第237話 vs最強の兵と呼ばれた男

 ほんの数分にも満たないやり取りの中、カイトの運動量はゼッペルの数十倍を誇っている。

 当然だ。

 ゼッペルは回避動作以外ではまともに動いていない。

 勿論、お互いの戦闘スタイルの違いはある。

 あるのだが、しかし。

 嘗てカイトの疾走を目の当たりにしてここまで動かずにいた男がいただろうか。

 過去に相手をしてきた化物共の顔を思い出しつつ、カイトは思う。

 こいつは骨が折れる仕事だ、と。

 その思考に拍車をかけるのがゼッペルに与えた初ダメージである。

 ブレイカーの鋼鉄の皮膚すら貫く爪が切り裂いたのは、ゼッペルの薄い頬なのだ。


「なるほど。そういうこともできるのか」


 そのゼッペルは頬を抑え、己の受けたダメージを確認しながらもまだまだ余裕そうな表情を作っている。

 危機感などまったく意識していない顔だ。


「様子見はいいだろう。あなたは時間稼ぎを意識しているようだが、私としては早く全力を見たい」

「こいつめ」


 意図を見抜いている。

 来るかもわからない援軍の為にゼッペルを足止めするのがカイトの目的だ。

 他に戦える連中がいないのだから当然と言えば当然なのだが、普通はカイト本人が急いで決着を付けにかかってくると思うんじゃないのか。


「まんまと騙された。自分が恥ずかしい」


 距離としてはほぼ零。

 ゼッペルはカイトの正面で屈んでいるだけだ。

 何時、次の攻撃が飛んできてもおかしくない。

 だというのに、カイトはゼッペルの口から目を離すことができなかった。

 話が途切れるタイミングを見定めなければ殺されるかもしれない。

 そんな予感だけが、カイトの本能を動かしている。

 口だけではない。

 髪の毛の先から足の爪先に至るまで、この男は未知数だ。


「しかし、手加減されるとは心外だ。私の1年を、さっき訴えたつもりなのだが」


 頬から手が離れる。

 その動きに注意しながらも、カイトは次の言葉を聞く。


「そうだ」


 閃き、声が弾む。

 頭の上に電球マークを灯しつつも、ゼッペルは笑みを零す。

 鬼神などと呼ばれるのに似つかわしくない、爽やかな笑みである。

 幼さすら見えた。


「では、次はこちらが全力で攻めよう」


 彼はそう提案した。

 無邪気な笑顔を向けたままゼッペルは続ける。


「あなたが主体になったら時間稼ぎになってしまう。なら、私から全力を引き出させるしかあるまい」


 我ながらいい案だ。

 今にもそう言いだしかねない青年は、カイトの爪のことなど忘れたように頷く。

 凶器が目の前にあるなど、少しも意識していない。


「見せてくれないか。あなたの可能性を」

「……偉そうに」


 口にしつつ、それが強がりであることをカイトは理解していた。

 脳が叫んでいる。

 アイツのペースに乗せてはならない、と。


『ねえ、不味いって!』


 意識の奥から騒がしい同居人が訴えてくる。

 彼女が焦りながらこちらに訴えてくるのは珍しいことだ。


『アレをその気にさせたらやばいよ!』


 具体的にどうヤバいのかは教えてくれない。

 言葉で表現できないのは自分も同じだからだ。


『ねえったら!』

「喧しい!」


 ただ、騒音に対して苛立ったことは確かだ。

 叫ぶと、カイトは自らの手を伸ばす。


「おお?」


 頭を掴まれ、ゼッペルが僅かに驚愕。

 そのまま彼の頭を起点にし、カイトは自身の身体を宙へと持ち上げた。

 勢いをつけ、そのままゼッペルの後頭部目掛けて膝蹴りを繰り出す。


「まあ、慌てないでも」


 衝突音が鳴り響く。

 繰り出された膝が、ゼッペルを覆うようにして現れた水晶の膜によって防がれたのだ。

 だが、それは想定内。

 元より格闘戦でノックダウンさせることができるとは思っていない。

 両手を頭から放す。

 指先から伸びる鋭利な刃が、ゼッペルの両肩へと襲い掛かった。

 だが、ゼッペルの両手はそれよりも早くカイトの両手を捉える。

 掴んだ両手を引っ張り、水晶のヘルメットを被ったままの頭突きが繰り出された。

 後ろ向きに放たれた強烈な一撃が腹部にめり込み、嗚咽が漏れる。


「あぐ……!」


 受け止めた骨にひびが入り、身体が悲鳴を上げている。

 

「まだ意識を手放さないでくれよ」


 振り返り、ゼッペルが言う。

 大きく振りかぶり、身体をしならせながら右手を突き出した。

 直後、真後ろの壁から巨大な水晶の柱が生成される。

 先端がスタンプのようにカイトを押し潰し、そのまま壁を貫通していく。


『ねえ、生きてる!?』

「……か、は」


 エレノアが語りかけるも、カイトからの返事は悪い。

 これまで何度も彼の戦いを見守ってきたが、ここまでの大ダメージは過去初かも知れない。

 見れば、カイトを押し潰した巨大水晶の表面には無数の棘が伸びている。

 これをまともに受けて生きている方を褒めるべきなのだろうが、そうも言っていられる状況ではなかった。


「痛みには慣れていると聞いた」


 巨大水晶の向こう側からゼッペルが語りかける。

 彼は両手を構え、青白いオーラを充満させながらも振りかぶる。


「なら、こちらが思いっきりやっても致命傷には程遠いんだろう?」


 笑みが濃くなる。

 直後に、部屋中から先程と同じ巨大水晶が出現した。

 最初に襲い掛かった巨大水晶も、再びプッシュされる。


『ちょ!?』


 周囲の足場を破壊しながら出現するそれは、前後左右の計4本。

 全身を潰されたカイトの足では回避が難しい。


『交代するよ!』


 もう見ていられない。

 カイトの了承を得るよりも前に、エレノアは意識の奥底から姿を現した。

 肉体が黒い霧に姿を変え、巨大水晶によるスタンプに貫かれる。

 

「うわっ!」


 霧が集まり、再び肉体を形成していく。

 交代し、改めて眼前の光景を目の当たりにしたエレノアは目を丸くするだけだった。

 廊下が完全に潰れている。

 まるで怪獣映画のワンシーンのように、不気味に輝くクリスタルで埋め尽くされていた。

 B級映画ならこのクリスタルから怪物が生まれて襲い掛かってくる展開だが、エレノアからすれば奥に潜むゼッペルこそが本物の化物である。


「おや」


 水晶の奥から人の皮を被った化物が姿を現す。

 ゼッペルはエレノアの姿を見て、何度か瞬きをした後に頷いた。


「彼はどこかな」

「さあ、どこだろうね」


 恍けた口調でやりとりすると、エレノアは行動に移る。

 指先から銀の糸を走らせ、ゼッペルへと襲い掛かった。


「ふん」


 目視すると、ゼッペルは掌を広げた。

 青白い光が集い、縦に伸びていく。

 程よい長さにまで育ったのを確認すると、ゼッペルはそれを掴みとった。

 剣だ。

 水晶によって生成された刃を振るうと、ゼッペルはエレノア目掛けて疾走する。


「いいっ!?」


 エレノアは驚愕する。

 なにに驚いたかと言えば、その速度。

 ゼッペルを取り巻く無数の糸が、彼の疾走で足蹴りにされている。

 懸命に糸を伸ばし、届いたかと思っても捕まえる前に剣で刻まれてしまうのだ。

 しかも超スピードで突っ込んでくる。

 神鷹カイト戦以来の加速を目の当たりにし、エレノアは僅かに後退。


「どこへ逃げる!?」


 彼女の驚きと狼狽えを感じ取ったゼッペルが吼える。


「逃しはしない。君も私と彼の戦いを邪魔立てしようというのだろう!?」


 1年間待ったのだ。

 その期間、様々な障害が出てくる恐れを懸念していた。

 可能性として特に大きいのは仲間たちの邪魔立てである。

 神鷹カイトは周りに優秀な新人類がいる。

 同じ職場で働いた仲だが、イルマ・クリムゾンなんかもその中にカウントしてもいいだろう。

 だが、例え職場の仲間でも楽しみの最中に乱入されるのは癪だ。

 故にゼッペルは事前にプランを立てた。


「邪魔をするなら、お前も倒す」


 邪魔立てしてきそうな連中は全員排除する。

 例えウィリアムが止めろと言っても、もう遅い。

 今の自分を止められる人間など、どこにもいないのだ。


「くっ!」


 確かな敵意を肌で感じ、エレノアは戦慄。

 この窮地を脱するにはアイツを倒すしかない。

 できるかできないかを論じる間もないのだ。

 それなら、できることをやるしかない。

 糸がゼッペルの周辺で渦巻き始める。

 大きな円を描いたそれの中央にゼッペルが足を踏み入れた瞬間、彼女は左目に力を込めた。

 凝縮されたエネルギーが導火線のようにして糸を伝っていく。


「遅い!」


 破壊エネルギーがゼッペルへと辿り着くよりも前に、彼は一歩を踏み出していた。

 その踏込ひとつで距離は縮まり、懐へと潜り込まれる。


「はぁっ!」


 水晶によってつくられた剣が一閃される。

 刃はエレノアの脇腹を大きく抉り、彼女の胴体を崩した。

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