないほど筋肉質で、今ではかなり薄くなっている髪は短髪で若々しい感じ。

場所は多分ライブ会場。

スポットライト外では、うっすらと観客の輪郭がわかる。


まるで声援まで聞こえてきそうな臨場感のあるポスターだった。

「そのライブ、お爺ちゃん世代だと伝説になっているんだ。」

「伝説!?」

「そう。今ほどチャリティーって言葉や精神が浸透していなかった時代。両親を事故とかで亡くした孤児達が、生活はもちろん、進学とかでお金の面で苦労している事を知って、テレビの生放送歌番組でチャリティーライブやるって突然言ったらしく、日比谷公園で無許可でライブ敢行したんだ。」

お…、お爺ちゃん無茶するなぁ…。


「でもね、警察は逆に警備してくれたって話だよ。で、それを聞きつけた人達が結構大きい会場を提供してくれて、1週間後に本物のチャリティーライブをやった時の写真なんだ。」

「へー………。」

色々考えちゃうポスターだね…。


お爺ちゃんらしいと言えばお爺ちゃんらしい。

裏表がなく感情を表に出して行動するのだけど、嫌味や計算なんかなくてとても純粋で共感出来るの。


「そのライブ、人が入りきらなくて表にも人がいるって言ったら、外のスピーカーからも音を流したんだって。感動したファンがどんどん募金したらしくてさ。なのに翔輝さんも会場提供者も、臨時スタップや臨時バンドマン達の、誰もがお金を受け取らなかったって。それで、集まった金額で財団を結成して今に至ってるって話だよ。もう伝説中の伝説。俺すっごい感動しちゃってさ。」

「私、初めて聞いたよ…。」


「そういうのベラベラ喋らないのが良いんじゃないか。翔輝さんの言動には筋が通ってるというか、不器用な生き方だけど格好良いよね。」

「そう!それは分かる!だからこそ、そのお爺ちゃんを取り戻したいの…。」


「そうだね。あぁ、ごめんごめん。話しが逸れちゃったね。まぁ座って。」

「このテーブルまだあったんだ。」

子供の頃に見た小さなテーブルに、真新しい座布団が置いてあった。

そこにちょこんと座わる。

きっと座布団はお客用のやつだと思う。


部屋には冷蔵室だけの小さな冷蔵庫があって、中から麦茶を出してそそいでくれた。

「遠慮なくどうぞ。」

「ありがと。」

一口飲んで気持ちを落ち着かせる。

お爺ちゃんのポスターのことで緊張感は解けたみたい。

ちょっとだけホッとしつつ本題を切り出した。


「何か良い案はある?」

「そうだね…。ナーバスな問題というか、むしろタブー視されているぐらいの話題なんだよね。」

「うん…。」


「でもね、翔輝さんの事を調べれば調べるほど、歌が好きでいつも何かを訴えたり伝えたくて、現役中は常に叫んでいた印象なんだ。そんな情熱的な人がスパンッと歌を辞めちゃった。そこには、それほどまでの理由があると思うんだ。」

「それが、歌ではお婆ちゃんを幸せに出来ないからってこと?」

「そうなるね。」


「うーん。でもさ、逆のことも考えられるよね。」

「逆とは?」

「歌でお婆ちゃんを幸せに出来る可能性があるってこと。」


「えーと…、でも…。」

「うん、お婆ちゃんは亡くなっちゃっている。だけど想いを伝えようとすることは出来ると思うの。それがお爺ちゃんの本当のけじめになると思う。」

「あぁ、なるほどね。それは翔輝さんらしいと思うな。」


「でしょ?後はきっかけだけだと思うんだ。」

「そっか。美里さんが亡くなられたからこそ、歌で想いを伝える。方向性はいいと思う。まさしく後はきっかけだけだけど…。」

少しの間沈黙が続いた。


「やっぱりさ、何とかしてギターを弾かせるのがいいと思う。持つだけでもいい。それでスイッチが入れば後は止まらないんじゃないかな。」

「やる気スイッチかぁ…。かなり錆び付いてるからなぁ…。」

「俺さ、実はちょっとだけ音楽やっているんだ。」

「へー!初耳!」


「誰にも言ってないしね。両親にも内緒。でもさ、この前バレちゃって…。」

「部屋じゃ音が漏れるもんね。」

「いや、アコギじゃないから練習はヘッドホンで何とかなったんだけど、実は…。」

「…?」

何でもったいぶるんだろ?


「テレビに少しだけ出ちゃったんだ。偶然、両親がそれを見ていてさ…。」

「あれ?まさか…。」

この前見ていた歌番組を思い出した。

そう言われれば眼鏡や帽子で変装していたけど…。


「オーディションの奴?」

「そうそう。」

「私もお爺ちゃんも見ていたよ。オリジナル曲で勝負したやつ!」

「そうそう、それ。翔輝さんは何て言ってた?」

「良いもの持ってるって言ってた!でも…。」

「曲の方は駄目だったかな?」

「うん…。」


「自分でもさ、そっちは自信ないんだ。今、軽音部に入って色々勉強中。と言ってもメンバーは俺入れて3人しかいないけどね。」

「へー。楽しそうね。」

「歩ちゃん、今度サークルに遊びにおいでよ。」

「でも私、楽器何も弾けないし…。」


「いいの、いいの。見ているだけでもいいよ。」

「うん、わかった。早速、明日顔を出すよ。」

「ありがとう。客観的な感想とかも欲しいところなんだよね。」

「そんなので良ければ。」


「おっと、そんな話じゃなかったよね。」

「そうだね。」

お互い笑顔がこぼれた。


「翔輝さんはさ、歌が全てだったんだ。全身全霊をかけて歌ってた。だから、絶対歌がきっかけで帰ってくるはず。………そうだ!」

「なになに?」

「俺の歌のさ、作曲を依頼してみようよ。」

「えー。即答で断るよ、きっと。」


「もうさ、こうやって何でも歌に絡めていくんだ。根競べみたいなもん。」

「うーん、どんどん意固地になっていきそうだけど…。」

「やってみようよ。そんなに時間かけてられないしさ。当たって砕けろってやつ。」

「本当に砕けそう…。でも、そうやってネガティブに考えていても仕方がないよね。」

「そうだよ!まぁ、あまりにも逆効果だったら考えよう。」


こうして方針決まったけど…。

正直不安しかなかった。

でも知らないお爺ちゃんの話とか聞けて楽しかった。

結局夕方までお邪魔しちゃった。


家に帰ると、ダイちゃんは散歩に行ったみたいで、お爺ちゃんと一緒に寝ていた。

小さく見える背中に向かって、心の中で叫んだ。


さぁ、お爺ちゃん!これから私達と勝負だからね!

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