第294話 vs不死シャ

 鎧とは国を守る守護者であり、同時に恐怖の生体兵器である。

 そんな鎧の中のひとり、ゲイザーは自我を持って生まれた男だった。

 鎧とはもともとクローンだ。

 彼らは人間に操られる為に生まれた殺人マシーンであり、最強の人間になる為に不要物を全て撤去した存在なのである。

 故に、ゲイザーは異端であると言えた。

 実際、意思があると判明した時に管理者のノアは喜びの感情を一切表していない。

 ゲイザー・ランブルは望まれない男だった。

 そんな彼に、唯一祝福の声をあげた者がいる。

 リバーラ王だ。

 彼は王の間にゲイザーを招き、盛大な音楽と共にプレゼントを贈呈したのである。

 誕生日ケーキだった。


『はっはっはっ、素晴らしい!』


 びびりながらも音楽を奏でる演奏家たちに囲まれつつ、王は叫ぶ。

 何故だかその声は、複雑に絡み合ったメロディーよりもすんなりと耳に入ってきた。


『おめでとう、今日が君の記念すべき誕生日となる! これは僕からのささやかなプレゼントだ!』

『俺はケーキが食えねぇ』

『甘いのが嫌いかい? それならビターチョコで塗りたくったケーキを用意するけど』

『単純に食わなくてもいいようにできてるだけだ』


 新人類広しといえど、リバーラ王にここまで生意気な口の利き方をしたのはゲイザーが始めてである。

 王の間に緊張が走った。

 ゲイザーはガンを飛ばしており、王を襲いかねないように見える。

 ところが、リバーラはそんな態度に憤慨することは無かった。

 寧ろ気をよくし、笑顔のまま生体兵器の肩を叩く。


『そうかそうか! はははっ、勿体なぁ!』

『なんでそんな嬉しそうなんだテメー』


 その場に集った誰もが聞きたくて、遂には聞けなかった疑問をゲイザーが紡ぐ。


『王は鎧が嫌いだと聞いたが』

『そうだとも。僕は鎧を好かない』


 肩を掴み、真顔になったリバーラが顔を近づける。

 妙な凄みを感じた。

 そのまま殴り飛ばしても良かったのだが、それすら躊躇してしまうような迫力がある。


『けど、君のような意思のある人間は大好きだ』

『イシ?』

『そう、意思だ。考えてもみてくれ。折角優れた才能をもってこの世に生を受けたというのに、ただ操られているだけだなんてアンハッピーにも程があるだろう!』


 ぷんすかと怒りながらも己の主張を訴えるリバーラ。

 彼は感情の赴くまま、己の考えをゲイザーに訴え続ける。


『人間は――――いや、強者は自由であるべきだ。この世界には強いか弱いしかないんだから、強い人間はそれだけ評価されて、称えられて然るべきなの。けど、木偶の坊だと称賛されるのは開発者だけだ』


 事実、ノアは鎧の管理者という立ち位置のお陰で新人類王国に独自のポジションを構えるに至っていた。

 しかもスタッフは人件費削減の名目で彼女だけなのだ。

 自然と注目は鎧よりも先に開発者に行ってしまう。


『確かに、ノアは優れた人間だよ。そこは認めよう』


 けれども、誰もが動かして勝利を収める最強の人間の存在はいただけない。

 世の中には矛盾と言う言葉がある。

 もしも鎧と鎧がぶつかったとして、その中にノアの求める最強の人間像はあったのだろうか。

 彼女の態度を振り返るに、考えていない気がする。


『けれども、戦うのは君たちだ。だから僕は意思を持つ君こそが、彼女の目指す人間に一番近い男だと思うんだよ』

『アイツの目指す人間』


 言われ、ゲイザーは思う。

 最強の人間。

 最強の定義は様々だが、鎧の存在意義を思えばその意味は自然と理解できた。


『俺に、それになれっていうのか』

『不服かい?』

『アイツの言いなりになり続けるのは癪だ』

『それでいい』


 するとリバーラ王はケーキに手を突っ込み、そのまま乱暴に貪り始めた。

 気品もなにもない食べ方だ。

 用意されたフォークを使うこともないまま、ひたすら素手でケーキを千切るとリバーラは歓迎の言葉を送った。


『君は、なりたい自分になりなさい。でも忘れないで。この先は勝負の世界。勝つか負けるかなんだよ』


 勝つか。

 負けるか。

 誰に対してなのかと考えてみると、ゲイザーの脳裏には自然と彼らの姿が浮かんでくる。

 シンジュクで自分をボロボロにしてみせたオリジナルと、ブレイカーに乗った少年。

 勝ちたい。

 湧き上がったのは、そんな願いだけだった。










 至近距離から放たれた光の矢がゲイザーの腹を抉り、そのまま胴体を分裂させた。


「いいっ!?」

「おい、大丈夫か?」


 卒倒しそうになるトルカを支えつつも、ディンゴは心配げな視線をゲイザーの上半身に送る。

 誰がどう見てもこれ以上戦うのは無理だ。

 いかに不死身のゲイザーでも、一度に3人もの鎧を相手にするのは無理な話だったのである。

 一重に彼の認識の甘さが招いた結果だと言えた。


「お、お」


 ゲイザーの上半身が這い蹲り、懸命に下半身へと向かっていく。

 末恐ろしい事に、彼の不死身は本物だった。

 ただ、苦しげな表情を見るにかなりのダメージを負っているようではある。


「だ、大丈夫なんだろうな本当に」


 もしも、ここで本当にゲイザーが殺されてしまったとして、だ。

 命令を下された鎧たちはどうなるのだろうか。

 標的を見失い、ひたすら暴れまわるのか。

 あるいは沈黙するか。

 もしも前者だった場合、王国が内部から崩壊するだけだ。

 サジータの放つ光の矢を受け止めれる人間など、今の王国には居ない。

 ブレイカーであっても同様だろう。


「おい、トルカ。念の為、逃げる準備だけするぞ」

「準備だけでいいんですか!?」

「止めきれなかった俺達にも責任があるだろう!」

「そりゃそうですけど、命と天秤にかけたらこうもなりますって!」


 騒がしくなるギャラリー。

 シラリーに至っては泣きはじめており、パニック状態だった。

 そんな彼らを尻目で見つつ、ゲイザーは這う。


「うるせぇなぁ」


 まだ死んでいないのだ。

 だから負けていない。

 ゲイザー・ランブルは殺すことができないのだ。

 だから、相手が誰だろうと勝利をもぎ取るのは難しい。

 ではゲイザーが勝利を収められるのかと言えば、ちょっと違ってくる。

 それはゲイザー自身がこの訓練でなんとなく理解しはじめていた。


「……なに見下してやがる」


 近くで見下ろすサジータを睨みつつも、現状ではどうしようもない事実にただ苛立つ。

 無謀だったのだ。

 例え不死であり、10分だけといっても3体もの鎧を相手にするのは。

 スカルペアとパスケィドだけならまだなんとかなったかもしれないが、そこにサジータの矢を加えた結果がこれである。

 せめて武器を無くした能力の紹介をさせるべきだったか。

 否。

 上半身だけで這い蹲るゲイザーが、己の思考を叱る。

 実際に武器を持たせて襲わせることを考えると、サジータから武器を取り上げるのはあまりにナンセンスな話だ。

 彼は武器と瞬間移動が売りの鎧である。

 強みを取り上げた戦士と戦って勝ったところで、それは『仮想カイト決戦』において満足のいく結果になるだろうか。


「俺は、あのヤローに勝つ」


 きっと彼はそれまで負けずに来る筈だ。

 彼に勝利するのは自分でなければならない。

 だから彼らが束になって襲い掛かったところで、アイツに勝てるわけがないのだ。

 妙な信頼感が支えになって、ゲイザーに乾いた笑みを浮かばせる。


「かかかか……」


 その笑みが、戦闘続行の合図となった。

 すぐ近くに居るサジータが光の糸を引き、再び巨大な十字架を構えたのだ。

 今度の狙いは腹ではなく、胴体。

 それも頭部に狙いを定めている。

 スカルペアは下半身を注視し、パスケィドはなにが起きても対処できるように羽を構えたままだ。

 絶望的な状況である。

 だが、アイツはそういう状況でも戦って、勝ってきた。

 アイツにできて、どうして自分にできない道理があるだろう。

 そんなものがあるとすれば、その辺の野良犬にでも食わせてしまえばいい。

 ゲイザーが誇示する己の将来像に、そんなものは不要なのだ。


「俺は強い」


 目に映るのは、あくまで己自身の姿のみ。

 前にいるサジータなど全く眼中にない。


「俺は強い」


 サジータの構える巨大な十字の弓。

 その中央から再び光が溢れ出し、先端に刃を生成させていく。


「俺は強い」


 迫る危機に対し、ゲイザーはなんのアクションも起こそうとしない。

 なにかに憑りつかれたかのようにぶつぶつと喋っては、目を充血させていくだけである。


「俺は強い!」


 リバーラ王は言った。

 なりたい自分になりなさい、と。

 当たり前だ。

 もう鎧を縛る物はない。

 言われるまでもなくなってやるとも。


「俺は強いっ!」


 想像しろ。

 今、必要なのはなんだ。

 不死身の身体。

 それはいい。

 もっと必要なのは絶対無敵で、誰が相手でも倒されることのない圧倒的パワーだ。

 自分にはそれがある。

 まだ殻の中に納まっているだけなのだ。

 なぜならば、そうでないとこんな無様な姿を晒しているわけがない。

 だから、今砕いてしまおう。


「オレハツヨイッ!」


 慟哭が訓練室に轟いた。

 ゲイザーの双眸にひびが入る。

 黒と白の色が入れ替わったそれは殻を砕くようにして崩れだすと、中に詰め込まれた黒い砂が一斉にゲイザーの肉体を包み込んでいく。

 黒がゲイザーを拠点とし、膨れ上がった。


「な、なんだ!?」


 異変を察知し、トルカとディンゴが視線を送る。

 言い争いをしてた彼らの前に現れたのは黒い卵だった。

 正確にいえば巨大な繭なのだが、形からして卵にしか見えなかったのでそう名付けておく。


「ディンゴさん、アレってなんですか?」

「俺が知るわけねぇだろうが」


 困惑の表情を隠せないままでいる彼らだが、疑問はすぐに解けていくことになる。

 卵に亀裂が生じたのだ。

 頂点から一気に真下に至るまで走っていった亀裂を見届け、サジータが迷うことなく弓を構え直す。

 矛先がやや上方に構えられた光の矢が、卵目掛けて射出された。

 迸るプラズマの直線。

 卵の殻に命中し、内部へと潜り込もうとする。

 矢が最後まで突き刺さるよりも前に、殻はふっとんでいった。

 爆発と同時に煙が舞い上がり、卵の中から黒い影が飛び出していく。


「クアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 それはまるで炎の魔人だった。

 全身を逆立つ黒で覆いつくし、背中から羽のような突起物が飛び出しているソイツはプラズマをものともしないままサジータの兜を掴み、そのまま床へと叩きつける。


「あ、あれは……なんだ?」

「ゲイザー・ランブルなのか」


 あまりに変わり果てている姿を前にして、トルカとディンゴはただ唖然とするしかない。

 シラリーに至っても現状は不思議そのもののようで、指をくわえながら首を傾げている。


「はっはっは、なりたい自分になれたようだね」


 そんな彼らの背後に、上機嫌な口調で現れた男がいた。

 リバーラ王だ。

 彼は片手にみかんを持ちつつも、興奮を抑えきれない様子でトルカ達の隣に立つ。


「ゲイザー君、今日は君にとって最高の日だ! 記念すべき日、まさにハッピーデイ!」


 両手を広げ、心からの賛辞を送る。

 応じるようにして、ゲイザーと呼ばれた個体はサジータの兜を握り潰した。

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