第256話 vs水人間 ~第一期XXX攻略編~

 鞭を振るうという動作を行う場合、大抵振りかぶってしまうものだ。

 特に力を込めれば自然とそんな形になってしまう。

 エミリア・ギルダーとて例外ではない。

 水の鞭を振るった瞬間、彼女は背中ががら空きになっていた。


「先制攻撃を仕掛ける」


 その隙を、カイトは逃さない。

 彼は自慢の脚力をぶん回し、氷の床に力強い足痕を残しながら激走。

 砕けた氷の破片が飛び散らせつつ、エミリアの側面へと回り込む。


「!」


 目が合った。

 充血していて、殺気立った瞳である。

 僅かながらに口元から唸り声のような鈍い音も聞こえた。


「獣だな」


 改めてそう感じる。

 目の前にいるアレは、チームメイトの姿をした別の何かだ。

 7年もの間会っていなかったが、だとしても自分の知っている彼女とはあまりにもかけ離れすぎている。


『好きなの。付き合って』


 人間だった頃、最後に交わした言葉は確かこんな感じだった。

 

『……断る』


 そんな提案を、カイトはものの2秒で切り崩したのだ。

 昔の話とは言えエミリアとエリーゼを天秤にかけたのは事実である。

 その上で断った。

 だから後悔なんかしないし、してもいけない。

 全てのきっかけがなんであれ、自分が最良だと信じた選択なのだ。

 もう彼女にあの頃の面影はない。

 あるのは外見と、進化した能力だけ。

 もしエミリアが今の自分の姿を鏡で見たら、なんていうだろう。

 想像力を必死で働かせながらも、カイトは思う。


「俺を恨んでいるか?」


 ゼッペルから聞いたことが事実だとすれば、エミリアは自分のせいで破滅への道を歩んだことになる。

 恨まれてもおかしくないと思うし、恨み言のひとつもないと聖人君子過ぎる。


「ウゥっ」

「そうか」


 くぐもった唸り声。

 それがエミリアの解答だった。

 正直、何て言ってるのはいまいちよく分からないが、戦う意思があるのは理解できる。


「俺もそのつもりだ」


 そしてカイトもまた同様だ。

 お前のせいでこうなったのだと罵られようが、恨み言を連呼されようがなんだっていい。

 目の前に明確な殺意を持った敵がいる。

 そこに至るまでの経緯は問題ではないのだ。

 現実をして受け入れるべきなのは、敵が誰なのか。

 そして倒せるか、だけだ。


 あの人が良いのが取柄の少年は、この結論に異を唱えるだろう。

 彼は諦めが悪い人間だ。

 結果的にボロボロになるのが分かっていても切り替えができない。

 別れ際に言っていた事も、きっとそういう意味だ。

 しかし、誰かが違う選択をとらないといけない時もある。

 今のように。


「お前を倒す」


 身体を屈める。

 足の指から伸びる爪先が素早く弧を描き、エミリアの足を抉り取った。


「!?」


 あまりにあっさりと削り取られた。

 バランスを崩し、エミリアが転倒する。

 すぐに足を元に戻して起き上がろうとするが、


「う、う?」


 動けない。

 起き上がろうと床に手をつくも、それが氷結してくっつしてしまっている。

 手だけではない。

 全身が凍りつき、床から離れようとしない。


「!」


 反射的に視線を向ける。

 彼女の目線の先には、冷気を放ち続ける六道シデンの姿があった。


「残念だけど、君とボクのダイヤはあんまり変わらないみたいだね」


 生まれ持っての相性という奴だ。

 全身が水になるエミリアは、それを凍結させてしまうシデンと相性が悪い。

 何度か直接対決を想定してのスパーをしたことがあるが、エミリアは一度も彼に勝てたことがなかった。

 新生物となっても、能力のベースは水のままなのだ。

 お世辞にも有利になったとは言いにくい。


「このまま氷漬けにしてやれ!」


 カイトが叫ぶと、シデンは息を飲んでから指先に力を込める。

 放出される冷気がエミリアの身体を覆い込んでいき、次第に氷の繭を構築していった。

 エミリアの身体が氷に包まれる。


「どうだ!?」


 エミリア・ギルダー。

 六道シデンと戦った場合の勝率は0パーセントを常にキープ。

 氷漬けにされた後、自力で脱出できた経験はない。


 しばし、静寂の間が支配する。

 カイトとシデンは氷の中を注視し、エイジと第二期は周辺を見渡して異変がないかを確認していた。


「このまま出てこなかったら、どうするんです?」


 沈黙の空間を破ったのはアウラだった。

 彼女は氷の中から出てくる気配のないエミリアを視界に収めつつ、疑問を呟く。


「ここをまるごと冷蔵庫に改造する。最後にはマグマの中に放り込むか、宇宙の彼方にでも消えてもらうつもりだ」


 流石にそこまですれば、新生物も戻ってはこないと思う。

 問題はその判断をどうつけるか、だ。

 氷の中で動けないのを24時間体制で監視。

 そこまではいい。

 しかし全神経を使うであろう大作業を行って、新人類王国の襲撃を防げるのか。

 様々なリスクがカイトの頭の中を過っていく。


「ん?」


 そんなことを考えていると、僅かな音が聞こえた。

 ぱしゅ、と何かが弾けたような炸裂音。

 どこから聞こえたのかと周辺を見渡す。


「あ!?」


 あまりの出来事に、目を見開いた。

 シデンの後ろにエミリアが立っているのだ。


「シデン、後ろだ!」


 真っ先に気付いたエイジが叫ぶ。

 氷はそのままで、中身だけが外に脱出してきたのだ。


「馬鹿な!?」

「そんな!」


 見れば、氷の中にはエミリアの姿は存在していない。

 砕くことなく、中身だけが移動してみせた。

 一種のテレポーテーションだ。


「点けろ!」


 水流が渦巻く右手が差し出される直前に、エイジが吼える。

 彼の言葉を受け止め、シデンは左手で腰に巻きつけていたある物のスイッチを押した。

 ライターだ。


「ふん!」


 小さな点火を確認すると、エイジは躊躇う間もなく握り拳を作る。

 指先にも満たない大きさの火が一瞬で弾け飛び、エミリアに飛び火していった。


「うあっ!?」


 火炎放射器の威力を直接浴びるとこんな光景になるのだろう。

 ライターから噴出された炎はエミリアを包み込み、身体を蒸発させていく。


「これならどうだ!」


 氷漬けがダメなら、熱で細胞を殺しに行く。

 シデンがやや距離を置くと、カイトがダッシュしながらライターを抜いた。

 エミリアに向けて点火すると、その炎も膨れ上がっていく。

 次第には蛇のように唸りをあげつつ、エミリアの頭上に飛びかかって行った。


「!」


 炎の大蛇がエミリアに着弾した。

 獣の悲鳴が木霊し、氷の床が熱によって徐々に溶け出していく。


「きゃっ!」


 爆風にも似た熱風に押し出され、近くにいたシデンが吹っ飛ばされた。

 尻餅をつき、痛がりながらもゆっくりと起き上がる。

 隣に陣取るカイトは彼の悲鳴に突っ込むことなく、燃え上がる炎を見つめ続けていた。


「……移動したの、見えたか?」

「いいや」


 問いに対し、シデンは首を横にする。


「目を離さなかったけど、ひびひとつ入ってなかった。それどころか、中身が動く気配すらなかったよ」

「私も同じように見えたわ」


 未だに捕まったままのアキナも同調した。


「アイツ、新しい能力を手に入れたのよ」

「でも、新人類の能力ってそんな簡単に増やせるものなの? 鎧じゃあるまいし……」

「いや」


 確かに鎧のような遺伝子レベルで操作された人間なら可能かもしれない。

 そして、相手は進化し続ける新生物だ。

 イルマとの戦闘を介し、彼女の能力の説明を受けたカイトは静かに結論を導き出す。


「イルマが言っていた。アイツは細胞を再現することでその新人類の能力を擬似的に扱っているんだと」

「どういうこと?」

「詰まり、アイツの身体も進化しているんだ。遺伝子情報が俺達の常識を超える速度で切り替わって、危機的状況に対する適応力を高めていく」


 嘗ての新生物と同じだ。

 ならば、この後の展開も何となく予想できる。


「エイジ! 火をカノンたちに。それ、急いで剥がすぞ!」

「おう!」


 エイジも何となく察したらしい。

 彼は溢れんばかりの炎の一部を動かすと、それを第二期XXXの元へと送り届ける。


「さて、困ったな」


 カノンたちを捕えていたスライムの檻が燃えていくのを横目で見つつ、カイトが唸る。

 体積削りは失敗。

 氷漬けも攻略された。

 炎で蒸発させようにも、その間に遺伝子情報を適用されればアウトだ。

 恐らく、次の瞬間には炎を浴びても大丈夫な体になって登場してくる筈である。


「せめて、マリリスがいてくれたら……」


 以前の新生物を排除できたのは彼女の存在があってこそだ。

 マリリスの協力抜きでは、全滅していたに違いない。

 今回も、少しずつ同じ道を辿り始めている。

 だが、マリリスはもういない。

 彼女の力抜きで、この化物を葬り去らなければならないのだ。


「ウウウゥ……!」


 敵意に満ちた唸り声が炎の中から聞こえてくる。

 顔を上げてみると、煙の中から黄色い物体が見えた。

 マグマだ。

 身体中を覆うマグマのような何かがエミリアを覆い、エイジの炎を受け付けなくさせている。


「更に高い温度になれば、涼風ってわけか」

「5分で実践する解答じゃないね、これ」

「しかし、奴はそれを可能にした」


 いよいよもって第一期の能力者でも手が出せなくなってきた。

 物理攻撃に特化されたカイトに至っては、どうやって水と溶岩に勝てと言う始末である。


「考えさせる間もなく、一瞬で溶かすしかない」


 嘗て、トラセットでアーガス達が辿り着いた結論だった。

 その切り札となったのはブレイカーだが、スバルにエミリアを消せというのは無茶振り過ぎる。

 だが、幸いにもエミリアはトラセットに現われた虫に比べるとサイズが小さい。

 エネルギーピストルの一撃でも致命傷だ。


「こうなったら」


 動けるようになったカノンを先行させ、動かせるブレイカーを持ってきてもらう。

 その間、自分たちは時間稼ぎだ。

 持ちこたえた後、カノンが持ってきたブレイカーに引き金を引いてもらうのが一番ベストな気がした。


「カノン、走れ! なんでもいいからアイツを消し飛ばせそうな武器をとってブレイカーを――――」

『ちょっと待ったぁ!』


 指名され、身構えるカノンと命令を出そうとしたカイトの動きが停止する。

 直後、身を裂くような暴風が彼らに襲い掛かった。


「うわっ!」


 突然の衝撃に、全員が身構える。

 今度はなんだ、と思いながらも上空を見上げた。

 エクシィズだ。

 とてもこの戦いには巻き込めないと判断し、先に逃がした少年が戻ってきたのだ。

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