第306話 vs最強の代表シャ

 エクシィズによって倒壊寸前の城で、リバーラは避難することなく外を見下ろしていた。

 周囲は瓦礫が転がり、ビームの熱によって焦げた絨毯が火事を巻き起こしているのだが、それでも王は逃げださない。

 衛兵たちがパニックになっているが、それさえも厭わずに王は門の前で展開されている戦いを見学していた。


「いやいや、やっと始まるねぇ」


 ゲイザーとしては4度目のチャレンジ。

 カイトとしては4度目の遭遇になる。

 互いに因縁がある相手だが、そろそろ決着をつけてもらいたいところだ。

 

「さて、どっちが勝つのかねぇ」


 かつて、新人類王国にはふたりの女がいた。

 それぞれ異なった主張を持ち、互いの夢の為に研究を続けてきたのだ。

 彼女たちが産み落としたのが、そこにいるカイトとゲイザーである。

 エリーゼとノアの主張は常に対立していた。

 彼女たちが目指した最強の人間は、同じ目標である筈なのに大きく異なっている。

 迎え入れてから随分と経った。

 もう20年近くになるだろうか。

 

「やっと決着がつきそうだね。どっちが優れているのか」


 リバーラから見れば、この戦いはエリーゼとノアの代弁でしかない。

 王の中では既に強者の定義はできているのだが、それを確認する為にもこの戦いは絶対に必要だ。

 ノアが見たらゲイザーが自分の代表なのを嫌がることだろうが。


「リバーラ様、そんなところにいては危険です。お下がりください」

「君は、どっちが勝つと思う?」

「え?」


 業務をまっとうしに来た衛兵にリバーラは問う。

 顔を向けもせず、淡々とした問いだった。

 衛兵の戸惑う表情も見ず、王は答えを見つめている。


「は、はあ。状況を見たところ、ゲイザーが有利ではありますが」


 衛兵の目にも戦いの様子はハッキリと分かる。

 カイトは武器である爪を砕かれ、指先に至るまで血塗れになっていた。

 攻撃力では差があり過ぎる。


「ゲイザーはあの姿になって他の鎧を圧倒するようになったと聞きます」


 訓練室で行われた10分だけの戦闘。

 そのクライマックスは王国に震撼を与えた。

 3人の同胞を一瞬にしてノックダウンさせてみせた恐るべき魔獣の誕生。

 今のゲイザーは国で飼うには危険すぎる魔獣である。

 スカルペアやサジータ、パスケィドは決して弱い存在ではない。

 各々、凄まじいパワーを秘めた超戦士だ。

 それをたったひとりで片付けてしまったのである。

 国の人間は新たな切り札の存在を知り、勝利を確信。

 そして恐れの感情を抱いた。


「奴が負けることなど、あり得るはずがありません」

「どうかな」


 国を預かる者として、リバーラは贔屓目無しで現状を見守る。


「剣と爪は確かに触れあった。けど、剣が破壊したのは爪だけ」


 ぶつかったのは爪なのだから当然だと衛兵は思うだろう。

 事実、彼はリバーラの言葉の意味を理解できず、きょとんとした顔を曝け出している。

 そのことを怒る気はない。

 彼はそこまでの人材なだけだ。

 人の上に立つ身としては、教えてあげるのもやぶさかではない。


「わからないかなぁ。爪は指の肉にまで伸びているんだよ」

「は、はあ」


 どうやらまだピンときていないらしい。


「あの剣は触れたらその先にある物も木端微塵にする。人をまるごと消し飛ばすのがいい証拠だろう」

「え、じゃあ!?」


 衛兵はそこでやっと気づく。

 おかしいのだ。

 爪で受け止めたのに、その先の指まで破壊されていない。

 壊れたのは爪だけだ。


「そう、彼はあの剣のパワーを受け流すことに成功したんだ」


 とはいえ、完全に受け流しきれたわけではない。

 理屈は知らないが、剣から漏れるパワーに爪が悲鳴を上げて砕け散ったといったところだろうか。

 いずれにせよ、神鷹カイトは子供の時から学習能力の高い新人類だった。

 今のである程度コツは掴めた筈だろう。


「逆に言えば、彼が止められなかったら誰もゲイザーを止められない」


 ゆえに、リバーラは思う。

 この戦いがきっと彼女たちの求めた最強の人間、その答えなのだと。

 リバーラは優れた人間が好きだ。

 愛しているといってもいい。

 花の美しさに惹かれるように、近くで見たいと思うのは自然なことだ。


「世紀の決戦だ。この戦いを見逃すことはこの国の王として許されない。もっと近くで見物しないとね」

「え、ええ!? リバーラ様!?」


 王は周囲の引き止める声を気にも留めず、歩き出す。

 見届けなければならない。

 誰が最強の人間なのかを。

 それ次第で、自身の定義した新人類王国の根底が覆されるかもしれない。

 もしそうなってしまったら歴史的大事件だ。

 どちらが勝つにしても、自分は見届けなければならない。

 珍しく使命感に突き動かされているのを自覚し、リバーラは内に湧き上がってきた高揚感を楽しみ始めた。






 理想を言ってしまえば、破壊剣に触れることなくゲイザーを倒すのがベストである。

 だが、不可能だった。

 ゲイザー・ランブルはそんなに甘くはない。

 言動は荒いが、運動神経は抜群だ。

 少なくともカイトの中では五指に入る実力者である。

 そんな奴が繰り出す剣をかわして攻撃をしかけられるかと言われたら、無謀でしかない。

 だが、やらなければならなかった。

 当初は沢山あった選択肢は一気に削り取られ、残っている武器は己のみである。

 砕けた右の爪を見やる。

 木端微塵というよりも、へし折られた感じだ。


「…………」


 ゲイザーは再度襲い掛かってこない。

 まるで攻めあぐねているかのように、カイトを警戒していた。

 あれだけ獣同然に唸っていたくせに、妙な所で理性がある。

 だが、戸惑うのは当然かもしれない。


「刃先は頂いた」


 右手を広げて見せる。

 ゲイザーが握る破壊剣の切っ先が削がれ、その破片が掌の中にあった。


「どうやらお前の剣はバケモノパワーで成り立ってるらしいな。そうでないとおかしいとは思っていたが、同じ物があるなら俺でもある程度は戦えるだろう」


 とは言え、受け流す程度。

 しかもすべての力を抑え込めなかった。

 できるのは力の流れを読み取り、その方向を逸らすだけである。

 だが、それだけでも大きな進歩だ。

 サムタックで始めて目の当たりにした状態だと気付けないまま殺されていただろう。

 エレノアがいなければ、この刃先は自分を喰っている。


「貸しはこれでなしだ」


 冷たく吐き捨て、カイトの視線が鋭くなる。


「聞こえてるかはしらん。だが、貴様の顔もいい加減見飽きたな」

「ぐううっ」

「そうだな。その辺に関しては同感だ。流石は俺のクローン、意見も合う」


 傍から見れば会話など成立していないように見えるが、こうして正面で相対するとゲイザーの感情はよく伝わってくる。

 かつてマサキが何も言わない自分の心中を言い当てたことがあったが、今ならなんとなくわかる気がした。

 ゲイザーは変わり果ててしまったが、その意思はまったく変わっていない。

 彼の願いを叶えさせてやるのは些か気が進まないが、そうした方が自分にとってもベストである。

 ゆえに、カイトは提案した。


「終わらせようか」


 今度は助けはこないだろう。

 イルマはああ見えて言われたことに対しては忠実だ。

 コメットか王を仕留めない限り、戻ってくることはないだろう。

 そして欠けたとはいえ破壊剣を握っているゲイザーの応援に駆け付ける王国兵がいるとは考えにくい。

 ましてや、今の彼はただの破壊者だ。


「ぐるるるっ」

「気に食わないのは俺も同じだ」


 アイツには奪われた。

 やられたらやり返さなければならない。

 道徳云々の問題ではないのだ。

 そうしないと気が済まないし、それ以外に気持ちの整理の仕方を知らない。


「エイジはいい奴だった」


 幼馴染の顔を思い出す。

 彼には迷惑ばかりかけてしまった。

 もう頼ることはできない。

 いざという時に彼を頼りにできない事実が、カイトの拳を震わせる。


「エレノアにも、大分助けられた」


 目の前で無残に砕かれた彼女の姿を思い出す。

 運命の赤い糸なんてものは信じない性質だが、繋がった身である。

 ムカつくが。

 非常にムカつくことではあるが、最後に彼女が言った言葉は現実になった。


「なにが少しは寂しくなったら嬉しいだ」


 今、滅茶苦茶寂しいぞ。

 あれだけ人の心の中で騒がしくしておいて、勝手にいなくなって。

 せめて消えるならちゃんと家賃を支払えと言いたい。

 虚しさに狂わされつつも、カイトは靴を脱ぎ捨てる。

 直後、風が吹いた。

 穏やかで温かく、包み込む者を眠りへと誘う優しい風である。

 風に乗ってカイトは走り出す。

 その場に足痕だけつけ残し、カイトの姿が消えた。

 足跡が次々と地面を抉っていく。

 ゲイザーはその痕跡を目で追い、剣を構えては待ち受ける。


「ぐらああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 握り直し、一閃。

 破壊のエネルギーを身に纏い、剣がカイトを捕捉する。


「お前たちに手向けを送ってやる!」


 懐に潜り込んだカイトの右手が光る。

 砕けた指先から緑に輝く剣が伸び、破壊剣と衝突。

 エネルギーがぶつかり合い、周辺に衝撃波が飛び散った。


「覚悟しろ、今日の俺は最高にクールで煮えたぎってるぞ」


 光の剣が押し込まれる。

 両者のぶつかりあう刀身にひびが入り始めた。

 

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