第258話 vs休息

「――――以上が、このワシントン基地で起こった出来事の詳細になります」


 ゲイル・コラーゲン中佐がモニターを通じ、アメリカ各地に散らばる旧人類連合の代表者たちに向けて告げる。

 ワシントン基地に勤務していた兵の三分の一は消滅。

 ゼッペルとエクシィズ、エミリアが大暴れした為に機能も半壊。

 この通信だって辛うじて生き残った戦艦で行われているのだ。


『要するに、ワシントン基地はほぼ壊滅な訳か』

「ええ。その通りです」


 コラーゲン中佐は言い訳もせず、淡々と事実のみを口にする。

 それがどれだけ非科学的で、人間の想像を超えているような出来事だったとしても、だ。

 だが、幸いなことに通信相手もウィリアムのマインドコントロールを受けていた者達である。

 その効力から解き放たれた以上、彼らも同じ違和感を感じるしかないのだ。


『確かに、ここ最近の我々は記憶が欠落している。だが、その間に提出された資料に疑問に思う事も無かった』

『それが全て人間を操る新人類の仕業だとは……信じられん』


 この世界には二種類の人間がいる。

 力を持つ新人類と、そうではない旧人類だ。

 旧人類である連合軍の人間は、新人類の力を嫌という程知っている。

 長く携わっていれば尚更だ。


「残念ですが、これは事実です」


 未だに受け入れがたい人間がいるのも仕方がないだろう。

 いかに新人類とは言え現実離れしすぎている。

 だが、これが目の前に広がっている事実なのだ。

 目を背けていては、これからやってくるであろう脅威と戦うことなどできない。


「ウィリアム・エデンは死亡しました。彼の目的は旧人類の抹殺と、新人類王国の壊滅。どちらも失敗に終わりましたが、だからと言って我々の戦争が終わるわけではないのです」

『そのとおりだ、中佐』


 コラーゲン中佐の意見に同調する声が響く。

 誰もが息を飲み、その人物に視線を向けた。

 大統領だ。

 旧人類連合の実質的なリーダー。

 それこそがカルロス大統領の立ち位置である。

 今の地位に辿り着くまでに様々な困難を乗り越えてきたわけだが、今回の件は一層頭を悩ませるものであると彼は考えていた。


『新人類王国はこの機を逃すまい。私がリバーラ王であれば、すぐさま戦力を送り込んでホワイトハウスを占領するだろう。それだけ力の差が開いている』

『しかし大統領。お言葉ですが、被害が出ているのはワシントン基地だけです。我々が応援に向かえばあるいは』

『どうなるというのだね』


 希望を持とうとする意見に対し、大統領の意見は冷たい。


『長年我々を纏め、新人類王国を食い止めてきた男は消えた。解き放たれたばかりで右も左もわからないような我々が、いかにして彼らに勝利するのだね』

『大統領は戦いを放棄するつもりなのですか!?』

『そうは言っていない。しかし、兵力を保持していてもそれが決定的な勝利につながるわけではないのは諸君も知っているだろう』


 残念なことに、新人類王国に対して使える有効打は殆ど持ち合わせていない。

 ここ最近まともに戦えるようになってきたのは一重にウィリアムの尽力があってこそだ。

 彼がいたからこそ、鬼やエクシィズのような超兵器が完成したのである。


『ゲイル・コラーゲン中佐』

「はっ!」


 名前を呼ばれ、コラーゲンは背筋を伸ばす。


『現場を直接見た君の意見を聞きたい。前も後ろもわからないままの我々が勝利する手段はなんだね?』

「それはやはり――――」








「リバーラを倒すしかない」


 戦艦フィティングのゲストルームでカイトは呟く。

 エミリアの消滅から一夜明けた今、彼らは旧人類連合の管理下で生活していた。

 と言っても、実際はスコットが『助けてもらったのには変わりがねぇ。好きに使いな』と言ってきたので、遠慮なく自由に生活させてもらっているだけである。


「イルマに改めて世論を調査してもらったが、リバーラ王権の支持率が過去最低を記録している」

「……やっぱり、ペルゼニアの一件か」


 故郷の森で鮮血に染まった少女の姿を思いだし、スバルが俯く。


「彼女は鎧であり、王国にとって新しい門出を迎える象徴だった。それが躓いたんだ」

「まあ、それを抜きでもリバーラ王権は大分前から支持率が下がっているわけだけどね」


 その辺はワシントン基地に来る前に聞いたことがある。

 その時の話を合わせ、スバルは己の中で結論を出した。


「じゃあ、リバーラさえ消えれば戦争が終わるのか?」

「いざこざが完全になくなることはないだろうが、大きな一歩になるのは間違いないぜ」


 だが、そう簡単にいく問題ではない。

 エイジはがっしりとした両手を組むと、物思いに耽るようにして天井を見つめる。


「あそこにはまだ鎧が8体居る。名のある兵士の殆どは倒れたが、アイツらがいる限りリバーラはまだ籠城することだってできるんだ」

『最近はその城ですら隠しているわけですがね』


 カノンが補足を加える。


『ミスター・コメットの能力を用い、城ごと亜空間に飛ばしているのが現状です』

「それでサムタックなんて侵略兵器まで出してきたわけか」

「元々、王国兵の脅威はコメットの空間転移術にある」


 想像してみていただきたい。

 武器を持った兵や巨大ロボが、何もない所から突然現れて発砲してくるのだ。

 考えただけで恐ろしい。


「逆に言えば、鎧とコメットさえ押さえれば」


 それさえできれば、リバーラ王は完全に丸裸になる。

 至るまでの道のりが凄まじく険しいが、現状ではこれが一番ベストな回答だとカイト達は考えていた。

 世論に詳しくないスバルでさえも同調している。


「……リバーラさえ倒せば、ペルゼニアみたいなことはもう起こらない」

「少なくとも、変わるだろうな。あの国自体が」


 絶対強者主義。

 王政である新人類王国は、強い人間が物を言う。

 その頂点に君臨する王が敗北すれば、主義そのものがへし折れることになるのだ。

 主義を失えば、人間は変わらざるを得なくなる。

 いい意味でも、悪い意味でも。


「そして、連中は嫌でも俺達を狙ってくる筈だ」


 女王ペルゼニアの仇。

 それのみならず、王国最恐と謳われた鎧を次々と撃破しているのだ。

 客観的に見て、放っておけるような存在ではない。


「旧人類連合はウィリアムが消えてガタガタになっている。ゼッペルも死に、頼みの綱であるエミリアも消えた」

「カイトさん……」


 カイトの表情が僅かに曇ったのを、スバルは見逃さない。

 化物から移植した目玉を用いての肉体再生成。

 そして数々の激戦を潜り抜けた結果、1日して神鷹カイトはかなりのスタミナを消耗している。

 精神的にも肉体的にも限界が見えていた。


「休んだ方がいいよ。これから鎧が来るかもしれないなら、尚更」

「……そうかもな」


 弱々しい言葉だった。

 ここまで疲弊しきった同居人の姿を、スバルは見たことがない。

 風が吹けば、今にもどこかに飛ばされてしまいそうな予感さえした。


「山田君。ここに来てから君は働きづめだ」


 薔薇を口に咥え、それとなく自己主張をしつつもアーガスが言う。

 彼にしては控えめなポーズだった。

 アーガスなりに状況を考え、空気を読んだつもりなのだろう。


「特に、昨日はギルダー君と戦って腕をやられている。美しく休み、ガーリッシュ君に修理を頼んだ方がいいのではないかね」

「どう休めと言うのだ」


 美しい休養はさておき、アーガスの発言は的を得ていた。

 神鷹カイトの再生能力は、目に見えて低下している。

 これまでは放っておいても自動的に修復していた細胞が、まるで嫌がるようにして再生速度を低下させているのだ。


「しっかり回復させたまえ。君がいなければ、我々は敗北に大きく近づくことになる」


 お世辞でないことは理解していた。

 これまで現れた鎧持ちは7体。

 それらに致命傷を与えた経験があるのは、カイトとスバル、エレノアだけである。

 基本的に生身で乗り込んでくる鎧を相手にするということは詰まり、カイトの負担が増えることを意味していた。


「……」


 無言でスバルが立ち上がる。

 振り返り、背を向けるとそのまま入口へと歩を進めた。


「スバル、何処へ行く」

「エクシィズのコックピット」

「何の為に」

「秘密を探るんだ」


 あの機体にはSYSTEM Xが搭載されていた。

 だが、それ以外にもなにか大きな機能がある筈なのだ。

 一度は機能停止にまで追い込まれながらも、後部座席抜きで再生してみせた。

 マインドコントロール下にあった手前、なにがあったのかは覚えていない。


「どう考えてもあの機体にはまだ何か秘密がある。俺が想像できない何かが……」


 ゼッペルが散り、旧人類連合の切り札は大きく削れた。

 少しでも戦力を補充しなければ、彼に会わす顔がない。


「行ってくる!」

「あ、おい!」


 静止の声を聴かず、スバルが部屋を飛び出した。


「いいのか?」

「……ああ」


 カイトが静かに頷く。


「もうアイツに辛い思いをしてほしくないと思ったが、また逆戻りだ」


 どこか自虐的に笑い、カイトはゆっくりと立ち上がる。

 そのままベッドへと向かうと、毛布を掛け始めた。


「アドバイス通り、俺は少し寝る。疲れた」

「お休み、カイちゃん。何かあったらすぐに叩き起こすから安心してよ」

「ああ、頼む」


 どちらにせよ、旧人類連合が立て直すまで時間がかかる。

 今はイルマが奮闘して急ピッチで立て直しを図ってはいるが、それが終わるよりも前にきっと彼らは襲来してくるだろう。


「……今だけは不眠不休で戦えるっていうお前が羨ましいよ」


 忘れられない強敵に向けて呟くと、カイトはその身を沈めた。

 彼が目覚めたのは、それから2日後のことである。

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