第317話 vsできること
大虐殺の時間が刻一刻と近づいてきている。
タイラント率いるレオパルド部隊はそれを阻止すべく全力を持ってキングダムに挑むが、
『きゃ!』
『ああああああああああああああっ!』
1機、また1機とグングニールの生贄とされてしまっているのが現状だった。
20もいた精鋭たちも、あっという間に半分になってしまっている。
『くそ!』
『あははははははっ! タイラント、君は僕を嘗めていたでしょう?』
常に玉座の上にいたからそう思われるのも当然だ。
しかしリバーラ王には密かな自慢がある。
ブレイカーズ・オンラインだけは誰にも負けたことがないのだ。
流石に表立って大会に出ることはないが、それでもオンライン環境での成績は圧巻の負けなしである。
蛍石スバルもかなりの戦績の持ち主だと聞くが、彼よりも立派な戦績を誇っていると自負していた。
『僕はゲームが大好きなんだよ。特に無双系と格ゲーは大好きでねぇ。こうやって多数に囲まれている状態でプレイするのはウェルカムなんだよ!』
『おのれ、戦いはゲームではない!』
『同じだよ。どっちも真剣さ』
『どの口が言うか!?』
『この口だってば』
通信回線を拾えばレオパルド部隊の劣勢は一目瞭然だろう。
新人類王国が誇る精鋭部隊も、王とキングダム、そしてグングニールの前では赤子も同然だった。
王が乗る特注品とはいえ、傷ひとつ与えることができずに全滅に近づいていっているのはタイラントにとって誤算である。
だが、だからと言って諦めるわけにはいかない。
あの狂人の野望を食い止めなければ、虐殺どころではない惨劇が世界中で起こることになる。
なんとしても防がなければ。
『お姉様、このままでは全滅です!』
『ぐっ……』
寝起きに戦うような相手ではない。
部下とエクシィズの痕跡を見て理解している。
せめてグングニールの塔だけでもなんとか破壊できないだろうか。
幸いにも、唯一の番人である王の目は自分たちに釘付けである。
レオパルド部隊以外の誰かが塔を攻撃すれば、きっと倒れる筈だ。
歯を食いしばり、破壊のマントを翻す。
レオパルド部隊以外で稼働できるブレイカーは、いまのところ0だ。
生き残った兵はいるが、先のグングニールの襲撃を受けたブレイカーは動かない。
戦艦とて例外ではなかった。
特に体積が大きい分、戦艦はより多くの槍を受けることになる。
フィティングも同様である。
旧人類連合に所属しながらもウィリアムが自由に行動する為に用意したその船には、多くのエキスパートたちが乗っていた。
今では連合軍側の指揮権を持っているゲイル・コラーゲン中佐も搭乗している。
ウィリアムの動乱をスバルたちが切り抜けられたのも、一重にこの艦のエキスパートによる活躍が大きい。
そんなエキスパートたちは今、ブリッジでぐったりとしていた。
幸いながら死んではいない。
だが、グングニールを受けて通信は届かず、弾薬も炸裂。
内部爆発を起こしてしまった始末である。
激しい振動と墜落の衝撃で多くの乗組員が気絶していたのだ。
「コケ……」
奇跡的にグングニールを避けた姿勢でチキンハートが弱々しく呟いた。
彼の言葉に反応し、生存したエキスパートが返答する。
「ホ、ホウ」
「グァ」
オウル・パニッシャーとダック・ケルベロスだ。
彼らもまた、グングニールによる一撃から身を守ることに成功していた。
目覚め、顔を揺さぶって意識を覚醒させる。
オウルは周囲を見渡し、被害状況を大凡察した。
「ホゥ……」
電灯は暗くなったままで、天井から突き刺さったグングニールの槍がフィティングの受けたダメージを物語っている。
スコットとゲイルは幸いにも衝撃ですっころんでいるだけで命に別条はないのだが、頭を打ったらしくまだ目覚めていない。
「ホウ! ホホーゥ!」
「コケ! コケッコ!」
翼を広げたオウルにチキンハートが食らいついた。
「コケッ! コケコッコー!」
彼の言いたいことも理解できる。
外から聞こえるリバーラ王とタイラントの会話。
そして窓から見えるエクシィズと獄翼の変わり果てた姿を見れば、先に出撃した彼らがどうなってしまったのかは嫌でも想像できてしまう。
「コケッ!」
トサカが揺れた。
赤い頭の熱血ニワトリは口調を荒げ、提案する。
では、彼の提案を翻訳してお送りしよう。
「逃げるんだよ! 幸いにも、連中はまだ気付いてないぜ」
「もちろん賛成だが、どこに逃げるんだ」
先のグングニールによる掃討はとても逃げれるものではない。
また同じものを撃たれれば、今度こそ殺されてしまうかもしれないのだ。
自分たちは運が良かっただけだ。
艦内にいる他のエキスパートだって、どうなっているかわからない。
「それよりか、ここに残ってやり過ごした方が……」
「こっちの方がもっと危険だよ!」
ダックが涙目で訴えた。
現状、レオパルド部隊とキングダムの戦闘しか行われていないとはいえ、流れ槍が次々と飛んできている。
ダックが早く逃げたいと訴えるのも無理のない話だ。
「とにかく、さっさとキャプテンと中佐を起こしてズラかろうぜ。こんなところで死ぬなんてゴメンだ」
「もっともだが、やっぱりソイツは男の台詞じゃないな」
聞き慣れたオッサンボイスが後方から響く。
辛うじて生きていた自動ドアがゆっくりと開いた。
来訪者はぺちぺちと足音を立てながらも偉そうに腕を組み、3羽の前に君臨した。
「ペン蔵さん!」
「ペン蔵!」
「ペンさん!」
フィティングが誇るメカニックの巨匠、ペン蔵である。
「生きていたのか!」
「他の連中はどうなったんですか!?」
「格納庫はほぼ壊滅だ。ここに来る間の廊下でも、フライドチキンにされちまった奴がいたぜ。まったく、冗談じゃねぇや」
ペン蔵は気絶しているスコットの頭を小突き始めた。
ううん、と筋肉達磨が唸る中、ダックは問う。
「で、でもペン蔵さん。どうする気なんですか?」
ウィリアムの動乱の際、積極的に動くよう行動を促したのは他ならぬペン蔵だった。
だが、今回は動かせるブレイカーも無ければフィティングもまともに動かない。
「俺たちができることなんかたかが知れてるぜ。さっさと荷物をまとめて逃げるが勝ちだ!」
「馬鹿野郎!」
強気に発言するチキンハートの頬をペンギンの手羽先が襲った。
強烈なはたきが炸裂する。
空中で何回転かした後、チキンハートは床に激突。
痛そうな音を立ててからぐったりと倒れ込んだ。
「あんなモン放って逃げれるかよ。あのままだと世界がいくつあっても足りないぜ」
「でも、もうフィティングは……」
「そんなもんはな」
うじうじと能書きを垂れるアヒルに鋭いメンチを送ると、ペン蔵はブリッジのモニターの上に登り始めた。
中央まで歩くと、手羽先で思いっきり殴りつける。
消えていた電気が蘇り、艦内に明かりが灯った。
「ええええええええええええええええっ!?」
「そんな馬鹿な!」
いくらなんでも荒治療すぎる。
壊れたテレビじゃないんだからもうちょっと丁寧に扱うべきではないだろうか。
「こんなもん気合でどうとでもなる」
「いやいやいや」
なってたまるか。
現実に起こってしまった超現象を目の当たりにしても尚、オウルとダックは首を横に振っていた。
「だが、これで動いたぞ」
結論付けると、ペン蔵は改めてブリッジに集ったエキスパートたちに視線を投げる。
「俺達の前で世界がピンチになっている。だったら、できることをやらねぇとな」
「でも、もうみんなやられちゃったんだよ!」
ダックが涙目になって訴える。
「アレ見えるだろう!? 獄翼とエクシィズもやられた。鬼だってそうだ!」
「だからどうした」
ペンギンは微動だにしない。
冷たく言い放った後、彼は改めて正面を向く。
「まだ俺たちがいるじゃねぇか」
「そのとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉっり!」
勢いよく筋肉の塊が起き上がった。
揺れる小麦色の巨体。
マッスルポーズを決めた後、キャプテン・スコット・シルバーが復活した。
「ペン蔵、俺も乗るぜ」
「流石だぜキャプテン。俺が認めた男なだけある」
こんな状態でも暑苦しい大男の態度に、ペンギンは深々と頷いた。
「もちろん、みんなに強制させるわけじゃない。逃げたい奴は逃げろ。またあの槍をぶっ放されたら、今度こそ生きている保証はないんだ」
「か、艦内に通達します!」
やっとまともに仕事し始めた艦長の言葉を聞き、ダックが通信を繋げる。
なんとも不思議なことに、フィティング艦内のエネルギーが復活していた。
手羽先の力って凄い。
「これより、マッスルバードキャノンの準備に入る」
むきむきと膨れ上がる筋肉を自己主張させ、スコットは無意味にポーズをとった。
「発射は5分後だ。それ以上は新人類軍が……いや、あそこにいる連中が持たないだろう」
タイラントたちがキングダムを足止めしている今が好機なのだ。
5分でどれだけ脱出できるのかと非難されそうだが、それ以上の時間はかけられない。
「奴が発射する前にこっちから打って出てやる! 一緒に世界を守りたい奴は俺に命を預けろ。いい物を見せてやる!」
「ちっ、しょうがねぇな」
転がっていたチキンハートがわざとらしく舌打ちっぽい仕草をし、自分の指定席へと戻る。
「主砲を発射するなら、俺がやるしかねぇだろうが」
「僕も残ります。5分の間、状況を全部拾い上げて見せます!」
「よし、よくいったぞ野郎ども!」
逃げ腰だったダックとチキンハートの意思表明を聞き、スコットは改めて命令を下す。
「あのでっかい塔をぶっ壊す! みんなの弔い合戦だ!」
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