第7話

 ギターの隠し場所は特定できた。

後はどうやって、お爺ちゃんに歌の世界に戻ってもらうかなのだけど…。


アレをやってみる。

私が唯一準備してきたこと。

そう決心しながら大学から帰ってきて、準備してきたことを参考書を見て思い出しながら復讐する。


そして夕食の片付けも終わってのんびりするタイミングで、私は腰を上げた。

「お爺ちゃん。見て欲しいものがあるのだけど…。」

「あぁ…。」

相変わらず元気はない。

横になって見てもいないテレビをぼんやり見つめている。


構わず二階に上がりお爺ちゃんのギターを持ち出す。

そして肩からかけて一階へ戻ってきた。

お爺ちゃんはまだ気付いていないね。

こっちに背中を向けて寝そべったままだ。


台所にある四脚の椅子を居間へ持ってきて腰を掛ける。

「んん…。」

咳払いをするけど、やっぱり反応はない。

いつもと違う雰囲気だからか、三匹の猫ちゃん達が足元に集まってきて寝そべった。

何だか応援してくれているみたい。

ちょっとだけ勇気を貰う。


ヨシ!

トンットンットンッ

足でリズムを取って、おもむろにギターを奏でた。

覚えて間もないぎこちない演奏が始まる。

お爺ちゃんがガバッと起きて反応する。

「歩…、おまえ…、それ…。」

ギターを指差し何かを言おうとしていた。


私は構わずお爺ちゃんの代表作「俺達の歩は止められない」をスローテンポで熱唱する。

ところどころつまづきながら、コードも間違えながら、それでも最後まで歌い切った。


心臓がバクバク言っているよ…。

うまくお爺ちゃんを見れない。

最初は慌てていたお爺ちゃんだったけど、途中からは隣に来たダイちゃんの頭を撫でながら静かに聞いてくれた。


何事かとオウムのオーちゃんもやってきて、サビのところは間違っていたけど一緒に歌ってくれた。

そんな中学生の発表会のような演奏が終了し、私はスクっと立ち上がって深くお辞儀した。


その瞬間、ショウちゃんが勢い良く回し車の中を駆け巡る。

カラカラカラと音が部屋に響くと、お爺ちゃんはつられたように拍手をしてくれた。

「どうかな?お爺ちゃん。」

「後1万回練習しなさい。」

それだけ言うと、よっこらしょと立ち上がり自室へ戻っていってしまった。

その寂しそうな後ろ姿からは、希望は見えなかった…。


再び静まり返る居間では、ペット達だけが残り、彼等も直に眠りにつく。

ハァーーーー………

大きなため息が出たよ。

駄目かぁ…。


台本では、駄目出しをするお爺ちゃんに甘えつつギターを渡して、弾き語りをしてもらいながら歌を楽しんでもらう予定だった。

まさか、こんなにあっさり引き下がるとは思いもしなかったよ。


原曲のように早く弾けないからバラードっぽく歌ったのだけど、歌詞の内容とは合わなかったのかなぁ。

個人的には良い感じ!とかって舞い上がっていたけど、この歌はお爺ちゃんの歌だもんね。

改悪したから怒っちゃったのかも…。


これは私一人の力では難しいかな…。もっとグッと引き寄せられるインパクトがないとね。

助言だけでもいいからしてくれる協力者を見つけよう。

まずは…。


 「もしもし。歩ですが、カズちゃん?」

『どもども。歩ちゃんから電話もらえるなんて嬉しいなぁ。』

「心がこもってないよ。」

『そんなことはないさ。ただちょっと驚いただけ。』

「早速本題なのだけど。」

『どうぞ。』


「私ね、お爺ちゃんに元気を取り戻してもらいたくて、一生懸命覚えてきたギターを披露したの。それで、お爺ちゃんが食いついてくれれば良かったのだけど…。」

『あぁ…、失敗したでしょ。』

「なんで断言出来るのよ。」

『昔、美里さんが同じ事やったらしいんだ。』

「えっ!?」

お婆ちゃんが?想像出来ない…。あのお婆ちゃんがギター?

でも、そこまでお婆ちゃんも思い詰めていたってことだよね。

これってやっぱり最終手段だったんだよ…。

『歌の後に翔輝さんがお婆ちゃんのギターをそっと取り上げて、「俺の歌じゃ美里を幸せにしてやれないんだ。」って言ったらしいよ。』




「そんなことない!!!」




思わず怒鳴ってしまった。

『わわわっ…。』

電話の向こうではバッターンと倒れる音が聞こえる。

どうやら椅子ごとひっくり返ったみたい。

『落ち着いて歩ちゃん。いててて…。』

「ご、ごめん。」


『いや、構わないよ。俺も美里さんや歩ちゃんと同じ気持ちだからさ。』

「でしょ!でしょ!!」

『でもね、翔輝さんは本気でそう思っているみたいなんだ。とても悲しそうに美里さんが言っていたよ。』

「そんなぁ…。」

これは思っていた以上にお爺ちゃんが思い詰めているみたい。


『俺的にはさ、ちょっと心配なんだ。』

「何で?」

『歩ちゃんがやっていることはさ、美里さんがやっていたことでもあるんだよ。だから昔を思い出しちゃったのかもって思って…。』

「あっ…。」

それは言えるかも。

私は…、もしかして…、とんでもないことをしちゃったんじゃ…。


今までより、お婆ちゃんへの懺悔の念が深まった可能性だってあるよね。

「私…、あぁ…、どうしよう…。」

最後の言葉は絞りだすように掠れた声になっちゃった…。

涙が溢れる。

「うぅ…。」

そのまま泣いてしまった。


私はとんでもないことをしてしまった。

お爺ちゃんの傷をえぐるようなことをしてしまった。

取り返しの付かないことをしてしまった…。

『………!』

カズちゃんが何か言っていたけど頭に入ってこなかった。

口を抑えて、ボロボロと涙が落ちていくのを見ていた。

嗚咽が漏れる…。

ごめんね、お爺ちゃん…。




『歩ちゃん!!!』




その時やっとカズちゃんが名前を読んでいるのが聞こえた。

そうだ、電話中だった。

「ごめんね、切るね…。」

『待って!』

「………。」

それでも構わず切ろうかと思ったけど、その手を止めた。

再び耳にスマホを当てる。

『俺も何か手伝わせてよ。俺も美里さんに頼まれているんだ。お爺ちゃんが元気になるようにってね。だから…。』

彼の優しさが身に沁みた。

震えるぐらい嬉しかった。


「ありがとう…。」

『こちらこそ。タイミングがなくて、俺もどうしようかと思ってはいたんだ。今度作戦を練ろうよ。つか、明日俺の部屋に来てくれ。見せたい物もあるし。兎に角話しをしよう。』

「わかった。また明日電話するね。」

『うん、とにかく落ち着いてね。電話はいつでも構わないから。』

「うん。ありがと…。じゃあね。」

電話を終えた私はどっと疲れが出た。


後悔が体全体を覆う。

また涙があふれそう…。

だけど…。このままじゃ駄目だと、心の中の一番奥にいる私が言っている。

失敗したからと言って止まっちゃ駄目。


それに、真っ暗闇の中をちょっとだけ照らしてくれる人も現れた。

ニャーオ

三匹の猫ちゃん達がいつの間にか私のベッドの上にいる。

既にリクちゃんとクウちゃんは自分の寝床のように寝ている。

カイちゃんが私に甘えてきて頬ずりをしていた。


「うん、一緒に寝ようか。」

カイちゃんの頭を撫でながらベッドに潜り込み、再び涙がこぼれないうちに猫ちゃん達と一緒に眠りについた。

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