第235話 vsペンギン

 電源を切り、携帯をしまうとカイトはゆっくりと立ち上がる。


「いくんですね」


 壁に背を預け、ぐったりとしているイルマが声をかけてきた。

 カイトは僅かに視線を向けると、小さく頷く。


「ああ。何時までも待たせておくと悪いだろ」


 1年だ。

 ゼッペルに喧嘩を――――とまでは言わないが、衝突を仕掛けておいてそれだけの時間放置している。

 彼がこの日をどれだけ待ち侘びていたのかは知らない。

 その気持ちはゼッペルの物だし、理解しようとも思わない。

 

「それに、言った以上は俺が引きつけておかないと不味いだろう」

「確かにゼッペルと戦える人材はボスしか思い浮かびません」


 だが、同時にイルマは思う。


「しかし、ゼッペルに勝てるかと言えば話は別です」

「お前の評価を聞いても仕方がないだろう」

「……出過ぎた真似をして申し訳ございません」

「そういうのはいい」


 既に主従関係は終わらせた筈だ。

 しかし、イルマは未だに畏まった態度をとっている。


「身体が馴染んでますので」


 失笑しつつも、イルマは呟く。

 この時、カイトは始めてイルマと言う少女の素の顔を見た気がした。


「……勝てるとお思いですか?」


 イルマが問う。

 先のゼッペルとの勝敗ではなく、ウィリアムが仕掛けたこの戦いのことを指しているのはすぐに理解できた。

 即答することは無く、カイトは数秒の間を開ける。

 状況は芳しくない。

 蛍石スバルはウィリアムの手に落ち、仲間たちはゼッペルひとりに片付けられてしまった。

 同じことをやれと言われれば難しいだろう。


「やるしかないだろ」


 見栄を張ったところでどうしようもない。

 ゆえに、カイトは本音で語る。


「お前の言う通り、ゼッペルは強い。第二の警報が鳴っている以上、あんまり時間はかけられないだろうしな」


 言いつつ、カイトは再びイルマに背を向ける。

 決戦の場に向かう前に、彼は質問をなげかけた。


「お前の目から見て、来ると思うか?」

「目で見たわけではありませんが、わかりやすい反応でしたね」


 先程の電話を思い出す。

 電源を切る直前の彼らは終始無言だった。

 言葉を振り絞ることすらも忘れ、呆然としていたのかもしれない。


「期待値は低いでしょう」


 鳥類の増援に対する期待はできそうにない。

 それがイルマの答えだった。


「明らかに状況を飲み込めていませんし、彼ら自身が動いたところでどうしようもない現実があります」


 当然だ。

 現状だけを聞くと、本当にここが現実世界なのか目と耳を疑うだろう。

 まるでテレビの中に出てくる悪の首謀者と大怪獣みたいな展開なのだ。

 これを聞き、すぐに行動しろと言う方が無茶である。

 ところが、本当にいるのだ。

 テレビの中にしかいないと思えるような、自分たちのことしか考えない連中が。


「それでも、動かないで見ているだけだったら何も変わらない」


 動けるのは神鷹カイトと、最後まで事情を伏せられ続けてきたフィティングのクルーたち。

 どちらかがしくじれば、その時点でウィリアムの勝利は確定する。

 不利な条件だとは思う。

 こちらの言葉を理解し、器用に操縦ができても彼らは非戦闘要員だ。


「あいつらが動かなければ、俺の負けだ」


 イルマ曰く、第二警報はSYSTEM稼働の合図である。

 既に稼働した手前、悠長に待つことなどできない。


「彼らに破壊できると思うのですか」

「そこまでは望まない。やって欲しいのは時間稼ぎだ」


 ウィリアム・エデンはXXXに選ばれた新人類だが、身体能力の類を伸ばしてきたわけではない。

 やろうと思えば、鳥類であるフィティングクルーでも十分可能な仕事だとカイトは判断していた。


「破壊するのは俺の役目だ。今までも、これからも」


 通路を埋め尽くすクリスタルを睨み、カイトは拳を握る。

 結局のところ、ゼッペルを倒さなければ全て始まらないのだ。

 来るか来ないかなどを考えているよりも、こちらに集中するべきである。

 来なかったら来なかったで、その時になったら必死になって考えよう。

 判断すると、カイトは歩を進め始めた。







 戦艦フィティングに沈黙が走る。

 先のカイトとイルマから伝えられた全生物抹殺の危機に対し、彼らは呆然とするだけだった。

 選ばれたクルーと言われても、実感がわかない。

 そんな彼らの様子を引き続き翻訳した状態でお送りしよう。


「……マジかよ」


 静寂を最初に引き裂いたのはチキンハートだった。

 終始カイトを馬鹿にしていた彼だったが、あの糞まじめな秘書まで同調しているのである。

 冗談にしてはいささか性質が悪い。


「しかし、納得できるのも事実だ」


 沈黙の間、ずっと状況を整理していたオウルが呟く。


「第一警報の段階でこの艦のクルーが全員降りてしまった。基地で働いた人間も同じだ」


 この艦が着地した際、基地には人間がいた。

 本来ならすぐにでも再出撃できるように万全の準備を施す筈の彼らが、今日だけは姿を見せないのである。


「チキンハート。陰謀だよ、これは」


 結局、当初の主張に行きついたわけだ。

 自分たちが取り残されたのも、ウィリアムの催眠が行き届かないからである。

 脅威と見なされていないのもあるだろう。


「でも、どうするんだよ!」


 一番取り乱していたのはダックだった。

 彼はそのまま逃げだしそうな勢いで羽を広げると、主張する。


「キャプテンも餌にされたんだろう!? それに、司令官以外の連中もゼッペルにやられた!」


 勝てる筈がない。

 実際目の当たりにしたことがあるからこそ分かる。

 ゼッペル・アウルノートを味方につけるか否かで勝敗が別れるのだ。

 彼が味方に付けば勝利は確定するし、敵に回れば敗北するだけである。


「司令官が強くても、ゼッペルに勝てる筈がない! 今の内に逃げよう!」

「しかし、俺たちがいかないと……」

「行ってなにができるんだよ!」


 ダックは思う。

 自分たちなど、非戦闘要員だ。

 最悪、非常食と言う役割に当てはめられることだって十分あり得る。

 悲しいが、選ばれたプロフェッショナルでも彼らは鳥なのだ。


「正面から勝てる相手じゃないのはみんな知ってるじゃないか! みすみす殺されに行くようなものだよ!」

「……艦の補給もできてねぇ」


 同調するようにチキンハートが呟く。

 重い口調だった。

 彼なりに落ち込んでいるのがよく伝わってくる。


「直接Kブロックに行くためには時間がかかる。俺達が飛んだ方が早いくらいだ」

「生身であの化物と戦えっていうのか!?」


 既に餌の供給は始まっているのだ。

 何時新生物のクローンが暴れてもおかしくない中、生身で止めに行けと言うのは危険すぎる。


「無理だよ、そんなの!」


 ダックは結論付ける。

 いささか早計な決めつけも多分に入っているのだろうが、オウルたちには否定できる材料が無かった。

 ゼッペルの強さ云々は置いておいても、たかが鳥がどれだけのことが出来ると言うのだろう。

 俯き、再び静寂の時間が流れ始める。

 だが、その時間も長続きはしない。

 ブリッジの扉が解き放たれたのだ。


「それは男の台詞じゃないな」


 激渋ボイスがブリッジに響き渡る。

 年季の入った声に反応し、ブリッジメンバーが一斉に振り返った。

 彼らは見る。

 ブリッジにやってきた男の顔を。

 格納庫の支配者であるペンギンの雄々しき姿を。


「ペン蔵!」

「ペン蔵さん!」

「ペンさん!」


 各々の呼び名に導かれるがまま、ペン蔵が歩み寄る。


「世界の危機が迫っている。それを止められるのは俺達しかいない。ならやることはひとつだけだ」

「でも、向こうにはゼッペルも……」

「馬鹿たれぃ!」


 ペンギンの強烈なはたきがダックの脳天に炸裂した。

 空中で7回転程した後、ダックの胴体が床に叩きつけられる。


「誰がまともにアイツと戦えと言った。俺達にできないことは、自分がやると提案した男がいるだろう」

「司令官でアイツに勝てるのかよ」


 ゼッペルは鬼神だ。

 新生物なんかいなくても、彼がいればこの戦争に勝てる。

 チキンハートは遠回しにそう主張するも、ペン蔵の意見は変わらない。


「信じるしかないだろう。こうしている間にも、指令は懸命に歯を食いしばっているかもしれんぞ。俺達が足踏みしていることも知らずに、な」


 それで終わってしまっては、あまりに寝起きが悪くないだろうか。

 確かに提案してきたのは向こうだ。

 一方的ではある。


「それに、世の中に絶対はない」


 嘴を大きく開け放つと、ペン蔵は吼える。


「俺達はまだやられたわけじゃない。羽を動かせるなら、嘴が動くなら、それだけでできることはあるはずだ!」


 ニワトリとフクロウがお互いの顔を見合わせる。

 彼らは数秒程見つめあった後、静かに頷き合った。

 

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