第284話 vs異常

 外壁を突き破り、カイトがサムタックの内部に転がり込む。

 背中を突き刺され、腹を喰われながらも受身をとり、ゆっくりと起き上がる。


「……脆すぎだろ、幾らなんでも」


 穴の開いた壁を見て、一言。


「なんでこんなアクション映画みたいに簡単に中に入れるんだ」

『君、意外と映画が好きだよね』

「前にスバルの家で見てたんだ」


 壁を破壊して転がっていくのは映画俳優の特権かと思っていたが、案外機会はあるらしい。

 服についた汚れを払うと、カイトは痛みを再確認する。


「……痛っ」

『痛み、まだ取れない?』

「結構来るな」


 傷口を抑え、その手についた赤い液体を広げてみる。

 べっとりとついたそれは、未だに塞がる気配もなく噴出し続けていた。

 強みである再生が働いていない証拠である。


「やっぱり、明らかに再生速度が落ちている」


 ゼッペルとの戦いから気づいたことだが、どうも移植した目玉の力を使うたびに能力の質が落ちているように感じる。

 特にカイトの場合、エレノアと交代することでも目を使う必要があった。

 別に好き好んで彼女と合体してしまったわけではないのだが、有効活用していた結果、とんでもない時限爆弾のスイッチが入ってしまった気がする。


『どうする? 手だけ元に戻した方がいいかな。もうそれは使わない方がいいよ』


 意識の中からエレノアが仰天の提案をしてきた。

 目の力を使わないとはつまり、エレノアが前面に出ることが無くなる事を意味している。

 現状、カイトの身体をメインで活動させている手前、エレノアはあまり表に出ることはない。

 それこそ彼女の糸が必要になった時か、あるいは日常生活でカイトがひとりになりたい時くらいだろうか。


「お前はそれでいいのか」

『君の命には代えられないでしょう。私は好きで寄生しているし――――』


 そこまで言ったところで、エレノアは気づく。

 言葉を中断し、思考に割り込んできたある事実を声に出して叫びだす。


『いやっほおおおおおおおおおおおおおおおおおい! カイト君が私を心配してくれた! デレ期だ! デレ期が来たんだ!』

「五月蠅いぞ」


 なんだデレ期って。

 昔、カノンとアウラにも似たようなことを言われた気がするが、そんなに嬉しい物なのだろうか。


『まあ、兎に角だよ。私はもう長い年月生きてきたわけだし、これは元々君の身体だ。エンジョイできなくなるのは残念だけど、君が使っていく権利があると思う訳だ』

「お前、頭でも打ったか」

『失礼な。こっちは本音で話してるんだよ』

「どちらにせよ、だ」


 デレ期発言から妙にテンションの高いエレノアの提案は、正直魅力的である。

 しかしこの力を封印するには、まだタイミングが早い。

 再生が弱まり、死の可能性が濃厚に出てきた。

 ゼッペルとの戦いでは本当に死ぬ覚悟で挑んだほどだ。

 その戦闘スタイルゆえに、カイトは無茶もすることが多い。

 これ以上戦えば、本当に死ぬかもしれない。


「まだこの目は必要だ」


 勝つ為には力がいる。

 再生能力が失われつつあるのなら余計に。

 『敵』の数もだいぶ減ってきている。


「後の事は全部片付いたら考えたらいい。幸い、これを狙ってるのもひとりだけだ」


 王国の基本スタンスを考えれば、化物の目玉を欲しがっているのはノアだけだ。

 研究資材は彼女が独占しており、助手などの類は居ないと聞いている。

 また、リバーラ王は鎧にそこまで良い感情を抱いていないらしい。

 一応、カイトの中でもリバーラ王は敵のひとりなのだが、少なくとも目玉を狙ってきそうなのはノアしか思い浮かばなかった。


「王国でもこの目はあまり知られていない。もう少し辛抱すればコイツに悩む必要もなくなるわけだ」


 ついでに言えば、ノアの研究資料を押収できればエレノアとの共同生活からもおさらばできるかもしれない。

 個人的なことを言ってしまうと、それが楽しみだった。


『ええっー! 嫌だよそんなの。もっとこの生活をエンジョイしようよ!!』


 思考を読み取ると、寄生ストーカーが抗議してきた。

 こんなのだから嫌なのだ。

 そんなことを考えていると、外からスピーカーによるノイズが響いてくる。


『山田君、無事かね!?』


 アーガス・ダートシルヴィーだ。

 穴の開いた外壁から外を覗き込むと、どういうわけか鬼が顔を覗かせている。


「あれ、なんでお前がそれに」

『美しい私への贈り物だよ』


 単純に動かせそうだから渡された気がしたが、本人がそういうのならきっとそうなのだろう。

 頭を掻きながら面倒くさそうに対応するカイトを見て、アーガスは安堵のため息をつく。


『どうやら生きているようだね。傷は平気かね?』


 先程エレノアとも交わした問答だ。

 身体を共有するエレノアに対し、嘘をつくメリットはない。

 しかしアーガスに対してなら、多少誤魔化しが利く。

 今、再生が止まっているとは悟られたくなかった。

 戦える人間の数も限られている。

 心配事を増やすことは、ない。


「問題ない」


 赤い液体が染みついた腹と背中を悟られまいと、カイトは鉄の表情を見せた。


『問題ないわけないのに』


 エレノアが非難する様に語りかけてくるが、その言葉にも耳を傾けない。

 聞けば、サムタックの爆破工作は順調に進んでいるらしい。

 この戦い事態は有利に進んでいるのだ。

 だからカイトが無理をして出張る必要はないのかもしれない。

 しかし、本来外敵を迎撃する筈の鎧がサムタック内部に現れたと言う報告はまだないのだ。

 エイジとシデンが上手くやっているといえば聞こえはいいが、彼らからの連絡がない以上、楽観視できない。

 再生能力の機能が落ちているが、カイトはまだ戦えないわけではなかった。

 少なくとも、カイトは自分の現状を客観的に見て『いける』と判断している。

 ここで本当のことを喋って、変な心配をかけさせたくは無かった。

 特にスバルにだけは伝えてはならない。

 彼はもう、心の許容量を超える苦しみを背負っている。


「爆破する前に連絡を入れてくれ。俺は中の様子を見てくる」

『私も行こうか?』

「いや、いい。お前はここにいてくれ」


 聞けば天動神やガデュウデンを倒したそうだが、サムタックに搭載されている戦力がそれだけとは限らない。

 あるいは増援が来る可能性もあった。

 外で戦える人間を置いておく必要がある。


「俺は鎧駆除だ」


 アーガスからの返答を待たず、カイトは背を向けて走り出した。

 返事を待たずとも、アーガスならそうしてくれると信頼していたわけではない。

 ただ、これ以上話して怪我を察知されるのが怖かった。


『一度、霧化して再構成しよう』


 エレノアが提案する。

 彼女が心配げに言葉をかけてくるのが新鮮で、少し背筋が凍えた。


「さっき控えろと言ってなかったか?」

『今はまだ使うと言ったのは君だろう。君の身体なんだから、君が判断するといい』

「……わかった」


 左目から黒い霧が噴出する。

 身体を包み込んでいくと、カイトの肉体は霧散。

 直後、霧が再び集まって肉体を再構成していく。

 痛みが消え、傷口が完全に消えているのを確認すると、エレノアが静かに語りかけてきた。


『私としてはさ、君が生きててくれたらいいんだよね』

「気色悪いことを言うな」


 何度か殺されかけた身としては気味が悪い。

 カイトの中ではエレノアもシャオランもアトラスもそこまで大差がないのだ。

 ただ、付き合いの長さで言えばエレノアが勝る。


『君は知らないかもしれないけど、王国で君が死んだって話を聞いた時、私はもう何も手が付けられない状態だったんだよ。あの時の気持ちは、今でも忘れない』


 言われ、カイトは目を植え付けられた時に見た光景を思い出す。

 深く思い出すと思考を読まれてしまうので、明確に出てくる前に会話に混じる事にした。


「どんな気持ちだというんだ」

『悲しかった。身が引き裂かれるみたいで、とっても辛かったね』


 エレノアの表現はアバウトだった。

 それがどれ程の痛みで、苦しみだったのかは想像するしかない。

 見たことはあっても、あくまで苦しんだのはエレノアであってカイトではないのだ。


『くっついて再確認したよ。君は何時か死んでもおかしくないような無茶しかしないんだって、ね』

「余計なお世話だ」


 神鷹カイトはそういうことしかできない人間だった。

 再生能力があるから、それを有効活用して貢献できれば万事解決だと思っている。

 だが、それが失われてしまえば、同じことをした瞬間に消えてしまう。


『だからさ。私が守るよ』

「誰を」

『君をさ』


 カイトの視界にエレノアの顔は映らない。

 聞こえるのはあくまで声であり、その内にどんな想いがあるのかはわからなかった。

 彼女が作る人形が感情豊かで、外見の出来が良かったが為に、中身まで見ようとしなかった結果なのかもしれない。


『こう見えてもね、尽くす女なんだ』

「……ああ、そう」


 どこまで本気なのかよくわからない発言を聞いて、カイトは素気なく答える。

 エレノアは嬉しそうにクスクスと笑みを絶やさなかった。

 なにが面白いのかは、聞く気になれなかった。

 

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