第257話 vs役目

 金色の光が羽として具現化し、機械仕掛けの巨人を羽ばたかせる。

 しかし、輝きを放ち続けているのは羽だけではない。


「関節部が光ってやがる」


 その現象は嫌という程知っている。

 自分たちの窮地を何度も救ってきた、SYSTEM Xが発動した現象だ。


「誰だ!? 誰が乗ってる」

『私です』


 スピーカーから紡がれた言葉に、カイトは目を見開く。


「イルマ・クリムゾンか」

「確かに、彼女なら乗せるのは適役だろうけど……」


 約300もの新人類をコピーした彼女なら、確かにSYSTEM Xの後部座席は適役だ。

 新人類の能力をブレイカーに付属させるSYSTEMにおいて、彼女ほど優秀な人材はそうはいない。


「そういえば、アイツはマリリスの能力をコピーしてたんだっけか」


 エイジが思い出したように言う。

 それを聞き、歓喜の笑みを浮かべたのはカノンとアウラだ。

 トラセットで起こった奇跡。

 あれを再現できるのであれば、この勝負は勝ったも同然である。

 だが、その現場に居合わせた筈のカイトの表情は暗い。


「イルマ。どうするつもりだ」

『皆さんの考えている通りの行動を』

「スバルは納得してるんだろうな」


 言うまでもなく、エクシィズを稼働させているのはスバルの筈だ。

 先程こちらの制止を促したのは間違いなく彼の声だった。

 では、スバルがエミリアの消滅を望むのか。

 カイトは考える。

 彼はエミリアを見て『仲間なんだよね』と確認してきた。

 それはつまり、なるだけ戦わないで済むようにと願ってのことなのではないのか。


「あいつがエミリアと何かしらの関わりを持ったのは事実だろう。奴は知り合いを撃てない男だ」


 それが少年のいいところなのは認めるが、同時に悪いところでもあった。

 ペルゼニアとの戦いではそれが災いとなり、旧人類連合の3人のパイロットがこの世界から消え去ってしまったのだ。

 

「中途半端なまま来るとどうなるか、お前も知ってる筈だぞ」

『……その通りだ』


 暗い口調でスバルが口を開く。


『俺は殆ど中途半端だ。この時だって、どうしようもないってわかっていながらも、なんとかなったらいいって思ってる』


 けど、それの何が悪い。

 もし皆がハッピーな結末を迎えることができるならそれが最善ではないのか。

 それを願うことは、そんなにいけないことなのだろうか。


「しかし、声をかけて戻るような物でもない。お前も知ってる筈だ」

『そうだよ! けど、さ』


 スバルは思う。

 何時までも彼に甘えていい物なのだろうか、と。


『何時もみんなに助けられて、守ってもらって、それを当たり前にしたくないんだ。カイトさんにだって、何度恨まれ役をやってもらったかわからない』


 例えばゲーリマルタアイランドでのマリリスの件。

 全員に責任があった出来事なのだが、結果的に最初に手を出したのはカイトだった。

 果たしてスバルが彼の立場なら、どうしただろう。


『二者一択。時にはそういうことも求められる』


 神鷹カイトはその切り替えが早い。

 他のXXXの面々も、同じような環境に身を置いていたからか、妙に切り替えが早い。

 だが、その切り替えの速さに甘えてしまっていいのだろうか。

 そんなことで、彼らと肩を並んで戦っていると言えるのだろうか。


 今回、スバルはウィリアムに捕まってマインドコントロールを受けていたとはいえ、多大な迷惑をかけてしまったと考えている。

 巨大なクリスタルにこびり付いた血痕は、きっと永遠に忘れることがないだろう。


『悩んでばかりじゃ、いられないんだ』


 スバルは彼らの事情を知った。

 普通に過ごしていれば決して知る事が無かった、複雑な人間関係と思惑がある。

 巻き込まれた形になるかもしれない。

 だが、それでもひとりの人間の未来を踏み潰してしまったことには変わりがなかった。


『そうだろ、エミリアさん!』


 モニター越しで、変わり果てた女性の顔を見る。

 スバルはエミリアと会話したことがあっても、実際の顔をみたわけではない。

 しかし、己のしでかした罪に潰れかけ、どうすればいいのかを悩んでいたのを知ってしまった。

 ゆえにスバルは思う。


 きっと彼女は謝りたかったのだろう、と。

 可能なら自らも彼らと同じ場所に立ち、笑っていたかった筈だ。


 けれども、あの溶岩にまみれた身体で。

 悪意に縛られた意思では、もうそれも叶いそうにない。


『イルマさん!』

『ええ』


 だから、ここで彼女の罪に終止符を打ってやろう。

 余計なお世話だと言われるかもしれない。

 だがそれ以上に、彼女を苦しみから解き放ってやりたいと思った。


『行くぞ!』


 エクシィズの背中から伸びる光の羽が弧を描き、形を変えていく。

 丸みを帯びた、どこか蝶に似た形状のそれは大きく羽ばたくと同時、光の鱗粉を辺り一面にばらまき始めた。


「なにこれ」


 降り注ぐ光の雨に打たれつつもアキナは鱗粉を掬う。

 掌に集まった光の結晶は淡い輝きを放つも、すぐに霧散していく。


「身体に害はないみたいだけど」

「それはそうよ」


 なぜか得意げにアウラが胸を張る。


「あれでトラセットの新生物が葬られたの。そして、リーダーや仮面狼さん達は蘇生できた」

「ふぅん」


 言われてみれば、触れた段階で身体中の疲労が抜けていく気がする。

 具体的にどういった効果があるのかはよくわからないが、人間に対しては健康的な仕様らしい。


「じゃあ、あっちは」


 新生物と化したエミリアへと視線を向ける。

 全身を溶岩で覆った皮膚から湯気が出始めていた。

 それだけではない。

 苦しげに頭を抱え、熱を帯びた黄色い皮膚が崩れていく。


「溶けてる……」

『あの時と同じだ』


 その光景は正にトラセットに現われた新生物の末路だった。

 綺麗に再現され過ぎて、当時のことを鮮明に思い出してしまう。


『新生物は、マリリスさんの鱗粉を浴びたら耐えきれない。細胞が崩れ落ちて、最終的には崩壊していく』

「じゃあ、後は高みの見物ってわけね。殴り殺せないのは残念だけど、まあいいでしょう」


 勝ちは勝ち。

 そう結論付け、アキナは安堵した様に胸を撫で下ろす。


「いや」


 アキナに続いて戦闘態勢を崩し始める勢いを断つ声があがる。

 カイトは鋭い視線をそのままに、エミリアから目を離さない。


「まだだ!」


 カイトが走る。

 彼が一歩を踏み出した瞬間、エミリアが右手を振りかざした。

 溶け始め、崩れていく皮膚。

 それを突き破りつつも、水流は勢いよく噴出される。


「やべぇ!」


 一歩遅れ、エイジたちも気付く。

 シデンが両手を振りかざし、冷気を放出するが、


「ダメだ! 熱のせいで上手く凍らない!」


 エミリアにまとわりつく冷気は、崩れていくマグマの熱に晒されて上手く届かない。

 水流は宿敵の魔の手を逃れ、そのまま縦に振りかざされた。


『くっ!』


 反射的にスバルは反応し、操縦桿を大きく揺さぶる。

 動きに比例してエクシィズが大きく旋回。

 超スピードで水の刃を回避する。


『ぐっ――――!』


 だが、その代償はあまりにも大きい。

 獄翼やダークストーカーと比べ、エクシィズの速度はスバルの身体に負担をかける。

 ほんの一瞬の回避動作が、胸に強烈な圧迫感を叩きつけたのだ。

 さながら、握り拳を受けたかのような一撃である。


『持たせてください! 後少しなんですよ』

『わ、わかってるよ!』


 息継ぎし、呼吸を整える。

 たった一瞬とは言え、始めてマトモに動かした。

 それだけで息継ぎをしなければならないのか。


『本当にこれ、俺が扱う予定だったの?』

『はい。5分持てばそれで十分だと判断されていました』


 中々きつい判断だ。

 これじゃあ息継ぎなしで何十メートルも泳げと言われたのに等しい。

 いや、気分的にはそっちの方がまだ楽かもしれない。


『来ますよ!』

『!?』


 縦に振りかざされた水流が横薙ぎに繰り出される。

 普段と違い、アラートがならない。

 それがスバルの回避動作に若干のタイムラグを生んだ。

 水の刃が迫る。

 どんな鋼鉄をも切り裂く一撃が、コックピットに吸い込まれていく。


『間に合え!』


 完全な回避動作は無理だ。

 そう判断し、急上昇。

 せめて脚部だけの負傷で済んでくれと祈りながらも、エクシィズが飛翔する。


『ぐぅっ!』


 空気のアッパーカットが顎を打ち抜いた。

 息を荒げつつも、スバルは負傷状況を確認しはじめる。


『被害状況は!? 切断されたのはどこ!?』

『落ち着いてください!』


 言われ、スバルは気づく。

 モニターの向こう。

 朽ち果てていくエミリアの胴体を貫いた、ひとりの男がいた。


『……カイトさん』

「……なんで出てきたんだ」


 何故、と言われればさっき言った通りだ。

 それ以上の理由なんて持っていない。


「言った筈だぞ。お前は変わる必要がないって」

『でも……』

「俺がやってやるから」


 エミリアの胸を貫いたまま、カイトは言う。


「辛い役目は、俺が背負ってやるから……!」


 腕が焼ける。

 超高熱のまま溶ける身体に埋もれ、突き出した右腕が崩れ始めた。


「大丈夫だ。戦争は終わる」


 笑顔を意識する。

 それがどれだけ難しい事でも、きっと彼がこっち側に来るよりはずっといい筈だ。


「俺が、なんとかしてみせる」

「そうやって、またひとりで抱えようとするのね」


 正面から声をかけられた。

 目を見開き、貫いた相手を見る。


「エミリア……」

「私たちが何度も助けようとしても、結局いつも一緒。ボロボロになって、止めてもまた同じことの繰り返し」


 まったく進歩していない。

 呆れ表情で溜息をつき、エミリアは穏やかな口調で語り続ける。


「でも、きっとそんなところが素敵だったんだと思う」

「俺は疲れてるのか?」


 彼女の意思は、もうない。

 それは確認した筈だ。

 なのになぜ、エミリアは自分の意思を持っているかのように喋る事が出来る。


「頑固で、自分で背負いこんで、一途で、私の入る隙間なんかとてもなかった。けど、それでいいの」


 怪物となったチームメイトが、申し訳なさそうに顔を歪ませた。

 今にも泣きじゃくりそうな表情のまま、彼女は訴える。


「ごめんね。私が馬鹿だったの」


 あの時、どうしてもう少し深く考えなかったのだろう。

 あの時、どうしてもっと冷静になれなかった。

 あの時、どうして誰にも相談しなかった。

 あの時、一番傷付くのが誰なのかをなんで想像できなかったのだ。


「許してくれないよね。でも、言っておかないと。私、もう消えちゃうから」


 鱗粉に触れ、身体が溶けていく。

 水になっても復元しない、正真正銘の消滅が待っている。

 彼女はそれを受け入れ、今できることを精いっぱいやろうとしていた。

 もしかしたら、意識が戻ったのは鱗粉の影響なのかもしれない。

 そんなことを思いながらも、カイトは何かしなければならないと言う使命感に掻き立てられていた。

 だが、それはなんだったろう。

 何かとても大事なことだった気がする。

 今やっておかないと、後で取り返しがつかなくなる。

 そんな気がした。


「さようなら。また、カッコよくなったね」

「カッコよくなんか……」


 あるわけがない。

 自分が今までしてきたことが何だと言うのだ。

 今もこうして、敵を殺すことでしか自分を上手くいかせていない。

 全く自慢できない特技だ。


「ううん。カッコいいと思うよ」


 カイトの言葉を遮り、エミリアは断言した。


「だって、こんなに一杯仲間がいるじゃない」


 昔馴染みのXXX。

 何時の間にか支持しはじめているイルマ・クリムゾン。

 心変わりしたゼッペル・アウルノート。

 新人類軍や旧人類連合の協力者たち。

 そして、あの旧人類の少年。


「それはあなたが魅力的だからよ」

「……そうなのかな」

「ええ、そうよ。私がそこに混じれないのが残念だけど」


 混じれない。

 その言葉を聞いた瞬間、カイトの意識がフラッシュバックする。






『うん。あのね――――きっと、とても辛いと思うの。だからあの子をひとりにしないであげて』






 深く刻んだ筈の約束なのになんで忘れてしまったんだ。

 己の頭の悪さに苛立ちながらも、カイトはエミリアを力強く抱きしめた。


「な、なに!?」


 超高温の肌は、既に機能を停止させた。

 だが熱が籠っているのは紛れもない事実である。


「焼けるわよ!?」

「もし、俺がそっちに行ったら」


 焦げ臭いにおいがする。

 肌が焼ける痛みを感じながらも、カイトはこれを無視。

 脳からの警告を追いだした。

 彼女が抱えた痛みに比べれば、なんてことはない。


「適当に遊びに誘っても、いいか?」


 それが精一杯だった。

 とっさの声かけだけに、これが本当に正解だったかもわからない。


「……馬鹿。期待しちゃうじゃない」


 頬を冷たい何かが打ちつける。

 カイトが貫いていた水の塊が崩れ落ち、身体を濡らした。

 肌を焦がす痛みが今だけはとても恋しくなった。

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