第311話 vs隷属

 イルマ・クリムゾンはこの日、天地が引っくり返るような衝撃を覚えた。

 助っ人として駆けつけたと思ったら、助けたいと思っていた人間が倒れていたのである。

 しかも、ただ倒れているのではない。

 剣に串刺しにされ、ぴくりとも動いていないのだ。


「ボス!?」


 珍しく慌てた表情でイルマが駆け寄っていく。

 消えたゲイザーの行方なんて、もうどうでもよかった。

 今はただカイトの安否だけが気にかかる。

 まったく動く気配のない身体を揺すり、覚醒を促してみた。

 動かない。

 

「ボス! ボス!」


 精一杯の声で呼びかけてみる。

 動かない。


「ボ……」


 なにかの間違いだろうと思って、何度も試みた。

 しかし、カイトは動かない。

 呼吸が停止しているのだ。

 こうなってしまった人間がどんな状況にあるのか、イルマは知っている。


「ボス……」


 血塗れになった表情。

 そして涙。

 辛かったのだろう。

 苦しかったのだろう。

 戦いに明け暮れていったその姿を、イルマはいつも傍で見てきた。

 彼が知らない間も見守り続けていたのだ。

 もしかしたら、彼の最期は悲惨なものになってしまうのではないかと危惧していた。

 その結果がこれだ。

 不死身とさえ言われたカイトも、心臓を貫かれ、化物の目玉に本来の力を奪われてしまっては倒れるだけである。


「まだです、ボス」


 周囲に誰もいないのを確認してからイルマは剣を引き抜いた。

 胸から血か溢れていく。

 お構いなしにカイトを背負うと、イルマはゆっくりと歩き始めた。


「終わっていませんよ。まだ、なにも終わっていないのです」


 そうだ、まだ終わっていない。

 まだ外ではスバル達が必死になって戦っているのだ。

 自分たちの成功を信じて、懸命に。

 彼らの為にもこの無茶苦茶な作戦を完遂しなければならない。


「ボスは、私ひとりで作戦を完遂できると判断したのですか?」


 答えは返ってこない。


「ボスは、みなさんの願いを裏切る方なのですか?」


 否定の言葉は返ってこない。


「……お辛いですか?」


 肯定の言葉は返ってこない。

 だが、この問いを口にした途端、支えていたカイトの身体がずしり、と重くなった気がした。


「……そうですか」


 俯き、イルマは歩き続ける。

 数分程歩くと、胸ポケットにしまっていた円柱のスイッチを押した。

 ステルスオーラが解除され、待機していたエクシィズが姿を現す。


「あなたの無念は私が晴らします」


 コックピットのハッチが開く。

 小さな体で懸命に運んでいき、後部座席に遺体を座らせた。


「だから、どうか見守っていてください」


 その為には血と涙の汚れを落としてあげる必要がある。

 そのくらいはしてもいいだろう。

 外で戦っている連中にだって、文句を言わせない。

 イルマはハンカチで涙を拭い、顔中に張り付いたゲイザーの血痕を拭い落とすと、最後にカイトを抱きしめた。


「……例え語りかけずとも、私はボスの忠実なる下部です。あなたが与えてくれた任務をこなす為に私は存在しているのです」


 それこそがイルマ・クリムゾンの存在意義。

 カイトは否定するだろうが、そういう未来を生きると決めたのだ。

 押しかけ秘書と呼ばれて迷惑がられていたが、どうか我儘を最後まで貫かせてほしい。

 あなたと私にある絆は、これしかないのだから。


「隷属、ですか」


 一方的な絆の総称を呟き、イルマは自嘲する。

 あまりいいイメージを含む言葉ではない。

 人によっては人権侵害だと訴えることもあるだろう。

 だが、イルマとカイトを繋いでいたものは間違いなく隷属だった。

 イルマから一方的に結んだものではあるが、変わらない。

 彼の手足となり、彼の望みを叶えること。

 イルマ・クリムゾンはその為に力を磨き、生きてきた。

 だから最後もそうだ。

 最後の願いをかなえるために尽力を尽くす。

 これがイルマに課せられた最後の仕事だ。

 失敗するようなことはあってはならない。


「城の転移を行った後、リバーラ王を倒します」


 力強く決意表明を見せると、イルマはもう一度亡骸を抱きしめた。

 殆ど冷えかかっている身体から温もりを求めようと、胸に頬を押し付ける。

 貫かれた傷口から血が飛びかかった。

 顔にかかった赤い液体を舌で舐めとってみる。


「ボスの味がします」


 力を抜き、身体全身がもたれ掛る。


「鉄の味。苦くて、辛い味ですね……」









「この野郎!」


 しつこく纏わりついていた紅孔雀を破壊し、スバルが毒を吐く。

 もう戦闘開始からかなりの時間が過ぎている気がする。

 息は荒いし、クールタイムを含めてSYSTEM Xも3回くらいは使用している筈だ。

 だが、いまだにエクシィズからの連絡はない。


「妹さん、カイトさんからの連絡は!?」

「まだありません!」

「まさかと思うけど、しくじったんじゃないでしょうね!?」

「そんなわけあるか!」


 アキナが苛立ちを込めて吐きだした言葉に対し、スバルは振り返ることなく反応する。


「あの人は負けない!」


 たったひとりでもあんなに強いのだ。

 ゼッペルや鎧にだって勝った。


「あの人が負けるわけないんだ!」


 次の紅孔雀を捕捉し、エネルギーライフルのトリガーを引いた。

 銃口から放たれた弾丸が頭を撃ちぬき、赤い巨人を沈黙させる。


「はぁ……はぁ……」

「……代わるわ。アンタ、そろそろ体力限界でしょ」

「ま、まだだ」


 肩をつき、呼吸を安定させようとするスバル。

 けれども、後部座席から見て少年の限界は明らかだった。

 周囲を敵に囲まれての戦闘。

 アーガスとシデンを失い、カイト側の状況も気になり始めている。

 そのすべてが少年の神経をすり減らしていた。


「いいから、今はアタシに任せなさい」

「いや、SYSTEMはまだ温存しときたい!」

「アンタが死んだらアタシも道連れなのよ。わかってんの!?」

「命預けるって言ったの、お前だろ!」

「今のアンタ、危ないのよ!」


 怒鳴られ、スバルは俯く。

 確かに頭に血が上っていた。

 認めよう。

 アキナのいうとおりだ。

 今の自分は冷静さを欠いている。

 疲労と緊張で呼吸も安定していない。

 こんなに熱が籠ったのは始めてだ。


「……わかった。頼む」

「素直にそうしてなさい」


 観念すると、アキナは即座にSYSTEMを起動させた。

 前と後ろの席でそれぞれ専用のヘルメットの装着し、アキナの意識が取り込まれていく。

 スバルは敵の反応と睨めっこしながらも、ようやく深呼吸を入れた。


「仮面狼さん」

「大丈夫。まだ戦える……」


 ゾディアックの出現以降、敵は秘密兵器らしきブレイカーを出してきていない。

 他の鎧による被害も聞かないし、ゲイザーの襲来の報告も聞いていなかった。

 きっとそれらはカイトの方か、あるいは連絡が取れないシデンの方で受け持っているのだろう。

 多くを望むつもりはない。

 せめて生きて無事に再会することができれば。それ以上は望まない。

 もう仲間が死んでいくのを見るのはまっぴらなのだ。

 祈るようにして顔を手で覆うスバルの元に、新たな反応が灯る。

 スバルよりも先にそれを察知したアウラが報告した。


「空間転移反応、来ます!」

『敵の増援!?』


 遂に来たか。

 身構える獄翼。


『数はわかる!? できれば機種も教えてほしいんだけど』

「……数は、ひとつ。エクシィズです」

「エクシィズだって!?」

「エネルギー反応が大きいです! さっきまでの空間転移とは比較になりません!」


 アウラが興奮気味に報告する。

 彼女の言うことはスバルにも伝わってきた。


「城がここにくるんだ!」


 かつて捕まった新人類王国。

 その居城が、エクシィズによってここに来る。

 カイトとイルマがやってくれたのだ。

 引きずり出した居城を抑えることができれば。

 あるいは既に抑えている状態を敵に見せれば戦況はぐっと優位になる。


「コラーゲン中佐!」

『わかっている! こっちでも反応をキャッチした』


 通信を繋げると、指揮官を務めているゲイル・コラーゲン中佐も笑みを誤魔化しきれない表情で伝える。


『全員、聞こえているか!? エクシィズが帰還する。城を連れてだ! 衝撃に備えろよ!』


 その伝達が生き残った連合軍に伝わった直後、空が割れた。

 虹色に輝くオーロラの穴が開き、ぐんぐんと広がっていく。

 第一陣やゾディアックが出てきた時よりも遥かに巨大な穴が広がった。


「でかっ!」


 穴を見たスバルの第一声がそれである。

 これまで何度も転移の穴を見てきたが、今回の穴はスケールが桁違いだ。

 当然である。

 ブレイカーの通り道と城の大きさでは必要な大きさが違う。

 穴の中から土の塊が飛び出す。

 城を乗せるためだけに切り取られた浮遊大陸が、オーロラの穴から零れ落ちた。

 クリスタル・ディザスターによって壊滅状態となった城も、そのまま落下していく。

 小さな大陸が地上に墜落した。

 連合軍、新人類軍の両陣営共に唖然とした表情で見届けると、各々が一斉に情報を処理しはじめる。


「エクシィズは!?」


 そんな中、スバルは城の状態よりもまっさきに味方の反応を探していた。

 見ただけだとどこにいるのかわからない。

 通信を繋げてみる。

 僅かな雑音が入るが、すぐに繋がった。

 エクシィズは生きている。


「カイトさん、聞こえる!?」


 語りかけてみるが、返事が返ってこない。

 

「カイトさん? イルマ?」


 いるはずのふたりの返事が聞こえなかった。

 通信は正常に働いている。

 向こうが無視を決め込む理由も、特にない筈だ。

 首を捻り、訝しげに回線と睨めっこする。

 せめて向こうがカメラを繋げてくれたら映像で判断できるのだが、どうしたものだろう。


「仮面狼さん、あそこ!」

『いたわ。城と一緒に落ちてる!』

「ええ!?」


 アウラとアキナに誘導され、スバルはカメラの視線を地面に移動させる。

 いた。

 確かにエクシィズだ。

 城と一緒に地面に放り出されて泥だらけになってはいるが、奇跡的に無事である。


「なんで応答がないんだ?」

「もしかして、機体トラブルとかでは」

「だったら迎えに行かないと!」


 特に考えることなく結論付けると、獄翼は飛翔。

 ゆっくりとエクシィズが座している場所へと降り立っていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る