第318話 vsマッスルバードキャノン
戦艦、フィティング最後の攻撃である。
仕掛ける攻撃はフィティングの先端に備え付けられている主砲だ。
スコットのその場限りのノリで『マッスルバードキャノン』と命名されたそれは、弾薬が切れたフィティングに残された最後の武器だった。
「我々に残された最後の手、か」
ゲイル・コラーゲン中佐が立ち上がり、頭を抑えながらグングニールの塔を眺める。
またしても九死に一生を得た身だが、どうやら3度目は無いらしい。
あの塔を主砲で破壊できても、そうでなくとも、キングダムはこちらを逃がさないだろう。
「中佐、逃げても構いませんぞ」
「いいや」
スコットに問われ、首を横に振る。
「元々拾った命だ。それに、今逃げたところで結果は変わらん」
リバーラ王は再びグングニールの塔を使う。
その時、また自分が都合よく生きているとは思えなかった。
自分は運がいい人間だ。
ウィリアムや最初のグングニールからもなんとか生きながらえた。
きっと次はない。
あったとしても、碌な時代ではないだろう。
「だったら精々足掻くとも」
「良い答えですな」
「連中に借りを作りっぱなしなのも癪だろう。我々は反逆者に引っ張られてここまで来ているのだ」
それが悪いこととは言わない。
しかし彼らに助けられ、前に引っ張ってもらった手前、なにもできずに倒れるのはあまりに情けないのではないだろうか。
死力を尽くして戦った彼らに対し、なにかできることはあるのでは。
「艦長、私は軍人だ」
「存じてますよ」
「私は本来なら戦うことで職務を全うしなければならない立場にある。だというのに、この様はなんだろうな」
民間人の少年が立ち上がり、敵対していた筈の新人類王国の精鋭たちが懸命に戦っている。
では、旧人類連合の指揮官としてこの場にいる自分はなんだ。
「偉そうに指揮を出していても、所詮は付け焼き刃だ。今となっては現場に出ている連中の方がいい指示が出せる」
サムタックとの戦いがいい例だった。
あの場で指示を出していたのはカイトとアーガスで、自分はその場その場の判断を出しただけである。
「あまり気にしない方がいい。連中は場数が違う」
「それも言い訳にしかならんよ」
ただ、若干の後ろめたさを払拭するのなら、雑巾代わりにするのも小さな自己満足に限る。
実際に主砲を放つのはチキンハートだ。
通信で状況を確認するのはダックの仕事だ。
機械が故障したら直すのがペン蔵の役目だ。
艦の向きを微調整するのは操舵士であるオウルの使命だ。
号令をかけるのは彼らを取りまとめるスコットに与えられた特権だ。
お飾りの代理にできることなんか、たかが知れている。
「私にできるのは逃げないことだけだよ」
「それだけで十分です」
がっしりとした腕が敬礼する。
「君は軍人ではないだろう」
「しかし、この船の責任者は私です」
ゆえに、スコットは思う。
「この船に自分の意思で乗っている者がいれば、これから放たれる一撃はその全員の意思によるものとなると私は思うのです」
例えば銃の引き金を引くとき。
例えば剣を振るう時。
例えばミサイルの発射スイッチを押した時。
周りに誰かがいたとして、一緒にやろうという者がいれば立派な共犯になるのではないだろうか。
「私は船に残る意思のある者は残るよう命じました。それはコラーゲン中佐とて例外ではありません」
「5分では逃げ切れんよ」
「だったら代わりにいい物をお見せしましょうか」
にかっ、と白い歯をむき出しにしてスコットは笑う。
「新人類国王の悔しがる様ですよ」
「そいつはいい。地獄へのいい土産話ができる」
互いに苦笑し、咳払い。
どちらからでもなく真剣な顔つきに変わると、スコットは周囲のエキスパートたちに向かって叫んだ。
「野郎ども! 時間だ」
ブリッジが静まり返る。
残った4羽のエキスパートたちが一斉に振り返り、艦長の次の言葉を待った。
「恐らくこれが最後の攻撃になる。失敗することは許されん」
当たれば救世主。
その後には串刺し地獄。
外れれば無残な串刺し地獄。
どちらを選んでも最後に地獄が待っているのら、少しでもマシな道を選ぼう。
「ラストミッションだ」
4羽の鳥類たちが一斉に羽ばたき、合意の合図を送る。
満足げに頷き、スコットは各々に指示を飛ばした。
数ある旧人類の中でもこのエキスパートたちと会話できるのはスコットだけである。
では、彼らのやり取りを翻訳してお送りしよう。
「ダック! 逃げ遅れは居ないだろうな」
「生存者からは申請ありません。全員、覚悟を決めてます」
「まあ、あの短い時間じゃしょうがねぇよな」
「そう言うな。男が本物になる瞬間はいつだって突然なんだよ」
ペン蔵が偉そうに踏ん反り返ってグングニールの塔を眺める。
「選ばれし人類だとか、楽園だとか知らんがな。あれは人類抹殺のシンボルさ」
そんなえげつない象徴を破壊した連中がいるとしよう。
逃げることをせずに戦い抜いた者たちは凄くカッコ良くないだろうか。
例え鳥だろうが、マッチョだろうが、中佐だろうが変わりない。
「あんなもん残したらダメだ。あれはみんなを不幸にできる砲台だよ」
「そうだ。ここで俺たちが破壊する必要がある」
スコットは深呼吸し、僅かに息を飲む。
失敗の許されない、一世一代の引き金である。
嫌でも緊張してしまう。
「……マッスルバードキャノン、発射準備」
「了解。主砲発射準備」
チキンハートがボタンのひとつをついばんだ。
フィティングの先端から巨大な銃身が姿を見せる。
槍だらけの外装から出現した立派な砲身を見て、コラーゲン中佐がボソリと漏らした。
「運が向いてるな、艦長。あれだけの槍を受けて我々が生きているどころか、主砲も無事だ」
「まったくですな。今日の我々は運がいい」
弾薬庫が爆発し、多くの仲間が倒れた。
フィティングもサボテンみたいになっていた。
ブリッジには巨大な槍が刺さっており、被害の悲惨さを物語っている。
だというのに、肝心の主砲とブリッジに集った男たちの輝きはどうだ。
「エネルギー、チャージ開始」
チキンハートの前にあるモニターにメーターが表示され、赤色のゲージが充填されていく。
「軌道修正、完了」
キングダムに気付かれないよう、最低限の照準を修正させるオウル。
「敵機、戦闘中。王の機体はいまだに位置を動かさず」
「もうそろそろ気付いてもおかしくない頃だな」
ここからが勝負だ。
フィティングの主砲に集っていくアルマガニウムエネルギーはブレイカーのそれと比べて膨大な量を発する。
熱源を察知され、気付かれる危険が高まるころだ。
胸から発射されるグングニールや槍からのエネルギーランチャーを受ければひとたまりもない。
しかし、幸いなことに王は気付けずにいた。
最初に放ったグングニールによる一撃で、どれだけの数が生き残ったのかを確認したからだ。
レオパルド部隊は地下から自分と同じルートを通ってきた。
ゆえに、外にいた人間でこれ以上の反乱分子がいないと決めつけている。
「5」
つまり、多くの犠牲が隠れ蓑になってくれたのだ。
「4」
もう新人類王国も旧人類連合もない。
「3」
国王と戦う新人類軍がなによりの証拠だ。
「2」
きっと時代は変わる。
リバーラのいう優れた人間の世界などではなく、もっと多くの人間が過ごしやすい世界ができる筈だ。
「1」
その為には、グングニールの塔が邪魔になる。
だから壊してしまおう。
この地に倒れた人間に同意を求めたら、きっと殆どが賛成してくれる。
「マッスルバードキャノン、発射!」
「コケッコッコオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッ!」
怒声にも似た発射命令に従い、チキンハート・サンサーラのクチバシがドクロマークのボタンに叩きつけられた。
銃口に集っていた光が解き放たれる。
光は野太い円柱状のビーム砲となり、グングニールの塔に向かってまっすぐ飛んでいく。
その途中、レオパルド部隊をあしらっていたキングダムが振り返った。
フィティングの存在をようやく認識すると、純白の胸から一筋の光が放たれる。
「敵機、こちらに気付きました!」
「馬鹿め、遅いわ!」
光と光が交差する。
マッスルバードキャノンの光を通過し、キングダムの光が槍となって具現化した。
ブリッジに向かって飛んでくる。
ぐんぐんと。
ぐんぐんと向かってくる。
矛先がブリッジに突き刺さった。
フィティングの脳が串刺しになり、潰れる。
そこにいた男たちは悲鳴をあげることもなく、ただ自分たちの放った光の行方を追い続けていた。
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