最終話 愛媛編ボス登場。決戦は古民家ぞなもし

みんなは姫鶴平へ移動後、長袖を羽織って防御力をさらに高めた。

レストランで早めの昼食を取ったあと、カレンフェルトが至る所に見受けられる周辺を散策していく。

「相変わらずのすごくいい眺めだね」

「そうだな。天気もいいし涼しいし、石鎚山もくっきり見れるし最高だな」

「武和お兄さん文乃お姉さん、二人の記念写真とったるよ」

「いいって」

「私、みんなで撮る方がいいよ」

「二人とも恥ずかしがらんでもええんよ」

「文乃様と武和様、お互い意識し合ってるようじゃなあ♪」

「あのう、皆さん、モンスター化されたと思わしき牛さんがわたし達の方に近づいて来ているようですよ」

「あれ、絶対敵の牛さんだよね?」

 光穂と乃々晴は先に接近に気づき、少し焦り気味に伝える。

ンモゥゥゥゥゥゥゥ! 体高二メートル以上はある茶色い毛並みの牛型モンスターが一頭、みんなに向かって突進して来た。

「牛の化け物だぁぁぁ~」

 文乃は大慌てで武和の背後へ。

「体力94の四国カルスト暴れ牛はダメージ受けたら草食って回復するけん、皆様一斉に攻撃して一気に倒しちゃってつかーさい。あと宇和島闘牛より弱そうに見えるけど田舎ほど敵が強くなるの原則通りこいつのが強いけん、じゅうぶん注意してつかーさい。特に突進。会心の一撃食らったらレベル7以下なら体力0の気絶状態にさせられる威力ぞなもし」

 夢子はすぐにアドバイス。

「この大きい牛さん、すごく怒ってるみたいだね」

 乃々晴は手裏剣、

「ミルクがいっぱいとれそうじゃね。うひゃっ、ぶっかけやがったよ」

乳房から突如噴き出た牛乳を顔面にたっぷりぶっかけられた柑菜も手裏剣、

「突進されたら間違いなく大ダメージ食らいそうですね」

 光穂はマッチ火で、続けざまに攻撃を与えた。

 ンモゥゥゥゥゥゥゥ! ンモゥゥゥゥゥゥゥゥ!

「燃えながらも草食ってるし」

 四国カルスト暴れ牛の命乞いをしているかのような鳴き声にも容赦せず、武和が竹刀で攻撃して消滅させた。

 チーズクリーム入りブッセケーキ【四国カルスト高原さんぽ】を残していく。

 息つく間もなく、黄色いお花型モンスターが十数本束になってぴょんぴょん飛び跳ねながら近づいて来た。

「高山植物の一種、ハンカイソウのモンスターね」

 光穂は推測。

「その通りじゃ。四国カルストハンカイソウ。体力は76で四国カルストの敵では低いけど、縛り付け攻撃と、毒にも気をつけてつかーさい」

「切り裂いたるよ」

柑菜は楽しそうにカッターで茎をズバッと切り付けた。

ハンカイソウの花びらが何本か地面に落ちる。

「いたたたぁ~っ」

 落とされたハンカイソウは一斉にジャンプして、花びら部分で柑菜のほっぺたを両サイドからペチンッ、ペチンッと思いっ切りビンタした。柑菜のほっぺたもスパッと切れて血がかなり噴き出してくる。

「柑菜、お花を傷付けるのは罰当たりだよ」

「正岡子規の投げた糸瓜の花と同じような攻撃して来やがったね。こっちのが遥かに強烈じゃったけど」

 文乃から受け取った善助餅を食して、柑菜の頬の傷は瞬く間に消えたものの、

「気分悪いよぅ」

 毒に侵されてしまったようだ。顔色がみるみるうちに青ざめてしまった。

「はいこれ」

「サンキュー文乃お姉さん」

 文乃が手際よくすぐに薬草をあてがってあげ、柑菜は瞬時に全快。 

「火を一発食らわしただけでは消えないのね」

 茎部分に光穂がすばやくマッチ火を食らわし、

「お花潰しちゃえーっ!」

 花びら部分を乃々晴がヨーヨーで、

「なかなかしぶといな。さすがボス近場の雑魚だな」

 武和が竹刀でしつこく叩き続けて消滅させた直後に、

「きゃぁんっ、凶暴なオオルリさんのモンスターに襲われちゃいましたぁ」

「武和くぅん、柑菜、乃々晴、助けてぇぇぇーっ! かわいいけど恐ろしいよ」

 光穂と文乃の悲鳴。ピーリーリーリージィーと鳴き声を上げつつ羽を激しくバタつかせるオオルリ型モンスターに追いかけられていた。

「四国カルストオオルリ、体力は80。四国カルストの敵では弱い方ぞなもし」

 夢子はそいつに完全スルーされていた。

「でかいな。リアルの十倍はあるんじゃないか」

 武和はその敵の姿に驚く。体長1.5メートルくらいはあったのだ。けれども怯まず竹刀を構えて立ち向かっていく。

「お肉は不味そうだね」

 乃々晴も楽しそうに敵に立ち向かっていった。

「ワタシも戦うよ。あっ、ちっ、ちっ。上から白くてとろりとしたものぶっかけられたよ。これ、チーズクリームじゃ」

 髪の毛からお顔にかけてぶっかけられた柑菜はとっさに木の上を見る。

 そこにいたのは、直径一メートル以上はある巨大なチーズケーキ型モンスターだった。焼き立てらしく、美味しそうな香りも漂ってくる。器用に枝に乗っかっていた。

「四国カルストチーズケーキ、体力は88。高速回転して熱々のチーズクリーム散布攻撃してくるけん接近戦はよいよ危険ぞなもし。ゲーム上では四国カルスト西端の大野ヶ原に出没するんよ」

「ってことはやっぱあの名物チーズケーキがモンスター化したやつなんじゃね。木の上からぶっかけ攻撃してくるなんて卑怯過ぎよ」

 柑菜はすばやく手裏剣を投げつけた。

 命中して、四国カルストチーズケーキは枝の上から地面に落っこちる。

「さっきの仕返しじゃ」

 柑菜は今度は黒インクを投げつけ、休まずマッチ火を投げつけて消滅させた。

 ぶっかけられたチーズクリームも同時に消滅する。

「柑菜お姉ちゃん、パワーアップしたね」

「一人で圧勝してたな」

 四国カルストオオルリを協力して倒した乃々晴と武和は感心する。

「これはボス戦自信沸いて来たよ」

柑菜が余裕そうな笑顔で呟いた直後、

「おまえら、おいらの存在に気付けないなんて灯台下暗しだな。おいら、おまえらが滑床渓谷でカジカガエルとかと戦ってた時からずっとすぐ近くで見てたんだぜ」

こんな声と共に、木の裏側から白い布のような物体が現れた。

長さは十メートルくらいはあった。

正体は一反木綿だった。

「捕獲成功♪ おいらの仲間を退治した仕返しだ」

「みんなぁぁぁ、たーすーけーてー」

「離してつかーさい。よいよ痛いぞなもし」

「あの、やめて下さい。離して下さい」

文乃と夢子と光穂はあっという間に強く巻き付けられてしまった。

「おい、一反木綿、よくも文乃ちゃんと夢子ちゃんと友近さんを」

「一反木綿ちゃん、せこいことせずにワタシ達と正々堂々戦いよっー」

「文乃お姉ちゃんと夢子お姉ちゃんと光穂お姉ちゃんを返せぇーっ!」

 武和達は急いで駆け寄って行くも、

「返して欲しかったら、ここの古民家まで来いよ。ボスの佐田岬灯台納言といっしょに楽しみに待ってるぞよ」

 一反木綿はそう伝え、地図が描かれた紙を落として文乃達を巻きつけたまま空高く舞い上がってしまった。

「離して下さい。怖いです。わたし、高い所苦手なんです」

「みんなーっ、絶対助けに来てねーっ!」

「あなた、鹿児島編の敵モンスターじゃない。愛媛編に現れるなんて反則ぞなもし」

光穂と文乃と夢子は懸命に叫ぶ。

「本来主人公一人で攻略すべき愛媛編を、こんな大人数で攻めてくるおまえらの方がよっぽど反則であろう」

 一反木綿はこう主張して、さらに高く舞い上がりスピードを上げた。

「新居浜かよ。ここからけっこう遠いぞ。公共交通機関はまともにないだろうから、タクシー呼ぶしか無さそうだ」

「水樹奈々ちゃんの生まれ故郷が最終決戦の地になるなんて、ワタシますます闘志が湧いて来たよ♪」

「お姫様の救出劇みたいになるね。急ごう!」

 武和、柑菜、乃々晴は最寄りの宿泊施設へ向かって走っていく。

 途中、四国カルスト暴れ牛三体に行く手を阻むように遭遇してしまった。

「こんなやつらに時間食ってるわけにはいかない。おっと、危ねっ」

 武和は突進をひらりとかわすと、すかさず竹刀で胴体をぶっ叩き、一撃で消滅させる。

「武和お兄さん、会心の一撃出たみたいじゃなあ」

 柑菜は攻撃される前に手裏剣を二発投げつけ消滅させた。

「牛さん、邪魔だよ」

 乃々晴は手裏剣&水鉄砲で攻撃。計三発で倒すことが出来た。

 武和達は宿泊施設へ向かってまた走り出そうとしたら、

「うぉわっ!」

「おう、うさぎちゃんじゃ。きっとモンスターじゃな」

「ウサちゃん、あたし達急いでるの。悪いけどのいてね」

 体長五〇センチくらいの野うさぎ型モンスターにまとわりつかれ、進みにくくされてしまった。

「夢子ちゃんいないからどのくらいの強さが分からないけど、風貌的に大したことなさそうだ」

武和はマッチ火を投げつけ一体を消滅させる。

 次の瞬間、

「ぐわあああっ、いってててぇ!」

 別の一体に足をカブッと噛まれてしまった。武和はその場に崩れ落ちる。

「攻撃力やばそうじゃ。四国カルストの敵は弱そうに見えても侮れんわ~。気を引き締めんと」

 柑菜はGペンとマッチ火を同時に投げつけ、

「慎重に狙わないとかわされちゃうね」

乃々晴は水鉄砲と手裏剣を何発か食らわし全滅させた。

ほとんど間を置かず、

「今度は花のモンスターか。何の花か知らないけど」

「動いとるから間違いなくモンスターじゃろね」

「これはきっとオオキツネノカミソリだね」

 高さ四〇センチくらい。多数集まって絨毯のようになっていたオレンジの花を咲かすオオキツネノカミソリ型モンスターが武和達の足元に絡みついてくる。

「乃々晴ちゃんよく知ってたね。くっそ、粘着力高過ぎだ。異様に疲れて来たし、体力吸い取られてるみたいだな」

 武和は竹刀で叩いて引き離そうとする。

「弱点は火じゃろうけど、それ使ったらワタシ達までダメージ食らいそうじゃ。こうなったら」

 柑菜は黒インクをオオキツネノカミソリ型モンスターにぶっかける。

「おう、効いてるみたいじゃ」

 するとしおらせることが出来たのだ。

「これもきっと効くね」

 乃々晴が生クリームをぶっかけると、さらに弱らせることが出来た。

「柑菜ちゃんも乃々晴ちゃんも見事だな。気分悪っ。毒に侵されたみたいだ。やばいなぁ。俺、毒消しの薬草持ってないぞ」

 武和は顔を少々青ざめさせ、息苦しそうに呟く。

「ワタシも持ってへんよ」

 柑菜は深刻そうな面持ちで呟く。

「回復役の文乃ちゃんと、夢子ちゃんがさらわれたのはかなりの痛手だな」

 武和はさらに状態が悪化したようで、その場に座り込んでしまった。

「大丈夫だよ武和お兄ちゃん、あたし、滑床渓谷のお水汲んどいたから。山だから毒持ってる敵も多いと思って」

 乃々晴は水筒に詰められたそれをリュックから取り出し、武和の眼前にかざした。

「乃々晴ちゃん、準備良いな」

武和はありがたく受け取って中の液体を足にぶっかけると、瞬時に毒状態から完治。同時に体力も全快する。

この三人がまた走り出してからすぐに、

「うをあっ! 今度は何だ?」

「ひゃっ、地面が盛り上がっとるよ、きゃんっ」

「きゃあああっ! いったぁ~い」

 下から突き上げられる形で弾き飛ばされ、けっこうダメージを受けてしまう。

なんと地面から新たに見る敵が現れたのだ。

長さ二メートルちょっと。白っぽく太く土塗れで葉っぱも付いていた。

「きっと久万高原町特産品の大野ヶ原大根のモンスターだな。こんな登場の仕方までする敵もいるとは」

 武和のマッチ火、

「大根ちゃん、芝生破壊したらあかんよ」

柑菜の手裏剣、

「美味しそうだけど、あたし達急いでるのっ!」

乃々晴の怒りのヨーヨー攻撃三連発で攻撃の隙を与えず消滅させた。

 壊された芝生も瞬時に元に戻る。

 それからすぐに、四国カルストオオルリが五体襲い掛かって来たものの、

「おう、あっさり倒せたぞ」

「二発で消えるとは思わんかったわ」

「すごく弱く感じるね。あたし達またレベルが上がったんだね」

 武和の竹刀、柑菜のカッター、乃々晴のヨーヨー攻撃でダメージを食らわされずあっさり倒すことが出来た。

 再び走り出した武和達、ほどなくまた行く手を阻まれてしまう。

 体長二メートル以上はある、ツキノワグマ型モンスター三頭だ。

「熊のモンスターまで愛媛編で出るのかよ。確かに石鎚山周辺は生息域だけどほぼ絶滅状態なはずだし。超レアモンスターなんだろうな。うわっ、危ねっ! ぐはっ、いってぇっ!」

 鋭い爪を繰り出された。武和はかわし切れず、頬がスバァァァッと切れてしまう。

「接近すると危ないよね」

「熊、ワタシ達急いどるんじゃ」

 乃々晴と柑菜は手裏剣で攻撃を加える。

 一撃では倒せなかった。

「一頭は何とか倒せたけど、強過ぎだ」

 武和はマッチ火と竹刀で頬を切り付けた一体に対抗し勝利を収めるも、足や腕にもけっこうダメージを食らってしまった。すぐに唐饅頭などを食して体力を全快させる。

「よいよ強いよ。きっと愛媛編で最強雑魚じゃろうね」

 柑菜は残った二頭に黒インクを投げつけ、目つぶし攻撃を食らわす。

 クゥゥゥオ!

 クァァァッ!

「柑菜お姉ちゃん、けっこう効いてるみたいだよ」

「おう、上手くいったか!」

すばやく乃々晴と柑菜は手裏剣、

「柑菜ちゃん、ナイスだ。熊怯んでるぞ」

武和はマッチ火攻撃を、休まず何発か食らわし全滅させた。

「強敵じゃったけど戦いがいがあったね。蝶庵もなかと、よし乃餅と、星加のゆべしまで落してくれるなんてちょうどよかったよ」

「太っ腹な熊ちゃんだったね」

「お隣西条市の土産物だな。移動しながら体力全快させとくか」

 その後は敵モンスターに遭遇することなく、レジャー客が多くいた宿泊施設前に辿り着くことが出来た。

 その場所で武和が代表してスマホでタクシーを呼ぶ。

        ☆

武和達がタクシーに乗り込んでから二時間半ほどが経った頃、 

「痛いぞなもし」

「締め付け弱めて、っていうか、離して下さい」

「私、おしっこしたくなっちゃった」

 光穂と夢子と文乃は、新居浜市内の古民家内の和室隅でかずらで全身を拘束されていた。

「縛られた女子(おなご)を眺めながら飲むリアル久万茶はじつに美味いのう」

「そうですね、佐田岬灯台納言」 

 高さ二メートル近くの佐田岬灯台納言と、一反木綿は彼女達のすぐ側で茶を啜っていた。

「きゃっ! パンツ捲って来たよ」

「いやらしいぞなもし」

「なんともエッチなかずらさんですね」

 縛られた三人は必死で振り解こうとするも、なすすべなし。

「こいつは徳島編祖谷のかずら衛門やけんね。滑床ヒメシャラよりも五倍は強いんよ。ホホホ、いい肉がとれそうじゃ」

 佐田岬灯台納言はにやりと微笑む。リアル佐田岬灯台とは違い、壁面に目と口が付いていて表情を自在に作ることが出来るのだ。

「いもたきといっしょに煮込むとより美味しくなりそうですね」

 一反木綿も微笑む。

「私達、食べられちゃうの? 私、脂肪と贅肉だらけだからすごく不味いよ」

「わたしも同じく不味いです。ムダ毛も多いですよ。汗臭いですよ。食べないで下さい」

 文乃と光穂の顔が青ざめる。

「文乃様、光穂様。冗談で言っているのだと思うぞなもし」

 夢子は笑っていたが、やはり恐怖心を感じていた。

「さてと、そろそろ調理を始めよーわい」

「佐田岬灯台納言、出刃包丁持って来ましたぜ。まずは一番美味そうな太ももから裂いていきましょうや」

 一反木綿は自身に巻き付けて運んで来た。

「いやぁぁぁ~、やめてぇぇぇーっ!」

 文乃は恐怖心で目から涙からこぼれ出た。

「本当に、やる気なのですか?」

 光穂の表情も引き攣る。

 そんな時、

「みんなーっ、助けに来たよ」

「お待たせ。ボスバトル、張り切るよ。おう、佐田岬灯台納言、リアルのにそっくりじゃ。大きさは十分の一くらいじゃけど」

「みんな無事か?」

 武和達、到着。

「武和くん、乃々晴、柑菜。来てくれてよかったぁぁぁ~」

「武和さん、乃々晴さん、柑菜さん、わたし達が犠牲になるまでに間に合うと信じていましたよ」

 文乃と光穂は嬉し涙をぽろりと流す。

「武和様、乃々晴様、柑菜様。健闘を祈るぞなもし」

 夢子はホッとした笑顔で伝えた。

「ホホホ、よく来たわね」

「おまえらに勝てるかな?」

「佐田岬灯台、やけにかわいらしい声してるけどこのゲームじゃ女の子設定なのかよ。とにかく、みんなを早く解放してやれ」

 武和は険しい表情で訴える。

「わらわらに勝てたら解放してやろう。わらわが出る幕もないと思うんじゃけどね」

 佐田岬灯台納言が微笑み顔でそう言うや、後ろの襖がガラリと開かれた。

「おまえら、おれっちが片付けてやるぜ」

 そして別の敵モンスターが登場する。

「おう、あなたは昨日の男の娘! 今日は服装もかわいいよ♪」

 柑菜は満面の笑みを浮かべた。

「根暗っぽい姉ちゃん、昨日はよくもやってくれたな。今日のおれっちは本気モードだぜ。仕返しだぁーっ!」 

 花柄チュニックに水玉ミニスカートを穿いた男の娘姿の刑部狸はそう言うや、柑菜に飛びかかり、両おっぱいを服越しに鷲掴みしてくる。

「こっ、こら。おっぱい揉まんといて。力抜けちゃうけん」

 予想以上のすばやい動きだったため、柑菜はちょっぴり動揺してしまった。

「それそれそれーっ」

「あぁっん、もうやめて欲しいよぅ」

 優しく揉まれるごとに、柑菜のお顔はだんだん赤みを増していく。

「おいっ、やめろっ!」

 武和は刑部狸の後ろ首襟を掴んで引き離そうとした。

「動き遅過ぎ♪」

 しかし余裕でかわされた。

「きゃんっ!」

 弾みで武和の右手が柑菜の胸に服越しだがしっかり触れてしまう。

「ごっ、ごめん柑菜ちゃん」

 武和は反射的に右手を引っ込めた。

「いや、べつにええよ」

 柑菜は照れ笑いする。

「みんな頑張れーっ!」

「うち、期待してるぞなもし」

「武和さん達なら絶対勝てると信じてますよ」

 文乃と夢子と光穂はきつく縛られ苦しそうにしつつも、温かいエールを送ってくれた。

「お姉ちゃんみたいなお兄ちゃん、くらえっ! フラーッシュッ!」

 乃々晴はポケットからデジカメを取り出し、刑部狸の写真を撮った。

「ぎゃっ、目がくらんだ。卑怯だぞおまえ」

 怯む刑部狸。

「卑怯じゃないもん」

 乃々晴は続いて水鉄砲を取出し、刑部狸の顔面目掛けて連射。

「うひゃぁぁぁっ!」

 けっこう効いたようだ。

「刑部狸、動き鈍ったな」

 武和はすかさず竹刀で刑部狸の腹をぶっ叩く。

「いってぇぇぇ。こうなったら……」

 刑部狸は本来の姿に戻るや、口から糸を吐き出した。

「ん? うわっ!」

 武和は体中を巻きつけられてしまった。

「どうよ、狸の糸車♪ これは魔法じゃなくて神通力だぜ」

 刑部狸は得意げに笑う。

「身動きとれねえ。うわっ」

 武和、体を揺さぶってみたらバランスを崩して地面に転がってしまった。

「武和お兄さん、ワタシがほどくよ」

「あたしも手伝うぅ」

 柑菜と乃々晴は武和の側へ駆け寄っていくが、

「おまえら油断し過ぎ。それぇっ!」

「うわっ、引っかかっちゃった!」

「しまった。油断したよ」

 刑部狸に武和と同じようにされてしまった。二人とももう一歩動こうとしたらバランスを崩し、地面に転がってしまう。

「ホホホ、良い気味ね」

「これで攻撃し放題だな」 

 佐田岬灯台納言と一反木綿はにやりと笑う。

「おれっち、柑菜っていう腐女子っぽい子、ボコボコに痛めつけたい。おれっちに猥褻なことした仕返ししてやるぅっ!」

 刑部狸は男の娘姿に戻り、にやにや笑いながら柑菜の方へ近づいていく。

「くっそ、糸さえほどければ」

「ワタシ達、大ピンチになっちゃったよ」 

「ほどけないよぅーっ」

 武和、柑菜、乃々晴。自分で糸をほどこうとするがほどけず。

「武和くぅん、乃々晴ぁ、柑菜ぁ。助けてあげられなくてごめんねー」

「うち、何も出来ないのが甚だ悔しいぞなもし」

「わたしも同じく」

 文乃と夢子と光穂は心配そうに見守る。

「姉ちゃんのお尻の穴無理やり広げて自然薯プスッて突っ込んでやろうか。ちょうど持ってることだし。それからなわとびの鞭で十発くらい叩こうかな?」

 刑部狸はにやにやしながら柑菜の側でしゃがみ込む。

「あーん、屈辱じゃぁ」

 柑菜は頬を火照らせ照れ笑いする。

「そう言いながらやけに嬉しそうにしてるじゃないか。ひょっとして姉ちゃん、マゾ?」

「いやぁ、嬉しくはないんよ」

「ほんまかよ? 柑菜って子、おれっちは心優しいからお尻に突っ込む前に痛くないように内子の和蝋燭の蝋を塗ってあげるからね。そうしないと入らないだろうし。ついでに姉ちゃんのアンダーヘアーも観察してあげる。石鎚山の原生林かな? それともふたみシーサイド公園の砂浜か? 楽しみ♪ さてと、まず手始めに姉ちゃんのパンツの柄を拝見……あっ、しまった。こんなに縛り付けたらスカート捲れないじゃないか」

 刑部狸はそのことにたった今気付いたようだ。

「刑部狸ちゃんったら、ドジッ娘じゃね」

 柑菜はくすっと笑った。

「こうなったら、スカートの周りだけ糸外してやるぅっ!」

 刑部狸はむきになってスカートポケットから鎌を取り出した。

「きさまの生尻とくと拝見してから、次はそっちのお兄さんの生尻を」

「おーい、俺の尻見たって何も得しないぞ」

 武和は呆れた表情で主張した。

「ワタシも武和お兄さんの生尻見たい! 化け狸の隠神刑部ちゃん、ワタシにも見せてね」

「いいぜ。まずおれっちが拝見してからね」

「よっしゃぁ!」

「二人とも、何打ち合わせしてんだよ」

 武和はいらっとした表情を浮かべていた。

「あたしは武和お兄ちゃんのお尻、昨日見たばっかりだよ。いっしょにお風呂入ったもん」

 乃々晴はにこにこ顔で伝える。

「乃々晴ちゃん、そんなこと伝えなくていいから」

 武和は穴があったら入りたい気分だった。

「羨ましい! どんな感じだった?」

 刑部狸は興奮気味に質問する。

「パパのお尻よりは小さかった」

 乃々晴はにこにこ顔のまま答えた。

「そっか。まだ成長途中だもんな」

「ワタシが最後に武和お兄さんの生尻見たのは、もう五年以上は前になるかな?」

 柑菜はにやついた表情で呟く。

「おまえら、いい加減にしてくれ」

 武和、ますます居た堪れない気分に陥る。

「姉ちゃんも見たことあるのかよ。ますます許せなくなったぜ。こちらの乃々晴っていう女の子はかわいいから、足の裏こちょこちょ攻撃で許してあげるよ」

 刑部狸はそう伝えてパチッとウィンクした。

「ええーっ、それは嫌だなぁ」

 乃々晴は苦笑い。

「柑菜ってやつ、大人しくしてろっ! 動くと肌までブシュッて切れちゃうよ。この鎌はほうとう切れ味良いからね」

 刑部狸は柑菜のスカートに接している糸の結び目部分をスパッ、スパッ、スパッと三箇所切る。

「これでスカートずらせる」

 刑部狸がにやついた表情でそう呟くや、

「スカートずらせるだけじゃないよ、隠神刑部ちゃん」

 柑菜はガバッと立ち上がった。

「あれ? 今ので全部ほどけちゃった?」

 目を大きく見開き口をあんぐり開けて唖然とする刑部狸。

「そうみたいよ。化け狸ちゃん、やっぱドジッ娘ね」

 柑菜はにっこり微笑む。

「柑菜お姉ちゃん、自由になれたね」

「隠神刑部、自滅したな」

 武和と乃々晴は安堵の表情を浮かべた。

「こうなったら、実力で」

 刑部狸はまた本来の姿に戻り、柑菜に果敢に立ち向かっていく。手をグーにして柑菜のお腹にパンチを食らわそうとしたが、

「ワタシ、昨晩よりはレベル上がってるけんそう上手くはいかんよ」

 柑菜は余裕で刑部狸の体にガバッと抱きついた。

「あれ? なんでそんなに動きいいの?」

「さっきのは演技じゃ。よっと」

「わーん、おーろーしーてー」

 そして両手で抱き上げたのち片手で肩に担ぎ上げ、そのまま乃々晴のもとへ。

「乃々晴、じっとしててね」

「うん」

もう片方の手で地面に落ちた鎌を拾い、乃々晴の体に接している糸の結び目を何箇所か切る。これで乃々晴の体は自由になった。

柑菜は同じ要領で武和の体に絡み付いている糸も、

「この格好のままの武和お兄さんもなんか萌えるけん、そのままに」

「こらこら柑菜ちゃん。早く切れって」

「柑菜、武和くんで遊んじゃダメだよ」

「柑菜お姉ちゃん、いじわるしないで早く切ってあげて」

「冗談、冗談。ごめんね武和お兄さん」

 一回躊躇ったがすぐに切って、自由にしてあげた。

「柑菜ちゃん、ありがとな」

「どういたしまして」

「さてと、こいつをなんとかしないとな」

 武和は竹刀を持って、刑部狸の側へにじり寄る。

「やめてつかーさい。おれっち、反省します」

 うるうるした瞳で言われるが、

「許さない」

 武和は容赦なくぽっこりふくれた腹を竹刀でぶっ叩き、消滅させた。

「やったね武和くん」

 文乃は嬉しそうに微笑んだ。

「やりよるのう」

 佐田岬灯台納言はちょっぴり感心しているようだ。

 刑部狸が消えた後には、柄の違う水玉ショーツが二枚残されていた。

「文乃お姉ちゃん、これ、昨日盗まれたやつでしょ?」

「うん、それだよ。戻って来て良かった♪」

「よかったね文乃お姉さん。なんか、よだれでべっとりしとるよ」

 柑菜は手で掴もうとしたが、思わず引っ込めた。

「じゃあ、もういらなーい。捨てといて」

 文乃は嬉しそうな笑顔から悲しげな表情へと変わった。

「変態狸だな」

 武和は呆れ笑いする。

「あいつはゲームの中でも人間の女によくエロいイタズラしてるぞよ。妖怪のくせに妖怪の女には全く興味ないそうだ。さて、おまえら、次はおいらと勝負だっ!」

 一反木綿は武和達に立ち向かって来た。

「一反木綿なんて所詮布じゃろ?」

「うわっ、しまった」

 柑菜はカッターで一反木綿をズバッと切り付けた。一反木綿の体に切れ目が入る。

「水が弱点なんだよね?」

 乃々晴は水鉄砲を命中させた。

「ぬぉぉぉっ」

 一反木綿、ぐっちょり濡れて弱る。

「俺が戦うまでもなく勝てそうだな」

 そんな無様な姿を見て武和はにこっと笑った。

「こいつ、思ったより弱いよ」

「柑菜お姉ちゃん、いっしょにとどめ刺そう」

 柑菜は黒インク、乃々晴はヨーヨーを一反木綿に向けた。

「こうなったら」

 一反木綿は目をきらっと輝かせる。

 するとなんと、

「えっ! 嘘?」

「ありゃ?」

 深刻な事態へ。

乃々晴と柑菜はあっという間に石化されてしまったのだ。

「あっ、乃々晴っ! 柑菜ぁ!」

「乃々晴さん、柑菜さん!」

 文乃と光穂、予想外の光景に思わず叫んだ。

「魔法は、使えないはずじゃ」

 唖然とする武和に、

「これは妖力やけんね」

 佐田岬灯台納言は得意げに言う。

「柑菜と乃々晴が、石になっちゃったぁぁぁ~」

 文乃は嘆きの声を漏らし、悲し涙をこぼす。

「心配しないで文乃様。石化を解く粉を使えば、つまり一反木綿を倒せば、手に入って元に戻せるぞなもし」

「本当?」

「はい。一反木綿、愛媛編の敵では使って来ん妖力使うなんてますます卑怯ぞなもし」

「卑怯なのはおまえらの方もだろう」

 一反木綿はフフフッと笑って得意げに反論する。

「なんだ。急に体に異様な疲労感が」

 武和はハァハァ息を切らす。

「おいらの妖力できみの体力吸い取っちゃった♪」

一反木綿は完全復活してしまった。

「そんな技まで使えるのかよ」

 武和は四国カルスト高原さんぽを食して、体力を八割方回復させた。

「おいらじゃ男には石化攻撃は効かんっていう謎設定は納得いかんがのう」

 一反木綿は少しやさぐれた表情で言う。

「ほほほ、わらわとこいつ、坊っちゃん一人で倒すしかないんよ。まあ無理じゃろうけど」

 佐田岬灯台納言は勝ち誇ったようににこにこ微笑む。

「本気で行くぞっ!」

 武和は怒りに満ちた表情を浮かべ、竹刀を佐田岬灯台納言の脇腹めがけてすばやく思いっ切り振りかざす。

「あんっ、いっ、痛いぞなもし」

 見事直撃し、佐田岬灯台納言は甘い声を漏らした。

「武和様、ええ振りじゃね。乗り気なようで嬉しいぞなもし」

「みんなを救うために、本気になってくれてるね」

「武和さん、主人公らしい活躍振りですね」

 夢子と文乃と光穂は賞賛する。

「大丈夫か?」

 武和はにっこり笑い、心配してあげた。

「敵に情けをかけるなんて、勇者らしくないわね。これでもくらいなさい坊っちゃん」

佐田岬灯台納言は上部分をピカッと光らせる。

「ぐわっ! とてつもない眩しさだっ! ぎやまんガラス工芸くんの比じゃないぞ」

 武和は目がくらんでしまった。

「ここからは相撲勝負よ。はっけよぉい。のこった!」

 佐田岬灯台納言はその隙に武和に寄りかかって体勢を崩させ、馬乗りになった。

「しまった。うっ、動けねえ。重いっ。なんてパワーだ」

「どんどん重くなってくるわよ♪」

「ぐあああああぁぁぁっ!」

 武和は必死に振り解こうとするが、どうにもならず。

「ただいまの決まり手は、寄り倒しだな」

 一反木綿はにこにこ顔で呟いた。

「武和くぅーん、頑張ってー」

「武和様、早くやっつけちゃってつかーさい。長引くとまずいぞなもし」

 文乃と夢子からそう言われるも、

「そうは言ってもなぁ……」

 武和は何も活路を見い出せなかった。

「それっ、縦四方固よ♪」

 佐田岬灯台納言は柔道の技を用いてさらに強く圧し掛かってくる。

「いってててぇーっ!」

 苦しがる武和。

「そろそろ参ったって言った方がいいんじゃないかしら? 坊っちゃんの体、一反木綿みたいにぺっちゃんこになっちゃうわよ♪」

 佐田岬灯台納言は嘲笑う。

「まだ降参はしない。振り解いてやるっ!」

「武和様ぁ、もう降参しちゃってつかーさい。体力が0になっちゃうぞなもし」

「武和さん、もう無理はしないで。これはゲームなんだから」

「そういうわけにはいかない。俺は、主人公、だから」

 武和は非常に苦しそうな表情で伝える。佐田岬灯台納言を自分の体からなんとか引き離そうと懸命に力を込め続けてみるも、佐田岬灯台納言はびくともせず。

「わらわはまだまだ重くなれるんよ」

 佐田岬灯台納言はにっこり笑って余裕の表情だ。

「関係ない。俺は、全力を、尽くす、だけだ」

「ほほほ、起き上がれるものなら起き上がってみぃ」

「ぐぁっ、ダメだ。こいつ強過ぎる。くっそ。もう少し、レベルを、上げて、いれば……」

 武和の意識は徐々に薄れゆく。

「武和くぅん、しっかりしてーっ!」

「申し訳ないです武和さん、わたし達は無力でした」

「武和様、今のレベルじゃ百パー勝ち目はないぞなもし。降参して、もっとレベルを上げて再チャレンジしましょう」

 文乃、光穂、夢子の三人は涙をぽろりと流しながら伝えた。

「いや、それは……」

 武和は朦朧とした意識の中で懸命に呟く。

「わらわの勝利ってことでオーケイじゃね?」

 佐田岬灯台納言は満面の笑みで勝利宣言。

「主人公もまだまだレベルが足りんな」

 一反木綿も嘲笑う。

その直後だった。

驚くべきことが起きた。

「あれ? ワタシ、どうなってたんじゃ?」

「あたし、動けるようになってる」

 柑菜と乃々晴が石化から元の状態へ回復したのだ。

「柑菜、乃々晴。よかったぁ!」

「二人とも、戻ってくれてよかったです」

「おう、奇跡が起きたぞなもし。あっ、あれ?」

 さらに文乃、光穂、夢子も絡み付いたかずらが解かれ自由の身になった。

「なっ、何ゆえ?」

「そんな、バカな。なぜじゃ?」

 一反木綿と佐田岬灯台納言もあっと驚く。

「佐田岬灯台納言、軽くなったな」

「きゃんっ! しまった。つい力抜いちゃったわ」

 武和は佐田岬灯台納言を突き飛ばし、すっくと立ち上がった。

「武和様も完全復活じゃね」

「武和くん、よかったぁぁぁっ!」

 文乃は歓喜の叫びを上げ嬉し涙を流した。

「どういうわけか、体力も全快したみたいだ」

 武和は元気溌剌とした声で伝えた。

「なぜなのじゃ?」

 佐田岬灯台納言が呆気に取られた様子で呟いた。

 その直後、

「これこれ一反木綿、佐田岬灯台納言、何しとんどすか?」

 女性の穏やかそうな声がこだました。

「この声は、舞妓さん様?」

「舞妓さん。なっ、なぜ、ここに?」

一反木綿と佐田岬灯台納言はびくーっと反応した。

「ゲームの外に飛び出して、こんな所で油売ってたらあかんどすえ」

 声の主はみんなの目の前についに姿を現す。

「舞妓のお姉ちゃんだぁ!」

「ワタシ生舞妓久し振りに見たよ。ほうとう美人じゃけど、一反木綿ちゃんと佐田岬灯台納言ちゃんのそのびびり方からすると怒ったらほうとう怖いんじゃろね」

「本物の舞妓さん?」

「このお方も、敵モンスターなのでしょうか?」

 三姉妹と光穂は不思議そうにじっと見つめる。

 着物姿、イメージ通り顔や首に白粉が塗られていて、濡れ羽色の髪を花簪で留めた、おふくの髪型。背丈は一五〇センチくらいと小柄で穏やかそうな雰囲気を醸し出していた。

「敵モンスターという設定になっとるえ。あんたら、あての女子力で石化を解除して、かずら衛門も瞬殺しておいたえ。あと武和といわはる軟弱そうな男の体力も全回復させておいたえ」

 舞妓さんはおっとりのんびりした京ことばで得意げに伝える。

「そんな能力が使えるとは、相当強い敵モンスターなのでしょうね」

 光穂は感服したようだ。

「モンスター化した舞妓さんは京都編の量産型の雑魚敵で、体力は1800以上あるぞなもし」

「雑魚で1800越えって! 愛媛の次に進むべきステージが、京都じゃないってことは確かだな」

武和もちょっぴり恐縮してしまう。

「ありゃ? 痺れて動けないわ」

「おいらもだ」

「あてが女子力全開で痺れをかけたからえ。あんたら、今のうちに倒しとき」

 舞妓さんはほんわかした表情で勧めて来た。

「それじゃ、遠慮なく。佐田岬灯台納言、覚悟しろっ!」

「いやんっ、いったぁぁぁいっ! もっと優しくしてぇ~」

「それは不可だ」

「ひゃぁんっ、そこはダメェ~」

 武和は佐田岬灯台納言を竹刀で何度も攻撃しまくる。悶えた表情で色気ある悲鳴を上げるも容赦せず。

「一反木綿、ワタシを石化したお返しよ」

「一反木綿のおじちゃん、覚悟してね」 

 柑菜は黒インク、乃々晴は生クリームと水鉄砲を用いて攻撃する。

「うぎゃっ!」

 真っ黒け、クリーム塗れでふやけてしまった一反木綿に、

「ボスの佐田岬灯台納言さんは、主人公の武和さんが一人で倒した方が良さそうですね。わたしが一反木綿さんにとどめを刺すわ」

 光穂はマッチ火を投げつけた。

「ぐげぇぇぇ。あっ、ちっ、ちぃっ」

 一反木綿、苦しそうに跳ね回る。

「なんか、かわいそうになって来た」

 心優しい文乃は同情してあげた。

「もう、やめてくれ。おいら、ゲームの中に戻るから」

「わらわもじゃ。降参じゃ、降参。わらわを痛めつけるのはやめてつかーさい、お願いじゃ」

 一反木綿と佐田岬灯台納言は怯えた様子で懇願してくる。

「ワタシ、もう満足したけんかまんよ」

「あたしも許してあげるよ」

「わたしも、許しますよ」

「皆様心優し過ぎるぞなもし」

「俺は許したくないけど、これで俺達の勝ちってことでいいな?」

 武和が確認を取ると、

「うむ、わらわらの負けじゃ」

「おいら達の負けでいいよ」

 佐田岬灯台納言と一反木綿はあっさり負けを認めた。

「武和様、最後は主人公らしく締めましたね」

 夢子は満面の笑みを浮かべる。

「武和くん、ありがとう。すごく格好良かったよ」

「武和さん、わたし達を救って下さり、誠にありがとうございました」

 文乃と光穂は武和の手をぎゅっと握り締めた。

「いや、べつに当たり前のことをしただけだから。礼なら柑菜ちゃんと乃々晴ちゃんと舞妓さんの方に言って」

 武和はかなり照れてしまう。マシュマロのようにふわふわ柔らかい感触が、武和の両手のひらにじかに伝わって来たのだ。

「武和お兄さん照れてる照れてる。ともあれワタシ達の勝ち決定じゃね」

「これでリアルな愛媛編クリアだね」

 柑菜と乃々晴は満面の笑みを浮かべる。

「あんたら、一反木綿と佐田岬灯台納言が多大なご迷惑をおかけして本当にすんまへん。二度とリアル世界に飛び出て悪させんよう、しっかり懲らしめときますので。一反木綿、佐田岬灯台納言、みんなに謝りなはれ」

「いっ、て、て、てぇ。ごめん」

「すまんのう」

 舞妓さんはみんなに向かって深々と頭を下げて謝罪。一反木綿と佐田岬灯台納言も無理やり下げさせられていた。

「いえいえ。うち全然気にしてないけん」

 夢子は苦笑いを浮かべる。一反木綿と佐田岬灯台納言のことを少しかわいそうに思ったようだ。

「武和といわはるお方、あてら、ゲーム内に帰るから、今から出すテレビにゲーム機を繋いで例のゲームを起動させてくれへんやろか?」

 舞妓さんはそう頼んで畳にぶぶ漬をばら撒くと、四八インチ液晶テレビが現れた。

「おう、魔法じゃっ!」

「舞妓のお姉ちゃん、すごぉーいっ!」

 柑菜と乃々晴はパチパチ拍手する。

「柑菜という子、これは魔法ではなく女子力なんどすえ」

 舞妓さんはホホホッと笑った。

「あの、俺の部屋のテレビじゃないと、飛び込めないと思いますけど」

「そこはあての女子力で何とかするえ。佐田岬灯台納言をゲーム内に戻せば、残る雑魚敵達も皆二、三日中には現実世界から完全消滅して、ゲーム内に戻るようになっとるえ」

「そうなんですか。じゃあ繋げますね」

 武和は準備が整うと夢子が飛び出て来た続きからのデータを選択。夢子のいない茶店内部の画面が映る。

「ほら一反木綿、佐田岬灯台納言、帰るえ」

「嫌じゃぁぁぁ~」

「痛いよ舞妓さん様、頬引っ張るなって」

 佐田岬灯台納言と一反木綿は舞妓さんに無理やり引き摺られていく。

「あんたら、もっともっとレベルを上げて、ゲーム上でいつかあてに挑んで来なはれ。京都編で待っとるえ」

舞妓さんは微笑み顔でこう言い残し、佐田岬灯台納言と一反木綿を掴んだまま画面に入り込んでいく。

「リアル愛媛もなかなか居心地よかったんよ。リアル佐田岬灯台とも対面出来て嬉しかったわ。ゲームの中に帰りたくないんよぅぅぅ」

 佐田岬灯台納言は名残惜しそうに捨て台詞を吐いた。

 テレビもその約一秒後に消滅した。畳に付いた黒インクなどの汚れもきれいに消える。

「あの舞妓さん、ほうとうかわいかったなあ。敵モンスターはまだおるってことじゃね。帰りも倒しながら進んで行こう! まだ四時前やけん」

「賛成! あたしもまだまだ戦いたぁーいっ!」

「わたしも同じく」

「俺も、もう少し戦い楽しみたい」

「みんなぁ、タクシーここに呼んでなるべく外出歩かないようにして帰ろう」

「ご安心つかーさい文乃様。皆様の今の力なら愛媛編の雑魚敵はどれも楽勝じゃろうけん。あのう、じつは、敵モンスター、うちがわざと飛び出させたんぞなもし。皆様にリアルRPGを体験してもらおうと思って。愛媛編の敵なら、ごく普通のリアル世界の高校生以下の子でも何とか出来るじゃろうと見込んでたんぞなもし。それにうち、リアル愛媛県も旅したかったんよ」

 夢子はえへっと笑って唐突に打ち明けた。

「えっ! 本当なの? 夢子ちゃん」

「そうだったのですかっ!」

「夢子お姉ちゃんが仕掛けたんだね」

「夢子ちゃんもなかなかのエンターテイナーじゃね」

「おいおい、俺のせいじゃなかったわけか」

 他のみんなは当然のように面食らったようだ。

「一昨日の夕方に伝えた時は、じつはまだ敵モンスターは飛び出してなかったんぞなもし。武和様があの部屋からおらんなってた時にうちが敵モンスターにお願いして、ぐっすり眠っておられた真夜中にこっそり飛び出させたんぞなもし」

 夢子はさらにこんな秘密も打ち明け、てへっと笑う。

「電源切ってたのに、出れたのか?」

 武和は驚き顔だ。

「テレビの電源切られてても、ゲーム機が繋がれてあのゲームが中に入ったままじゃったけんね」

「そうか」

「それもまた不思議な仕組みですね」

「夢子お姉ちゃんは、敵モンスターとお友達なの?」

「一部はそうぞなもし」

「夢子ちゃん、また新しい敵、どんどん飛び出させてよ。今度はのちの敵からの援助なくワタシ達だけの力でボス倒したいよ」

「柑菜、私はもう戦いには絶対参加しないよ」

「文乃お姉さんは今回もほとんど戦ってへんかったやん」

「痛い思いしたくなかったんだもん。結果的に何度もしちゃったけど。私、おトイレ行ってくる」

 先ほどから尿意を感じていた文乃は、玄関横のトイレに駆け込んだ。

「……えっ! 和式の、ぼっとん!?」

          ※

結局みんなは帰り、砂金、別子飴、ふぐざく、ヒット焼き型モンスターなど新居浜のご当地敵モンスターとも出遭い、楽しく戦闘しながらそれぞれのおウチを目指して進んでいったのであった。

          ☆

 みんなが帰宅したのはまもなく午後九時を迎えようという頃。

「リアル愛媛土産、ぎょうさん買えてよかったぞなもし。ほな武和様、おやすみー。また出してつかーさい」

「おやすみ夢子ちゃん」

 武和は玄関を抜けると、母に見つからないよう注意して夢子を自室へ連れて行き、あのゲームを起動させて夢子をゲーム内に戻してあげた。

 同じ頃、乗松宅では夕食の団欒中。

「愛媛県内で多発してる怪奇現象、みんなは遭遇しなかった? 夕方の県内ニュースで特集やってたわよ。今日のお昼過ぎからはだいぶ報告が減ってるみたいだけど」

 母のこんな質問に、

「そんなのがあったの?」

「ワタシ全然知らないよ」

「あたしもーっ」

 三姉妹は一応知らないふりをしておいた。

「そっか。母さんも目撃してないけど、坊つちゃんの登場人物がハイカラ通りを歩いてたとか、凶暴な鹿を撃ったら姿が消滅したとか、お遍路さんが壁をすり抜けたとか、佐田岬灯台が二つ向かい合ってたって目撃情報もあったみたいよ」

     ※

 翌日の敬老の日、武和と三姉妹は旅の疲れを癒すため、一日中家でゴロゴロしてしっかり休養を取った。

 光穂はその日、午前中は松山市内のゲーム販売店であのゲームを探し回ったが見つからず、午後から母運転の車で郊外の大型ショッピングセンターまで遠征して、

「やっと見つけたぁっ! 家帰ったらやりまくるよっ!」

「そんなにはしゃぎ回る光穂、久し振りに見たわ」

日も暮れて来た頃に、一本だけ投売りされていたのをやっと見つけて購入したのだった。

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