第238話 vs落胆

 この世界には2種類の人間がいる。

 勝負に勝つ人間と、負ける人間だ。

 そもそも、勝負とはその言葉通り勝ち負けを決める事柄を意味している。

 ゆえに勝利する者がいれば負ける者が出てくるのは必然なのだ。

 だが、時々天才って奴は現れる。

 ゼッペル・アウルノートもそのひとりだ。

 彼は身体能力と生まれ持った水晶生成能力を極限まで極めた男である。

 ウィリアムがXXXに拘り、そのコンセプトを引き継がせた結果、彼は勝ち続ける人間へと進化していったのだ。

 多少横暴な振る舞いを見せることもあるが結果は残している。

 誰も彼に文句を言ってこなかった。

 しかし、同時に。

 誰も彼に近づこうとしなかったのも事実だ。


 恐れ。

 敬い。

 畏怖し。

 遠巻きに好き勝手なことを言われている。


 ゼッペル・アウルノートはひとりだ。

 ずっとひとりで戦ってきて、今この場も孤独に戦い続けている。

 ただ、最強の兵士として生きて、勝利を献上し続けるためだけに。

 そんな夢みたいな役割を任され、実行し続けている。


 ゼッペルは思う。

 これは終わらない悪夢なのだ、と。


 誰も自分を理解しようとしてくれない。

 毎日が退屈で、力を持て余している。

 役割を与えられたのはいいだろう。

 やることがないと人間は腐っていくものだ。

 だが、役割が自分に何をくれた。

 手に入れたのは力だけだ。

 それ以外には何もない。

 力は外敵を破壊する。

 だが、それはゼッペルに生き甲斐を与えてくれない。

 持っている物が退屈なら、自分はこの世界に生きている意味はあるのだろうか。

 もっと楽しくできないのか、この力で。

 そう思い、様々な相手と積極的に戦ってきた。

 新人類王国の戦士達は相手にならなかった。

 王国最強の女と呼ばれたタイラントでさえも、脅威に感じない。

 本場XXXもさっきあらかた片付けてしまった。

 新人類王国の女王を倒したと言う少年も、蓋を開ければただの贅肉の塊である。

 目を付けた中で残っているのはXXX最強と呼ばれた神鷹カイトのみ。

 他とは違う反応があり、多少は楽しめるかと思って攻めてみたが、なんてことはない。

 すぐに女と交代し、その女も切断してしまった。

 一度は歓喜に身を打たれたゼッペルだが、己の心がどんどん冷めていくのを実感していく。

 折角見つけた好敵手だが、彼もゼッペルの力の前では溺れるだけなのだろうか。


「あぐっ……!?」


 脇腹を切られ、エレノアが倒れ込む。

 いや、切られたと言うよりは抉られたと表現した方が正しい。

 人形の身体に改造していなかったら即死だった。


「彼を出せ」


 エレノアが虫の息になっているのを確認すると、ゼッペルは冷たい視線を投げる。


「小細工を好むお前では相手にならん」


 水晶の剣を目の前にちらつかせ、脅す。

 僅かにエレノアは目を見開き、ゼッペルを睨んだ。


「なんだ」


 敵意を含んだ目だった。

 倒した女は、明らかに歯を食いしばってこちらを睨みつけている。

 

「言いたいことがあるなら、しっかりと言葉にしたらいいだろう。君は喋れるんだ」


 苛立っているのが自分でもよく分かる口調だった。

 再びカイトに逃げられたことに、ではない。

 弱いくせに立ち向かおうとし、倒れても尚噛みつく姿勢を崩さない態度に、だ。


「君では私には勝てないよ」


 だからそんな目をしても無駄だ。

 彼女の内に湧き上がった感情を完全に消去するには、自分を倒すしかないだろう。

 しかし、それは不可能だ。

 やりあって理解した。

 エレノアではゼッペルを壊せない。

 こんなに乾いているのに。

 こんなにも戦いを望んでいるのに、興味が湧かない。


「くっ……」


 エレノアが両手をついて、ゆっくりと起き上がろうとする。

 抉られた脇腹から黒い霧が漏れ出し、その姿がただ痛々しい。


「なぜ彼を出そうとしない」


 起き上がろうとするエレノアの首筋に、刃の切っ先がつきつけられる。

 エレノアが動きを止め、ゼッペルを見上げた。


「逆に聞こう。彼に拘る理由はなんだい。もうこれ以上ライバルが増えるのは勘弁なんだがね」

「ライバル?」


 首を傾げ、不思議そうな目でエレノアを見つめる。

 ストーカークィーンなりのジョークのつもりだったのだが、どうもその手の冗談は彼には通じないらしい。

 代わりに加速したのは、ちょっとした誤解だ。


「君は彼のライバルなのか?」

「え?」

「君程度で、ライバルが成り立ってしまうのか」


 冷めきった表情だった。

 先程カイトの視線を通じて見た無邪気な笑顔の片鱗はもう見えない。

 エレノアの目の前にいるのは、紛れもなく破壊の化身だった。

 彼が鬼神などと呼ばれている理由が何となく分かる。

 地に伏しても伝わる寒気と、圧倒的なプレッシャー。

 ゼッペル・アウルノートがこの場にいるだけで世界が恐怖しているかのような錯覚すら感じる。


「がっかりだよ」


 静かに腕が振るわれる。

 首筋に当てられた刃が、人形の皮膚を切り裂いていく。


「む!?」


 確かな手応えを感じつつも、ゼッペルは違和感を拭いきれない。

 切り裂いた感触はあるのだが、それは最初だけだ。

 後になれば、まるで煙を切り裂いたかのような歯ごたえのなさが残っている。


「悪かったな、がっかりさせて」


 霧状になったエレノアの頭部を突き破り、腕が伸びる。

 真っ直ぐ突き出されたソレに対応し、ゼッペルは剣を構えてガードの姿勢をとった。

 指先から伸びる刃が、水晶の剣に受け止められる。


「神鷹カイト、あなたの底は見えた」


 再度、交代して現れた男に対し、ゼッペルは言う。


「あなたは思ったよりも弱い。これ以上無様な姿を晒すのは他のチームメンバーにも気の毒だろう。大人しく倒されてくれないか」

「お前、意外と口が回るんだな」


 霧がカイトの身体を構成し終えた瞬間、彼は動く。

 右手の爪で水晶の刃を防がれたまま、今度は左の爪を裏拳の要領で側頭部へと繰り出す。


「む」


 僅かに剣をずらし、肘で拳を防御。

 しかし、カイトの本命は上半身ではない。

 後ろを向いたまま己の足をゼッペルの足へと延ばし、絡め取る。


「うお!」


 2本の足で無理やり足を取られ、ゼッペルは空を舞う。

 さしもの鬼神も、片足でカイトの両足の力に対抗することができなかったのだ。

 両足の力で投げ飛ばされたゼッペルは片手で床に着地すると、そのままカイトを投げ飛ばすようにして足を振り上げる。

 だが、カイトは離れない。

 ゼッペルの勢いが止まったと知るや否や、彼は自ら足を交差させ、その指先から爪を伸ばした。

 交差された足が引き抜かれ、絡め取ったゼッペルの足を刻み込む。


「ぐっ!」


 転倒。

 僅かな空中戦を制され、ゼッペルが崩れ落ちる。

 対し、カイトは多少息を荒げながらゼッペルを見下ろしていた。


「どうした。底が知れた相手に見下されているぞ」


 挑発し、多少ペースを乱してくれないかと期待してみる。

 だが、ゼッペルは落ち着いた態度で起き上がるだけだった。

 彼は手にした水晶の刃も放り捨て、カイトに背を向けている。

 埃を払い、ゆっくりと振り返ってきた。


「内蔵武器が適しているのもあるが、絡め手が得意なようだな。よく練習している」


 評価されるも、カイトは微妙な顔しか作らない。

 彼が関節技のような搦め手を使うのは大体スバルへのお仕置きのプロレス技だった。

 こんなところで経験が役に立つとは、人生とは何が起こるかわからない。


「しかし、あなたの戦闘スタイルは癪に障る。特に女の方は不愉快だ」

「その気持ちはよくわかる」

『ちょっと』


 無理やり意識の奥に引っ込めたエレノアが何か言ってくるが、気にしない。

 そっちに意識を裂いている余裕はないのだ。

 水晶の剣は放り捨てられている。

 これからもっと恐ろしい物が出てくるのは容易に想像がつく。


「思うに」


 警戒するカイトを余所に、ゼッペルは淡々と喋りだす。


「女の方はあなたの危機に駆けつけると見た。そしてあなたは彼女の危機に対応せざるを得ない。霧状に身体を変え、一時的に増殖できても所詮本体はひとつということだ」


 よく観察している。

 恐らく、ゼクティスかイルマ戦も陰ながら覗いていたのだろう。

 こうなっては一か八かの2対1による奇襲は使えない。


「いざとなれば女がいる。恐らく、あなたはそれで危機意識を欠落させたのだろう」

「なんだと」

「危機意識を感じた時、人間は本来の力を出せる物だと聞いた」


 なんだか話の方向がどんどんおかしなところへと向かっている。

 背筋が凍えていくのを感じつつも、カイトはゼッペルの口から目を離せない。


「決めた。先に女を潰す。次こそ期待を裏切らないでくれよ」


 言うや否や、ゼッペルはすぐさま行動に移る。

 エレノアを引きずりだす為、カイトを徹底的にいたぶるつもりだ。


『ねえ、流石の私もアレはノーサンキューだよ!?』

「五月蠅い、気が散る!」


 別にエレノアを守ろうなどという考えはない。

 だが、襲ってくるなら撃退しなければならないのが現実だ。

 身体を共有している以上、下手に痛めつけられるとどうなるかわからない。

 それに、エレノアでは彼に勝てないのも事実だ。

 ならば、身体能力の面でゼッペルに近いカイトがなんとかするしかない。

 ゼッペルが突撃してくる。

 エレノアに怒鳴り散らした直後、カイトもゼッペルへと突撃した。

 互いの疾走がぶつかり合い、暴風が廊下を駆け巡る。

 散らばった水晶の破片が一斉に舞い上がった。


「おおっ!」

「ぜあぁっ!」


 互いに吼え、拳が振るわれる。

 カイトは爪を剥き出し、ゼッペルは丸腰の拳だった。

 カイトは思う。

 何故水晶で覆わないのか、と。

 これまで、ゼッペルは爪による攻撃を殆ど避けるか水晶でガードしてきた。

 当然だ。

 この爪はそんじょそこいらの刃とはわけが違う。

 これまで数々の代物を切断してきた、自慢の凶器なのだ。

 水晶で防がれたのは癪だが、それは敵が脅威を感じている証に他ならない。

 避ける自信があるのか。

 否、ゼッペルの拳は避けるどころか真っ直ぐ突き出されたままだ。

 このままだと爪と拳が命中する。

 こちらとしては望むところだが、ゼッペルは立ち止まることなく突き進むだけだ。


「まさか――――!」


 ふと、嫌な予感が脳裏によぎった。

 危機を察知し、腕を引っ込める。


「遅い!」


 攻撃が躊躇われた瞬間、ゼッペルは叫ぶ。

 拳が加速し、カイトの右手に命中する。

 拳は爪をへし折り、そのまま勢いを殺さず指の骨を粉々に砕いていった。

 神鷹カイト自慢の凶器は、ゼッペル・アウルノートのただの拳によって破壊されたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る