第295話 vs未来予想図

 シデンとのキャッチボール後、カイトは活動時間のほとんどをエクシィズの調査に費やしていた。

 カイトの前にこの機体に搭乗していたスバルもそうだが、エクシィズにはまだ未知の機能があるのだ。

 それが誰もいない後部座席である。

 1週間前、スバルがエクシィズに乗って暴れた際。

 彼の背後には誰も付き添ってはいなかった。

 ところが、エクシィズは急速に機体を修復しにかかったのである。

 自動修復機能がついているわけでもなく、まるでカイトを乗せてSYSTEM Xを稼働させたかのような現象だった。

 その秘密はいまだに解明されていない。


「スバル、そっちはどうだ」

「全然ダメ。説明書も残ってないし、見つかる気配がないよ」


 後部座席で作業を手伝っていたスバルがお手上げのポーズをとって椅子にもたれ掛る。

 1週間もの間この機体を調べ続けたが、まったく成果が出ていないのだ。

 気分も悪くなる。


「せめて設計図でも残ってたらペン蔵さんに相談できたのに」

「そこはウィリアムの手際の良さだな。俺達にこの機体を察知させることなく完成までこぎ着けさせたんだ。証拠になりそうなものは処分するに限るだろう」


 今にして思えば鬼という強力なブレイカーを見せておくことで本当の切り札になりえるエクシィズの隠れ蓑を用意していたのだろう。

 どこまでも狡猾で準備のいい男だ。

 死んだ今ですら、その手際の良さに感服を覚える。


「けど、時間は有限じゃないんでしょ?」

「そのとおりだ」


 スバルが起き上がり、後部座席のサブパネルを見やる。

 カイトは振り返ることもなく淡々とスバルの言葉に反応した。


「むしろ、ここまで新人類軍が仕掛けてこないのが奇跡のようなものだと思っていい」

「戦力がもう底をついてるとかないかな」

「強力なのは、な」


 だが、サムタックに陣取っていた戦力はほんのわずかな数だ。

 本国はまだ無事で、王も鎧も在籍している以上は油断ができない。

 彼らがいる限り、サムタック以上の戦いは約束されたようなものなのだ。


「連中だって馬鹿じゃない。どうすれば勝てるか、きちんと考えてから攻めるさ」

「じゃあ、今は考え中ってこと?」

「あるいは殲滅兵器を開発しているのかもな」


 言われ、スバルは想像する。

 新人類王国から発射される一発のミサイル。

 ワシントン基地に着弾した瞬間、自分たちは爆発の余波で瞬時に消し飛んでしまう。

 鳥肌が立った。

 ただの想像なのだが、そういった未来が絶対にないとは限らない。

 根本的に、技術レベルでは新人類王国の方が高いのだ。

 量産型のブレイカーやバトルロイドなどの活躍を思えば、戦力差は圧倒的である。

 それをひっくり返す為に、ウィリアムはエクシィズと鬼を用意したのだ。

 故に、まったく抵抗できないわけではない。


「……ねえ、カイトさん」

「ん?」


 それでも、不安は募るだけである。

 スバルはこの数日の間、何度も聞こうとして結局聞けなかったことを遂に口にした。


「勝てるかな。俺達」

「……全員無事っていうのは、流石に厳しいだろうな」


 口だけでは何とでも言える。

 ただ、カイトとしてはこの少年を相手に嘘を貫き通す自信が無かった。

 ゲーリマルタアイランドでの戦いから2週間。

 その間、何度心をへし折られたことだろう。


「次の戦いは、王が来る筈だ。そうなったら連中に撤退の文字は無い」


 サムタックやペルゼニアとの決戦も似たようなものだったが、今度ばかりは規模が違う上に兵士たちの覚悟も違う筈だ。

 カイト達にしてもそうだが、新人類王国も相当追いつめられている。

 人間が崖っぷちに立たされた時、どんな行動を取るのかはよく知っている。


「きっと敵が滅びるまで戦いは続くだろう」

「でも、これで最後なんだよね」

「……ああ」


 希望的観測を含めた、歯切りの悪い肯定だった。

 神鷹カイトは恨まれているのを自覚している人間である。

 特にタイラントや彼女の関係者たちは、きっと地の果てまで追いかけてくるだろう。

 それを知っているからこそ、今度の戦いですべてが良い方向に決着がつくとは思えなかった。

 ただ、それでも世界が変わる筈だ。

 この17年、戦いを強制し続けてきたリバーラ王を倒すことができれば、きっと変化はおきる。

 そう信じて、激しくなる戦いを潜り抜けてきたのだ。

 何人もの仲間を失ってきた。

 今更、弱音を吐く選択肢など残されていない。


「だったら、俺はそれを信じて戦うよ」

「……そうか」

「うん。そして生き残ってみせる」


 力強い言葉だ。

 顔を見ずとも、少年の表情が決意に満ちているのが伝わってくる。

 強くなった。

 1年前の田舎町。

 あの地で父親を殺され、巻き込まれただけだった少年が、たった1年でここまで成長した。

 嬉しく思う反面、どこか寂しくもある。

 きっとマサキが望んだのはこんな成長ではなかった。

 けれども、今更スバルだけを後ろに避難させるわけにはいかない。

 その選択肢は随分前に本人から拒否されたし、自分もそれを受け入れた。

 だから、今は彼の腕と運を信じて送り出すしかない。


「カイトさんも、帰ってくるよね」


 背中を押す気持ちで聞いていただけに、不意打ちだった。

 その言葉を耳にした瞬間、カイトは驚いて反射的に振りかえってしまう。


「な、なに?」

「……いや、なんでも」


 心配されている。

 それが珍しくて、意外だった。

 神鷹カイトは仲間たちの間ではもっとも死から遠い存在だった筈だ。

 強靭な再生能力と圧倒的な身体能力で、これまで新人類軍の精鋭たちを何度も退けてきた。

 しかし、気付けば一番脆くて壊れやすい存在になっている。

 自分でも理解していることだ。

 再生能力は衰えているのではない。

 今では完全にストップしている。

 エレノアが言ったように、目の力を使えば使うたびに能力のキレは落ちていき、最終的にはなまくらになってしまった。

 不死身の戦士は、もういない。

 けれども、戦わないわけにはいかなかった。

 自分の背中にはマサキから託された彼がいる。

 彼を支えにしてできた、多くの繋がりがある。


「言っただろ。勝つつもりだ」


 言った言葉に嘘はない。

 危険な突撃だが、死ぬつもりは少しもない。

 

「うん、そうだね」


 死ぬつもりなどない。

 後ろの少年もそう言っている。

 だからこの話題はこれでお終いだ。

 その筈なのに、後からやってくる沈黙が痛烈に心に響いてくる。


「…………」

「…………」


 喋らないといけないような気がする。

 黙々と作業を続けていくふたりだが、どちらも妙な気まずさを感じており、これ以上の話題も見つからない。

 そんなことを考えている内に、カイトは特に考えも無しに頭に浮かんだ話題を切り出してみた。

 

「……もし」

「え?」


 意外だったのだろう。

 作業中のスバルが、声をかけてきたカイトに対し、驚きの表情で応じた。


「もし、みんな無事で帰れたら。その時は、どうしたい?」


 叶う可能性は限りなく低い。

 それでも0の可能性ではないし、彼には望む権利がある。


「叶うなら、戻りたいかな」


 あまりにも当たり前の返答だった。

 生活を奪われた者が、他になにを望むのだろう。

 ましてやスバルは戦いが大好きというわけでもない。

 元通りの生活に戻るのは無理だと頭で理解していても、自然と望む物は限られていく。


「ゲーリマルタアイランドやヒメヅルみたいに、みんなで一緒に暮らしたい。それさえ叶えれば、きっと俺は幸せだと思う」


 ひとつ屋根の下に六道シデンがいて。

 アウラ・シルヴェリアがいて。

 真田アキナもいて。

 アーガス・ダートシルヴィーもいて。

 イルマ・クリムゾンも忘れず。

 神鷹カイトと共に生きる。

 この数年間、あまりにも当たり前すぎてずっと続くと思ってきたことの延長戦だ。

 なんやかんや言って、一番望んだ光景はこれだった。


「声かけるのは終わった後にしようと思うけど、どうかな」

「良いと思う」


 不安げに問いかけるスバルにそう答えると、カイトは笑みを浮かべて正面を見据えた。

 それと同時に思う。

 悪くない未来だ、と。

 きっと騒がしい家になるが、それが続くのも悪くない。

 もしリバーラが倒れ、自分たちにとって生活しやすい未来を掴むことができたら、前向きに考えてみよう。

 未来予想図を膨らませながらカイト達は作業の手を進めていった。








 開戦を告げる警報が鳴り響いたのは、それから4時間後の出来事である。

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