レトロ輪舞曲

大王 弥生姫

第壱話


「冷たいモノは好き。だって、、ツマラナイもの。」




窓を見ていた頭の中で”カラン”と氷が崩れ落ちる音がした。




僕の興味を引く音の方へと目をやると、和洋折衷な少女がいた。   


髪の毛は今時の娘らしい茶色で、睫毛は長く黒目がちの大きな


肌の色は生きている気すら感じさせないほど白く少々青くも見える。




髪色とは裏腹に、今日めずらしい、着物を着ている。


此処、古民家を改装してある大正時代にタイムスリップしたような"ビー玉”というカフェが僕は好きだ。


彼女と僕は今同じビー玉の店内にいる。


少し上に目をやれば色ガラスが使われた窓が見え、ガラスを通し降り注ぐ青や赤など極彩色の光を浴びるカウンターの端の席にかけている。


僕はいつもこの左端のカウンター席に座る。大正ガラス板独特の揺らめく光とこの店内の薄暗い照明とが合わさると綺麗で心地か良い。とても落ち着くのだ。


彼女はここの席からはやや見えにくい 右奥のテーブル席で"カフェ・ラテ"を飲み、女の連れと話をしている。




僕は彼女の存在を認識するや否や、僕の視線は彼女へ釘付けになり、そこから目を動かすことができなくなっていた。


目だけではない、耳、身体のすべての神経が彼女へと注がれた。


黒地の着物がまた彼女の白さを際立たせている。


真夏の日差しを浴びたかのように僕の首筋はじっとりと濡れていた。



不思議な子だ。



時折聞こえてくる会話の内容の端々からそう思わざるを得ない。




その中でも際立って印象的である、 先ほどの

冷たいモノはつまらないから好き。とは一体。




考える暇を与えてくれないぐらいに彼女の口からは休みなく

なぞなぞが飛び出してくる。



つまらないものが好きとは、可笑しい。変わっている子だ。

僕はまだ最初の疑問でつまずいていた。


「そろそろ時間?」


「あっ・・・・うん。ごめんね、わたしそろそろいくわ。」


彼女はテーブルに両手をつきゆったり腰を上げると下駄の木と床とを擦り合わし、

髪飾りに付いている鈴の音をくりひろげながらその音は段々と遠くなっていく。


戸際で再び残っている友人の方へ振り返り手を軽く振った。



彼女が退店していく一連の流れが頭に入ってくるのに少々時間がかかった。

先述した件で考え込んでいたためだ。


彼女の声で確かにそう聞こえた。カランコロン下駄の音も同様にだ。


だが事実を目の当たりにした今、そのままの体勢で動けなくなった。


いくら言葉を重ねても言葉にならない焦燥が、頭の中でぎりぎりと軋みまわる。


(どうする。)(どうする。)



まだ疑問だらけではないか。


僕は"すべて”を知りたいんだ。答えも彼女のことも。


飲みかけの珈琲が入った翡翠色のカップを無造作に置き、


このまま別れてたまるか。


勢いよく立ち上がった床に僕の影がぼやっと現れ、

閉まった扉に駆けよりすぐさま引いた。




僕の影が消えるが早いか、

外の世界が現れたとき僕の目前に彼女は見当たらなかった。      


まだ茶色い冬芽を持った桜樹木が道を挟んだそこに立っていただけであった。



呆然としばらく樹木と対面していたが、

僕は扉をそっと閉めた。



追いかけてどうするんだ。


突如として「できない」言い訳だけが頭を支配した。


体は動かずじまいだが

頭中は思考だけが秒速で駆け巡る。


このアンバランスな状態の

僕にはどうすることも出来なかった。



意気地がなかった。否、怖かったそう表現するのが正しいかもしれない。


彼女に拒絶されることを想像すると追いかけることができなかった。



土壇場で怖気づいたのだった。




今度こそは。一声かけてみせよう。

僕はもう一度彼女に会ってみなくてはならない。


僕の好奇心はその時再燃を始めた。



そしてやっと

覚悟を決めた。

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